ア・リーグMVPのジョー・マウアーは、なぜ“満票”選出されなかったのか?
text by Kaechoong Lee
photograph by Getty Images
デトロイト・タイガースを「タイブレイク」で破り、プレーオフ進出を喜ぶマウアー。今季成績は打率.365、自己最高の28本塁打、96打点。出塁率と長打率の和であるOPSは10割を超えた
ア・リーグMVPに、予想通りツインズのジョー・マウアーが選出された。
しかし、予想通りでなかったのは、全員一致、「満票」での選出ではなかったことだ。
投票員28人のうち、マウアーに1位票を入れなかったのは日本人記者小西慶三氏(元共同通信)ただ一人。小西記者がマウアーの満票MVPを阻んだことについて、当地では、非難の嵐が吹き荒れている。
同記者に対する批判をまとめると、
(1) 同記者の「眼力」に対する不信 : マウアーの代わりに1位に入れたのが、よりによってミゲル・カブレラ(タイガース)であったこと
(2) 説明義務の忌避 : なぜマウアーではなくカブレラを1位にしたのかについて、理由を説明していないこと
(3) 利害相反の疑い : 特定選手との特別な関係が公平な投票を損なった疑い
の三点となるが、以下、順を追って説明しよう。
優勝を逃した「戦犯」を選んだのは「皮肉」なのか?
(1) 眼力に対する不信
マウアーとカブレラ。成績がどれだけ違うかを下表にまとめた。
打率 | 出塁率 | 長打率 | |
---|---|---|---|
マウアー | 3割6分5厘 (1) | 4割4分4厘 (1) | 5割8分7厘 (1) |
カブレラ | 3割2分4厘 (4) | 3割9分6厘 (6) | 5割4分7厘 (6) |
打率・出塁率・長打率で「三冠王」を達成したマウアーを差し置いて、いずれの項目もベスト3にさえ入っていないカブレラを1位に入れたのだから、当地の野球ファンが驚愕したのも無理はなかった。
しかも、マウアーが捕手という難しいポジションでゴールド・グラブ賞を獲得したのに対して、カブレラは「そこそこ」の一塁手。守備での価値もマウアーには大きく見劣りする。
さらに、マウアーがチームを中地区優勝に導いたのとは対照的に、カブレラは優勝がかかったシーズン最終戦の直前に酔っ払って警察沙汰を起こし、チームの士気を著しく損なった。マウアーが文字通り「MVP」の活躍をしたのに対し、カブレラは優勝を逃した「戦犯」としてファンの怨嗟の的となっているのである。
デトロイト・フリー・プレス紙に「皮肉で入れた票だとしか考えられない」とコメントを寄せたファンがいたことでもわかるように、小西氏がMVP投票総得点で2位、3位となった、マーク・テシェラ、デレク・ジーターをも差し置いてカブレラを1位としたことについては、タイガース・ファンでさえも「びっくり仰天」したのである。
ファンも同業者もその理由を説明して欲しいと思っている。
(2) 説明義務の忌避
というわけで、ファンは、なぜカブレラを1位にしたのかについて、小西記者から説明を聞きたいと思っているのだが、同記者はこれまで、一切の説明を怠っている。
私が知る限り、ニューヨーク・タイムズ紙のタイラー・ケプナー記者、ニューズデイ紙のケン・デイビドフ記者の少なくとも二人が、「説明を求めるE-メイルを送ったが、返事が来なかった」と書いているが、同業者からコメントをリクエストされた場合、速やかに答えるのは当地では最低限のマナーであるだけに、小西氏の沈黙は目立たざるを得ない。
たとえば、ESPNのキース・ロウ記者。ティム・リンセカムがクリス・カーペンターを僅差で抑えたナ・リーグ・サイヤング賞の投票で、カーペンターを票からはずしたことについてカージナルス・ファンの猛批判を浴びた。しかし、小西記者とは正反対に、ロウ記者は入れなかった理由について、記事で説明しただけでなくテレビカメラの前でもきちんと説明した。
ファンも、メディアも、小西氏の説明を、首を長くして待っているのである。
取材記者と選手の関係が近すぎて利害相反に陥る恐れも。
(3) 利害相反の疑い
小西記者がイチロー取材の「第一人者」であることは周知の事実である。
たとえば、スポーツ・イラストレイテッド紙の看板コラムニストだったリック・ライリーが、2001年に、小西記者が日本の記者達の質問をイチローに取り次ぐ様をユーモラスに描写するコラムを書いたことがある。イチロー取材における小西記者の特別な役割は米国人記者にも注目されてきたのである。
さらに小西記者は、イチローの公式サイトに記事を執筆するなど、同選手との関係は、単なる取材対象としての域を超えるものがある。イチローとの特別な間柄が公平な投票を損なったと懸念される所以である。
一般に、公の業務に縁故や個人的な利害関係をからめる行為は「利害相反(conflict of interest)」と呼ばれ、当地では忌み嫌われている。
利害相反に巻き込まれない最善の方法は「疑い」を抱かれる状況に身を置かないことに尽きるのだが、逆に言うと「疑い」を持たれた時点では、もうすでに利害相反が生じているとみなしてよいのである。
たとえば、ニューヨーク・タイムズ紙も、ロサンゼルス・タイムズ紙も、所属記者がMVPやサイヤング賞の投票に関わることを禁止しているが、取材対象である選手との公平な関係が損なわれ、記者が「利害相反」の立場に立たされるのを危惧するからに他ならない。
ファンからも記者の立場を疑われるようになっているが……。
ここで、ニューヨーク・デイリー・ニューズ紙に寄せられた読者からのコメントを紹介しよう。
「ミゲル・カブレラに入れたって? 今後、小西慶三が投票に加わることを禁止すべきだ。彼はイチローだけしか取材しないし、これまでイチローの記事や本ばかり書いてきた。マウアーのせいでイチローが首位打者になれなかったから1位に入れたくなかったのだろう」
利害相反は疑いを持たれた時点で「アウト」と上述したが、小西記者とイチローとの間の利害相反の関係が投票に影響を与えたと、すでに疑うファンが存在するのである。
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