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2010年度予算編成―「公約」より大局を見よ

 鳩山政権が、来年度予算編成をめぐって混乱をさらけ出している。ここをしっかりと乗り越えられなければ、新政権への国民の熱い期待も一気に冷めかねない。

 「暫定税率の議論と環境税の議論を一緒にして平行移動させれば、国民から約束違反と思われる」。鳩山由紀夫首相は2日の講演でそう述べた。

 来年4月にガソリン税を下げ、国民に政権交代の果実を味わってもらう。環境税の導入は来夏の参院選後に先送りする、という意味だ。

 とにかく連立や来年の参院選に不利な要素は避けたい。今年度第2次補正予算づくりで亀井静香金融・郵政担当相に振り回されている印象があるのも、同じ理由からではないか。

 だが、暫定税率の廃止で2.5兆円の税収を失う。首相が掲げる温室効果ガス削減の方向にも反する。だからこそ菅直人副総理、藤井裕久財務相、原口一博総務相が、環境税導入を同時に実施する方向で調整に乗り出していたのではなかったか。

 「鳩山政権が何をめざしているのか分からない」。政策を分析しているエコノミストたちの間でそうした声が上がるのも無理はない。

 暫定税率廃止や高速道路の無料化など、財源と効果の両面で疑問視される公約は柔軟に見直すべきだ。

■国債44兆円枠を守れ

 民主党は総選挙の政権公約で「生活第一」「コンクリートから人へ」の理念を掲げた。だとすれば、この予算編成の眼目は、個々の「公約」に固執することより、生活と雇用を支える安心社会をつくり、日本経済の新しい成長の土台を築くために力強い一歩を踏み出すことではないか。

 予算編成の一環として実施された「事業仕分け」は多くの国民に歓迎された。自民党の長期政権下で積もったホコリの「大掃除」で、乱暴なところもあったが、既得権に切り込むにはこのくらいの大なたが必要だった。

 だがその事業仕分けをもってしても歳出削減額は7400億円にとどまった。目標の3兆円には遠く及ばず、史上最大に膨らんだ概算要求額95兆円の圧縮に政権は四苦八苦している。

 一方で歳入不足も深刻だ。経済危機で法人税収が激減し、今年度の税収見込み46兆円が37兆円程度まで落ち込む。当然、来年度の税収見込みも厳しく、国の新たな借金である新規国債発行額が税収を上回ることが確実だ。終戦直後以来の異常事態である。

 その借金を44兆円に抑えるという目標についてすら、「自信がない」との声が閣内からもれる。だが、44兆円枠は堅持すべきだ。

 税収の激減があるにせよ、「埋蔵金」とも呼ばれる特別会計の剰余金や積立金の一部をうまく使えば、守れない数字ではなかろう。それすらも無理というのでは、責任ある財政運営ができないと見なされ、納税者や市場関係者の不信と反発を買うのは必至だ。

■消費税論議を逃げるな

 事業仕分けにはもう一つ「成果」があった。この画期的な手法で予算を削っても、財源の捻出(ねんしゅつ)は民主党が期待したほどではなく、歳出改革に頼るだけでは限界があることがわかった。

 これは、消費税増税などによる税制抜本改革を抜きに財政の構造改革と再建はできないことを物語る。その事実を国民にはっきり示すことができたのも大きな意義だった。

 鳩山首相は「政権の4年間は消費税を上げない」と封印した。だが国債発行が膨れあがった理由は、経済危機への対応やその影響によるものだけでない。超高齢化のなかで雇用と福祉にまたがる生活保障のほころびを直し、子どもを育てやすい社会に変える改革に踏み出すには、恒常的に新たな税源が必要なことは明らかだ。

 日本の財政は、このままでは機能を失う。民主党が掲げてきた「生活第一」の政策は、看板倒れとなる。

 世界経済危機の傷はなお深く、日本の需要不足は35兆円にのぼる。だが、ここでたじろぎ、額を積み上げるだけの財政出動に頼るのでは、自民党政権の失敗を繰り返すだけだ。需要を継ぎ足したり、先食いしたりする対策は、いずれ息切れする。

 大事なのは、民間の消費と投資を引き出し、経済が自律的回復の道を歩めるよう支援することである。

■中長期の成長戦略を

 年金や医療、介護について国民が安心して老後を迎えられる社会システムづくりも力になる。高齢者らの貯蓄が消費に回り、内需喚起が期待できる。こうした政策は、経済の担い手を介護の重圧から解放したり、ビジネスと雇用の機会を広げたりするという観点からも思い切って挑むべきだ。

 社会保障や環境、農業などの分野で市場や雇用を広げる余地はまだまだある。海外に打って出られるような産業に育てる政策も十分可能だ。

 そのためにも、停滞ぎみの規制改革を進める必要がある。農家への戸別所得補償制度や、東アジア地域および米国との自由貿易協定などの構想も組み入れ、総合的な成長戦略にしたい。

 いまの試練は、政権にとってむしろ天啓だ。目先の選挙対策に足をとられることなく、長期的に国を立て直していく政策を洗い出す。課題に正面から向き合うことで、政権担当能力を内外に示す格好の機会が目の前にある。

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