ここから、「ヘルンさん言葉」は、ハーンが一人で創出したものではなく、ハ
ーンのBLとセツのFTとの相互作用によって産出され、徐々に安定性のある体
系的なピジン性の強い日本語の-1mになっていったのであると考えられる。
6.結輪と今後の課題
「ヘルンさん言葉」は、ハーンの生存中から今日まで長い間、片言であると評
されてきたが、ハーンの変種日本語とセツの原初的なFW、FTで構成されてい
るピジン性の強い個人言語であることがわかった。
上に考察したことをまとめると、小泉セツのFW、FTは、非文法的であり、
活用語に活用を持たない、常に丁寧体である、内容の詳述が可能であり、豊富な
オノマトペの使用により音感や色彩感に富む、語彙は神道や仏教関係の用語等、
ハーンの関心の深い分野において平易化されない、助詞「は」「が」「を」の100%
の脱落と他の一部の助詞の脱落等が見られる。社会言語学的には地域的な方言や
出自的、ならびに時代的な特徴も観察される。言語のピジン化の起源としての
FW、FTの性質をもち、ハーンの日本語と相互に影響し合い、ピジン性を補強し
合っている傾向が見られる。両者の相互作用によって、ピジン性の強い「ヘルン
さん言葉」が産出された。
しかしながら、小泉セツのFW、FTは、ハーンとの日常生活における意思疎
通のみならずハーンの著作物への貢献が著しかった。
一方、セツのFW、FTの今日的意義を考えるとき、現代における日本語の国
際化を見据えたさまざまな試みの底に流れる思想と通底するものがあることに
気づく。セツはハーンの死去まで14年間に亙り、FW、FTを使い続けた。日本
語国際化の試みは、百年以上前のハーン、セツによる「ヘルンさん言葉」創出の
努力と繋がる一面があろう。今後「ヘルンさん言葉」が百年以上の時を超えて、