平成21年度【問 38】の正解は(4)と思うとto

更新:平成21年10月26日

(1)イントロ

迷物講師も今年の本試験を受けましたが,【問 38】は4を選びました。
つまり事例ア・イ・ウのすべてが誤っていると考えました。

悩むのは事例イですが,これは今でも誤りの肢だと考えています。

以下,事例イの問題文をドリル風の文章に直して,10月26日現在の,私の見解を書かせて頂きます。

なおこの更新版は,専門書と首っ引きで書き上げた「後出しジャンケン」みたいな記事です。

(2)平成21年【問 38】事例イ

宅地建物取引業者Aが、自ら売主として、宅地建物取引業者でない買主Bとの間で売買契約を締結した。
Aは、Bとの間で建物の売買契約を締結する前に、法第35条の規定に基づく重要事項として当該建物の瑕疵の存在について説明し、売買契約においてAは当該瑕疵について担保責任を負わないとする特約を定めた。
その特約は、宅地建物取引業法及び民法の規定によれば有効である。[私の答はバツ肢]

(3)事例イは「瑕疵担保責任の特約の制限(8種規制)」の問題

売買契約の目的物に隠れた瑕疵があったときは,買主が契約の解除・損害賠償請求などを出来るという民法の瑕疵担保責任の決まり(民法第570条民法第566条)があるけど,その決まりより買主に不利となる特約をしてはダメで,違反したら無効だよ!(宅建業法40条

これが「瑕疵担保責任の特約の制限(8種規制)」の話です。
8種規制なので,売主=自ら売主,買主=非業者であることが大前提ですが。

(4)じゃ,事例イはどうなるの?

1.事例イを簡略化すると

業者Aは、非業者Bとの間で建物の売買契約を締結する前に、35条の規定に基づく重要事項として、その建物の瑕疵の存在について説明し、売買契約にAはその瑕疵について担保責任を負わないとする特約を定めた。その特約は有効である。

2.事例イを正しいと考える立場

AはBに,売買契約締結前にその建物の瑕疵の存在を重要事項として説明しているので,事例イの場合は「隠れた瑕疵」がない。したがって,そもそも隠れた瑕疵を前提とする民法の瑕疵担保責任の問題は生じないから,このような特約は有効(宅建業法では規制されず民法で出来る)。

3.事例イを誤りと考える迷物講師の立場

売買契約締結前にその建物の瑕疵の存在を重要事項として説明していても,後述(5)4.d.の事例のように,隠れたれた瑕疵があると考えるべき場合もある。したがって,そのような場合は民法の瑕疵担保責任の問題が生じるから,買主に不利となる特約をしたら「瑕疵担保責任の特約の制限」に違反し,その特約は無効になる(宅建業法40条2項)。

(5)事例イを誤りと考える実質的理由

瑕疵担保責任における瑕疵(かし)とは,普通の言葉では欠陥ということです。欠点と言っても同じです。

1.瑕疵担保責任における「瑕疵」の意味

瑕疵・欠陥・欠点といった日本語は非常に抽象的です。そこで,通説や判例では次のように具体化されています。

瑕疵の典型は,その物自体の物理的瑕疵(例:建物の床下がシロアリに喰われていた)でしょう。

でもここでいう瑕疵には,その物自体の物理的瑕疵のほかに,
・心理的瑕疵(例:その建物でかつて殺人事件があった)
・環境瑕疵(例:その建物の日照・景観などに問題がある)
も含まれると考えるのが通説です。

さらに判例では,法令上の制限による瑕疵(例:建築基準法上の建築制限)も,瑕疵担保責任における瑕疵に入るとされています(大審院判例大正4年12月21日,最高裁判例昭和41年4月14日)。

通説・判例が以上のように考えるのは,事例イが前提にしている建物で言えば,建物というのは,単に雨ツユをしのげればよいというものではない! という考えが根底にあると思います。

つまり建物は,休息・一家団欒・仕事など,人間らしい生活を送るための基本となる場であり,それが建物の価値の重要な部分を占めていると言えるのではないでしょうか。

2.瑕疵担保責任における「隠れた」の意味

「隠れた」の定義について,明治時代に民法が起草された当時は,文字通り,外部に表れていない(人間の五感では察知できない)ものを意味していました。

でもその後の学説では,隠れた瑕疵とは買主の善意・無過失を指すとの見解が通説になり,判例も,そのような立場です。

つまり現在では,隠れた瑕疵とは,買主が瑕疵を知らず,かつ,知らないことに過失がないこと,という意味で運用されています。

通説・判例が以上のように考えるのは, 瑕疵担保責任はもともと買主保護のための制度なので,保護を受けるに値する買主は,過失なく信頼した買主であるべきである! という考えが根底にあるのです。

3.主張・立証

判例によれば,外部に表れていない(人間の五感では察知できない)という事実によって,買主の善意・無過失は法律上推定されます。
そこで買主は,客観的に見て瑕疵が外部に表れていなかったこと(通常人が買主の立場にあったとき,その瑕疵を容易に発見することができなかったこと)さえ主張・立証すれば,瑕疵担保責任を追求できます。

反対に,売主が瑕疵担保責任を否定したいなら,買主の悪意・有過失(隠れた瑕疵が無かったこと)について,売主が主張・立証責任を負う,というのが判例の立場です(大審院判例昭和4年4月16日)。

4.以上の1.〜 3.を,事例イに当てはめると

a.

事例イを簡略化したもの【再掲】
業者Aは、非業者Bとの間で建物の売買契約を締結する前に、35条の規定に基づく重要事項として、その建物の瑕疵の存在について説明し、売買契約にAはその瑕疵について担保責任を負わないとする特約を定めた。その特約は有効である。

b.

業者Aは,売買契約締結前にその建物の瑕疵の存在を重要事項として説明しています。

上記(5)1.によると,瑕疵担保責任における「瑕疵」には,その物自体の物理的瑕疵のほかに,心理的瑕疵,環境瑕疵,法令上の制限による瑕疵が含まれます。だから事例イの問題文からは,重要事項として説明したその建物の瑕疵の存在が何を指すのか不明です。
そこで以下では,瑕疵の典型である,その物自体の物理的瑕疵を想定して話を進めます。建物の床下がシロアリに喰われていたことを想定したいと思います。

c.

業者Aは,売買契約締結前にその建物の瑕疵の存在を重要事項として説明した後,売買契約に「Aはその瑕疵について担保責任を負わない」とする特約を定めました。
建物の床下がシロアリに喰われていたことを重要事項として説明した後で,売買契約に「Aはシロアリ被害について担保責任を負わない」とする特約をつけたわけですね。

上記(5)2.によると,隠れた瑕疵とは,買主が瑕疵を知らず,かつ,知らないことに過失がないこと,という意味で運用されています。

したがって,Aが「この建物は床下全部がシロアリに喰われています」と説明した後で、「この建物のシロアリ被害については担保責任を負いません」という特約をしたなら,隠れた瑕疵の要件である「買主が瑕疵を知らず」という部分が無くなるので,事例イの場合は「隠れた瑕疵」がないことになるでしょう。この点について,あまり異論はないと思います。

d.

でもこんな事例を想定したらどうでしょうか?

Aが「この建物は北側部分の床下の一部がシロアリに喰われています」と説明した後で、「この建物のシロアリ被害については担保責任を負いません」という特約をしました。
ところが,特約時には予見(予想)できなかったことが生じたのです。
例えば,その後シロアリの被害が北側部分の床下の一部だけでなく,床下全部あるいは主要な柱にまで及んだ場合です。

このような場合にも,隠れた瑕疵の要件である「買主が瑕疵を知らず」という部分が無くなるので,「隠れた瑕疵」がないことにして良いのでしょうか?

私は,「隠れた瑕疵」があると認定し,これは買主に不利な特約であり,宅建業法40条2項によって無効にすべきだと考えます。

e.

上記(5)2.によると, 瑕疵担保責任はもともと買主保護のための制度なので,保護を受けるに値する買主は,過失なく信頼した買主であるべきである! という考えが根底にあります。

そうすると,上記d.のような事例の買主は,過失なく信頼した買主であると考えざるを得ません。

つまり,北側部分の床下の一部がシロアリに喰われていることについては悪意です(知っています)が,その後シロアリの被害が北側部分の床下の一部だけでなく,床下全部あるいは主要な柱にまで及んだ点については,特約時点には予見できなかったので,Bは過失なく信頼した買主であったと考えるべきです。

こう考えてこそ,建物の買主の具体的な保護 (建物というのは,単に雨ツユをしのげればよいというものではなく,休息・一家団欒・仕事など,人間らしい生活を送るための基本となる場であり,それが建物の価値の重要な部分を占めていると考えること) になるのではないでしょうか。

また、売主が瑕疵担保責任を否定したいなら,買主の悪意・有過失(隠れた瑕疵が無かったこと)について,売主が主張・立証責任を負う,というのが判例の精神(大審院判例昭和4年4月16日)とも合致するのではないでしょうか。

さらに,瑕疵担保責任がいわゆる無過失責任とされていることを加味すると,私のような考えが宅建業者にだけ特別に不利とも思えません。

f.

私のように解釈すると,特約を結んでも買主からの担保責任の追求が減少せず業務等に支障を来たすので,「隠れた」瑕疵はなるべく限定的に解釈すべきだ,と反論することも可能でしょう。

しかし,瑕疵の典型である,その物自体の物理的瑕疵は,シロアリ被害に限らず,雨漏り・土台の沈下傾き等,時間の経過と共に被害がますます拡大する,という特性を持っています。
実際問題としても,専門業者が消毒・修理した上で買主に引渡しても,そんなに時間を経ないうちに,業者でさえ予見しえない被害が拡大している事例が多く報告されています。その物自体の物理的瑕疵は,虫歯みたいに,時間の経過と共に瑕疵がますます拡大するものなのです。

消費者保護の観点から,このような欠陥住宅問題を出来る限り解消したい,という時代の流れも私の立場を援護してくれると考えます。
消費者保護のために,いわゆる住宅瑕疵担保履行法が制定施行されるようになったのも記憶に新しいところです。

(6)ホントの正解肢は不明

ホントの正解肢は正式発表まで不明です。以上は,一介の宅建講師の見解に過ぎません。



平成21年【問 38】原文

【問 38】 宅地建物取引業者Aが、自ら売主として、宅地建物取引業者でない買主Bとの間で締結した売買契約に関する次の記述のうち、宅地建物取引業法(以下この問において「法」という。)及び民法の規定によれば、誤っているものの組合せはどれか。
ア AがBとの間で締結した中古住宅の売買契約において、当該住宅を現状有姿で引き渡すとする特約と、Aが瑕疵担保責任を負わないこととする特約とを定めた場合、その特約はいずれも有効である。
イ Aは、Bとの間で建物の売買契約を締結する前に、法第35条の規定に基づく重要事項として当該建物の瑕疵の存在について説明し、売買契約においてAは当該瑕疵について担保責任を負わないとする特約を定めた場合、その特約は有効である。
ウ AがBとの間で締結した建物の売買契約において、Aは瑕疵担保責任を一切負わないとする特約を定めた場合、この特約は無効となり、Aが瑕疵担保責任を負う期間は当該建物の引渡しの日から2年間となる。
1 ア、イ
2 ア、ウ
3 イ、ウ
4 ア、イ、ウ


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