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【なごや特走隊】

カンガルー像と壁画のその後は 栄の交差点で輝いた名古屋の顔

2006年6月19日

 栄の有名な待ち合わせ場所と言えば栄交差点角の「三越のライオン前」。ここにカンガルー像があったことは、名古屋生まれの30代後半以上の人なら覚えているだろう。記者も、母と一緒にカンガルー前を訪れ、待ち合わせた母の友人からチョコレートをもらったのを今も記憶している。

 そんな昔話でデスクと盛り上がっていたら、「そういえば、カンガルーの上には岡本太郎のでっかい壁画もあったよな。カンガルーと壁画はどうなったか、調べてみい」。

 三越名古屋栄店へ。同店の前身はオリエンタル中村百貨店。オリエンタル中村から三越に変わった1980(昭和55)年、カンガルーがライオンに変わったっけ。

 広報担当者は「今じゃ社内にわかる人も少なくて…」。カンガルーは分からないが、壁画は店名が変わった時に撤去し壊されたという。

 オリエンタル中村百貨店は80年、三越と提携を強化し名古屋三越栄本店に商号変更、つまり看板の書き換え。その後、変遷を経て株式会社三越の一店である三越名古屋栄店となった。オリエンタル中村時代を詳しく知る社員を見つけるのは難しいとか。

 ビルのオーナーなら分かるかも。三越が入るビルのオーナーで同店7階にオフィスを構える「オリエンタルビル」を訪ねた。オリエンタル中村時代から建物と土地を所有している。

 平松潤一郎社長(56)にあのカンガルーがいま、どこにいるのか、どきどきしながら聞いた。

 「屋上にあるよ」

屋上の片隅にひっそりただずむカンガルー像。はがれた塗装に哀愁が漂う(非公開)=中区栄で

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 案内されて久屋大通側の屋上に上がると確かにいた。体長約260センチで、どこか愛らしいとぼけた表情。おなかの袋から赤ちゃんカンガルーが顔をのぞかせている。肩と腰の部分には青、黄、赤の円形模様。金の塗装が所々はがれ哀愁が漂う。

 三越への商号変更とともに、ライオン像に正面玄関の座を譲り、この場に移されたとか。ただ10階の屋上は安全管理の問題もあり関係者以外立ち入りできず、非公開だ。

 気がかりなのは壁画。「本当に取り壊したの?」

 「商号変更の際、外して壊されました。岡本太郎さんにも許可を取ったよ」との答え。

 納得してデスクに報告すると、「なぜカンガルーだったのか。壁画はなぜ岡本太郎画伯が作ったんだ?」。名古屋の話となると、鬼になるデスク。やはり、一筋縄ではいかない。

 平松社長に紹介されたのはオリエンタル中村で長く宣伝部広告課長を務めた森寿さん(78)。祈るように千種区の自宅を訪ねると、面白い話が聞けた。

 オリエンタル中村は54(昭和29)年、ビル完成と同時に開業。栄では老舗・松坂屋が大きな存在。「打倒松坂屋のためには若さ、新しさで対抗するしかない」。当時の松居修造社長(故人)の号令の下、誕生したのがカンガルーや巨大壁画だった。

 「栄交差点は名古屋の顔。当時の百貨店の社長や宣伝部員は栄交差点でどうアピールするかに知恵を絞ったもんだわ」

 カンガルーができたのは昭和30年代終わりか40年代初めごろ。松居社長と画家の故杉本健吉氏が雑談していたら「百貨店といえば女性客。おなかの袋に子どもを抱くカンガルーは女性の持つ母性愛のシンボルであり、飛躍のシンボル」との話で意気投合したのがきっかけという。日本のグラフィックデザイナーの草分けで元県立芸大学長の故河野鷹思さんが手がけたとか。

1971年11月、壁画の前で記念撮影する岡本太郎さん(川崎市岡本太郎美術館提供)=中区栄で

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 壁画は「外装工事に合わせて松居社長の身内が懇意にしていた岡本太郎さんに制作を依頼したみたい。大阪万博で名をはせとったしね」。

 ここまで来れば、もう少しだ。壁画が制作された71(同46)年11月ごろ、宣伝部で装飾を担当した日隈正剛さん(68)に振り返ってもらった。

 「光る巨大壁画として完成したとき、とても画期的で評判だった。あれほど巨大な壁画は世界でも珍しかったでしょう」

 日隈さんの資料などによると、壁画のサイズは高さ14メートル、幅32メートルで建物の4階から7階までの4フロア分を占めた。壁画のテーマは「天に星、地に花、人に愛」。同百貨店のキャッチフレーズでもあった。照明やストロボが仕込まれ、夜は点灯した。

 「壊す時は本当に残念で寂しかった。今あればすごい芸術品だよ」

 再び屋上のカンガルーを訪ねた。意外にも中は空洞だった。が、栄の移り変わりを眺めてきたカンガルーには、百貨店のイメージ戦略に命を懸けた人たちの熱い気持ちが詰まっているような気がした。

 (社会部・広瀬和実)

 

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