・ベビーほたてカボチャ入れて真っ黄色シチュウ(ほとんどごった煮)
・毎度きゅうりわかめじゃこ(ショウガ入れてみてアタリ)
・毎度冷やしトマトマヨ
・一缶のみ残っていたキリン 秋味500&とれたてホップ350(これはおいしい)
何年か前に一度書いたような気もしますが、
自分用の備忘録として毎度の与太話を書いておきます。
* * * * *
私が中3のときに両親は離婚をしました。
映画「クレイマー、クレイマー」が公開される前の年で、今の時代ほど普遍的なことではなかったから
さぞかし両親とも後ろ指を指されるような思いだったんじゃないでしょうか。
で、私と妹は母方について戸籍上の苗字が変わりました。
両親の離婚は子供心に大きなショックでしたが、苗字が変わるのも同様かつ大変恥ずかしいこと。
なので中学校生活の最後の一年は、母親が学校にお願いしてくれて旧姓で通うことになりました。
なにせ古い話しだから詳細までは覚えて無いけれど
学校で私の席の前に座る女の子が私の新しい苗字と同じで、
何かのときに まぁ話しを聞いてもらいたかったんだろうなぁ
放課後の教室でその女の子に「実はさあ・・・」と
両親の離婚と苗字が変わったことを打ち明けました。
どう反応してただろう・・・もう覚えてないや。
そうしたら思わぬことに、後日その女の子から手紙が来たのです。
スヌーピーの絵柄の6枚もの手紙。
私のこと以外にも自分のことや学校のことなど盛り沢山。
嬉しかったですよ〜女の子から手紙をもらうだなんて生まれて初めてだもの。
"youは〜"なんて書いてあって、見慣れぬ文体に心はときめいていました。
2、3日してヨーカドーまで少ない小遣いからオサレっぽい便箋を買いに行って
生まれて初めて女の子に手紙を書きました。確か10枚ぐらい(笑)
真似して"youは〜"とか書いちゃったりして(笑)あー思い出すのも恥ずかしい。
それから2、3回文通は続いたんじゃなかったかな。
教室の中で誰も知らない二人だけの秘密を共有してるようで、なんだか良い気分でした。
中3だからまだ子供だったし、その女の子に「好き」といえるまでの感情は無かったけど、
似た蕾のような気持ちはあったんだろうな。
卒業式の前の晩に、勇気を出して初めてその女の子の家に電話をしました。
高校へ行ったら会えなくなるから、記念に写真を一緒に撮って欲しかったのです。
女の子から返ってきた答えはなぜかつれなくて、
「じゃあみんなで一緒に撮ろうよ」とかそんな感じでやんわりと断られてしまいました。
うーん、かなりガッカリしたんじゃなかったかな。
結局次の日にみんなで写真を撮ることはありませんでした。
一週間ぐらいして−
その女の子から久しぶりに手紙が届きました。
なんだろうもしかして写真が入ってるのかな??とワクワクする気持ちを抑えきれず
家ではなく自転車に乗って誰もいないところまで行って封を開けました。
読み始めたら驚いたなんてもんじゃない。
しばらく呆然としてしまった。こんなことってありかよ。。。
「勘違いしないで!」とか、一枚の便箋にとにかくヒドい言葉が沢山書いてある。
読んでて手がブルブル震えているのを未だによく覚えている。
一体なんでこんな・・・オレ何かしたかなあ・・・
生まれてこのかた手紙をびりびりに破いて捨てたのは、後にも先にもこの一回のみ。
この経験はトラウマになってしまって
女の人から手紙をもらうと(まあ私の場合は数年にいっぺんですが 笑)
まず中3のときの恐怖が蘇るもんね。
月日は経って、トラウマを除けば当たり前ですがそんなことは忘れてしまい
30歳の時のクラス会じゃみんなの前で笑い話としてその話しをバラしたりして
(しかしその子は結婚してるのにヨッパらってしなだれかかってきたのには参った)
そんな大昔の話は今更どうでもいいのですが、
最近ふと思い出すことがあって。
確かに自分はそのとき深く傷ついて、ひどいことされたよなぁとずっと思っていたけれど、
きっと自分もどこかでその女の子を傷つけていたんじゃないだろうかって。
今となっちゃなんでだかはわかりませんよ。
別にヌード写真をくれと言ったんじゃないんだし。
けれども
30年間ずっと被害者意識でいたのは
実は間違ってたのかもしれんなあ・・・
posted by Saxman at 20:44
|
日記