2009年12月2日
加藤一二三九段
朝から夜まで頭をフル回転させて戦う将棋の対局では、合間に取る食事も重要な意味を持つ。たっぷり栄養を取る棋士もいれば、ほとんど食べない棋士もいる。棋風と同様、その考え方には個性が表れるようだ。
■昼夜とも定食、合間にケーキ――栄養補給型
順位戦は持ち時間が各6時間と、東京、大阪の将棋会館で行われる対局では最も長い。開始は午前10時で、終了はだいたい翌日午前0時以降と長丁場。お茶菓子程度は対局中も口にするが、午後0時10分〜1時、6時10分〜7時に食事休憩の時間を設け、棋士は別室で出前を取ったり、外食したりする。A級棋士に話を聞いてみると、おおむね「栄養補給型」と「省エネ型」に分かれるようだ。
栄養補給型の代表格は丸山忠久九段。「栄養が足りなくならないように」と昼、夕食とも出前の定食ものをしっかり取る。例えば11月20日のA級順位戦では、昼食がマーボ豆腐定食とシューマイ、夕食はヒレカツ定食になめこ汁、それに栄養補助食品といった具合だ。「おなかがすかないように気をつけているだけで、たくさん食べているという意識はない」と言う。
佐藤康光九段も補給型。「対局中はエネルギーを使うので、こってりしたものが多い。食事の後もチョコレートを口に入れるなど、普段よりも切れ目なく栄養を取るようにしている」
「脳はエネルギー源としてブドウ糖しか利用できないので、集中力を持続させるにはブドウ糖を補った方がいい」と話すのは「脳――機能と栄養」などの著書がある静岡県立大学の横越英彦・食品栄養科学部教授。脳の機能を考えたらアミノ酸(またはたんぱく質)も必要だそうだ。また短期間の集中には「チョコレートやお茶、レモンなどの香り成分も脳の機能を高める働きがある」とも指摘する。
三浦弘行八段も、対局の合間にチョコレートやまんじゅう、ケーキなど甘いものを取る。ほかに眠気覚ましにと栄養ドリンクも常備している。「腹が減っては戦はできぬ」と言うのは高橋道雄九段。間食はしないが、昼はみそ煮込みうどん、夜は肉と野菜のスタミナ焼き定食か、サバのみそ煮定食とほぼメニューを決めている。森内俊之九段も「定食をしっかり派」。郷田真隆九段は食べ過ぎない程度に食べ、空腹を感じるとチョコレートを口にする。
食欲がなくても対局のために食べる棋士もいる。谷川浩司九段は「夕食時はおなかはすくけど食べる気がしない。局面が緊迫しているからかもしれない。食べなければいけないと思って食べています」。
■「食欲なく食べられない」――省エネ型
一方、省エネ型の代表格は木村一基八段だ。昼夜ともバナナとヨーグルト、ケーキ菓子くらい。昔は全く食べなかったらしい。「朝はしっかり取るので。今のところ空腹でまいったということはないですね」。藤井猛九段も「1日くらい食べなくても大丈夫ですよ」と言う。最近はサンドイッチをつまむ程度と小食だ。井上慶太八段は食べられないタイプ。「今でこそうどんやそばを食べるが、20代のころは食欲がなく、のどを通らなかった。食べられる人がうらやましいです」
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■特上ずし・おにぎり3個・ジュース6本 食にこだわる加藤九段
驚かされることが多いのが加藤一二三九段の注文だ。食事に対するこだわりが強く、自分に合うと思ったものは昼夜同じものをたのむ。定番はうな重とすしだ。加藤九段は「鍋焼きうどんも好きなんですが、冷めるのに時間がかかってすぐに食べられない。うな重とすしなら、すぐに食べられる」というのが理由だ。
順位戦があった11月10日の夕食に関係者は仰天した。特上ずしと、おにぎり3個を平らげ、リンゴジュースを6本飲んだ。「おにぎりはもともと戦の食べ物。夜戦に備えて注文しました」。来年1月1日で70歳を迎えるというのに、気迫は衰える気配がない。(村上耕司)