映画八甲田山ファンサイト Story/物語と解説 ●黒文字はストーリー ●ミドリ色文字はキンコの解説 ●オレンジ色はキンコのひとり言 「カッコ」は意訳 『カッコ』はシナリオまたは劇内のセリフ ※あえてすべてを収録せず抜粋 チャプター名(DVDと同じ)をクリックして各シーンへどうぞ 01第四旅団司令部 02二人の大尉 03この次お目にかかるのは 04徳島大尉の行軍計画 05小峠までの予備演習 06第五連隊の編成 07至急の書簡 08弘前第31連隊、出発 09黒い十和田湖 10青森第五連隊、出発 11厳寒をしのぐ智恵 12田代への道 13露営地での帰営命令 14白い迷路 15犬吠峠の案内人 16徳島大尉との約束 17「天は我々を見放した」 18夢の中の邂逅 19地吹雪の恐怖 20雪崩 21遅すぎた兄 22神田大尉との再会 23「八甲田山で見た事は」 24「間違いなく、雪の八甲田で…」 劇場予告編 このサイトは個人の趣味で運営し、権利の侵害は意図していません。サイトの記事や画像等を商業的に利用する際には必ずご一報ください。 ファンサイトへの(沈黙の)ご理解をいただいている関係の皆様に感謝しております。 なお、敬称を省略している部分があります。ご了承ください。 参考 映画「八甲田山」の世界(映人社) 八甲田山・特別愛蔵版DVD |
Chapter 1 第四旅団司令部 ■オープニング 空撮。ヘリコプターのプロペラ音。紅葉している秋の八甲田連峰。 ゆるやかにテーマ曲がはじまる。あたたかい日差しの向こうに寒気が待ちうけている。 主要キャストとスタッフのクレジット。 スクリーンいっぱいに「八甲田山」のタイトル文字。大迫力! ■青森第5連隊 校庭(営庭という) 明治34年10月。(西暦1902年) 営庭。隊員たちが匍匐(ほふく)前進や隊列行進の練習をしている。 3頭の馬がゆったりと営庭から営門に向けて走ってくる。「連隊長殿に捧げー!」の号令。 馬に乗っているのは津村連隊長(小林桂樹)、神田大尉(北大路欣也)と、山田少佐(三國連太郎)。馬で連隊本部から青森駅に行って、青森駅に馬を置いて、電車で弘前に行くらしい(たぶん)。このシーンのロケは、新潟県の陸上自衛隊新発田駐屯地が使用された。自衛隊員が多数エキストラ出演している。 新発田駐屯地ホームページ ■弘前市内 秋の津軽富士・岩木山。 画面下に民家が一軒。 シナリオでは、徳島大尉が会議の場所が変更になったことを自宅に来た伝令で知る。 会議の開始時間は午後1時からだ。 ■第四旅団司令部 馬が2頭、画面を通過する。 青森第5連隊の3人が、青森から弘前まで馬で40キロ乗って来たのか?…と誤解できるシーン。 ■司令部会議室 会議机の誕生日席に座っているのは友田少将(島田正吾、以下友田)。 窓側には、弘前第31連隊の児島大佐(丹波哲郎、以下児島)、門間少佐(藤岡琢也、以下門間)、徳島大尉(高倉健、以下徳島)。 向かいには、津村中佐(以下津村)、山田少佐(以下山田)、神田大尉(以下神田)。 山田だけがタバコをふかしている。 中林大佐(大滝秀治、以下中林)が、”極東地図”の前に立つ。 中林 『我が軍にとって明らかに準備不足のものが一つある。それは寒冷地準備、寒地訓練である』 さらに左横の壁一面に貼られている”東北地図”の前に立つ。でかい! 中林 『冬期の厳冬、深い雪をおかしての軍の移動や、一般物資の運搬が可能かどうか、(中略)この八甲田山を踏破し、寒さとはなにか、雪とは一体なになのか、その真実の姿を提示してほしい』 それを受けて友田。 友田 『八甲田山は、(中略)中間にあって手頃の山である』 友田は徳島と神田を「雪中行軍の権威者」と称して、直接話しかける。 友田 『どうだ、二人とも、冬の八甲田山を歩いてみたいとは思わぬか』 あきらかに動揺する津村。徳島と神田は微動だにせず返答。 徳島 『周到な準備をした上でやりたいと思います』 神田 『私も同様であります』 中林 「やる気があるのはよろしい。しかし、気持ちだけではなく、あらゆる方法と可能性を研究し、この行軍を必ず成功させなければならない」 友田から下されたのは明らかに「命令」だ、それがいつの間にか二人の大尉の「やる気」による雪中行軍訓練に、すり替わっている。しかも、徳島大尉と神田大尉が異常な「命令」を下されている事態を、かれらの上官は黙って見ている。上官を通さない命令の行使を黙認してしまったのだ。 ちなみにこの会議は史実ではない。ロケは「青森市森林博物館」で行われた。 ↑pagetop Chapter 2 二人の大尉 ■司令部会議室の外 司令部玄関から出てくる両隊。空気は重く、誰も話していない。 山田がタバコに火をつける。 徳島と神田が、互いに敬礼し初対面の挨拶を交わす。 徳島 『お名前はよく…31連隊2中隊の徳島です』 神田 『自分も前からお名前だけはよく…5連隊5中隊の神田です』 なんと挨拶を会議前に交わしていないのだ!これが軍隊の流儀なのだろうか? 徳島、神田はお互いの名前を「よく・・・(きいている)」らしいが、どんなウワサなのか? 津村と児島が立ち止まり、同じ時期に出発し、八甲田山ですれ違うことにすることで合意する。 「お互いに大変ですな」と山田をねぎらう門間だが、 「決まった以上は仕方がない」と山田に突き放され門間は呆然とする。 徳島 「本当に大変なのは我々ですよ、一番大きな貧乏くじはね」 わざと(?)聞こえるように言い放つ徳島。門間と山田が振り返る。 山田は何度も振り返るが、気にしてない神田。 神田 「弘前もちょっと風が冷たくなりましたね」 徳島 「もうボツボツ11月ですから」 二人は空を仰ぐ。 2列歩きシーンのロケはたぶん弘前城周辺。6人それぞれの性格が分かるシーンになっている。むろん史実では、青森と弘前の両隊がすれ違う「提案」は交わしていない。 ■青森第5連隊 田茂木野 身長より高い黄金色のススキの中を歩く神田以下4名。 田茂木野村の村人と話しをしている神田。前かがみがカワイイ 江藤伍長(新 克利、以下江藤)が、老人を連れて来る。 江藤 『この人は村長(むらおさ)で、意外としっかりとしております』軽く失礼な人物紹介 神田は地図を開き、老人に質問。 神田 「1月の末か、2月の初めに、ここから田代へ出て三本木へ行った者はないか」 老人(作右衛門)は、「そんな馬鹿者はいねえよ」 伊東中尉(東野英心、以下伊東)は、老人がと吐き捨てた言葉を、神田に対して馬鹿と言ったのだと勘違いする。 老人に詰め寄る伊東。気にせず話し続ける老人。 老人 「4年前に若い者が、田代温泉に行くと出かけたが、6人とも吹雪に飲み込まれ死んだ。・・・1月と2月の八甲田は、生きては帰れない、白い地獄だよ」 目をまるめて老人の話に聞き入る神田。 老人は冬の八甲田を「白い地獄」だと断言した。一同、無言で顔を見合す。 ■畳の部屋 女性が仕立ての良さそうな着物を広げている。その着物を神田に着せる。神田の自宅だ。 陽気な鼻歌が聴こえる。神田と妻はつ子(栗原小巻、以下はつ子)は見合わせて、その鼻歌に微笑む。鼻歌の主は、神田の従卒・長谷部一等卒(佐久間宏則、以下長谷部)。玄関でゲタの鼻緒を揃え、神田の外出の準備をしている。 玄関で妻はつ子からふろしき包みの日本酒2本(シナリオでは長谷部がヒモで縛っている。日本酒の銘柄は何だろう?神田の出身地秋田の酒か?)を受けとり、神田は出かける。 ↑pagetop Chapter 3 「この次お目にかかるのは・・・」 ■弘前に向かう車中 汽車に乗っている最中も、 神田の脳裏には、田茂木野の老人の言葉がよぎる。 老人 『案内人?それはまぁ人によりけりだ、するほうも、されるほうにもな』 原作では、神田は「平服」で外出している。この時代の平服(普段着)って何だろう?映画では着物、マンガではスーツを着用している。どちらが新田次郎さんのイメージだったのか? ■徳島の家(富田新町の設定) 徳島が作成した『岩木山行軍記録』の資料を、鉛筆で熱心にメモをとる神田。 徳島がとなりに座って神田の「勉強」を見守っている。神田が質問したくなると、神田の心が聴こえたのか、絶妙のタイミングで的確な資料を置く徳島。顔を上げて徳島の顔をじっと見つめる神田。いいなぁ シナリオでは、「雪の中では(目標の把握がむずかしいので)地図が使えない」、「案内人が必要だ」と徳島は神田に忠告している。 徳島に教えを請う人が、今までいなかったのかも?しかも休日に手土産を持って。 ■徳島の家(勉強会後) 勉強会が終わり、ひと息。 徳島は娘(信子)をヒザに抱いて、リンゴを食べさせる。 シナリオでは、神田が徳島に田代元湯の情報を提供している。 徳島 「田代の様子が分からなかったんです」 神田 「12月から4月いっぱいは雪で途絶してますが、通りかかった炭焼きが立ち寄ることもあるようです。田茂木野〜増沢間の設営地はここしかありません」 徳島 「もし八甲田をやることになれば、編成は少数の精鋭主義にする」 断言した徳島は、軽装備で、全旅程は民泊すると神田に断言する。 雪中行軍は決定事項ではないかと驚く神田。 徳島 「師団が雪中行軍をやれと命令を出せば、装備や予算でネジこまれるから、連隊の責任でやれと言っているだけですよ」 徳島は師団幹部の本音を分析する。 徳島の妻・妙子が顔を出し夕食を摂ってくださいと神田にすすめる。あわてる神田。 妙子 『いえ、結構なあんなお酒をいただいたのに、ほんの手料理で』 神田が持ってきた日本酒の銘柄が気になりますなー。 台所の妙子とお手伝いの”みつ”。客間からは徳島の唄声。 『♪無理な親衆に使われて、十の指っこから血を流す〜♪』 妙子は、「また唄っているわ、しょうがないわね」的な表情。徳島が唄っているのは『弥三郎節』。津軽地方の民謡で、嫁いびりの内容。いわゆる「怨み節」。ひーっ! 北東北こだわり百科 徳島は酒も手伝って気分よく(?)熱唱(?)。 神田は徳島に合わせて遠慮がちに一緒に小声で唄っている。カワイイ 徳島 「・・・まるで、生き地獄の八甲田に追いやられる、俺達みたいなものだ」 苦笑する神田。 神田 「青森に来て(神田は秋田出身)長いのに、弥三郎節がうまく唄えない」 卑下する神田。唄えなくてもよさそうなものだが。 徳島 「その気になれば、どんな唄でもうたえる」 神田 「雪中訓練で一番辛い時、みんなは”温泉で熱燗”を・・・と考える。この気持ちは分からなくもないけど、自分は寒さが厳しいほど、春の花、夏の緑・・・そんなものばかり思い出すんです」 徳島 「俺は、風向きや、温度とか、馬にはかせるカンジキとか・・・(神田のような)そういう考えだけは縁がなさそうだな」 笑って、ようやく打ち解けて杯を交わす二人。 シナリオによると、夕食メニューは干した鱈、岩木川のカジカや鮎。 映画で神田がほおばる小鉢は、シャキシャキ音がするのでキュウリかウドの酢の物かも。 ■徳島の家(玄関) 予備演習することをすすめる徳島。 神田 『これからは準備に忙殺され、お目にかかることはもうできないと思います』 徳島 『この次神田大尉にお目にかかれるのは』 神田 『雪の八甲田のどこかで』 この約束シーンは映画オリジナルの描写。(小説にはない) ■弘前第31連隊の営門 弘前隊の営庭。雪が積もっている。量は多くない。渡り廊下を歩く徳島。 ↑pagetop Chapter 4 徳島大尉の行軍計画 ■弘前第31連隊 大隊長室 徳島から書類を受けとる門間。中味を一瞥するなり血相をかえる。 門間 「説明は連隊長と一緒に聞く!」 ■弘前第31連隊 連隊長室 徳島の「行軍計画書」を広げる児島。 児島 「10泊11日、行程240キロとは、どういうことだ!」 徳島、何も言わずに地図を指しながら行程の説明をする。 徳島 「こんな行程になったのは連隊長殿の責任です」 さらに、この行程しかないことを説く徳島。 徳島 「この計画が無謀と思われるのなら、5連隊との約束を考えなおしていただきたい。自分は八甲田をやめて岩木山にします」 さっきから、何も言えない児島と門間。 さらに徳島は、編成は27名で士官を主力にすると説明。 徳島 「自ら軍人を望んだ者ならば、いざという時、国民にも残された家族にも、申し訳がたつと思ったからであります」 「いざ」には、徳島自身も勘定に入っている。 徳島 「旅団本部で八甲田を安請け合いしたことに後悔しております。冬の八甲田はこれ以上ない最悪の地帯で、今後100年たっても、冬の八甲田は人が通ることを許さないでしょう」 冬の八甲田を死地に等しい場所だと徳島は断言した。 「死地」に「行け」と友田に命令されている部下を、黙って見ていた児島と門間。 徳島 「なんども、この雪中行軍をやめようと考えましたが、青森5連隊で神田大尉が指揮官になり、八甲田に挑むからには・・・私も八甲田に行かねばならないのです」 ↑pagetop Chapter 5 小峠までの予備演習 ■青森第5連隊 連隊長室 青森第5連隊に徳島の計画書が送られてきた。 読み終えた木宮と山田は無謀な計画だと首をひねる。 こちらの進捗状況はどうかと質問する津村。 説明せよと、アゴで神田にうながす山田。いやーな雰囲気 神田は地図を指しながら2泊3日の行程を説明する。 神田 「小隊編成で、道案内人をつける必要があると考えていますが、小峠までの予備演習の結果で決定するつもりです」 3人の上官に囲まれた神田は小僧扱いだ。 神田は徳島との勉強会で「小隊編成」でなければ八甲田は越せないと確信していた。 シナリオでは、山田は繰り返し「青森5連隊らしい個性的な計画の作成」を神田にリクエストしていた。 ■青森第5連隊 予備演習 無風で快晴。予備演習が行われている。 先頭にはカンジキ隊(雪を踏み固める)、隊列の最後尾は行李輸送隊(ソリに物資を積載)。 大きな橇を、3人が縄で引っぱり、1人が後ろから押す。重労働で顔が歪む隊員。体が熱くなってシャツが汗だくになる。手前のヒゲの橇隊員が大竹まこと氏と思われます。 多くの隊員は、カンジキ隊が踏んだ道を歩いて、重い資材は橇隊に任せているので気楽だ。 長谷部 『まるで雪の中の遠足だな』 ■弘前第31連隊、雪中行軍本部 部屋に多くの隊員が集まり、(机の上に置いてあるのは装備のサンプルか)徳島大尉から直接に行軍の注意を受けている。 斉藤伍長(前田 吟、以下斉藤) 「自分は歩足の調査だけでいいのですか?」 徳島 「それだけでいいから、正確にやってくれ」 佐藤一等卒(樋浦 勉、以下佐藤)と、小山二等卒が帰ってきて報告(宿営と案内人について)をはじめる。二人の報告をメモに録る録高畑少尉。そのようすを皆見ている。 佐藤一等卒と小山二等卒って似ている気が・・・。 ■青森第5連隊 予備演習 永野軍医(竜崎 勝、以下永野) 『凍傷どころか、寒さを訴える者もいない。これじゃ軍医も用無しですわ、ハハハハ!』 あくまで「好天に恵まれ」ているからだとする神田の慎重さも、暖かい日差しに消されてしまった。 ■青森第5連隊 予備演習(小峠) 大休止。汗をぬぐう者、おにぎりを食べる者、タバコをふかす者。 樹木に向かって歩く長谷部。長谷部に雪玉をぶつける隊員。樹木の周辺は雪がやわらかく、長谷部は首まで雪に埋まってしまった。その雪まみれの長谷部を隊員たちが笑う。おどける長谷部。 史実でも予備演習は行われた。目的地は小峠。 天候がよければ、先の大峠まで歩くことが予定されていた。この日、小峠までの天気は無風快晴。大峠までトライしてみるべきであったが、神田は(史実の神成大尉も)なぜか前進しなかった。真意は不明。 ↑pagetop Chapter 6 第五連隊の編成 ■青森第5連隊 第二大隊長室 ニコニコ顔の山田。今日の予備演習の結果が良かったからだ。 山田 「それはよかった、大隊を繰り出してもいけるのだな」 神田 「はい、しかし今日のような天候に恵まれた場合のことで・・・」 神田はミスを犯した。当日の天候によって、当日に隊の編成を変えるなんてことは、できないのだから(できるのか?)大隊で行ける可能性など言い出すべきではなかった。 窓の外をしばらく眺める山田。やがて振り返って。 山田 「決まった! 雪中行軍は中隊編成だ」 山田 「5中隊(神田の指揮する隊)を中核として、青森第5連隊すべてが参加し、大隊本部も随行する実行計画書を作ってくれ」 神田は何かを言いかけて止めた。決定しちゃった(>□<) ■青森第5連隊 中隊長室 長谷部、お茶を入れて神田の机の上に置く。 長谷部 「叔母の所まで外出許可を頂きたいのであります」 長谷部、神田へ1通の封書を渡す。差出人は弘前隊の斉藤伍長。 長谷部 「この行軍は、生きて帰れない雪地獄にはまり込むと」 だから雪中行軍の前に、「叔母の家で別れがしたい」ということらしい。 長谷部は農家の生まれで幼少のころに宮城に養子に出された。斉藤伍長は実の兄である。 弘前第31連隊には、徳島の壮絶な「覚悟」が隊員ひとりひとりに行き届いている。 青森第5連隊はどうか?山田は「隊の名誉」、神田は「自らの向上心」、隊員は行楽気分。 誰も目の前の冬の八甲田を見ていない。 ■青森第5連隊 大隊長室(数日前) 小隊編成にしたいと、繰り返す神田。 山田 「無謀な31連隊の計画がもし成功したら、優劣があまりにもハッキリつき過ぎる」 神田 「31連隊の計画は連隊相互の約束もあり、徳島大尉としても、やむにやむを得ぬ・・・」 どうやら、連隊の沽券を争う雪中行軍になってしまった。 神田大尉は、誰かを味方にして山田に対抗できなかったのかな? 灯りの点いていない兵舎をあとにする神田。門兵さえも目に入らない。 いつもなら、「お疲れ!」と、門兵にねぎらいの言葉をかけそうな神田大尉なのに。 ↑pagetop Chapter 7 至急の書簡 ■青森郊外筒井 神田の家 はつ子が美しい笑顔で神田の帰宅を出迎える。肌しろーい 長谷部が家にいるので驚く神田。叔母の家に行ったはずではないか? 長谷部 「一足違いで兄は弘前に帰ってしまって」 長谷部が沸かしてくれた風呂。はつ子はそんなことまでしなくてもいいと止めたらしい。 湯船の中でじっと目を閉じる神田。サービスカットです 外では長谷部が釜に薪をくべている。 神田 「お前の兄の伝言は、どういう内容だ」 ■長谷部の叔母の家(回想シーン) 立ち上がった斉藤が玄関(?)で靴を履きはじめる。時計は3時ちょうど(pm?)。気の毒そうに斉藤の背中を見つめる叔母(菅井きん)。 斉藤 「善次郎には、できることなら行かないようにとな」 長谷部は、「兄は心配性であります」と神田に報告する。 斉藤 「善次郎は子供の時に宮城に行ってしまって、雪の怖さを知らない。青森第5連隊は雪の怖さを知らない連中が多くて危険なんだ」 青森第5連隊は宮城、岩手出身者で構成。弘前第31連隊は青森出身者で構成されている。 ■青森郊外筒井 神田の家(風呂) 神田 『お前の兄のいう通りかも・・・怖いと思うのなら行かなくてもいいぞ』 湯船の中の神田。汗ばんでいるが、顔色がさえない。 長谷部 「冗談じゃない、中隊長殿(神田のこと)が指揮官として行かれるのに、従卒の私が・・・それに雪中行軍なんて、雪の中の遠足じゃないですか」 ”雪の中の遠足”…それこそが、善次郎の兄が恐れていたことなのだと、長谷部は気付かない。雪の八甲田を遠足すれば兄と会えるのだと無邪気に考えている長谷部。 ■青森郊外筒井 神田の家(奥座敷) 風呂を出たあとも編成計画の作成に没頭している神田。食事したのかな? 神田がいる部屋には、お茶の道具があって、本があちこち横積みになっている。この部屋が、神田の書斎ではなく、雪中行軍計画のための、臨時の勉強部屋であると推測される。(本を横積みにするのは、たしか軍隊では、行儀が悪いことなのでないかと) ■青森第5連隊 第5中隊 中隊長室(回想シーン) 伊東、藤村曹長(蔵 一彦、以下藤村)、江藤は、 「大隊本部が随行する」、「上部機関がくっつく」ことに、疑問と不安を感じている。 神田 「大隊長殿には、大隊長殿なりのお考えがあるようだ」 キッパリと答える神田だが、表情は硬い。 その「お考え」とは、弘前への対抗心としての「見栄」なのだが。 ■青森郊外筒井 神田の家(奥座敷) 編成計画の作成に熱中している神田。 誰かが自宅に来た。 伝令 「31連隊から、大尉殿宛てに至急の書簡がありましたので持参しました」 伝令の頬が赤い。雪の中を走ってきたのだろう。 封書の差出人は、『弘前歩兵第三十一連隊 第二中隊 徳島和正』 あて先は、『神田榮蔵』 神田、机にもどって徳島からの手紙を読む。奉書に筆書き。 「和正」なんてオフコースチックな名前の徳島大尉。一方の神田大尉は明治チックな「榮蔵」です。 徳島 「1月20日に出発致します。貴隊の予定が決定してないので、どこで会うかわかりませんが、八甲田山にかかった頃と推察します。もし我が隊が危険、困難な状態に陥っていることがあれば、その時は、武士の情けで、なにとぞ、御援助を・・・」 徳島が「危険エリア」に指定(?)したのは、増沢〜田代、田代〜鳴沢〜馬立場、馬立場〜賽の河原・・・これは、第5連隊の行軍ルートそのもの。徳島は神田に救助を頼むふりをして、暗に「危険エリア」の情報を伝えているのだ。 ↑pagetop Chapter 8 弘前第三十一連隊、出発 ■弘前第31連隊(以下徳島31連隊) 営庭 明治35年1月20日、午前5時。 まだ暗い営庭を出発する雪中行軍隊。 ラッパも鳴らさずに、粛々と28人が営門を出て行く。 雪中行軍隊は、隊員27名と従軍記者1名の合計28人編成。史実では38名(記者含) 徳島 『軍歌、雪の進軍始めーーッ!』 逆光に照らされた徳島が、画面の中で大きくぶれる。(ハンドカメラ使用か?) 見わたすかぎり雪で覆われた弘前平野。背後には岩木山。 隊員の歌声。晴天無風。 ■青森第5連隊 連隊長室 津村の机の上には、神田渾身の『八甲田山雪中行軍計画要項』 津村 『随行の大隊本部・・・これは行軍隊には関係のない編成外だな』 山田 『その通りであります』 津村、計画書に署名し、印を持つが、躊躇し、もういちど、 津村 「指揮は神田大尉が取るのだな」 山田 「はい、指揮は一切神田に任せます」 まだ躊躇しているが、徳島31連隊がすでに出発していると聞き、津村は嫌な予感を振りきるかのように、ギュッと計画書に印を押した。うわーん ■徳島31連隊 弘前平野を過ぎた付近。雪の山道。景色がモノクロームになってきた。 徳島と、田辺中尉(浜田 晃、以下田辺)は、隊列の様子を気にして振り向く。 小国村村長・相馬徳之助が道案内のために迎えに来た。 (相馬村長が乗ってきた馬は、途中大休止をした唐竹村にあずけた)さらに1人、猟師の弥兵衛が加わった案内人2人で小国に向かう。村長自ら案内人として出迎し、さらに猟師さんをつける念の入れよう。 村を出た途端に、積雪が深くなり、道が無くなった。樹木の間を歩き、白い雪原を歩く隊員たち。 途中行われた気象調査結果。 気温:マイナス7度、積雪:1メートル10センチ、風力:5メートル、体感温度:マイナス12度 計測が終わるまで、計測担当以外の隊員は身を寄せ合い、足踏みをして寒さを耐えている。徳島も辛そうだ。徳島隊一行は小国で宿泊。 ■1月21日 徳島31連隊 小国を出発 山の谷間。樹林の間を進む徳島31連隊。歩足担当の斉藤が歩数を数えている。 フラットな台地の「琵琶の平」に出る。 十和田八幡平国立公園に隣接し八甲田連峰を眺望できる「琵琶の平」。現在は大自然のゴルフ場がある。 ■青森第5連隊 連隊長室 連隊長室に雪中行軍隊の各小隊長が整列している。神田が名前を呼ぶ。 第1小隊長 伊東中尉 第2小隊長 中橋中尉(金尾哲夫、以下中橋) 第3小隊長 小野中尉(古川義範、以下小野) 第4小隊長 鈴森少尉(荒木貞一、以下鈴森) 第5小隊長 中村中尉(芦沢洋三、以下中村) 小隊長5名、見習士官2名、準士官2名、下士卒186名。指揮官の神田を含めた総員196名。 整列している大隊本部の隊員。山田が名前を呼ぶ。 倉田大尉(加山雄三、以下倉田) 沖津大尉(玉川伊佐男、以下沖津) 永野三等軍医 田村見習士官(日和田春生、以下田村) 井上見習士官(仲野 裕、以下井上) 進藤特務曹長(江角英明、以下進藤) 今西特務曹長(井上博一、以下今西) 以下、看護長、伝令を入れて、総員14名。 津村 『行軍隊と随行員で210名・・・ここからたとえ一人といえども落伍者その他を出さぬよう、万全の準備とその実施を希望する!』 ■青森第5連隊 第5中隊事務室 藤村 「え!?経理部からまだ金が?困るよ!」 江藤 「乾燥させた餅を2個だ!」 藤村 「本日中に被服としては藁の雪沓を420足だ!」 準備でドタバタしている事務室。藤村と江藤が電話の相手をどなっている。 その横で、神田が5人の小隊長と見習士官に、携帯品のレクチャーしている。注意点をメモに取りやすいように、ていねいにゆっくりと話している。プリントを配ればいいのにね その間も電話が鳴り続け、あわただしい。 兵舎の外。カンジキを履いた若い隊員がふざけている。(はじめて履くのか?) 渡り廊下で、親しく声をかけあう江藤と村山伍長(緒方拳、以下村山)(同郷ではなさそうだが、二人で話していると訛りが強くなる) 江藤 「その新聞はなんだ?」 村山 「寒いときこれを着るとえらく暖ったかい。酒保で買ってきた」 江藤 「んだべか、じゃぁ俺も・・・いや、被服倉庫に行かないと」 村山 「へば」へばちゃんってマンガがあったな〜 村山が手にしているのは、新聞と油紙と唐辛子。”酒保”とは売店のこと。当時、古新聞はわざわざ買うものだったのか。 ↑pagetop Chapter 9 黒い十和田湖 ■1月22日 徳島31連隊 切明を出発 切明から白地山をめざしている徳島31連隊。5人の案内人と共に、山の狭間を一列縦隊で進む。 上空は荒れ、風雪は激しく、隊列が吹雪で時々見えなくなるう。 小休止。 ポケットから豆をとりだして、歩足調査の結果をみる斉藤。 油紙に唐辛子を散らし、足を包む佐藤。吐く息が白い。 靴に唐辛子を直接入れているのは記者の西浦。 ↑切明を出発し、白地山を経て、銀山宿泊なので、この日の移動距離は長い。 徳島 「風が強いから、耳当てをつけろ、手袋は2枚にし、襟巻きをまけ!」 褐色のウサギの毛の耳当て。かわいい 白のフランネルのマフラー。(柔らかい毛織物のこと、ネル) 手袋は、現在の”軍手”に近い。 かなり寒かった(小国付近で体感マイナス12度を計測)はずなのに、マフラーや手袋を着用せずここまで来たのはスゴイ(耐寒訓練も兼ねているんだろうね)。上官の命令がないと防寒着装備を着けられないのはキビシイですね。 雪が激しくなってきた。 太陽光は無く、風雪のみの世界。 ひたすら黙して縦列で進むのみ。 目標の白地山の山頂に立っても歓喜はなく、 ひたたび黙々と山を降りる。 次の目標は銀山だ。 登りも降りも急勾配。前を歩く者の足元しか見えない。 小説では、頂上で徳島がラッパ吹奏を命じる。(唇がラッパの吹き口に凍りついて吹けなかった) 白地山(しろじやま)は標高1034メートル。徳島隊は尾根伝いに、白地山から元山峠を経て銀山に進んだ。現在では、元山峠を経由するルートは一般的ではないようだ。 白地山は往復5時間ほどで、湿地の自然と、十和田湖が展望できる所だそうな。 下り坂で松尾伍長(早田文次、以下松尾)が転んだ。「大丈夫であります!」と言う松尾伍長の顔は痛みで歪んでいる。4人に支えられて起き上がって、再び歩き始めた。 案内人 『十和田湖だ、十和田湖が見えるぞー!』 徳島は目の前に広がる十和田の景色に絶句する。 これが、日本有数の景勝を誇っている十和田湖なのか。 どす黒い湖面。 激しくうねる湖面。岸に叩きつける波。悲鳴のような暴風雪。空が吠えている。 ■青森市内 神田の家 はつ子と長谷部が神田の荷造りをしている。かわいい二人 神田は机に地図を広げて考え込んでいる。 荷造りがほぼ終わったところで、長谷部は帰った。独身寮か? 懐炉の灰を油紙に巻いているはつ子に、神田は「5日分か、6日分にしてくれ」と注文する。はつ子はキョトンとする。栗原さんキレイ はつ子 『軽いものですからいいですけど、(雪中行軍は)2泊3日でしょう?』 神田 『いや、5日か、6日分だ』 ほんの数行だけの神田夫妻の会話シーン。 平民出身で士官学校を出ていない神田の努力を、はつ子は近くで見てきた。野心を達成する才能と行動力を持った神田が、じつは地味な努力を積み重ねていることをはつ子は知っている。 上官と部下に頼りにされていても、神田はいつでも深い孤独感にいると、はつ子は知っている。 だから、はつ子は無邪気に振舞うようにしている。 小説では、神田の中に「翳(かげ)」を見たはつ子が叫び声を上げるが、映画では削除されている。 たしかに、栗原小巻のはつ子には似合わない振舞いだ。やや鈍感で気丈なのが良い。 <神田大尉スモーカー疑惑!?> 神田大尉の勉強机の上に灰皿のよーな物体を発見!シナリオで確認してみると、長谷部に外出許可を与えたあとにタバコを吸うシーンがあるではないか!徳島大尉の家では一切喫煙してなかった神田大尉。もしかしたら吸いたかったのをガマンしてたのだろーか?(できれば非喫煙者であってホスイ) ↑pagetop Chapter 10 青森第五連隊、出発 ■青森第5連隊(以下神田5連隊) 営庭 明治35年1月23日、午前6時55分。 神田の「出発!」の号令。青森第5連隊の雪中行軍隊がスタートした。 行進の順番は、 中隊指揮班、第1小隊、第2小隊、第3小隊、第4小隊、大隊本部、第5小隊、行李輸送隊。 見送る顔ぶれには、津村、木宮はもちろんのこと、三上少尉(森田健作、以下三上)の姿もある。 ラッパが吹奏され、足並みが揃い、晴れやかに営門を出て行く雪中行軍隊。 「どぉーんどぉーん」とBGM。 高らかで勇ましいラッパ演奏に合わせて、キビキビと行進する行軍隊。 重い橇を引き、ラッパ演奏に合わせられない最後尾の行李隊。カメラがその足元をじっくりと映す。 ロケ地は新潟・新発田の自衛隊駐屯地。この出発シーンが撮影のクランクアップ。多くは自衛隊員のエキストラだが、俳優の方が行進が上手だったらしい。 続く「どぉーんどぉーん」低く重いBGM。 営門から5〜8キロ地点の神田5連隊。 植樹の間の雪原を、「雪の進軍」を歌いながら進む雪中行軍隊。 枝の間から覗いていたカメラが上昇し、BGMのトーンが大きくなる。 雪中行軍隊を俯瞰するカメラが、「悪い予感」を観客に伝える。 ■ 神田5連隊 田茂木野 先頭のカンジキ隊。ヒザまでの雪を踏みしめて進む。 田茂木野村で小休止。雪が積もっている。 ようやく橇隊が到着する。 橇隊を待っていたので長い休憩になった。 田茂木野の村長・作右衛門が、数人の村人を連れて、近くの隊員に声をかけた。 作右衛門が声をかけたのは大隊本部の幹部たちだった。よりによって・・・ 進藤 「神田大尉なら向こうだが、なんの用だ」 作右衛門 「田代までの案内を、なんとかすべえと思ってな」 タバコを吸っていた山田が振り返る。 山田 『神田大尉が頼むといったのか』 作右衛門 「案内できる者があるか訊いただけだよ」 山田 『そうだろう、案内など頼む訳がない』 遠くから作右衛門の姿を見つけてあわてて走ってくる神田。 山田 『お前達は案内料が欲しいためにそんなことをいうのか!』 山田の怒号。立ち止まる神田。 さらに山田は、くわえタバコのまま、 山田 「戦をする者が案内人を頼んでおられるか。軍には地図と(外套の表ポケットから取り出して)磁石がある。案内などいらないのだ!」 立ち去る作左衛門。誰も何も言えなかった。 山田 「案内料欲しさに、案内人なしでは田代まで無理だという。バカなやつらだ」 山田はさばさばした表情で神田に説明した。 神田に対するイヤミ(?)ではなく、自分が代わりに追い払ってあげたよ的な態度。 山田 『(笑いながら)よし出発、(タバコを捨てて、振り返って)出発用意!』 ”出発号令”は、神田の権限だ。だが山田に”悪気”は感じられない。 神田以外から発せられた”出発号令”に戸惑っている兵士もいるが、深く詮索しない。数時間後には、”温泉で酒”なんだから。そもそも誰の号令なんてどうでもいい。出発の号令を聞いたら、すぐさま装備を整えて、隊列を揃えて、出発すればいいのだから。 作右衛門 「山の神様の日に・・・バカな真似にもほどがある」 ”山の神様”とは民間信仰で、日本各地それぞれの地域で、それぞれの生活に関わった民間信仰がある。 田茂木野の村民は”山”を信仰しているので、山の神様に触れてはならないタブーの日がある。それがこの日だった。 山岳地方の民間信仰で、山の中で弁当を食べた後にワリバシを折る習慣がある。山の神を下界に連れてこないための風習らしい(たしかマタギ)。山に暮らす人が常に山を畏怖する気持ちや生活習慣を、人が理解することは難しいことなのかも知れない。 山田が威圧的態度で村民を追い返した件は諸説ある。 ・金銭目的が横行していて軍隊では辟易していた? ・計画にないことは、善意であっても、臨機応変に受けることができない? ・・・どうであろうか。 もし自分が作右衛門ならば、どうしても案内人になるためには、どうするだろうか? もし自分が神田大尉ならば、どう言って山田を納得させるだろうか? もし自分が大隊本部員なら、どうやって山田、神田、作右衛門の3者を取り持つだろうか? ■徳島31連隊 十和田湖湖畔 湖面を伝う強風。 佐藤を先頭に、徳島たちは黙々と歩いている。 ■神田5連隊 小峠へ なだらかな斜面。降雪が激しい。ひざ下まで積もっている雪。 神田は、先頭カンジキ隊の交代と、中橋小隊へ橇隊の援護を命令した。隊員もテキパキと俊敏に命令を実行する。しっかりとした足取りで進む雪中行軍隊。 ■徳島31連隊 十和田湖湖畔 たたきつける波しぶきが、湖の周辺で凍てつく。 転んで捻挫した松尾が歩行困難になってきた。 徳島の命令で、川瀬伍長が代わりに荷物を持つことになったが、背嚢(はいのう、背中におう四角な袋。リュックみたいなもの)を外すだけでも2人がかりだ。 先頭で案内役をしている佐藤が、湖面をじっと見ている。 (回想シーン) 初夏の十和田湖。豊かな樹木の間からエメラルド色の湖面がのぞく。 太陽光をたっぷりと浴びる樹木の葉っぱ。小鳥の鳴き声。 湖面は静かに雲を映し、母親のようなおだやかさに満ちている。 だが、佐藤の目の前にある十和田湖は・・・ 徳島の出発の号令で、佐藤は我に戻った。 ↑pagetop Chapter 11 厳冬をしのぐ知恵 ■神田5連隊 小峠(小休止、昼食) コチコチに凍った握り飯。凍結していて、剣で砕いてみてもどうにもならない。 『こんなものが食えるか!』 握り飯を雪の上に捨てる隊員が続出する。短気は損気だよ 握り飯に食らいつく江藤。江藤の握り飯はやわらかい。 長谷部じっと江藤の握り飯を見つめている。長谷部の視線に気がついた江藤。握り飯を1つ長谷部に差し出した。礼を言うやいなや握り飯に食らいつく長谷部は。他の隊員が長谷部をうらめしそうに見ている。 握り飯をウマそーに頬張っている村山。ホントにうまそー 村山は握り飯を油紙と風呂敷に包んで体に巻きつけ、体温で温めていたので凍らなかったのだ。 握り飯をポイ捨てする渡辺伍長(堀 礼文、以下渡辺) 渡辺 「たかが握り飯、いっぺんくらい飯をぬいたほうが酒がうまい(みんなに聞こえるよう大声で)今夜は田代の温泉で一杯だからな、ハハハ」 何も食べずに足踏みしている隊員らも一緒に笑う。 雪の勢いはさらに増している。 平山 「田代はどちらの方向でありますか?」 平山一等卒(下条アトム、以下平山)が指差す先には、視界が無い白い壁。・・・ 凍って食べられないとはいえ、食べ物を捨てるのはどうだろう? すべての隊員がやったわけではないが、捨てたのは(生存者の証言から)史実だ。現在の感覚でも、かなり野蛮な行為で、どうも理解できない感覚だ。 2005年に徳島31連隊のルートを冬期走破したMさんによると、雪山を歩き始めてしばらくすると説明がつかない妙な高揚感(コーフン?)が起きるらしい。たぶん彼らにも同じような現象が起きたのではないか。団体旅行(?)で、目的地は目の前。 高揚感が、短気につながり、食べ物を棄てる行為に至ったのかもしれない。 永野が神田と伊東に話しかけている。 永野 「天候は急変している。昨夜、青森測候所でここ数日の天気を訊いたところ、優勢な低気圧が太平洋岸を北上している」 さらに、 永野 「昼ごろに北西の風が強くなったら、天候の異変と考えてもいいということだ」 神田、空を見るが、なにも言わない。 周囲の隊員は、3人の動向に注目している。 永野 『(神田の態度にしびれを切らして)自分は大隊本部付であり、直接の指揮官にこれ以上どうこうはいえないので、大隊本部長に直接意見具申をします』 神田、ハッとして永野を見る。 なぜ、神田が黙っていたのか、理解に苦しむ。 だが、神田が逡巡していることは確かで、それを永野に見透かされたに違いない。 小説の神田は、永野の進言に同意し、永野と一緒に山田へ進言しに行っている。 ■徳島31連隊 十和田湖湖畔 荒れ狂う十和田湖湖畔。 船山見習士官(江幡 連、以下船山)の測定結果が報告される。 気温マイナス17度、風速北西15メートル 田辺 「急に温度が6度も下がり、風は5メートルも」 船山 『これは本格的な大暴風雪の前兆ではないでしょうか?』 徳島 『大暴風雪?』 空を見上げる徳島。大暴風雪。予測していたがやはり来るのだ、認めるしかない。 大暴風雪(だいぼうふうせつ)という気象用語はなく、「暴風雪」(大がつかない)が正しい。気象庁の気象用語によると、”暴風(平均風速25m/秒をこえる風)に雪を伴うもの”の意味。気象用語は地方により異なるが、「大暴風雪」は、家にいるべき(屋外に出るべきでない)状況を意味している。 ■神田5連隊 小峠 大隊本部を中心にして会議が開かれている。 今西 「ここは山の上だから、この程度の風は当たり前だ!」 進藤 「兵卒の服は木綿の小倉だが、我々と同じ羅紗の外套を1枚着用し、予備も1枚持っている!」 今西 「これぐらいの天候で中止なら、なんのために準備・計画したのか、その意味がなくなる」 進藤 「不可能とは思えない。もし困難に遭遇してもそれを可能にするのが、我々の任務であり!」 永野の進言は失敗していた。 下士官の今西と進藤が勇ましく大声をあげ、将校たちが何も言えないでいる奇妙な会議。永野が反論するスキさえも無い。将校たちの意見は「帰営やむなし」でまとまってたのにである。 神田の脳裏には行進してくる徳島隊。「雪の進軍」を歌い、力強い足取りで。 津村と児島の約束の声が重なる。 『1月か2月の初めに』 『そう、八甲田のどこかで』 『前進ッ!』 山田の号令。 神田も永野も他の将校たちも驚いたが、何も言わなかった。 山田の独断だけで、雪中行軍が続行されてしまったわけではない。 将校たちの「決断」に、反論する下士官、それを咎めない将校。黙ったままの指揮官・神田。……不可解が重なり、ついに山田の「号令」が発せられた。 小説ではその経緯が細やかに描かれている。 1)永野の「帰営すべき」に神田が同意(指揮官が決定)したのに、山田を説得しに行ってしまう。 2)しかも山田は、各小隊長を集めて会議を開いてしまう。 3)「帰営すべき」と将校の意見はまとまっていたのに、下士官が会議に割り込んで強気の発言。 4)山田が「前進っ!」の命令を下す。 どれか1つの要素でも抜けていれば、山田の「前進」命令は無かったのでは? まるで、そうなることが決まっているかのように、「運命」に向かってしまったようである。 綱を手にし、橇に積もった雪を手で払いのけて、出発準備をはじめる橇隊員。 山田の「前進」号令に疑問を感じているが、 橇隊員C 「どっちだっていい、俺たちには関係ない、田代に着いて、とっぷりと温泉につかり・・・」 大竹まこと氏です 伊東 「やりにくいことになった」 藤村 「中隊長(神田のこと)はもともと進軍の腹ですよ」 たぶん、藤村の言うとおりだ。だから神田は逡巡した。 伊東 「進軍はいいが、大隊長があれだと」 藤村 「中隊長は大隊長を立てながら、この雪中行軍はなんとしてでも成功させる、強い決心のようです」 藤村の分析は当たっている。 だが、行軍を成功させたいと考える神田の脳裏に浮かんでいたのは、徳島隊の姿だった。 野口見習士官(山西道宏、以下野口)の点呼報告。 野口 「雪中行軍隊196名、大隊本部14名、210名、出発用意終わりました!」 後ろ向きだから誰が野口だか分からんぞ 神田 『各小隊ごとに、出発ーッ!!』 ■神田5連隊 小峠から大峠へ 降り注ぐ雪。真横から吹きつける雪。細かくさらさらとした雪。ヒザ上まで埋まる。 地図を持った神田を先頭に進む。 神田は江藤を呼んで、前方偵察を命じた。 地図と磁石で、丁寧に場所を確認する神田。歩調は遅いが、確実に前進している。 一方、橇隊は遅れている。橇を4〜5人掛かりで押しているが、橇が雪に潜ってしまいそうになる。 目的地には確実に近づいているのだが。 ■神田5連隊 賽の河原(さいのかわら) 平らな雪原。吹雪。四方が真っ白になる。 神田 『これより賽の河原を一気に越え、按ノ木森(やすのきもり)、中ノ森を経て馬立場(うまたてば)を目指す!』 暗くなってきた。勾配がきつくなってきた。橇隊の遅れが目立ち、橇隊員は一歩進むごとに力み声を出している。消耗が激しい。 ↑pagetop Chapter 12 田代への道 ■神田5連隊 神田が山田に進言している。 山田 『橇を放棄する!?』 神田 『荷物は各小隊に割当て、人の背による運搬に変更します。』 山田 「積雪の状況その他で楽になる可能性もある!」 神田 「このままでは橇隊の遅れで、中隊の動きが!」 山田 『橇隊の放棄はいよいよ駄目な場合だ!』 どこまでが「駄目」の限界点なのか。 限界になる前に回避すべきか、ギリギリの限界まで見定めるべきか。 200名の大所帯。ここは雪山。 そもそも橇とは人が荷物を持つ負担を低減するために作られた道具。その橇を放棄するなら、荷物も放棄すべきではないか? しかし荷物のほとんどは食料と燃料。捨てるに捨てる決心が難しい。 生き延びるためには、ギリギリまで橇を維持したい。 山田の主張は神田も考えたはずで、悩みぬいて神田は山田に「放棄」を進言した。 観客はここに至るまでの山田の悪行(?)を見てきているから、山田の主張が間違っていると思い込みがちだが(しょうがないけど)、かなり深いジレンマと決断であることは確かだ。 このまま橇をひき続けるか? 橇を棄て、重き荷物を背負って進むか? 橇も荷物も棄てて身軽で雪山に突っ込むか? 確信に満ちた表情の神田。山田の背後で黙ったままの倉田。どうする。 橇隊について調べました。 ・・・などなど。 銅平釜とは、2斗炊ける釜で、2斗とは20升!米は一人あたり6合の計算。 1つの橇に4人の人員で、橇を捨てて背負うとしても、背負う道具(背負子)を用意してないので、縄で体にくくりつけるしかなく、不安定きわまりない状態。目的地(田代)に到着したとしても、厳冬の中で、炊事(米とぎ)する困難さは想像に難くない。 参考資料 「遭難始末」歩兵第五連隊編、「日露戦争」児島襄、「雪の八甲田で何が起こったのか」川口泰英 ■徳島31連隊 十和田湖湖畔 唸る風雪の中。佐藤を先頭に黙々と歩く徳島隊。 ■神田5連隊 馬立場 凍傷している者がいるかどうか訊いている永野。幸いに該当者無し。 神田は中橋と鈴森に命じ、「荷物をこの場に置き、橇隊の応援」に30人以上を向かわせた。 大隊本部の横を、援護に向かう隊員らがキビキビと走って行く。 沖津 「神田もやるな、吹雪の中を迷うことなく7キロか」 沖津の言葉に、ニコニコ顔の山田。(フードを被っているので表情は観客だけに見える) 進藤 「自分は夏場に1,2度行ったので覚えていますが、ここからはもう2キロで田代です」 目立ちたがり屋さん? 山田 『2キロか、もうひといきだな』 ■神田5連隊 馬立場 神田の前に立つ、藤村以下15名。 藤村 「藤村曹長以下15名、田代に出発します」 力強い藤村の声。 藤村の号令で出発する先発隊。さっそうと歩き出す。 色々あったけど、田代に着けそうな雰囲気 ■回想シーン 一面の赤い花。カッコウや小鳥が鳴いている。 ここは初夏の田代平。 村山は美しさに心奪われ、童子のように平原を駆ける。 ■馬立場で橇隊の到着を待つ神田5連隊 村山 「しかし、今日は白い雪ばかりだ」 渡辺 『その代わり酒と温泉だ、1人2合は間違いない』 平山 「今日は特別に3合だと」 (うっとりした表情) 村山 「俺はそれより、あの赤いつつじのほうが・・・」 村山、空を見上げる。空が吠える。 真顔になって、素早く頭巾をかぶる村山。 ■神田5連隊の藤村先発隊 馬立場から田代へ 樹木の間を進む先発隊。目的地は田代だ。 藤村が立ち止まる。 遠くで鳴りはじめた、鈍く獰猛な風音。 藤村 『頭巾をかぶれ!急げ! 嵐がくる!!』 ■神田5連隊 馬立場 藤村先発隊からの報告と、橇隊の到着を待っている一行。 丘の上だから積雪は少ないが、地吹雪が容赦ない。 ■徳島31連隊 十和田湖湖畔 あたりは暗くなり、湖畔近くの集落・宇樽部に到着する徳島たち。 ■神田5連隊 馬立場 ようやく橇隊が馬立場に到着し、本隊と合流できた。 だが、先発隊からの連絡はまだ無い。 すっかり暗くなってしまった。 待ちきれない山田。 中隊指揮班も先発隊の遅れに気をもんでいる。 地図を広げている神田。小型提灯で地図をが照らす。 江藤が予備の外套を広げ、神田と地図と灯りに雪が当たらぬようにしている。 夜の道。しかも付近の鳴沢は地形が複雑だ。 神田は自ら「進路偵察」の先導に立つことを決心する。 山田がやって来た。 山田 『将校偵察として、ただちに田代に先行せよ!』 山田 「本隊は自分が直接指揮し、その後に続く!!」 「田代への先導」が神田の決意ではなく、山田の命令によるものになってしまった。 タイミング悪すぎ・・・ ■神田5連隊 馬立場から鳴沢 腰までもぐる雪の中を、神田を先頭にして泳ぐように歩く雪中行軍隊。 神田 (指揮権はいったい誰に!いやそれはいい、田代への道は自分が開くのだ!) 神田は確信をもってズンズンと進む。 神田のスピードに山田指揮の本隊が追いつかない。山田の顔が疲労で歪む。 ■神田5連隊 後方の輸送隊 橇隊は最悪を極めていた。橇がほとんど進まないのだ。 伊東の小隊が応援に加わっていた。 橇を押す手がすべり、反動で後ろ向きになった高橋伍長(海原俊介、以下高橋)が、あわてて伊東を呼ぶ。 高橋 「こ、この橇がドンジリ(最後尾)のはずだのに」 指差す先には、無いはずの人影。 一人ではなく、もっと多くの人・・・。 伊東は、接近してくる人影を目指して雪をひっしで掻き分けて進んだ。知ってる人物。だがここにいるはずの無い人たち。 伊東 『藤村!!藤村曹長ではないか?!』 先発隊の藤村隊だった。 藤村 「暗くなって…風の乱れで方向がつかめず、どうしても…どうしても、田代への道が分かりません」 藤村の顔は、その壮絶な悪戦苦闘を物語っていた。 ”先発隊が、最後尾の後ろに現れた。” 信じられないが、これは史実である。田代を目指して先発した一隊が、風に押され、複雑な地形に迷ったあげくに、雪中行軍隊の最後尾の後ろに到達したのだ。 この雪中行軍。なにかとモメたけど、結局はうまく治まるんじゃないの?と観客も雪中行軍隊も思っていたのに、藤村隊のこの一件から、不穏な運命(決まった運命はないのだと信じたいが)に進んでいると誰もが感じずにはいられない。 ↑pagetop Chapter 13 露営地での帰営命令 ■徳島31連隊 十和田湖畔・宇樽部 民家に分宿している徳島隊。 隙間風が吹き込み、寝具も無いが、外は荒れ狂う夜の十和田湖。屋内にいるだけマシだ。 皆、濡れた衣服を干して乾かし、黙々とカンジキなどの装備をチェックしている。…徳島も、じっと焚き火の炎を見ている。 別の宿で、原稿を書いている記者の西海。ラッパをみがく加賀一等卒(久保田欣也、以下加賀)、銃のメンテナンスの斉藤。 加賀 「今日あたり出発していたらえらいことに」 西海 「5連隊の出発はやはり今日だと?」 斉藤 「分からないが…今日あたりじゃないと八甲田ですれ違えないのです」 徳島隊が無口になっているのは、誰もが、神田5連隊への不安を感じているからだ。 ■神田5連隊 鳴沢・平沢森 静寂。暗闇の平地。地の底からの灯り。 各小隊ごとに「雪濠」(せつごう。雪を掘ってつくった窪地)で「露営」(ろえいと読む。野外で宿泊すること、いまでいうビパーク)している。 立って、足踏みして、小さな焚き火で暖をとっている。火の前に立つのは交代制だ。 焚き火の上には、円匙(えんび。野営用のスコップ、旧軍語)が置かれ、その上で餅を焼いている。 平山 『温泉に入って一杯が、こんなことか』 村山 「贅沢をいうな、大隊本部は立ち往生、それを神田大尉殿が露営地をさがし、伝令で導いてもらったからだぞ」 手袋に餅が貼りつくが、気にせずほおばる。 この会話で、山田の本隊指揮がうまくいかなかった(神田の後を追いきれなかった)ことが分かる。 ■神田5連隊 大隊本部の雪濠 餅を黙々と食べる山田たち。 ■神田5連隊 第3小隊の雪濠 雪の壁を背にして座り込んでいる(もはや立つ体力を失っている)隊員。顔色が黒ばんでいる。 小野 『神田大尉を元通りに?』 伊東 「大隊本部のやりかたには疑問が」 小野 「雪中行軍は成功する。大隊本部はともかく、神田大尉がおられる」 小野の表情には迷いがない。神田への信頼は絶大だ。伊東も同じ考えだが、そのためにも、神田のポスト回復(偵察隊長からもとの雪中行軍本隊指揮官へ)を望んでいるのだ。 ■神田5連隊 第1小隊の雪濠 地図に見入っている神田。地図を閉じ、つぶやく、 神田 『2キロ…田代まではたった2キロ…その2キロの道が…雪とはいったいなになんだろう』 藤村を送り出すとき、迷いようのないルートを充分にレクチャーしていたはずが、この結果になってしまった。神田はあらためて、雪に恐怖せずにはいられなかった。 ■徳島31連隊 十和田湖畔・宇樽部 激しさを増す暴風雪。十和田の湖面が嵐の海のように波打っている。 皆、明日の準備を終えているが、眠りにつく者はほとんどいない。静まるはずのない風の轟音をじっと聞いている。 家の壁がたわみ、ほこりが舞う。 徳島、時計を見る。12時ジャスト。 このシーンにはセリフが無いが、シナリオと小説ではこんな会話がある。 徳島 「この嵐の中に出たら、1時間と生きておられないだろう」 田辺 「30分も、難しいでしょう」 高畑 「5連隊の出発は、今日で間違いないと推測されますが」 さっきの斉藤伍長たちの会話とダブるからカットされたかな? ■神田5連隊 鳴沢・平沢森 暴風雪が神田隊の雪濠上を通り過ぎ、灯りが不気味にゆれる。 この穴の中に、人がいるなど想像もつかない。 ■神田5連隊 大隊本部の雪濠 一瞬、風が止んだ。 じっと寒さに耐えていた山田(目は充血し、頬がかるく凍傷になっている)は顔を上げた。 山田 「神田大尉!神田大尉を呼べ!!」 神田が来て山田に敬礼。 山田 『雪中行軍は中止し、直ちに帰営するのだ!』 神田 「それは夜が明けるのを待ち」 山田 『さっきのような嵐がまた来たらどうする!』 神田 「帰営は、やむを得ない場合で、夜が明けるのを待ち!」 山田 「このままなら、おそらく全員が凍傷で動けなくなる!帰営だ!直ちに出発ッ!!」 神田はしっかりと自分の意見を言った。他の大隊本部たちも同意見だったろう。 しかも山田の命令は、神田の本隊”指揮”だ。数時間前に山田自身が神田から奪い取った指揮権を、雪濠の中で、たやすく返上したのだ。 ■雪濠と雪濠の間の通路 神田 (馬立場に着く頃には夜が明ける、天候さえ回復すれば、なんとしても、再び田代へ!) ■神田5連隊 雪濠の外 出発のための点呼が行われている。 神田は各小隊長に馬立場までのルートを説明している。具体的で分かりやすく、小隊長たちはうなずいて各隊に散った。各隊整列し、野口が点呼報告。 「あ"ーっ!」 一人の隊員が、奇声を上げ、隊列を離れ、荷物を投げ、上衣を脱ぎだした。 「あ"ーっ!あ"ーっ!」 雪の中に飛び込むと、奇声は止み、動かなくなってしまった。 一部始終を見ていた大隊本部および中隊指揮班。 永野が診断を下す。 永野 「襦袢(肌着)が汗に濡れ…雪濠を出た途端、寒さのため一瞬で氷になり、それによる…凍死である」 凍って板のようにな軍服。さっきまで生きていたとは信じられぬ、青く凍結した遺体。 この役者さん、嶋田久作さんか大竹まことさんではないかと噂があるが、アップ画像では別人ぽい。 ■神田5連隊 平沢の森付近 先頭の神田さえも足どりが重い。 橇を棄てたため、行李輸送隊の背中には、炊事用の釜(鉄製、直径80センチほどか)や、炭などが背負わされている。重さと疲労でほとんど歩けない。 帰営ならば、荷をなるべく少なくして、食料は各自に携帯させ、釜などは放棄すべきだと思うのだが。どこかでお米を炊くつもりなのか。 ↑pagetop Chapter 14 白い迷路 ■神田5連隊 大隊本部 山田 「田代へ行く道が分かった?!」 進藤 『はい、あのブナの木は田代温泉へ行く右側だったと!』 山田 『間違いないか確かめて見ろ!』 枝が2本切り落とされているのが目印だと、明瞭な口調で説明する進藤。山田もカンテラで照らして枝を見てみる。確かに枝が切り落とされている。 山田 「予定を変更して田代に向かう!お前が案内しろ!」 神田が呼ばれる。 神田 「田代への方向はどちらなのだ?」(半信半疑) 進藤 「このブナが右側だから、こちらであります!」 神田 「地図上での判断では…」 このとき神田は、「地図と方向違うぞ」と言いたかったのだろう。 山田 「これは(枝のこと)、明らかに田代への目印なのだ!これより進藤特務曹長を先導とし、田代へ向かう!」 めちゃくちゃな山田だが、悪気でこんな命令をしているのではない。 山田 「連隊まで20キロ、田代までは2キロ。田代への道を発見したと告げれば、必ず兵も元気を出して歩く」 信じられないだろうけど、山田は部下思いなのだ。しかもその愛情は兵卒まで注がれている。山田のいままでの素行は、209名の部下を雪中行軍の成功者として尊敬される軍人にしてあげたい一心からきているのだ。 しかも山田は後方で傍観するようなことはしない。自ら山に飛び込み…自ら指揮するに至ってしまったのだ。あちゃー さて問題は、山田が進藤の「経験」を信じたことである。進藤は田代に行ったことがある「経験者」だから「案内人」ができると山田は思ったわけだ。山田は田茂木野で村長の「経験」と「案内」を断った。なぜなら「磁石と地図」があるからだ。それが「近代戦争」なんだと山田は今までの戦歴の現場で学んだのだ。だからこうしたはずである。 「磁石と地図」を駆使する神田よりも、山田は「経験と案内」の進藤を選んだ。 これは「指揮権の混乱」などではない。山田の信念が混乱したのだ。 ■徳島31連隊 宇樽部 宇樽部の朝。暴風雪はおさまりそうにない。 出発準備が整った徳島隊。今日は犬吠峠をこえて中里に向かうスケジュール。 滝口伝蔵(花沢徳衛、以下伝蔵)が、嫁のさわ(秋吉久美子、以下さわ)を連れて来た。 さわ(21歳の設定)は、実家に帰るために何度か往復し、冬の犬吠峠越え経験が2度ほどある。 伝蔵 「しかし、大将様、この通りの天気…さわがこれでは峠は越せないと言ったら、さわを叱らずに引き返してください」 伝蔵は、徳島を「大将様」とまで呼んでおきながら、徳島隊(軍隊)の進退を、さわ(村女)の判断にゆだねろと言っている。すこし分を過ぎたお願いをする伝蔵に佐藤(多分)はハラハラしている。 伝蔵 「大事な嫁で、誕生を迎えたばかりの童子もいる。どうか、これだけはくれぐれもお願げぇ申します」 深々と頭を下げる伝蔵。なにも言えない徳島。上官を言い負かすほどの男が、農家の老人の条件を受け入れるしかなかった。 チラリとさわを見る徳島。頬が桃色で、徳島をまっすぐ見つめ、凛としている。瞳がキラキラ! ■神田5連隊 駒込川 右側に川、左側に絶壁。 駒込川の谷底にハマってしまい、身動きができない神田5連隊。 大隊本部に現在の状況を説明している神田。 神田 「我が隊のいるのはここら辺りかと思われます」 地図の上に磁石を置き、現状を分析してみせる神田。 「経験」に頼って窮地に追い込まれた現状を、神田の「磁石と地図」が救い出す。 指揮官で責任者であるとはいえ、神田のみが進路を科学的に分析できるスキルがあるようだ。 神田 「脱出するには、駒込川の支流に沿って西へ進み」 神田の広げる地図を熱心そうにのぞきこむ山田。そこには動く磁石がある。山田が田茂木野の村長に自慢した磁石は凍ってしまって針がまったく動かなくなっていた。 自慢したからには、山田も地図と磁石の扱いに長けているべきだったね。ばかばか 神田 「馬立場に進む以外に方法がないと思われます」 山田は神田の磁石を手に取り、じっと見つめる。進藤の件で責任を感じているのか何も言わない。 倉田 『馬立場に進むことは帰営を意味する』 出発以来、はじめて発言する倉田。 倉田 『しかし、田代への道は発見出来るかどうか分からず、その強行には多くの犠牲者が出る可能性もあり、そんな行軍は成功しても意味がない……即刻帰営すべきである』 シーンとする神田と大隊本部一同。 向こうでは、足踏みして会議のようすを伺っている隊員たち。 倉田 「神田大尉のいう通り、馬立場を目指すのがいいでしょう。自分は神田大尉とともに先頭に…いや、大隊長殿もその先頭に立って頂く!」 はじめて発言する倉田の言葉は重い。はやく発言して欲しかった気も それは山田だけでなく、すべての雪中行軍隊員の田代行きの未練を断ち切る鋭さであった。 映画の倉田のセリフは切れがあってイイ! 橋本忍さん(脚本家)素晴しい!絶望的なシーンなのに毅然とした美しさ。映画の醍醐味だね 映画では分からないが、倉田(史実では倉石)は、神田(史実で神成)よりも先に将校になっている(先任将校)ので、発言権はおおいにあるのだが、出発直前(前日)に参加することになったので、あえていままで発言を控えていたらしい。 演ずる加山雄三は北大路欣也の6歳年上、史実の倉石は神成の3歳年下。しかも1年はやく大尉になった。 青森第5連隊の雪中行軍は「無謀」ではない。 「無謀」とは、「よく考えない」で行動すること。 山田の命令や判断が、「よく考えない」ものだったとしても、そこには神田の「科学的手段の研究」の成果による「行動」があった。 山田は近代戦は「科学」であると見抜いていた。だから「地図と磁石」を信望した。だが愚かにも扱いに無知であった。 しかも、一刻もはやく隊員たちを楽にしてあげたいがために、山田は進藤の進言を飲み、「地図と磁石」への信望を捨てた。 山田の「考え」には、つねに神田の「行動」が伴っていた。 だが山田は「行動」を進藤に委ねてしまった。 神田は山田の「考え」に翻弄されつつも、必ずこれ以上ないであろう「行動」を導き出してきた。 だが、「考え」と「行動」が乖離したとき、ついに青森第5連隊の人事は尽きた。 青森第5連隊の幹部は「無能」の集まりではない。 「無能」とは、能力のないこと。 神田は雪中行軍指揮の能力があると買われ会議に出席し、常にベストな判断と行動ができる能力を有していた。 人物を見抜くのも能力である。誰もが神田を信頼していた。 下士官や兵卒の誰も、神田への不満を口にしなかった。(号令がかかれば命令に従うのみかもしれないが) 将校の誰も、山田に意見する神田を「大隊長に歯向かうとはなにごとだ」とは言わなかった。 神田の能力を認め、神田の判断を理解し、神田の指示通りに行動できる人間の集まりが青森第5連隊なのだ。 それぞれのあやまち。 山田は、人事を疲弊してしまい。 神田は、田代への未練を断ち切れず。 将校は、山田にブレーキをかけられず。 下士官は、血気ばかりさかんで。 兵卒は、情報収集を怠り楽天的で。 青森第5連隊の人事は、ここにやり尽くした。 あらゆる要因 準備が充分ならば。 案内人がいれば。 小峠で引き返していれば。 先発隊が道に迷わなければ。 夜間に露営地を出発していなければ。 進藤の進言を採用しなければ。 1つの要因でも無ければ、結果は違っていただろう。 冬の八甲田は 有能な集団が冬の八甲田に入った。 それぞれがあやまちを持っていた。 雪と暴風が襲い、指揮の混乱し、隊列が乱れても、彼らは人の叡智で乗り越えた。 雪中行軍はなぜこの日に行われたのか。 自然はなぜこの日に咆哮したのか。 抵抗できる体力が僅かであることを知りながら、自然は容赦なく凶暴に彼らを襲った。 ↑pagetop Chapter 15 犬吠峠の案内人 ■徳島31連隊 十和田湖湖畔 みのぼっちをかぶり雪沓を履いたさわを先頭に、宇樽部を出発した徳島31連隊。 雪の斜面を、さわはピョンピョン踊るように登って行く。 ■神田5連隊 駒込川支流の谷底 川に沿って長い隊列が続いている。 隊列の先頭は神田、倉田、山田。 駒込川を脱出しなければならない。 黙々と歩く神田の心中がシナリオで書かれている。 神田 (申し訳ない、徳島大尉、これでもう八甲田ではあなたに会えないのだ) まだちょっと未練があるのねー 行き着いた先は行き止まり。見上げるような高い斜面。 ここを越えなければならない。ここを登らなければ。 神田と倉田は山田を見る。 山田 『やむを得ん、登ろう』 力はないが、明瞭な決断を下す山田の声。 登るしかない。 神田と倉田の考えは「登る」で決まっている。 だが決断を山田にさせたのは、「大隊長(山田)を立てながら」(by藤村)、この斜面を登ることで起きるトラブルすべての責任を山田が負うことを明瞭にするためである。 もちろん山田は承知している。 ■徳島31連隊 犬吠峠手前 さわが指差すのは犬吠峠。 指を左右に、下から上に動かし頂上へ。それがこれから歩くルートだ。 徳島と田辺の表情がこわばる。 さっさと歩き始めるさわ。その後ろを追う徳島たち。 大人の男が不覚にも、おののいている。一方さわは、ほんのり微笑みさえ浮かべている。 ■神田5連隊 駒込川支流の急斜面 ここから先、神田隊の行軍は熾烈を極めます。ショックな描写があるかも知れませんので、承知の上でご覧下さい。 神田を先頭に、雪の斜面をよじ登る行軍隊。 斜面で体を支えるために、腕を雪に深く突き刺して、よじ登る。 雪の冷たさは、手の感覚を奪った。 感覚の無い腕では自分を支えられない。 ひとりが滑り落ちれば、その下にいる者も巻き添えで落下する。 落下を止めようと、樹木の小枝をつかむと、摩擦で手袋が裂け、血が噴き出した。 落下する隊員の悲鳴が、急斜面に響く。 打撲する者。骨折する者。 もはや救助することもできず、ただひたすら斜面をもぞもぞと登るしかない。 手のアップで手袋が「軍手」そのものであることが判明。綿素材で、しかも一枚だけ。当時はまだ手首部分がゴム編みではないので、脱げやすかっただろう。 ■徳島31連隊 犬吠峠に向けて 激しい風雪。 麻のロープを体に巻き、お互いを引っぱりあって進む。捻挫した松尾は、足を引きずり、息が荒く、何度も転んでしまう。 ■神田5連隊 駒込川支流の急斜面 先頭の神田。激しく雪をかき分け斜面を登っている。 頂上はすぐそこだ。息は荒いが、気迫がみなぎる。 頂上に出た。 そこは鳴沢の台地。フラットな白い雪原。 到達した達成感などある訳が無い。 獰猛な吹雪が待ち構えていた。 ■徳島31連隊 犬吠峠に向けて 横殴りの風雪。飛ばされてしまいそうだ。 さわは軽々と斜面を登り、ときどき後ろを振り向き、徳島らが近づくのを待っている。 その悪戦苦闘ぶりが愉快なのか、白い歯を見せる。 先頭の徳島はさわを見失わないよう必死だ。 ↑pagetop Chapter 16 徳島大尉との約束 ■神田5連隊 鳴沢の台地 馬立場に向かって西に進む。風雪は止んでいる。 ゆらゆらと夢遊病者のように歩く。外套に雪が板のように貼り付きカチカチに凍っている。顔をあげることもできず、前の者の足跡をたどるだけだ。 凍傷で顔は紫に腫れ、唇が黒ずんでいる。 平山は尿意をもよおしたが、ズボンのボタンが外せない。 手袋は雪が覆いかぶさり、指は凍傷を患っていた。 気付いた村山が平山のボタンを外して、尿をさせる。 ズボンのボタンが外せず、尿をそのまま洩らしてしまった者は、瞬間に冷えて凍りついたズボンで歩行が出来なくなり、そのまま雪に倒れ込んでてしまった。 倒れた者につまずいた者も倒れ。 雪沓は原形をとどめず、足に絡み。 雪沓が剥がれて、革の軍靴で雪の上を歩く。 軍靴から伝わる雪の冷気が足を凍結させる。 歩けない。だが歩くしかない。 ■徳島31連隊 犬吠峠に向けて 峠にちかづくにつれて斜面が急になった。 この世を引き裂くかのような風の音。 雪が容赦なく叩きつける。 先頭のさわは、荒い息をしながらも、雪に両腕を突っ込み、体をささえて、ひょいひょいとリズム感よく登ってゆく。徳島たちはまったく追いつけない。時々さわの姿を見失って徳島はあわてる。 徳島 「案内人!!」 女性出演者で唯一、現地ロケした秋吉久美子。この登るシーンはスタントを使ったそうだが、うつむき加減なので本当かどうか確認できず。 ■神田5連隊 鳴沢 容赦ない風雪。 巨大な荷物を背負った行李隊員が、そのまま静かに倒れる。 橇を放棄したのなら荷物も放棄すればよい。荷物を持つなら全隊員で分けて持てばよい。各自の負担を減らし、少しでも体力を温存しておくべきではないか。(と、思うけど) 荷物なんか放棄しちゃえばいいじゃないかと思う。なぜこんなにも自己判断が許されないのかと思う。どうせこんな状況じゃバレやしないし、誰が責めようか。…・・・だけど、こんな最悪な状況だからこそ、自分の背中にある「鉄釜」をたよりにしている人たちがいるのだと思って、背負い続けなくてはならないのかも知れない。 いいじゃないか捨てちゃっても、誰も見てないし・・・・・・でも、自分自身が見ている。 だからこそ、「背負え」と命じた者たちの責任は思い。 深い雪と、複雑な地形。 隊員たちに幻聴と幻覚が襲ってくる。 ■徳島31連隊 犬吠峠頂上 さわ、頂上に立つ。 おぼつかない足取りで登ってくる徳島たち。 徳島が見上げると、やわらかい逆光の中で、さわが肩で息をしてニコリと微笑んでいる。まるで童女かなにか・・・。 徳島の表情が変わり、足が止まる。 さわ 『ここまできたらもういいかべ。まんま食うべあ』 徳島は何の返事もしない。 シナリオでは、”徳島以下は疲れ切って声も出ない”らしい。 今まで実利主義的に職務を果たしてきた徳島だが、頂上に立つさわを見てはじめて、霊的な感覚を得たのではなかろうか。「旦那&子持ちの村女」を、そうではない存在に見てしまったのは、雪山がもたらした何かかも知れない。 さわ 『あっち、あっち風がねえはんで』 さわが指示する方向にむかって歩き始める徳島たち。 ■神田5連隊 鳴沢 雪原のあちこちに、動けなくなった者の凍結した姿。 墓標のようだ。 あとから来た者は、その間をぬって歩く。 それは数時間か数分後の自分自身なのだ。 「あははははっ!」木炭を背負った隊員が笑う。 笑いが止まらない。おかしいではないか。 外套や軍服を脱ぎ、裸になって雪にダイブする者。 奇声をあげて、無意味に暴れだす者。 脱ぐ役を演じたのは原田君事(はらだ・くんじ)。撮影は氷点下15度(体感はさらに過酷)の環境。体にワセリン(皮膚軟化剤、寒気からの皮膚の保護)を塗ったが、脱ぐと肌がみるみるどす黒くなり、監督のカットの声とともに毛布で包んで、温泉で蘇生(?)させたという。作品効果としてはなくてはならないシーンであるが、視覚効果としては評判がよくなかった(女性ウケ?)らしい。世間はムズかしい ■徳島31連隊 羽井内部落 峠を下りると風雪はおさまり、おだやか。 さわはみのぽっちを脱ぎ、疲れを感じさせない笑顔で徳島隊を先導する。 視線の先には、羽井内の村。 村を通過するために、2列縦隊になった。 高畑 『中隊長殿、案内人は最後尾に』いつもそうしてしてきた。 徳島 『いや、このままでいい』 加賀のラッパ演奏で村を行進する徳島隊。さわを先頭にして行進。日の丸の旗を振る村の人たちの間を歩く。 さわはそれが特別なこととは知らないのか、悠然と先頭を歩いている。山の中よりむしろ心配そうに後ろを振り向きながら先導をしている。 ■徳島31連隊 中里部落 さわの案内はここまで。徳島の表情が全隊員の心を映している。 徳島 「生家が戸来の鹿田なので、案内はここまでとする」 さわ 『じゃ、兵隊さん、みんな元気で・・・』 ペコリと頭を下げる。声と瞳が潤んでいるようだ。 さわ、徳島たちを背にして歩き出す。 徳島 『気をつけ!』 さわ、驚いて振り向く。 徳島 『案内人殿にむけて、頭ぁー右ーっ!』 さわ、深く頭をさげて、手を振りながら歩き出す。 たぶん二度と会えない。 雪中行軍はこれからだ。待つのは魔の八甲田山。 雪中行軍を終えた先にあるのは、ロシアとの戦争。 最悪な今が、実はいちばん幸せな時なのかも知れない。 大事を成さなくても、力なんて誇示しなくても、ささやかでいいから、 山間の村で一生を果たせられたら…。 「元気で・・・」としか言いようのなかったさわの気持ち。 いずれにせよ、さわたちの生活を守るためにロシアと戦うのだ。 そのために八甲田に行かなければならないのだ。 ■徳島31連隊 中里部落のはずれ 村のはずれに総員で雪濠を掘っている。 焚き火にあたって様子をみていた老人(浜村純)が、意を決したように徳島へ声をかける。 老人 『隊長様、こんな寒い晩はめったと・・・村じゃ泊まっていただく用意をしているのでございますから』 徳島 『御厚意はありがたいが、軍には軍の方針がある』 シナリオではさらに老人は言う。 「この年になりますが、こんなにこたえる晩はそれこそはじめてでございます」 大げさに言っているわけではなさそうなのが恐ろしい。 ■神田5連隊 鳴沢の露営地 雪濠を掘るスコップも気力もない。ゆるまない風雪と寒さ。 体を寄せあい、じっと立って夜を過ごす。 寒さや疲労の感覚は、とっくに失せている。 生か死か。2つの選択肢が体のなかに存在しているだけだ。 長谷部がふらっと倒れる。外套を掴んで起こしあげる神田。 神田 『長谷部!立て、立つのだ!』 長谷部は、兄が進級する夢をみていた。 長谷部 「遭難している5連隊から、中隊長殿(神田のこと)を助けた手柄だそうです」 自分(長谷部自身)はどうしたのかと兄に訊くと、 長谷部 「お前は冷たすぎてどうにもならなかった」 長谷部をどなりつけ、激しく平手打ちする神田。 他にも倒れた者を必死で起こしている隊員たち。このままでは死ぬ。 演じる役者の口から白い息が吹き出る。撮影もまた過酷な環境下で行われたことが分かる。 神田は、暗闇の極寒でじっと過ごす一団の間を歩き、山田をさがして敬礼する。 神田 「すぐに、すぐに出発させてください!」 山田 『いや、出発は明るくなるまで待て。昨晩は夜中に雪濠を出たのが間違いだった・・・同じ過ちを二度繰り返しては』 こんな所にいたくない。神田の懇願はすべての者の叫びだ。だが、過ちは二度繰り返さない。・・・山田は現場で自らを風雪にさらして決心をつらぬく。(人垣の真ん中にいるけど) 神田 「現在の状況は違う!出発させてください!」 倉田 『そう興奮するな、神田大尉・・・』 倉田 『暗夜での帰路の発見は極めて可能性がすくない。明るくなって出発しよう。明日になれば風も雪も少しは収まるだろう』 明日には天候がよくなるかも・・・倉田の言うことには根拠がない。だが聞く者を安心させるふしぎな響きがある。 神田、自分の場所にもどる。 神田 (倉田大尉のいう通りだ・・・俺の頭は寒さと疲労で・・・それに、なにかもう1つ・・・そうだ31連隊の徳島大尉だ) 神田は徳島のことを忘れるほど混乱疲弊していた。 気をとりもどした長谷部が待っている。 神田 (明日か明後日には必ずやってくる・・・徳島大尉に逢えば・・・生きる道がまた開ける) ■徳島31連隊 中里部落の雪濠 雪濠で徳島が思うことは、リンゴの花、岩木山、追いかけっこ、水遊び、馬とび、地蔵祭り、ねぷた・・・山車のあかりに照らされた幼少の自分。 雪濠でじっと寒さに耐えているが、こころは雪濠にない。 「寒さでつらいとき…」 徳島は神田に言った。 「…風はどちらからで、温度は、馬にはかせるカンジキでもとか」 現実主義、現場主義の徳島。 神田は徳島に言った。 「春の花とか、夏の山の緑、子供の時に小川でとった魚とか水遊び、学校の遠足の時にみた日本海・・・」 極寒の中、同じ時に、お互いを想う2人。神田の代わりに徳島が「あの頃」を思い出している。 ↑pagetop Chapter 17 「天は我々を見放した」 ■神田5連隊 鳴沢の露営地 1月25日、午前3時。天候が回復して、雪明りをたよりに出発。 だが、行きついた所は、深い断崖。歩いてきたのを逆方向に引き返すしかない。 午前6時。昨夜の露営地にもどってきた。 犠牲者が横たわるその雪原を黙々と進む神田隊。 村山が立ち止まる。 村山 『俺は・・・俺はもう自分の思い通りに歩く』 平山 『村山伍長殿、村山伍長殿?!』 隊列と違う方向に歩き出す村山。村山のあとを追う平山。 ■神田5連隊 鳴沢 進んだ先には急な斜面。(映像では分かりにくい) 行く手を完全にはばまれ、身動きも、声も出ない。 ただ立ち尽くす神田隊。 神田 『天は・・・天は我々を見放した』 悲痛な叫び。あるいは独り言だったのかも知れない。 神田は大きく息を吸い、すべての者に叫ぶ。 神田 『こうなったら露営地に引き返し、先に死んで逝った者と一緒に全員が死のうではないか!』 長谷部が倒れた。江藤が足で蹴るが反応がない。まるでスイッチが切れてしまったかのように。江藤は銃を拾い長谷部の枕元に立てた。 ここで山田だけが歩き始めるのだが、神田の発言に同調したとも思えず、理由が分からない。 史実では、神田(神成大尉)の発言の真偽は諸説ある。 だが映画では、神田の発言が長谷部の命を奪ってしまったことは確かである。 長谷部だけでなく、次々と倒れる隊員たち。大隊本部の沖津(たぶん)までもが倒れてしまった。 倉田さえもこの有様にうろたえている。 倉田 『帰路が発見できたぞ! ここに高地のあることにより、露営地の位置がわかったのだ!!』 一度倒れた者が、つぎつぎと起き上がる。 倉田 『全員露営地にもどり、馬立場に急げば、今日中に帰営が出来る!見ろ!天候もあの通り回復してきたではないか!!』 倉田の指差す先には、まったく変化のない空。だが多くの者が希望というパワーを与えられ、なおも歩き続けることを選択した。 「考え」の山田。「行動」の神田。そして「方向」を示す倉田。5連隊にはさまざまな人材がいる。方向さえわかれば、人はどうにか行動できるし、行動しながら考えることもできる。 ■徳島31連隊 三本木へ向かって 雪は降り続いているが、風は無い。 整然と三本木に向けて進んでいる徳島隊。 歩測調査の斉藤の、斜めがけしていた雑嚢(防水加工された布で作られた小型ショルダーバッグ)のヒモが切れた。落ちた雑嚢を拾い上げたがじっとして歩き出そうとしない。 船山 「どうしたのだ?」 斉藤 『いま、弟が死んだのであります』 徳島がやって来る 徳島 「弟とは誰だ?」 斉藤 「青森5連隊の神田大尉の従卒であります」 徳島 「貴様の思い過ごしだ!」 斉藤 「確かに弟の声を聞いたのであります」 斉藤の言うことに耳を貸さない徳島。先頭にもどって出発したが、顔色が悪く、こわばっている。 ■神田5連隊 鳴沢の露営地 犠牲者の背嚢から、餅やマッチを取り出している。 山田もついに人事不省(じんじふせい、気を失うこと)になり、雪の上に横たわり、隊員が素手で山田の手を温めている。 集めた背嚢に火をつけて暖をとる。 倉田 『火とはありがたいものだな』 神田 「昨夜からはつい思慮の足らぬ言動で・・・」 倉田 『いや、無理もない、誰にしてもあることだ』 倉田立ち上がり、 倉田 「田茂木野方面へ斥候を出す!希望者は集まれ!』 希望者が続々と集まり、神田と倉田の前に整列する。 いくつもの絶望を味わい、数日間歩き尽くしたとは思えない、前向きな反応と足どり。 2隊が分かれて出発をした。 焚き火は燃えつきた。 地図を広げる神田、倉田、伊東(外套に付着した雪が融けている)馬立場は北方向だ。 ここで倉田は、”どんなことがあっても山田を生還させる”ために伊東に最後尾につくように指示。これによって神田が、指揮に専念できる環境をととのえた。 斥候隊の高橋が走ってくる。(いくらなんでも健脚だ) 高橋 「帰路を発見したので、報告に帰りました!」 高橋 「無事馬立場に至りましたので、田島一等卒以下は引き続き田茂木野方面へ進出中であります!」 全員に叫ぶ 神田 『帰路が見つかったぞ!!』 倉田 「偵察隊は馬立場を越え、 田茂木野に進出中だ!」 2人の性格や役目がよく出ているセリフ。 神田は隊員たちを目的地(かつては田代、いまは帰営)に導くのが役目。倉田は隊員たちの意識に「鳴沢→馬立場→ 田茂木野→帰営」の図を書かせるのが役目。 隊員達は神田の「出発用意」号令を待つまでも無く、テキパキと出発の準備をはじめている。 ↑pagetop Chapter 18 夢の中の邂逅 ■神田5連隊 馬立場 3日ぶりの馬立場。 高橋を先頭に神田、倉田、江藤(たぶん)が頂上に現れる。 頂上への雪は深く、山田は2人の隊員の支えでどうにか進んでいる。到達した者は整列し、キビキビと点呼を取っている。その点呼の声を聞きながら倉田は神田に話しかける。 倉田 「犠牲者の背嚢の件(暖をとるため燃やしたこと)、重荷となるため半数の銃は叉銃(さじゅう、銃を三角錐状に立て合わせること)で残してきたことは、大隊本部が責任を持つ」 倉田 『神田大尉、他のことは一切考えず、遠慮なく先頭で引っぱってくれ、その後には離れず俺がいる!』 神田、強くうなずく。(うれしそーな顔) 斥候を募り、馬立場まで導いたのは倉田の手柄といってよいのだが、彼はその手柄をあっさりと捨て、むしろ負の責任を負い、神田に自分と全隊員の運命をゆだねた。 このシーンは女性ファンの胸をキュンとさせますな。(男子も?) 雪中行軍隊64名、大隊本部3名、総員67名が歩き出す。 この日1月25日と翌日26日に気象は凶暴の限りを尽くした。 日本の気象「最低気温ランキング」の、第1位は1902年1月25日の−41度(旭川観測所)、第2位は同年1月26日の−38.2度。もはや人間の叡智を超えた、自然の悪戯としかいいようがない事態の中で彼らは彷徨ったのである。 ■徳島31連隊 三本木 雪沓、油紙、唐辛子を買ってきた隊員が宿泊所にもどってきた。徳島は主人(田崎潤)から渡されたメモを読んでいる。弘前第31連隊の門間少佐からの電話メモだ。 青森第5連隊は、中隊編成で1月23日に出発し、田代、増沢を経由して25日に三本木に到着の予定。 主人 「5連隊は、今日はもうここへ着かないといけないことに」 主人の心配は当然だ。だが徳島は主人に有無を言わせない強い口調で、 徳島 「天候の状況で1,2日の遅れはある。軍隊とはいえ、なにからなにまで予定通りにはいかんのだ」 雪の八甲田で1〜2日遅れることがどんなに深刻な事態であるのか、中隊編成が予定通り進まないことがどれほどの混乱をよぶか、徳島には恐ろしいほど分かっていた。その焦燥感を徳島は主人にぶつけてしまった。 ■神田5連隊 中ノ森(カイヤドの沢) 夜。50人が一かたまりになって立っている。 風雪にさらされ、火もなく食料もなく励ます声もなく、じっと夜が過ぎるのを待っている。 力尽きた者は、静かに雪にたおれ、つかの間の眠りのあと逝ってしまう。サークルの中心の山田、神田、倉田さえも、雪のかたまりと化している。無表情の隊員たち。 神田の脳裏には、徳島。 徳島が一隊をつれて、笑いながら手を振っている。 ■三本木の旅館 徳島が暗い部屋で地図をにらんでいる。 三本木から増沢、増沢から八甲田山のルートを目でなぞっている。 ふいに徳島の脳裏に、神田。 神田がニコニコ顔で、隊列を率いてやって来る。 お互いがお互いを想い合うシーン。女性同士の友情にはありえない心境なので、男性同士の友情っていいなと、あこがれてしまうシーンです。 だからこそ、穏やかな状況で二人を会わせてあげたい。それじゃ映画にならないけれど・・・。このあとに戦争がなければもっといいのになと思うのです。それじゃ雪中行軍している意味がないけれど・・・。 シナリオにある徳島の独白。 (神田大尉、自分が八甲田を越えられるかどうかは、あなたの笑顔とその励ましの声だ。それ以外には、自分にも八甲田は・・・)(T□T) ■神田5連隊 中ノ森(カイヤドの沢) 1月26日、午前3時50分。 神田が動いた。もはや点呼も号令もない。 昨夜と同じく雪明りをたよりに歩く。神田のあとを無意識に追うだけだ。 まっすぐに歩ける者はなく、足をひきずり、つまずきながら前進している。 ■5連隊 連隊長本部 津村、木宮から報告を受けている。 木宮 「三本木警察に電話をさせましたところ、雪中行軍隊は間違いなく、午後4時に到着」 津村 「じゃ、無事に着いたのだな」 ホッとしてストーブ(八甲田に持って行けたら!)で手を温めているが、神田や山田が連絡をしてこないのが腑に落ちない。胸騒ぎがして、弘前第31連隊の予定表を見ると、徳島隊も25日に三本木に入ることになっている。 津村 「もう一度三本木警察に確認の電話を入れてみてくれ」 留守番は現場以上に、慎重さを持たなければならない。 ↑pagetop Chapter 19 地吹雪の恐怖 ■神田5連隊 按ノ木森の雪原 雪原、風雪が容赦ない。 山田は2人の隊員に支えられて歩いている。ひとりがバランスを崩すと3人が前のめりに倒れる。 倒れた若い隊員は、山田を起こす体力も、自分で起き上がる気力も無く、代わって他の隊員が山田を起こして、再び歩きはじめる。 ■青森第5連隊 連隊長室 窓の外は降りつづける雪。青森市内もかなりの降雪だ。 木宮が三本木警察に再確認の電話をしている。 木宮 「本日の早朝に増沢に出発?!」 神田隊なら、三本木から増沢に引き返すはずがない。三本木警察は神田隊と徳島隊を間違えて返答したのだ。しかし責めは木宮にある。 木宮 「軍機の関係で、連隊号や人員も明確ではなく、ただ雪中行軍隊が着いたかどうかを…」 木宮は津村に見苦しい言い訳をする。 津村は木宮を遮り、残りの中隊長の招集を命令した。 ■神田5連隊 按ノ木森の雪原 立ち往生している神田隊。 神田は地図を広げているが、磁石は凍って動かないようだ。方向を失い、キョロキョロしている。 藤村 「中隊長殿!」 雪が小降りになって、八甲田の頂上(前岳)がすっきりと姿をあらわしている。―そして遠方に、 山田 『青森湾だ!』 倉田 『このまま前進すれば 田茂木野だ!』 伊東 『我々は雪の中をさまよっていたのではない!』 江藤 『間違いなく 田茂木野に向かっているのであります!』 神田 『帰路が分かった! 前進ーっ!』 歩き出す神田隊。 雪の上で動かなくなった者を残して。 自然は、人を痛めつけ、そして一瞬だけ希望をあたえてくれる。自然はいったいどうしたいのか。 (このエピソードは史実) ■徳島31連隊 増沢付近 雪、風すくなく、おだやかな天気。 小山(増沢に熟知している)を先頭に前進する徳島隊。 その先には、雪にかすむ北八甲田山連峰。 ■神田5連隊 賽の河原 さっきの光明は何だったのか。 希望で前進した彼らに、風雪は凶暴の限りで襲いかかる。 神田は、後方の隊列の具合を気配りすることなく、ひたすら前進する。 すぐ後方を歩く倉田も、いまや足どりがおぼつかない。目の前の神田が何度もかすんで消える。 倉田 『神田大尉!』 呼び声は風に消され、いつの間にか、 左( 田茂木野)に進む神田の隊列と、 右(駒込川)に進む倉田の隊列に分かれてしまった。 帰営する正しいルートは神田の方だ。 倉田もそれは知っていたが、どうしても地吹雪の勢いに抗えなかった。神田も倉田が軌道を外していると気がついていたが、呼び戻す体力も消耗していた。 この地吹雪は本物なのだから八甲田の自然には恐れ入る。役者もスタッフも、想像を絶する状況での撮影だったのだなぁ。 ■神田5連隊 賽の河原 神田 『藤村! いや、江藤伍長!』 神田、振り返って藤村を呼ぶが、そこには江藤がいる。 江藤だけしか存在しない、が正しい。 神田 「真っ直ぐ進めば、大峠、小峠、 田茂木野だ!斥候となり先行、 田茂木野へ行け!」 江藤は、なぜ一緒に歩かず、自分だけを行かせるのか戸惑い、神田を見る。 神田 「倉田大尉以下は駒込の峡谷だ。 田茂木野へ先行して住民を雇い、雪中行軍隊の救助に当たるのだ!」 江藤 『ハイ、では・・・では中隊長殿!!』 神田 『行け―っ!』 神田の命令に、キビキビと答え、敬礼し、進み出した江藤。だが、いつものバイタリティーあふれる江藤ではなかった。彷徨の日々に顔は青ずみ、唇は黒くひび割れ、表情は失われ、瞬きをする体力もない。四肢の先が凍傷に犯されているのか、ぎこちなく歩きはじめた。 力なく、でも、しっかりと前進する江藤。 その背を、立って見送る神田。 ↑pagetop Chapter 20 雪崩 ■徳島31連隊 増沢 増沢尋常小学校。(ロケ場所不明) 住民が日の丸の旗を持って歓迎しているが、明るいムードではなく、しんと静まり返っている。 小学校の校舎に、貼り紙。 『青森歩兵第五連隊 弘前歩兵第三十一連隊 御休憩所』 だが、神田隊の姿は見えない。 ■弘前第31連隊 連隊長室 夜、弘前市内でも激しく吹雪いている。 門間 「五連隊がどうなっているか分からないのに、このまま八甲田に進むことは」 児島 『雪中行軍は直ちに中止する!』 門間 『はい!』 中止を決めたが、この決定をどう徳島に伝えればよいのか。 シナリオでは直後に、徳島から「翌未明に八甲田へ出発する」と電報が入るが当然、中止命令は出発に間に合うはずもない。 ■徳島31連隊 増沢から八甲田へ 谷底を進む徳島隊。山が左右に接近している。 左前方の山の尾根が崩れた。雪がゴウという地鳴とともに山の斜面を滑り落ちてくる。 雪は煙のように舞い上がり、木々を飲み込みむ。 雪崩の直撃を逃れた徳島隊だが、さらに新たな地鳴りが聞こえる。 徳島 『前進! 前進!』 次々に来る雪崩。とにかくこの場から脱出しなければ。 どっちが前進の方向なのか。土砂降りの雪の中で必死でもがいて、案内人のあとを進む徳島隊。 邦画史上初の人工雪崩シーン。30度の急斜面に103本の穴を掘って、ダイナマイト約50キロ分を仕掛けて雪崩をおこしたらしい。このシーンで高倉健たちは別撮りではないと言うのだから驚く。安全な場所に配置したのだろうけど…。 ■八甲田 賽の河原 風雪静か。前岳がくっきり見える北八甲田連峰。 雪原を歩く隊列。 案内人を先頭に、三上たちが歩いてくる。 案内人が止まり、前方を指差す。その先には・・・人? 半身は雪に埋没し、直立しているが、身動きひとつない。 雪だるま状の「それ」からのぞく青黒い皮膚と染み出た血。 それは、田茂木野への斥候の命を受けた江藤だった。 三上 『軍医ー!』(「ぐんい」が「クイーン」に聴こえるよ) このシーンのモリケン(森田健作)は、ホッペが赤く、目がまるまるして、とてもカワイイ。(ついつい思考が現実に) また雪が降ってきた。 スコップで江藤を掘り出す。それは人ではなく地蔵のようだ。 毛布の上に江藤を寝かせ、ほほを擦る。 目を見開いたままの江藤がまばたきをした。 江藤 『中隊長殿・・・神田大尉殿』 三上 『神田大尉が殿がどうしたのか!』 江藤を揺するが言葉を発しない。 だが江藤の表情は、神田の命令(田茂木野へ斥候し雪中行軍隊の救助にあたること)を果たそうと必死だ。 ■走る花田伍長 花田伍長(伊藤敏孝、以下花田)が走っている。 田茂木野を通過する花田。息がゼイゼイしてるが、走りを緩めない。 花田 『伝令・・・』 花田は青森第5連隊の営門に着いた途端に力尽き、崩れるように前のめりに倒れた。衛兵(?)が集まり花田を抱き起こす。 ■青森第5連隊 連隊長室 幹部(このシーンで初登場のような幹部も)が勢ぞろいしている。 花田の息は荒く、その報告は叫びに近い。 花田 「江藤伍長の言によりますと、雪中行軍隊は山田大隊長、神田中隊長以下全滅の模様!・・・引き続き付近を捜索中であります!」 ■弘前 第四旅団司令部 友田 「捜索は5連隊だけでなく、31連隊にも」 中林 『そんな程度じゃ手ぬるい』 壁に背もたれ、組んだ両手の親指をくるくる回している友田。落ち雪が無く、神田と徳島に雪中行軍の実施を「命令」した、あの時の威厳など失われている。 中林は両歩兵隊だけではなく、砲兵隊、工兵隊、通信隊にも救助の出動命令を出していた。 中林 「師団長(劇上では登場しないが、史実における立見尚文中将のこと)も事態を憂慮されており、第八師団をあげての救助体制を取る」 中林 「ところで、31連隊の雪中行軍は中止したのでしょうな」 友田 「それが連絡がつかず、現在八甲田へ突入している」 ↑pagetop Chapter 21 遅すぎた兄 ■徳島31連隊 田代平へ 風雪は無く。遠くまで見わたせる北八甲田連峰。 徳島は心の中で叫ぶ。 徳島 『神田大尉――神田大尉はどこにいるのだ』 なにごともなかったように佇む八甲田山連峰。これが200余名を飲み込んでいる山だろうか?まるで子供が悪戯を知られまいと知らんぷりを装っているような・・・。 ■青森第5連隊 連隊長室 救助活動から帰営し、自ら報告する三上。 津村 「生存者の見込みはないのだな」 三上 『その通りであります。その可能性はありえない』 このシーンはたったこれだけ。 三上ってば、”生存者はいない”なんて断言してますけどいいのかな? これでは三上が救助活動を放棄しているみたいではないか。 シナリオでは、大人数を投入して救助活動しようとする幹部たちに、三上は抗議している。 三上 「寒さとか、雪に対する、根本的な救助体制を取らない限り、ミイラ取りがミイラになってしまう!」 とにかく、生存者の見込みはありえないとする三上のセリフはどうも腑に落ちない。江藤から証言(駒込川に山田たちがいる)を得られなかったのだろうか。 江藤は小説で、自分がはじめての救出者と知って、それならば全滅に違いないと思い込み、三上の「生存者はいないのか」の問いに、「若干はいるかも知れない」と答えている。 ちなみに、このシーンの森田健作は、江藤発見シーンとのくらべて顔つきが違う(やせて骨っぽい)と思えるのだが、どうか? ■八甲田山中 鳴沢 樹氷の稜線。そのふもとの鳴沢・大崩沢。 雪の斜面の小さな小屋(炭焼き小屋)に4名が避難している。 屋根の一部は剥がれ落ち、壁は隙間だらけだ。 暖をとる火もなく、ただじっと、「その時」がくるのを待っている。 「その時」とは救助される時だが、遅ければ「その時」の意味は違う。 ■八甲田山中 田代元湯付近 朱色の花(つつじ)の群生。鳥のさえずり。 その中に座っている村山。 村山のヒザを枕にして、平山が気持ち良さそうに眠っている。 ヒザの上の平山を見て、村山も優しく微笑む。 だが、現実に村山が座っているのは雪の中。 田代元湯付近。 たった6日前に、湯に入って酒を飲むのを楽しみにしていた目的地だ。(史実の目的地は田代新湯であるとの説が有力) そして村山のヒザには、永遠の眠りについた平山。 ■駒込川 マグレ沢 深い渓谷の底にいる山田、倉田、伊藤ら12,13名。 伊藤 「人間とは、自分の運命に関係のない妙なことを考えるものです」 倉田 『そうだ・・・俺もバカなことばかり考える』 二人が考えてしまった「妙なこと」や「バカなこと」が何なのかは不明。 小説では数人の隊員が、駒込川を泳げば下流の青森市内にもどれると、裸で川に飛び込み、川の中で凍ってしまう描写がある。さらに大原伍長が、倉田と伊藤だけが履いているゴム長靴(これは史実)に着目し、(あの二人は魔法の靴を履いていたから、あんなに元気なのだ)と思う描写がある。 さらに大原伍長は「その長靴を履けば鳥のように高く飛んで、連隊に報告に行きます」とひとりごとを言い、断崖の上を見上げて「あそこのカラスのところまで飛んで行きます」と叫び、ついにそのカラスが救助隊だと確信するに至るのである。 ■徳島31連隊 鳴沢 腰までの雪を、案内人を先頭に進む徳島隊。 案内人の福沢鉄太郎(丹古母鬼馬二、以下鉄太郎)が立ち止まり、雪原に突き刺さっている銃を指差す。 斉藤は駆け寄り、必死で雪をかき分ける。 雪の中から眠っているような弟・善次郎の顔が現れた。 斉藤 「弟だ、善次郎だ!・・・許してくれ兄ちゃんがもっと早く来てやらなきゃいけなかったんだっ!」 弟を背負って行きたいと斉藤は徳島にお願いする。 徳島 「気持ちは分かる。しかしまだ困難な場所が続く、弟を背負った貴様が倒れたら、それを救う者が倒れ、隊は全滅してしまう」 涙を耐えているかのような徳島。あえて無表情で諭し、隊員へ整列を命じた。 徳島 『着剣!捧げ――銃――っ!』 徳島は軍刀をかざし、士官は挙手、下士卒以下は捧げ銃。 最後尾の西海記者は帽子を脱ぎ、黙祷を捧げている。 案内人たちがもどってきて、鉄太郎が大きく叫ぶ。 鉄太郎 「道が分かったぞ!あれを越えたら馬立場さ行ける」 鉄太郎が指す先には、雪の大平原。 強風だが見晴らしが良い。 徳島の目が潤んでいる。胸が詰まって言葉が出てこない。 どこかに200余の隊員たちが、どこかに神田大尉が。 ようやく振り向いた徳島は「出発用意!」と命令。案内人たちは先頭に進み、後ろに隊員が整列した。 徳島 『目標!中ノ森より按ノ木森、賽の河原を越えた、大峠の先の小峠!距離約7キロ・・・これより八甲田を一気に踏破する!進め――っ!!』 フラットな雪原を進む徳島隊。 雪はヒザ丈だが、一歩が重い。 真横から叩きつける風雪に正面を向くことができない。 天と地が逆さまになったような凄まじい地吹雪。 徳島の足元がふらつき、案内人にぶつかる。 正面からぶつかってくる豪雪に案内人たちはおののき、これ以上は無理だとばかりに後退してくる。徳島は片手でフードを押さえながら、もう片手で案内人を先に進むように突き飛ばす。 徳島に突き飛ばされた案内人はまた後退し、ふたたび徳島が押し戻す。案内人はあきらめたように前進する。 獰猛の限りを尽くす自然。 徳島 (雪濠を掘ろう!その中で待機・・・いやこの寒さと嵐、止まったらおしまいだ!) 徳島の顔は寒さで真っ赤に充血している。 フードから手を離すことができない。 徳島ほどの男の表情が苦痛で歪む。 先にはまだまだ続く地吹雪の雪原・・・。 ↑pagetop Chapter 22 神田大尉との再会 ■徳島の回想シーン ねぷたの灯り、ライトアップされた(?)弘前城の桜、岩木山のふもとに広がるリンゴの花、田植えと、ゆたかな穂の実り、沸き立つように咲く菜の花、夏のお墓参り(岩木山の神社か?)、一緒に手を合わせる母(年の離れた姉?)の背中、子供たちは川で戯れ、大人たちは働き続ける。 夜の日本海を前に泣きじゃくる徳島少年。青森・石川から日本海まで簡単に歩けない距離だけど親戚が近くにいるのか?) この回想(回顧シーン)は、いままでの回想シーンと違って、人が死に面した間際に見るといわれている「走馬灯体験」のように思える。 ■徳島31連隊 賽の河原 すこし地吹雪がおさまり視界が開けてきた。 まだ上空では風がぐおんぐおん鳴っている。 案内人の歩調が遅くなり、ついには立ち止まってしまった。 どうしたのかと先頭まで歩いてきた徳島が見たものは、雪原に散らばり息絶えた青森第5連隊隊員の姿だった。(ほとんどが雪に埋れ、外套や背嚢などの一部だけが見えている) 徳島以下、誰も声が出なかった。 徳島がだまって歩き出す。はじめて号令なしで進む徳島隊。 まったく起伏のない雪原を歩く。吹雪さえなければ見わたしがいい雪原だ。 徳島 『止まれ』 隊列をストップさせ、ひとり歩き出す徳島。 しゃがんで何かをのぞきこんでいる。 雪の中で永遠の眠りについている神田がいた。 雪に同化したような青白い皮膚。 くちびるに一筋の血の跡。 徳島の目が潤む。 涙で霞んだ視界がもどった時、神田が命を得た。 ニコニコと、満面の笑顔。 神田 『徳島大尉・・・やっと約束通りに』 徳島 『八甲田で』 神田 『いろいろと苦労されたでしょう』 徳島 『いや、苦労は、血の涙の本当の苦労は、神田大尉・・・あなただ!』 徳島のことばに幸せそうに微笑む神田。 その笑顔は再び青白く凍てつき、なにも語らぬ姿になってしまった。 徳島は涙をこらえて立ち上がり、そっと神田に黙礼して、隊員のもとに歩き出した。 このエピソードは、小説にない(むろん史実にない)映画だけのオリジナル。 安心したように眠りに着く神田大尉に(T□T) ↑pagetop Chapter 23 「八甲田で見た事は・・・」 ■徳島31連隊 田茂木野村の手前 田茂木野村に到着した徳島隊。 深夜だというのにの家屋のほとんどに灯りがついている。 山と風雪との戦いが終わったのだ。 だが徳島隊隊員からは、喜びを表現する感情は磨耗し、寒気にさらされた顔からは表情さえも失われている。家屋の灯りが映る徳島の瞳は潤んでいるのか憤っているのか。 死地からほんの数キロ先の、ささやかな生活。 冬の八甲田山は、伝説の山でもなく、異国の山でもない。平凡な生活のほんの数歩先にある「白い地獄」なのだ。 徳島一行のヒゲが伸びすぎている気もするけれど。 徳島が案内人7人ひとりひとりに50銭銀貨を渡している。 案内人の衣服が雪にまみれて息も荒いことから、まだ到着して間もなく、寸前まで悪路だったことがうかがえる。 徳島 「増沢を出発して以来、なみなみならぬ努力に対して心から感謝する。些少ではあるが案内料だ」 むろん徳島のポケットマネー。案内人に50銭で謝礼していたのは史実で、福島大尉の私費から払われていた。 徳島 「八甲田で見たことは一切口外してはならん、たとえ親兄弟にでもだ。一言でもしゃべったら関係人となり、憲兵隊または警察に拘束のおそれがある!」 この発言、史実では、言った言わないなど諸説あって不明。言ったとしても、言い方受けとり方で解釈は様々になる。 映画的にこのシーンは、徳島は案内人が軍隊の不祥事(的確ではない言葉だが世間的に)に巻き込まれないよう、あえて脅した言い方をしたと解釈するのがよいかも。(高倉健の役者イメージと重ねて) そして、「しゃべるな」は案内人だけでなく、徳島隊自身に対しての言葉だと思われる。なぜなら言葉は発した途端に「誤解」となって、自らに戻ってくるかも知れないものだからだ。 いずれにせよ、史実、映画に関わらず、このシーンの持つ意味は深い。「徳島隊は案内人をつけたから成功した!」的な扱いは、むしろ徳島隊の本意を欠くものだろう。(徳島隊は民間人を死地(冬の八甲田山)に同行させた・・・という見方も出来る) このシーンは公開バージョンからは編集でカットされ、「幻のシーン」と呼ばれ、のちに各氏の尽力によって復活した。 徳島 「田茂木野にも寄らず、青森に出て汽車で帰れ、それが一番いい、分かったな」 汽車代は、この50銭から捻出するのだ。いくら手元に残るのか。 ■徳島31連隊 田茂木野村内 村に入る徳島隊。 徳島、隊員を外に待たせ、田辺とともに一軒の家に入る。 家屋は屋根の下まで雪が積もり、雪を掘り下げたところに玄関がある。 雪の重みでドアが使えなくなるからか、玄関は開けたままで、ムシロが下がっている。 無言で入ってきた徳島に驚く、青森第5連隊の隊員。 外套やヒゲに雪が貼りつき、顔は雪焼けして黒く、瞳はギラギラしている。遭難者の亡霊と思ったのか。 健さんワイルドカッコイイー 徳島 『31連隊の雪中行軍隊だ、八甲田を越えてきたが、宿舎の必要があるので、設営指揮官にお会いしたい』 救助隊指揮の木宮が出てくる。 木宮は徳島隊も八甲田で遭難していると思い込んでいたらしく、信じられないといった表情で徳島を見ていて、敬礼さえもしない。 家屋の奥で2人きりで話しをはじめる。 木宮 「負傷者を汽車で帰して、あとは全員が無事に?」 徳島 『その通りであります』 木宮 『ところで、八甲田ではなにも見なかったか』 徳島、姿勢を正し。 徳島 「鳴沢で犠牲者の遺骸をひとつ、賽の河原では行軍指揮官神田大尉以下の遺骸を」 木宮 「賽の河原は、くまなく捜索し、遺体23体の収容を終えておる・・・しかも昨日のうちにだ!」 動揺する徳島。 木宮 『指揮官の神田大尉は今回の雪中行軍の責任をとるためか、凍えきった体に最後の力をふりしぼり、見事に舌を噛み切っていた』 徳島は雪の八甲田で神田と逢えたことを、何の疑いもなく信じていたのだ。 家屋の裏口から出てくる木宮と徳島。 その正面にはムシロで覆われた急造の遺骸安置所。 中はランプが灯され、棺おけがならび、先客がひとりいた。 原作では木宮は良い人物として描かれてなく、神田の安否を問う徳島に木宮は答える。 木宮 「神田大尉は、気負いすぎた雪中行軍計画を建てた責任を負って舌を噛んだ」 さらに、 木宮 『そうだ、研究も不足だった。装備も不足だった』 徳島は、それは結果論だと木宮に反論する。 そのようすを新田次郎は以下のように描写している。 『あの八甲田山の中を踏破して来た徳島大尉には死んだ神田大尉の無念さが分かり過ぎるほどよく分かった。』 『徳島隊も、もし二日間ふぶかれてたら遭難したかもしれないのだ。そのときは自分も舌を噛み切ったに違いない。』 徳島は、「八甲田山でなにを見たんだ」と詰問する木宮に、何も見なかったと、『生涯たった一度の嘘』をついてしまう。 ↑pagetop Chapter 24 「間違いなく、雪の八甲田で・・・」 ■徳島31連隊 田茂木野・遺骸安置所 遺骸安置所は木柱のまわりをムシロで覆っただけの構造で、壁の半分の高さまで雪が積もっている。。寒気がムシロを通過し、室内に雪が舞い、ランプがゆれる。 遺骸を安置する場所としては皮肉にもよい環境。 ずらりと並ぶ棺おけの一番奥。うずくまっている人が振り向いた。 白い肌と、かたちの良い眉、知的な額、射るような視線・・・神田の妻、はつ子だ。 木宮にうながされ婦人に近づく徳島。 婦人は立ちあがり、羽織っていた布を脱ぎ、喪服姿になった。 いくらなんでも喪服姿は寒くないのか?・・・寒いけど責任者の妻として、あるべき格好をしてきたのではないか。(視覚的効果だと思うけど、それにしても寒そう) 軍人として死んだ神田に代わって、はつ子の戦いがはじまる。中傷を受け槍玉にあげられるだろう。 徳島 『31連隊の徳島です』 徳島 『お別れをしたいと思いますので』 はつ子は、何も言わずに頭をさげ、徳島が棺おけの蓋をとるようすをじっと見つめている。そして一緒に中をのぞきこむ。 賽の河原で逢った神田だった。 血の跡は拭われていた。 だが、笑顔で話しかけてくれない。 見つめても見つめても。 はつ子 『八甲田では31連隊の徳島様に逢える・・・それだけが、今度の雪中行軍の楽しみだと申しておりましたのに』 徳島 『自分は・・・』 徳島、胸が詰まって言葉にならない。代わりに涙があふれる。 徳島 『間違いなく自分は・・・雪の八甲田で逢いました!』 ようやく絞り出すように言葉にしたものの、あとから流れる涙をとめることができない。 この安置所シーンは映画オリジナル。 ''徳島大尉に逢うことだけが、今度の雪中行軍の楽しみだ'' 妻につい洩らしてしまった本音。神田は孤独だったのだ。しかも雪中行軍の前から。 徳島も孤独だった。だからこそ八甲田で神田に逢いたかった。 逢わなければ、雪中行軍だけでなく、大陸へ戦いに行く前に、朽ちてしまいそうだった。 山にいるとき、徳島の心の中では、神田は陽光に照らされていつもニコニコ笑ってくれた。 白い地獄の八甲田を越えてきた徳島に、棺おけの中の神田は、もう笑いかけてくれない。 神田は冷えた体で、徳島に教えてくれた。 ”もうボクたちは山にいるんじゃないんだ” 山、不思議な場所だ。 世間からすこし離れた場所で、目的地に向かって歩いているだけなのに、自分は何かできそうな生まれ変われるような、……そんな気分に山はさせてくれる。そして下山して、風呂に癒されて、美味しい食事にありついた時……自分はいつもの自分のままなんだと気付くのだ。 あれほど過酷な山なのに、徳島には、いつだって笑顔の神田に逢える場所だった。 「雪中行軍の楽しみ」と神田は言った。 大国との不可避な戦争を前にして、軍事演習に「楽しみ」を見出せるさいごの季節だったのかもしれない。……だが、それも終わった。 ■弘前 第四旅団司令部・旅団長室 晴れの日。小鳥がさえずっている。 旅団長室には友田、中林と、青森第5連隊から木宮と三上。 (設定では三上だが、森田健作とは違うような) 木宮 「以上申し上げましたように生存者は、江藤伍長を入れて15名。・・・しかし手当ての甲斐なく、内3名が死亡いたしましたので、現在は12名であります」 友田 「全滅かと思ったが、12名の生存者がいる」 中林 「それに、雪中行軍の目的地、田代まで達している村山伍長がいる」(報告書をたたく) 「机上の空論」 青臭い言葉だ。 机上で決めたっていい。空論だっていい。 誰かが机上で作った「空論」をどう実現するかが人間の知己ではないか。 だが、得た結果に対しては「空論」で済ませてはならない。友田は6パーセントに満たない生存率に安堵し、中林は1人だけの到着を目的達成に値するとした。 彼らは、同じことを繰り返すか、机上の空論さえもしなくなるか、どちらかだ。 ■田茂木野村 山田、橇に乗せられ山を降りている。 山田 『寒さとか、雪とは、春があって・・・夏、秋』 同じうわ言を繰り返す山田。倉田以外はひとりで歩けず、救助隊員の肩にすがって歩いている。伊藤も憔悴し、目も開けられない状態だ。 橇が止まる。津村以下の連隊幹部が出迎えに来ている。 山田はこのために最後の体力を残していたのか、橇の上に起き上がり、姿勢をただし、正座で津村に対した。 津村 『いや、そのままで』 山田 『連隊長殿、申し訳ありません』 橇の上で、手をつき、深く頭を下げる山田。 山田 『今回の遭難は、山とか雪に対し、自分があまりにも知識がなかったことであります。全責任は自分にあります』 ふたたび頭を下げる山田。津村はなにも言えない。 山田はこのために生還した。生還させられた。 倉田と伊藤は、事件の顛末と責任の所在を、山田自身から説明させるために、山田を生還させた。そして山田自身もなぜ自分が活かされているのか熟知し、”最後の任務”を果した。 倉田のモデルになっている倉石一大尉は、行軍前に肝臓を患っていたが、遭難期間の絶食のおかげ(?)で、全快してしまった。健康に(?)なって帰還した稀な例。しかし療養後は救助隊に加わることになり、辛かったろう。 山田 「ところで、31連隊のほうは?」 津村 『予定より2日遅れたが、全員八甲田の踏破を終わり、青森市内に宿泊し、昨日浪岡に到着・・・(言いかけているが言いにくい様子)・・・今日はその浪岡より、弘前の31連隊に向かっている』 山田は、徳島隊も同じ事態になっていると信じていた。 シナリオでは、駒込川の渓谷で伊藤が倉田に、31連隊はどうなっているのか質問した時、山田がつぶやく。 山田 「我々と同じ運命だよ・・・(いくら少人数で、最低限の装備で、民泊し、案内人を雇っても)・・・しかし、ここは違う、八甲田だけはな」 徳島も小説中で、『もし二日間ふぶかれてたら遭難したかもしれない』と思っているので、山田の思い込みは必ずしも見当はずれではない。 だが、両隊の対比はあまりにも大きい。 山田の後悔は、あまりにも深すぎる。 ■徳島31連隊 弘前へ 浪岡から弘前に行進する徳島隊。 空は晴れ、雪がきらきらと太陽を反射している。 目前には岩木山。振り返れば八甲田連峰。 徳島 『軍歌ぁー、"雪の進軍"始めーっ!』 もう案内人はいない。徳島を先頭に進む。 徳島も一緒に歌いだす。 「無謀な計画」といわれた徳島隊の240キロの雪中行軍が終わろうとしている。 ■青森 病院の一室 山田、清潔な白衣を着けて、ベッドの横に座っている。 じっと前を見ていたが、枕の下から拳銃を取り出し、左胸に銃口を当て、引き金を引いた。 山田の死因には諸説ある。 銃自殺であると知らされているが、現・青森駐屯地「防衛館」に展示されている山口少佐の銃(自殺に使われたものなのか不明)をみると、凍傷に罹っていたであろう指がトリガーガード(日本語でなんというのか)に入るのだろうかと疑問が出てくる。 話は変わって、山田少佐自決シーンのバックに、徳島隊の歌う「雪の進軍」が流れてるのだが、てっきりワシは、山田の病室の外を徳島隊が歩いてるんだと思ってたよ。シナリオ読むまで。 ■現在(1970年代) 幸畑墓地(キャプションが無いので分かりにくい) 青森・ねぶたのショット、お祭りの背景に、店舗の電飾カンバン、コンクリートの電信柱。(唐突の場面転換で驚くが、時の流れを表現している) ■現在(1970年代) 幸畑・雪中行軍隊墓地 セミが鳴き、墓石(?)が林立している広場。 ひとりで歩いて来る老人。ツエをつき、左腕を失っている。 キャプションがないので、どこか分かりにくい。 ■馬立場・後藤伍長の像 高台に軍人の銅像。 そこにさっきの老人がいて、銅像を仰ぎ見ている。 後藤伍長像だけど、キャプションがないので分かりにくい。 ■八甲田ロープウエー 八甲田をスッと登るロープウエー。乗客のほとんどは若者で、軽装であざやかな夏服姿。 ロープウエーに乗っている老人は、窓に近づいて外をながめている。 顔のアップ。老齢に達した村山伍長だ。 村山伍長は村松伍長がモデル。最後の生存者・小原忠三郎さんと間違えられがちだけど。 幸畑墓地は、1905(明治36)年に埋葬式。 後藤伍長像は、1904(明治37)年に竣工、2年後に除幕式。 八甲田ロープウエーは、1964(昭和39)年に創業。 村山伍長は90歳の(70年経過している)設定。 史実の村松伍長がロープウエーに乗ったかどうは不明だけど、設定としては無理がない。昔のようで、そんなに遠くない物語なのだ。 それにしても、村山の交通手段が気になるぞ。ひとり旅のようだが、自分で運転は無理だし・・・タクシーか? お孫さんの運転で来ているというのが希望の設定。 緑で満たされた八甲田の稜線。 『三十一連隊の徳島大尉以下の雪中行軍隊と 五連隊の倉田大尉 伊藤中尉らは 二年後の日露戦争中』 小さな花が咲いているハイキングコースを歩く村山。 『極寒 零下二十数度の黒溝台で 二昼夜飲まず食わずに戦い 続く奉天大会戦を勝利に結びつけ 全員戦死した』 史実では雪中行軍帰還者は日露戦争で「全員戦死」してない。 5連隊からは、倉石大尉、伊藤中尉、長谷川特務曹長が参加。伊藤中尉と長谷川特務曹長は重傷を負い、倉石大尉は黒溝台にて1905(明治38)年1月27日に戦死。 福島大尉は、山形32連隊の中隊長として参加。1905(明治38)年1月28日に戦死。 弘前31連隊参加者は、詳しくは不明だが、帰還した隊員もいる。 村山の横を、若者たちが楽しそうに歩いてゆく。目的は山登りではなく、軽いハイキングのようだ。 村山の視線の先には八甲田山。 『 今に残るのは 本州最北端の地に うすれかける記憶で 語りつがれる―― 八甲田山雪中行軍の物語だけである』 夏から冬の八甲田へ。今年もまた雪が降る。 緑で満たされた八甲田の稜線。 『三十一連隊の徳島大尉以下の雪中行軍隊と 五連隊の倉田大尉 伊藤中尉らは 二年後の日露戦争中』 小さな花が咲いているハイキングコースを歩く村山。 『極寒 零下二十数度の黒溝台で 二昼夜飲まず食わずに戦い 続く奉天大会戦を勝利に結びつけ 全員戦死した』 史実では雪中行軍帰還者は日露戦争で「全員戦死」してない。 5連隊からは、倉石大尉、伊藤中尉、長谷川特務曹長が参加。伊藤中尉と長谷川特務曹長は重傷を負い、倉石大尉は黒溝台にて1905(明治38)年1月27日に戦死。 福島大尉は、山形32連隊の中隊長として参加。1905(明治38)年1月28日に戦死。 弘前31連隊参加者は、詳しくは不明だが、帰還した隊員もいる。 村山の横を、若者たちが楽しそうに歩いてゆく。目的は山登りではなく、軽いハイキングのようだ。 村山の視線の先には八甲田山。 『 今に残るのは 本州最北端の地に うすれかける記憶で 語りつがれる―― 八甲田山雪中行軍の物語だけである』 夏から冬の八甲田へ。今年もまた雪が降る。 |
↑pagetop 劇場予告編 雪まみれの兵隊が吹雪の中を歩いてくる。アルマゲドンっぽい 橋本プロダクション 株式会社東宝映画 株式会社シナノ企画 山をバックに八甲田山のタイトル。音楽がはじまる。 会議室。名前を呼ばれて立ち上がる2人の軍人。 『どうだ、二人とも、冬の八甲田山を歩いてみたいとは思わぬか』 廊下で楽しそうにすれ違う2人。(緒形拳と新克利) 高倉健のセリフ 『調査をすればするほど恐ろしい・・・日本海と太平洋の風が直接ぶつかり、冬の山岳としてはこれ以上ない最悪の地帯です。おそらく今後30年、50年、いや100年たっても、冬の八甲田は頑として人を阻み、通ることを許さないのではないかと思います。』 丹波哲郎のアップ。なにかを静かに見つめているような。本編には使用されてないカット。 軍歌の歌声(雪の進軍)がはじまる。 晴天の中、高い山(岩木山)をバックに進む行軍隊。 240キロを迂回して挑む 三十一連隊27名は弘前を 吹雪の中、行列して歩いてくる行軍隊。 一気に攻める 五連隊210名は青森を 急な斜面を、縄で互いを縛って登っている行軍隊。先頭は高倉健。 白い地獄へ 藁でつくった頭巾をかぶっている秋吉久美子。 息があらいが、やさしく微笑む。 彼女を先頭に雪の斜面をのぼる行軍隊。 闇の中、雪だるまのような人のかたまり。 じっとしているが、外側からひとりひとり、花びらが落ちるかのように、人がぽてりと倒れてゆく。 死が運命なら 生もまた大きな運命である。 切り裂くかのような暴風の音。 雪の中に見え隠れしているもの・・・木ではなく、前のめりに倒れた「人」。 原作 新田次郎「八甲田山死の彷徨」 脚本 橋本忍 雪の中、誰かを抱きしめ泣き叫ぶ隊員。(前田吟) 撮影 木村大作 音楽 芥川也寸志 「捧げー!銃!」と号令する高倉健。 製作 橋本忍 野村芳太郎(松竹) 田中友幸 うなだれる前田吟。 監督 森谷司郎 高倉健のアップ。カッコイイ! なにかを見つめているが歩き出す。画面は雪山の斜面に移る。 高倉健 北大路欣也 加山雄三 栗原小巻 秋吉久美子 三国連太郎 緒形拳 森田健作(松竹) 加賀まり子 小林桂樹 藤岡琢也 島田正吾 丹波哲郎 加山雄三のアップ。なにかをじっと見つめ、なにも言わない。 天を仰ぐ北大路欣也。 『天は我々を・・・見放した』 つぶやきのようなその叫びの姿を、後ろから大勢がみている。 もはや隊列無く、ばらばらに進む雪まみれの隊員たち。 歩む気力もなく、ひざまつき、倒れる。 あなたの胸に 地吹雪の中、一列で進む行軍隊。先頭の高倉健のコートのすそがひらひらめくれる。 日本人の心に 山をバックに八甲田山のタイトル。 映画館で見たひといるかにゃー? ↑pagetop |