M女の隠れ家                                            <小説 淫虫−4>


第4話  求める力

奈津美は自分の顔が赤くほてってきているのを感じていた。
幸い、電車の窓から差し込む夕日に照らされ、自分の顔の赤みと夕日の赤が判別できないであろう。
そう思いながら、他の人から見られても変化に気づかれないようにと願った。
ゾワゾワとするようなおぞましいほどの快感に、奈津美の体の奥からいやらしい液体がにじみ出てきている。
ショーツにまでヌルリとした感じが伝わり、液体が垂れてきているのが分かる。
「ああぁ、いや・・・」
心の中で奈津美はこの快感に抵抗していた。

突然、電車が線路の切り替えでガクンと揺れた。
奈津美の体も電車の揺れに合わせて前後にガクンと振られた。
立っている乗客も、電車の揺れに全身がグラグラと動いて、つり革にぶら下がっている腕に力が入っているのが分かる。
運動神経のよさそうな高校生の男の子だけが、つり革にも掴まらずに立ったままで平然とバランスをとっていた。
この電車の揺れの後、あのおぞましいほどの快感が、奈津美の体の奥から急に消えていった。
スーッと体の奥に消えていくように、快感が引いていく。
「はっ、はっ、はっ・・・」
小さく息を吐きながら、奈津美は少しだけ安堵した。
あのまま快感が大きく膨れ上がっていったら自分の理性は溶けてタガが外れてしまっていただろう。
その後の自分の淫らな姿を想像すると、身震いがするほどの嫌悪感を覚えた。
それが今はもう何事もなかったかのように収まっている。
「どうしてこんな時に」
奈津美は疑問を抱きながらも、その答えを見出せずにいた。
電車の中には、いつもどおりのざわめきと振動音が響いている。
時折、小さくガタンガタンと揺れる車内に、次の停車駅を知らせるアナウンスが流れた。
「次ぃ、塩川〜、塩川〜。右側のドアが開きまぁす」
鼻にかかった聞き取りにくい声の車掌のアナウンスに、奈津美はハッと我に返った。
奈津美は膝の上のノートを急いで鞄の中に仕舞いこみ、電車が止まる前に座席から立ち上がってドアの前で開くのを待った。
電車が揺れると、膝の力が抜けて崩れそうになる。
体が倒れないように、吊り革にしがみつくようにしてぶら下がった。
電車が小さく揺れてホームの止まると、ドアがプシューという音とともに開いた。
奈津美はドアが開くと同時に飛び出して、そのまま塩川駅のトイレ目指して小走りに人混みをかき分けて行った。
この小さな駅の女子トイレに駆け込むと、奈津美はスカートをめくり上げてショーツをおろした。
ショーツの内側には透明なヌルリとした液体が付着している。
自分の股間から糸を引いてショーツの内側の液体とつながっていた。
着替えのショーツは持っていない。
トイレットペーパーでショーツの内側と股間に垂れているその液体を拭い取り、奈津美は少しひんやりとする感触のショーツを履いた。


昭は奈津美とのあのワインの一夜から、ずっと何もできずにいた。
奈津美はあれからどんなふうになっているのだろうという強い疑問を持ちながらも、昭はそれを奈津美に聞くことにためっていた。
あの実験虫T−102は、奈津美の子宮の中でどんな変化をもたらしているのだうか・・・。
それを確かめるには奈津美に会って聞くしか方法はないのに、それを実行するだけの勇気が出ない。
そんな戸惑いの中で、悶々とした日々が過ぎていった。
相変わらず、研究所は無断欠勤が続いている。
「もうそろそろ研究所には正式に退職願を届けなければならないな」
そうつぶやき、昭は前もって取り寄せていた退職願の用紙を机の引き出しから取り出した。
用紙に簡単なありきたりの退職理由を書いて、自分のハンコに強く朱肉を付けて押した。
白い用紙の中で、朱肉の赤い色が妙に生々しかった。
退職願の用紙を三つ折りにして市販の封筒に入れ、以前は自分の父の役職だった研究所長あてに書いてポストに投函した。
「もうこれであの研究所ともおさらばだ」
封筒が落ちて行ったポストの口を眺めながら、昭はそう静かに思った。
真面目に出勤して働いていたわけではないが、それでも自分の職場だった研究所だ。
そことの縁がこれで完全に切れる。
こんな事務的な手続きをしただけなのに、昭の気持ちの中には少し寂しさのようなものが漂っていた。
そんな寂しさが背中をトンと押したような勢いを昭に与えた。
「奈津美に電話してみよう」
そう思い立ったら、もうすぐにでも電話をしなければ待っていられないほどの焦燥感が湧き上がってくる。
自分の部屋に戻り銀色のデザインの電話機を持って、昭は奈津美に電話をかけた。
時間は夕方の6時を回っている。
もう自分のアパートに戻っているころだろう。
5回ほどの呼び出し音の後で奈津美が電話に出た。
「久しぶりだね、大学は忙しいのかい?」
すぐにでもあの実験虫で奈津美の体にどんな変化があったのかを聞きたかったが、そんな気持ちをぐっと抑え込み、昭は普段の会話から始めた。
そもそも奈津美はまだ自分の体の中にあの実験虫が入れられたことすら知らないのだから、聞くにしてもよっぽど慎重に切り出さないといけないことぐらいは昭も十分に認識していた。
「そうね、レポートの提出で追われているわ」
「でも、もうそろそろピークアウトよ」
「来週のを提出すれば、ようやく一段落ね」
奈津美は昭に軽く誘いをかけている。

「来週?」
昭が問いかけた。
「う、ううん、来週のレポートはどっちでもいいの、もう結果は決まっているようなものだから」
「あの・・・、出しても出さなくても、どっちでもいいの」
何ともあいまいな返答だった。
そんな奈津美の返事を聞いて、昭はさらに追い込んでいく。
「来週までなら、まだ日があるね」
「どう? 今夜、うちに来ない?」

「え? 今夜?」
奈津美は、わざと聞き返す。
「そう、どうだい、たまには息抜きも必要だろ?」

「今からだと・・・・」
奈津美は少し時間を空けて迷っているような素振りを見せる。
「僕もまた奈津美のおいしい手料理を食べたいな」
昭は奈津美が料理が上手だというところを突いて、奈津美の心を揺り動かす。
「・・・そうね、この間は申し訳ないことをしたし・・・・」
奈津美は自分の気持ちに言い訳を見つけた。
「じゃ、今から行くわ、準備もあるから1時間ほど待っててくれる?」
「途中のスーパーで買い物をしていきたいの」

「うん、分かった、ワインはこの前のと同じでいいよね」
「じゃ、待ってる」
そう言って昭は電話を切った。
奈津美が自分の誘いに乗ってきた。
「よし、よし、よし!」
小さな声でつぶやきながら昭は電話を受話器に戻し、手をぐっと握り締めた。
奈津美が来るまでの間、昭はうろうろと家の居間と自分の部屋を往復し、何度も玄関越しに庭の駐車場をのぞいたりしていた。

小一時間ほどして奈津美がやってきた。
奈津美の車が、駐車場に入る音がした。
玄関のガラス越しに薄い水色のトヨタの小型車が駐車場に入って止まるのが見えた。
玄関先までヒールの音がして、玄関の扉が開いた。
「お待たせ」
玄関で奈津美の到着を待っていた昭は、これまでに見たことのないような短さの黒いミニスカートを履いた奈津美の姿に、驚いた。
スラリとした奈津美の足が、まぶしく見える。
赤い口紅と少し屈んだだけでお尻のショーツが見えてしまいそうなほどに短いスカートが、昭を刺激した。
「あ、やぁ・・・」
言葉が途切れて、うまく出てこない。
奈津美が玄関でサンダルのホックを外そうとして屈んだ瞬間、ミニスカートの下から白いショーツがチラリと見えた。
美しいレースの付いたTバックのショーツだ。
こんな姿の奈津美を見るのは初めてだった。
昭の心臓がドキドキと鼓動を早くする。
「あ・・・、買い物をしてきたんだね・・」
そう言って奈津美の買ってきたスーパーの買い物袋を、昭は台所まで運んだ。
「今日はお肉が安かったの」
そう言いながら奈津美は台所に立って、持ってきたエプロンの紐を手慣れた様子で肩から回して腰で絞めた。