池田信夫 blog

Part 2

2009年12月07日 10:18
経済

増税より賢い増収法

冗談で書いたデノミの記事に、磯崎さんからツイッターでくわしいコメントをもらったので、少しまじめにフォローしてみる。

おっしゃるように、もちろん「日銀電子マネー」は不可能である。技術的にはすでに実現しているが、それを日銀が発行することは、きわめて合理的であるがゆえに政治的には通らない。その本当のねらいは、金の流れを透明化することにあるからだ。納税者番号さえ提唱されてから20年以上も実現できず、郵貯の口座が5億6000万もある国で、金の流れを日銀が100%把握する改革は不可能である。

逆にいうと、電子マネーまで行かなくても、金の流れを少しでも透明化すれば、増税や事業仕分けよりはるかに効率的に税収を増やすことができる。国税庁の職員は人口10万人あたり43人と先進国でも最低レベルで、クロヨンと呼ばれるような捕捉率の不公平が続いてきた。消費税も当初はEUのようにインボイス方式でやる予定だったが、自民党が「零細企業の事務負担が大きい」という名目でつぶしたため、多額の「益税」が発生している。

だから早急に住基ネットのIDを納税者番号として、納税業務を全面的に電子化すべきだ。また徴税事務を民間委託して税務職員を増員し、税務調査を増やして捕捉率を上げる必要がある。これによって経費増以上の税収増が見込まれるので、行革にも反しない。日本の地下経済は約20兆円といわれるので、この半分でも捕捉すれば消費税5%分がまかなえる。

この種の改革が先進国でもっとも遅れていた最大の原因は、自民党の政治家というもっとも不透明な資金に依存する人々が政権を握っていたからだ。民主党が「開かれた政府」を党是とするなら、増税の前に金の流れを徹底的に透明化する改革が必要だ。これは財務省の省益にも沿うので、彼らにいえばすぐに詳細な資料を出してくるだろう。そのためには、まず首相が範を示さなければならないが・・・
2009年12月07日 00:21
経済

デノミのすすめ

北朝鮮が突然、デノミをやって大混乱になっているようだ。このニュースを見てふと、日本でもやってみたらどうなるだろうと思った。不況になるとデノミの話が出てくるのは昔からで、福田首相や中曽根首相も提唱したが、私の提案は磯崎さんの提案の変形版だ。

マイナス金利というのはケインズも推奨した由緒ある政策だが、いかんせん「現金に課税する」というのは政治的な抵抗が非常に大きい。そこでデノミを理由にして貨幣を電子マネーだけにし、現金を廃止してはどうだろうか。たとえば2011年1月1日から新1円=旧100円とし、新円はICカードの電子マネーのみとして紙幣も硬貨も廃止するのだ。

通貨が電子化されれば、マイナス金利をつけるのは容易である。デフレによって自然利子率がマイナスになったら、数%の「手数料」を日銀が電子マネーから取れば金利はマイナスになり、資金需給が均衡する。さらに岩村充氏もいうように、電子マネーの交換レートを市場で電子的に決めれば、つねに金利を自然利子率と均等化させることができ、日銀のオペレーションが自動化できる。これによって通貨が追跡可能になれば、脱税も地下経済もなくなってGDPも上がると思うが、どうだろうか?(もちろんこれは冗談)
7日から始まるCOP15(国連気候変動枠組条約会議)を前にして、Economist誌が地球環境についての経済学的な分析を特集している。よくも悪くもバランスのとれた常識的なまとめだが、IPCCのデータ偽造疑惑についても記者クラブで談合して報道管制を敷く日本では、常識的なことが理解されていないので、簡単に紹介しておく。

IPCCのデータの信憑性には疑問があるが、その第4次報告書の2100年に1.1~6.4℃(最尤値2.8℃)の気温上昇という推定が正しいものとして政策を考える。まず問題なのは、そもそも温暖化は防止する必要があるのかということだ。政府が依拠しているスターン報告では「温暖化によって100年後に世界のGDPが最大20%失われる」と推定し、その便益(GDPの損失)をほとんど割り引かないで、温暖化対策の費用(1兆ドル)よりはるかに大きいとしているが、この報告書には経済学者から批判が多い。

Beckerの試算によれば、普通の費用便益分析で使われる割引率3%を使い、京都議定書の完全実施によって100年後に被害が防止される効果を1兆ドルと想定すると、その割引現在価値は約500億ドルと、対策のコスト1兆ドルを大きく下回る。通常の割引率を使うことに反対する経済学者もいるが、IPCCの予測のバイアスや誤差を考えると、3%は小さいぐらいだろう。つまり地球温暖化対策は社会的な損失をもたらすというのが、多くの経済学者の意見である。

それでも政治的な理由で温暖化対策を実施する場合の最大の問題は、環境税か排出権取引かという政策の選択である(*)。これについてもMankiwNordhausなど多くの経済学者が、排出権取引より課税による解決が望ましいとしている。もちろん完全情報の世界を仮定して理想的な制度設計がコストなしで可能だとすれば、コースの定理によってどちらの方法でも最適の結果が得られるが、問題はさまざまな不完全性や政治的なゆがみである。

課税というのはありふれた政策手段で、財政的にも望ましいが、排出権取引のためには大規模な制度設計が必要で、初期の割当に政治的なrent-seekingが入り込む余地が大きい。理論的には割当をオークションで決めることも可能だが、すべての排出者がオークションを行なうことは不可能であり、そういう政策を実施する国もない。特に国際的な排出権取引には検証の手段も罰則もないので、中国やロシアなどが詐欺的な取引を行なうおそれが強い。

最悪なのは、政府が行なっている「エコポイント」や太陽光発電の支援のようなアドホックな補助金である。このような介入は市場で維持可能なレベル以上に代替エネルギーのコストを引き下げて「環境バブル」を引き起こし、補助金が打ち切られるとバブルが崩壊して混乱が起こる。米ブッシュ政権の行なったバイオエタノールの補助は、その見本である。

どういう政策をとるにしても重要なのは、温暖化防止のコストを各国が平等に負担することだ。京都議定書のように各国の負担がバラバラで、最大の汚染源である米中や途上国が除外されるようでは、こうした「温暖化ヘイブン」に工場が移転するなどのゆがみが起こる。今の議定書には拘束力がないので、こういう弊害はそれほど大きくないが、実効ある温暖化対策をとると、日本の産業空洞化はさらに深刻になろう。

経済学者のこうした意見は、温暖化防止にコミットしてしまった政治家やメディアには無視されているが、いずれ実施段階に入れば、こうした現実に直面せざるをえない。民主党の環境政策は課税と排出権取引を併記するなど混乱しているが、環境税から入ることは正解だ。COP15をきっかけにして、これまでの排出権取引についての根拠なき熱狂が冷めたら、各国が徐々に課税しながら温暖化対策の費用と便益を冷静に議論したほうがいいだろう。

(*)政府は「排出権」という言葉のネガティブな印象をきらって「排出量取引」という言葉を使うが、これは誤りである。実際に取引されるのは排出される温室効果ガスではなく、それを排出する権利(を書いた許可書)である。
11月のアゴラ起業塾は、満員札止めの大好評だったため、1月の連続セミナーは磯崎さんにお願いします。内容は、起業家のための実践的なファイナンスの知識を系統的に教えるものです。

磯崎さんは、長銀総研を経て多数のベンチャービジネスの立ち上げやベンチャー投資に携わった後、独立。有名なブログ、「isologue(イソログ)」の執筆者やミクシィの社外監査役としても知られています。
  • 自社の価値を高める事業計画の立て方
  • ストックオプションはどう設計するか?
  • 出資、M&Aを持ちかけられたら?
  • 企業価値はどう評価されるか?
等の内容を、4週に分けて講義する予定です。

日時:1月6日、13日、20日、27日(毎週水曜)18:30~20:30
会場:都市センターホテル(平河町)
定員:30名(先着順で締め切ります)
受講料:6万円(12月14日までに入金の場合5万円)学生は半額

なお、講演で話すには細かすぎる部分、技術的な部分などを含めて、11月から1月までの「週刊isologue」(メルマガ)では、ベンチャーについて多く取り上げていきたいと思いますので、そちらも合わせてご購読いただくと、理解の参考になると思います。

申し込みはこちらからお願いします。返信は、のちほどまとめて行ないます。
2009年12月04日 13:27
メディア

NHKの失われた20年

NHKオンデマンドが、サービス開始から1年たって140万アクセスと低迷している。これはBBCのiPlayerが1日1000万ページビューを超えるのに比べるべくもないばかりか、当ブログの1ヶ月のアクセスにも及ばない。

こういうことになった原因は、簡単である。経営陣がネット配信を本気でやるつもりがないからだ。ネット配信の話は5年以上前からあり、当初はマイクロソフトがウィンドウズのアプリケーションとして、丸抱えで「NHKオンデマンド」(この名前はそのときできた)のシステムを構築した。ところが当時の責任者がWindows Expoでこのプロモーションをやったところ、理事会で「公共放送がマイクロソフトのアプリケーションになるのはけしからん」と問題になり、この構想は立ち消えになってしまった。

その後はオンライン配信するめどが立たないまま、「アーカイブ」の建設だけが進められた。通信キャリアやISPなどから、コストをすべて負担してもいいから配信させてほしいというオファーはたくさんあったが、「公共放送」の建て前から自力でやることになり、「民業圧迫」しないように別会社で配信事業がスタートした。おまけに、すべてのコンテンツについて「肖像権」をクリアしないと配信しないという基準をつくって権利処理のハードルを上げたため、ラインナップも3000本しかない。アーカイブには60万本以上の番組があるのに、その0.5%しか配信できないのだ。

日本が「コンテンツ産業」で生きていく上で最大の問題は、NTTの再々編などのインフラではなく、このように前時代的な規制によって大部分のコンテンツが死蔵されていることだ。その最大のボトルネックは、NHKが特殊法人として強い規制を受け、自由なビジネス展開ができないことにある。島桂次会長のころは、MICOというダミー会社をつくってグローバル展開する壮大な構想があり、住友銀行などの出資によって積極的にビジネスを進めたが、それも島の失脚によって消えてしまった。

本来は放送をデジタル化するときインフラを通信衛星に集約し、地上波はすべて移動体通信に明け渡せば、放送業界も通信業界も今よりはるかに効率の高いオペレーションができたはずたが、地デジという非効率な国営インフラを建設してしまったため、にっちもさっちも行かなくなった。こうして変化を拒否してきたことが、海老沢会長の残した最大の負の遺産である。

それを見直してNHK民営化を進めるはずだった「竹中懇談会」も、小泉首相に待ったをかけられて挫折し、NHKは逆に受信料に罰則を設けるなど「国営化」の方向に舵を切って、経営は完全に行き詰まってしまった。おまけに背任事件で会長が退陣してからは「コンプライアンス」が最優先の経営方針となり、新事業は凍結されて「失われた20年」が続いてきた。

日本が成長力を取り戻すには、比較優位のあるコンテンツ分野で、既存のソフトウェア資産を生かす制度設計が必要だ。それには電波の開放でチャンネルを増やすとともに、既存のコンテンツを利用する障害になっている著作権などの制約を緩和する法改正が必要だろう。放送業界がネット配信いじめのために騒いだ「自動公衆送信」の制限が、今では彼らのネットビジネスの障害になっているのだ。

他方、アメリカではコムキャストがNBCを買収して世界最大のメディア企業が誕生した。その売り上げは500億ドルと、日本の放送業界の合計より大きい。メディア産業は権利処理のオーバーヘッドのために規模の経済が大きく、これから世界規模でメディア再編が進むだろうが、日本は蚊帳の外だ。コンピュータ、通信に続いて放送も世界市場の負け組になり、日本のIT産業には何が残るのだろうか。
主催 特定非営利活動法人 情報通信政策フォーラム(ICPF)
共催 特定非営利活動法人 マニフェスト評価機構(IME)
協賛 IEEE TMC Japan Chapter

インターネットは広く普及し、さまざまな社会経済活動で利用されていますが、わが国では政治活動での利用が進んでいません。アメリカ、韓国などではインターネットが政治に強い影響を与えているのに、わが国でそれが進まないのはなぜでしょうか。
 
こうした状況を打開しようと、民主党は通常国会にネット選挙解禁法(公職選挙法の改正案)を提出する準備を始めています。そこでICPFとIMEは協力して、関係の方々にご意見をうかがうセミナーを開催することにしました。

日時 12月18日金曜日 午後6時30分から午後8時30分
場所 丸ビルコンファレンススクエア(東京駅前・丸ビル内)Room 4
定員 100名(定員に達し次第、締め切ります)

プログラム
  18時30分:嶋 聡氏(ソフトバンク社長室長)「ネット選挙事始と最新情勢:ネット選挙立法提出者の戦い」
  18時50分:高井崇志氏(民主党 衆議院議員)「ネット選挙法の準備」
  19時10分:片山さつき氏(自民党 前衆議院議員、千葉商科大学大学院教授)「政治活動でのネットの活用:経験と直面した壁」
  19時30分:パネル討論 高井氏、片山氏、嶋氏、松原聡(IME)、山田肇(ICPF)
  20時30分:終了

参加費 2000円(ICPF会員、IME会員は無料)
申し込みは申し込みフォームから。フォームをご利用いただけない場合はinfor@icpf.jp までメールにてお申し込みください。
総務省が、ホワイトスペースについての検討チームを発足させた。かつては民放連が存在そのものさえ否定していたホワイトスペースが認知され、利用の検討が始まったことは大きな前進だが、その内容には疑問がある。

総務省がUHF帯で想定している技術は、エリアワンセグという日の丸技術らしい。他方、アメリカではFCCはホワイトスペースを免許不要で開放することを決め、マイクロソフト、グーグル、ヤフーなど7社が共同で空き周波数のデータベースをつくるなど、民間主導で整備が進んでいる。技術もIEEEで標準化が進んでおり、広帯域の公衆無線が想定されている。

ここで日本が、また日の丸技術を決めて社会主義的な電波割当を行なうと、3年以上もめているVHF帯のように談合と外圧の泥仕合になって、日本の無線通信サービスは世界から決定的に取り残されるだろう。IEEEの技術が国際標準になる可能性は高いので、総務省はその情報を収集し、電波の割当方式から検討すべきだ。それなしでアドホックな「実証実験」をやって、なし崩しに既成事実をつくるべきではない。

無線通信サービスは、ほとんど壊滅状態のIT業界にあって、まだフロンティアの残された数少ない分野の一つである。ここに内外無差別に競争を導入すれば、かつてソフトバンクが日本のブロードバンドを大きく前進させたように、新しい企業が参入してイノベーションを生み出す可能性もある。日本に足りないのは技術ではなく、没落するITゼネコンに対するチャレンジャーである。

役所が談合させるのと、業者が談合体質なのが「鶏と卵」だというのは嘘である。VHF帯の割当には200社近い応募があったのに、それを総務省が「グループ化」してNTT=テレビ業界連合とクアルコムに「二本化」したあと、調整が難航している。スパコンと同様、談合を生み出しているのは役所であり、外圧がかろうじて競争を担保しているのだ。

成長戦略とは、政府が個別の産業に裁量的に介入することではなく、電波開放のような制度設計によって競争を促進することだ。200メガヘルツもあるホワイトスペースは、周波数オークションで時価を算定すれば2兆円以上の価値があり、それによって生み出される無線機器や通信サービスの市場を考えれば、数十兆円の新しい産業を生み出す可能性がある。幸い「市場原理主義」のきらいな総務省も「コモンズ」には前向きなので、UHF帯を電波コモンズとして利用すべきだ。
ゼロ金利との闘い―日銀の金融政策を総括する日銀の政策をめぐるメディアの反応をみていると、まるで10年ぐらい前に戻ったような既視感をおぼえる。当時も「日銀の量的緩和は物足りない」「もっと大胆な姿勢を示せ」といった論評一色だった。また同じような勇ましいコメントをしている自称エコノミスト諸氏には、せめて本書ぐらい読んでほしいものだ。

本書が出版されたのは5年前だが、デフレとゼロ金利をめぐる理論的・実証的な研究をほぼ網羅的にサーベイしている。著者は日銀の審議委員だったので、「日銀理論」のバイアスはあるだろうが、彼もいうように日銀はそれなりに努力してリフレ的な政策を実施したのである。ただ、この種の政策には次のような問題点がある:

  • ゼロ金利になると、それ以上マネタリーベースを増やしてもマネーストックは増えず、インフレ率に影響を及ぼさない
  • 日銀がインフレ予想に影響を与えるには、一時的なマネタリーベースの増加ではなく、長期にわたって持続的に増加させるコミットメントが必要である
  • しかしこうした政策の結果、インフレが起こったら日銀はマネタリーベースの増加を止めるので、永遠にインフレが続くことはありえない

    したがってKrugmanのいうような素朴な人為的インフレ政策は時間非整合的であり、市場を攪乱するだけである。そこで日銀が採用したのは、デフレを脱却しても持続的にゼロ以上のインフレが続くまで緩和を続けるという時間軸政策だった。これはWoodfordなどが提案した「修正テイラールール」と実質的には同じであり、一定の効果はあったというのが著者の実証分析による評価である。しかし「もっと激しくやれ」という声がつねにある。これに対して、著者はこう答える:
    資源配分への悪影響、中央銀行の財務状態をへの配慮等を無視してよければ、デフレの克服はたやすい。財を大量に購入して廃棄するということを続ければ、デフレは止まる。中央銀行が政府の代わりに公共投資を大量に実施しても同じである。あるいは大量に株式を購入し、株主としてその企業に設備投資を命じることも考えられる。

    なぜこうした政策を実施しないかといえば、1、2%のデフレのコストは、自動車やパソコンを大量購入して廃棄するコストに比べれば小さいと考えられるからである。大恐慌時のような10%を超えるデフレのときには、こうした政策も検討対象になろうし、現実に実施されもした。ただし実施主体は中央銀行ではなく、政府であった。国民に大きな負担が発生するかもしれないような政策は、投票によって選ばれている政治家が決めるものと考えるべきだろう。
    (pp.185-6)
    今回、日銀が行なう量的緩和も当時とほとんど同じもので、効果は限定的だ。「長めの金利をゼロに誘導する」ことによる緩和効果はあるが、日銀が金利の期間構造に介入することで金融市場のリスク配分をゆがめる。また国債を日銀が引き受けることは、財政規律を失わせる。コストなしでデフレを撃退する「フリーランチ」はないのである。

    「日銀はバランスシートが毀損することを過度に恐れている」という批判は当たっている面もあるが、現在の日銀法では日銀が債務超過になった場合にも政府が救済することはできない。日銀が破綻を覚悟でオペを続けることは、狭義の金融政策を超える財政政策の一種であり、財務省と協議して首相の決裁を得た上で行なうべきものだろう。
  • みなさんの加入している生命保険は「マイナスの貯蓄商品」だといういうことをご存じでしょうか。日本では保険とセットで「満期」になったら払い戻される生命保険が主流ですが、その額は元金よりはるかに少ないのです。この実態を明らかにした、岩瀬大輔『生命保険のカラクリ』(文春新書)が話題を呼んでいます。

    このような不利な金融商品を「生保のおばちゃん」が親戚に売り込むのが日本の生保でしたが、そういう古い商慣習に殴り込みをかけ、ゼロから132億円を調達してネット生保「ライフネット生命」を創業した岩瀬さんに、保険業界のカラクリとそれを打破する戦略を語っていただきます。

    日時:12月16日(水)18:00 開場18:30 開演
    会場:情報オアシス神田(地図)
    主催:アゴラ起業塾実行委員会
    定員:100名(先着順で締め切ります)
    入場料:7000円(懇親会費込み)学生は4000円(当日学生証をお持ちください)

    第1部:講演 岩瀬大輔氏
    司会:池田信夫(アゴラ編集長)

    第2部:懇親会20:00~21:00(食事・飲み物を用意しています)
    名刺交換など、みなさんとの交流会を行います。

    申し込みは申し込みフォームからどうぞ。
    2009年12月01日 09:57
    経済

    雇用を増やす唯一の方法

    アメリカの失業率上昇への対策としてポズナーは、最低賃金の引き下げを提案している。連邦最低賃金は、この2年間に時給5.15ドルから7.25ドルに40%も上がったからだ。ベッカーもこれに賛成しているが、民主党政権ではむずかしいので、減税を提案している。

    名目賃金の下方硬直性が失業の原因だということは、ケインズも『一般理論』で指摘している。ところが彼は同じ本の他の部分では、賃金を引き下げると所得が減って「有効需要」が減り、景気はかえって悪くなるので財政によって有効需要を創出するしかないと主張し、これがその後もマクロ経済学で教えられてきた。

    しかしケインズの下方硬直性についての指摘が正しいとすれば、賃金を下げれば雇用が増える価格効果があり、その調整速度は財政政策の効果より速いはずだ。最近のマクロ理論(DSGE)では、このような価格調整を理論化し、失業の原因は賃金や価格の硬直性で、それを補正するために金融政策が有効だと考える。実証研究でも、ケインズ的な財政政策の効果は疑わしく、価格調整のほうが有効だという結論が出ている。

    賃金の下方硬直性は、実は長期的にも重要なインプリケーションをもつ。90年代以降、世界的にデフレ傾向(disinflation)が続いている一つの原因は、冷戦後の新興国の世界市場への参入によって、グローバルな最低賃金が引き下げられ、物価にも下方への圧力がかかっていることだ。これに対応する方法は、次の4つしかない:
    1. 先進国の賃金を競争的な水準まで下げる
    2. 雇用を新興国に移転する
    3. 新興国と競合しないサービス業に雇用を移転する
    4. 労働生産性を上げて賃金コストを下げる
    先進国の雇用を守るには1がベストだが、賃金に下方硬直性があるため、グローバル企業は2の方法で競争力を維持してきた。これによって先進国では単純労働への需要が減少するので、3のように雇用を内需型の産業にシフトするとともに、実質的な賃下げを行なってきた。これによって製造業の労働人口が減って生産性が高まり、4の効果が上がった。その結果、グローバルな所得格差はこの20年間、一貫して拡大している。

    ところが日本企業はいずれの対策も怠って、既存の労働者の(世界的にみれば割高の)賃金と雇用を守り、若年労働者を犠牲にしてきた。政府も雇用調整助成金のような温情主義によって、賃金の下方硬直性を補強してきた。今回の不況で日本経済の落ち込みがもっとも大きく回復が遅い一つの原因も、労働市場の価格メカニズムが機能していないためである。

    要するに長期的には、雇用(労働需要)を増やす方法は、その価格(賃金)を労働生産性に見合う水準まで下げるしかないのだ。もちろんそれには労働組合が反対するので、実際には迂遠な方法でやらざるをえない。それが「グローバル化」であり「サービス化」である。政府は「2.7兆円を超える2次補正」を決めたが、以上から考えると、これは財政赤字を増やすだけで雇用を増やす効果はほとんどない。どうやら鳩山内閣もそう長くなさそうだから、次の首相はもっと合理的な経済政策をとってほしいものだ。


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