学習院大学教授・鈴木亘のブログ(社会保障改革の経済学)

一言メッセージ :迷走を続ける社会保障改革へ怒りの提言

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週刊ダイヤモンドの保育記事を考える(下)

まず、認可保育所には、公立認可保育所(自治体が運営)と私立認可保育所(主に社会福祉法人が経営)があるが、両者は運営コストや利権構造、内容が相当に異なる。運営コストの異常な高コスト体質を非難されるべきは、公立保育所、特に都市部の公立保育所であり、私自身は、私立認可保育所は、おおむね健全な財政規律が保たれていると考えている(これは、フォーサイトの私の記事(http://www.jiji.com/jc/v?p=foresight_9001)でもきちんと述べている)。


特に、私立認可保育所の保育士における給与の「低さ」や年齢層の歪みは、それ自身、かなりの問題がある。これは、私が行ってきたいくつかの研究調査(保育士賃金調査として最も良く引用される内閣府調査(http://www5.cao.go.jp/seikatsu/price/hoiku/)、それを基にした論文(http://www.esri.go.jp/jp/archive/e_dis/e_dis040/e_dis034a.pdf))からも明らかであるが、この背景には制度的な問題がある。つまり、私立認可保育所の人件費は、公立保育所のように公務員として自治体の一般会計からの充当が行われず、基本的に国の「保育単価」という補助金の枠内で決められる。


一般的に賃金は、保育士年齢や勤続年数が高まるほど高くしてゆかなければならないが、この保育単価は、保育士の年齢や勤続5年程度の20代後半の保育士を「モデル賃金」としており、実際の保育士の年齢や勤続年数にかかわらず、このモデル賃金に人数を掛けたものが人件費補助金(措置委託費の中に含まれる人件費)となる。このため、私立認可保育所の経営者にとっては、保育単価よりも実際の賃金が低い20代の保育士を採用している場合には採算が合うが、それを超える30代、40代のベテラン保育士の場合にはむしろ人件費は赤字となってしまう。


私立認可保育所の経営者の最も重要な仕事は、20代後半の保育士に良縁を紹介して退職(寿退社)してもらうことであるという笑い話があるほどであり、退職しない場合にも、年齢別賃金の伸び率は公立保育所をはるかに下回る横ばい状態とせざるを得ない。私立認可保育所の保育士の賃金が安く、若く勤続年数の低い保育士の割合が多いことは、実は、こうした制度上のゆがみが背景にある。ダイヤモンドの記事では、この話が、こうした仕組みを使って私立認可保育所の経営者が金儲けしているという話になってしまっている。しかし、現状の保育単価を考えると少なくとも人件費分でそれほど儲ける余地はあまり多くなく、私は記者に対して、むしろ私立認可保育所の保育士賃金の低さの理由として、この制度を説明したつもりである。


第二に、地方と都市の問題がいっしょくたに議論されてしまっている。待機児問題は、都市部の問題であり、したがって、待機児童があるために発生する高コスト構造や経営努力不足といった利権も、大部分は都市部限定のものといってよい。実際、地方の私立認可保育所の経営者たちには、規制改革会議でもきちんとお会いしているが、定員不足の中で利用者集めに努力しており、都市部のような地方単独の補助金もほとんどない中で、かなり高い経営能力を発揮していると思う。こうした経営者は、規制改革会議の提案していた直接契約や保育に欠ける要件見直しなどにずいぶん早いうちから理解を示されており、保育3団体とは一線を画すべき存在である。今回の記事も都市部の問題と限定する必要があったのではないか。


第三に、保育士給与の問題は、正規と非正規の差、年齢・世代間の差がとてつもなく大きく、これもいっしょくたには議論すべきではない。現在、公立保育所でも、朝夕の早朝・延長保育では、非正規(非常勤)の短時間保育士たちが多く働いているが、彼女ら(彼ら)の賃金は派遣労働者並みの低い賃金であり、同情すべき存在である。まさに、「解雇がなく、福利厚生充実・高給とりの大企業正社員 VS 何もない派遣労働者」という一般の労働市場の構図と同じか、むしろそれ以上の格差構造となっており、非正規保育士については、むしろ低賃金問題としてとらえるべきかもしれない。


また、公立保育所の正規(常勤)保育士の賃金俸給表(年齢、勤続年数に応じて急速に賃金が高まる俸給表)も、これまであまりに高いと批判されてきた行政職俸給表から、適正な福祉職俸給表に2000年から改められており、それが適用されている20代の保育士たちの賃金は、かなり妥当な水準になっている。したがって、正規保育士の中でも、年齢・世代によって、その賃金はかなり異なるのである。


さて、ダイヤモンドの記事で、私の発言として、「東京23区の保育士の平均年収は800万円を超え、園長の給与は約1200万円。園長は都庁の局長レベルだ」ということが引用されている。これは私のフォーサイトの記事(http://www.jiji.com/jc/v?p=foresight_9001)でも紹介したことであるが、ダイヤモンドの記事は、私の記事の不正確な引用で、正確には、東京都「23区」の「正規(常勤)」保育士の賞与や手当てを含めた年収である。あまりの金額の高さに驚かれた人々もいるようであるが、この金額は、私達の研究班が以前行なった内閣府「保育サービス価格に関する研究会」の調査(http://www5.cao.go.jp/seikatsu/price/hoiku/)で調べた厳密な大規模データに基づいている。


この研究班では、実は私が半年近い時間をかけて各自治体を一つずつ訪問して説得し、公立保育所の保育士の賃金台帳から正確に転記してもらい、それを統計的に厳密な手法で分析した。特に東京都については、研究班のメンバーとして、東京都の福祉局子ども家庭部子育て推進課長(当時)に入っていただき、東京都の全面的な協力の下、全ての区市町の公立保育士の賃金を集めて分析しており、2003年とやや古いが、未だにこれ以上、大規模で厳密な調査は無いであろう。実際、保育関係者の間でも良く使われているほぼ唯一の統計である。2003年以降、福祉職賃金が20代の保育士に広がっているが、公立保育士の中心は行政職賃金が適用される中高年であり、彼女達は2003年時よりもさらに高齢化が進んで賃金が上昇しているため、平均賃金は現在もほぼ変わらないと判断した(もちろん、いくつかの区について現状を確かめた上で判断した)。


ところで、東京都23区の公立保育所の正規保育士賃金が年齢に応じて余りに急速に高まる理由は、単に行政職賃金が高いことにあるだけではない。公立保育所は、一つずつが社会保険庁のように出先の独立王国であり、お手盛りで「職階」を上げているために、東京都庁の通常の職員よりもはるかに急速な賃金の上がり方となるのである。職階とは、主任、係長、課長、部長、局長などの職位のことである。通常の公務員は厳密な人事考課の元に職位が上がってゆき、そのほとんどの職員は低い職位で退職を迎える。しかしながら、23区の公立保育所では、勝手に職位がどんどん高まって行き、最後の園長は局長並みとなってしまうのである。高い俸給表とお手盛り職階の組合せとして、異常な賃金水準となる。


ちなみに、私のフォーサイトの記事(http://www.jiji.com/jc/v?p=foresight_9001)で紹介した東京都各区の0歳児1人当たりにかかっている保育運営費平均が月50万円程度であるということについても、余りの高さに驚かれた方が多いらしい。しかし、これは経済学の分野では以前から学術論文がいくつも書かれており(例えば、WEB上で見れるものとしては、岩手県立大学の福田素生教授の研究(http://www.ipss.go.jp/syoushika/bunken/data/pdf/14788708.pdf)や東京国際大学の上枝朱美教授の研究(http://www.kakeiken.or.jp/jp/journal/jjrhe/pdf/58/058_11.pdf)がある)、良く知られている事実である。


実は、各区の保育課とも、議会に予算案を掛ける際に、0歳児の1人当たりの月額運営費を算出して資料提出を行なうことになっており、また、決算後の外部監査の資料でも詳細な報告がなされている。私自身は、墨田区の保育料改定委員会の委員長をしていたので、墨田区に各区の議会提出資料を集めてもらったが、誰でも各区に資料提出を要求すれば(あるいは情報公開を依頼すれば)、容易にその資料が見られるであろう。ただし、区の中には、保育本体の運営費ではないとして、調理士の人件費や調理関連費用、看護師の人件費を含めないで計算した資料もあるようなので、ごまかされないように注意が必要である。

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