<「機動戦士ガンダム」以後、新作を発表してもガンダムの人気には及ばなかった。富野さん自らが「呪縛」と呼ぶ苦悩の時期だ>
「ガンダム」が認められた時に、自分も作家になれると思ったわけです。ガンダムで示した、宇宙時代に対応した新しい人類像の「ニュータイプ」という概念やモビルスーツという二足歩行のロボットを使って、次の物語を作りたいと思った。しかし、「ニュータイプ」の定義づけもできないし、別の作品もガンダムほどにはうまくいかない。作家として、創作力の幅を持っていない、と自覚しました。
そこへ制作会社から「次もガンダムをやらないか」と言われれば、受けざるを得ないわけです。でもうまくいかない。「番組を1年持たせればいいんだろう」と捨て鉢になってしまう気持ちがありました。
<転機は、テレビアニメ「∀(ターンエー)ガンダム」(99~00年)だ。旧知の制作会社社長からの「ガンダム20周年に何かやらないか」という言葉に、ビジネス前提の提案ではないと感じ取った。ゼロからの出発を決意し、産業革命前の田園風景にロボットを登場させる異色の物語にした>
「呪縛」を解きたいと思いながら、その方法論がわかりませんでした。でも「∀」では、過去のガンダムと一切関係のない物語を意識して構成し、区切りをつけることができました。「∀」の一番のテーマは「人は田園にあってこそ穏やかである」ということ。戦争という場面で終わらせなかった。60歳近くなっていた立場として納得できる作品でした。大人の仕事と自負しています。
<03年から金沢工業大の客員教授として「ガンダム創出学」を教え、後進のクリエーターや学生に、ものづくりをテーマに講演することも多い。激しい言葉で人生論を語る姿勢が若い世代の共感を得ている>
10代を見ていて鮮明に理解したのは、彼らの方が今の政治家や経済人よりも本能的に将来に不安を感じているということです。大人というオールドタイプが既存の認識論で国家を考えるようでは、未来は危ういでしょう。
環境問題とエネルギー問題を正確に考えていけば、今の体制のままでは地球は持たないんだよ、既存の手法の中には解決策はないんだよ。若い人に伝えることは、こういう簡単なことです。
右肩上がりの経済を前提とした考えでは、地球を滅ぼすだけなんです。それをきちんとした言葉としてコモンセンス(常識)にしていきましょうということ。もちろん暮らしは厳しくなります。今後やらなければならないのは、永遠に発展しなくていいということ。そういう過酷さをどう伝えるかが今後の僕の表現のテーマになっているんです。
<今年8月、ガンダムシリーズでは監督として10年ぶりの新作となる全編CG(コンピューターグラフィックス)の短編映像「リング・オブ・ガンダム」を東京・お台場のイベントなどで発表した>
具体的な企画があるわけではありませんが、新たなシリーズにする設定は考えています。「地球の資源を使い果たした人類は宇宙で生きるしかなかった」という物語が前提にあります。
人類がそうなる原因を考えていくうえで、ドイツ出身の米政治哲学者、ハンナ・アーレント(75年死去)の思想に共感しています。アーレントは、個人が均質化した大衆社会を批判的に論評していますが、行き着く先は責任者不在の「全体主義」になるという彼女の指摘が、米同時多発テロ(01年)以後、現実になっている。それはものすごく厳しい問題だということを「ガンダム」の世界観の中でも伝えたいですね。
うかつにやると、下手な政治劇になってしまって、誰も見てくれないでしょう。子どもの時には、かっこいいメカとかわいいキャラが印象に残るけど、50歳になって、裏の構造はこんなんだったんだと気づいてくれればいい。
それをロボット物で、どれくらい表現できるかわかりません。でも、大人もアニメを見ることをいとわなくなっている時代、大げさなテーマを掲げるバカなクリエーターがいてもいいんじゃないかと思います。少なくとも死が射程に入ってきた僕の年齢を考えると、こういうこともありでしょう。=富野さんの項終わり
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聞き手・高野聡/「時代を駆ける」は16日から脚本家・倉本聰さんのシリーズを掲載します。
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■人物略歴
本名・富野喜幸。アニメーション監督、作家。神奈川県小田原市生まれ。日大芸術学部卒。代表作「機動戦士ガンダム」は放送開始から30周年。今年8月、ロカルノ国際映画祭で名誉豹賞を受賞。68歳。
毎日新聞 2009年11月11日 東京朝刊