区議会だよりや区民アンケート等の区政に関するビラをマンションの個別ポストに入れるため、共用廊下に立ち入ることが「住居侵入罪」に当たるのか――。いわゆる「葛飾ビラ配布事件」について、30日午前10時30分、最高裁での判決があった(第2小法廷、今井裁判長、中川、古田、竹内の各裁判官、計4名)。
開廷宣言のすぐあとに「申し上げたいことがあります」と、被告側主任弁護人、松井繁明弁護士が手を上げ、約3分間、陳述を行った。
「今回の事件について、国民は広く関心を持ち、同時に、素朴な疑問を抱いています。それは、憲法21条で《表現の自由》が保障されています。その趣旨は、表現内容だけではなく、適正な手続き、つまり行為そのものも保障されているはずです。それなのに、どうして本件のような事例が、〈住居侵入罪〉として有罪になるのか、ということです。
もうひとつの疑問は、あからさまな特定政党への弾圧です。これまで、私自身、寿司やピザの業者がビラ配布でつかまったということは聞いたことがありません。ポスティング業者も同様です。本件のような、これほど明白な、共産党への弾圧を裁判所が〈司法〉の名において認めるのか、ということです」
「09年8月の総選挙では、『人権条約の選択議定書を批准すること』をマニフェストに掲げた民主党政権が成立しました。政府においては、国連の自由権規約委員会に人権の救済が直接申し立てられる『個人通報制度』への批准が検討されており、その国連自由権規約委員会からも、葛飾ビラ配布事件について、人権侵害への改善が日本政府へ勧告されているところです。
つまり、本件は、国際的にも注目されている事件であり、今日の最高裁判決は今後、必ずや、国際水準とも言うべき視点から検討され、評価されることでしょう。
どうか、多くの国民の素朴な疑問に正面から答え、将来の国際水準に照らしても誰もが納得できるような判決をお願いします」
言い終わって、松井弁護士は、静かに席に座った。続けて、10時33分、正面に座る4名の裁判官のうち、今井功裁判長が口を開いた。
「主文――、上告を棄却する」
「たしかに〈表現の自由〉は尊重されるべきものである。しかし、他人の権利を不当に害することは許されない。ビラ配布のために分譲マンション共有部分に、管理権者の許可無く立ち入ることは、私生活の平穏を犯すものであり、その行為を刑法133条に問うことは、憲法21条に反しない」
今井裁判官が、用意した判決文を読み上げるのに要した時間は、わずか1分半程度であった。これによって東京高裁の逆転有罪判決(罰金5万円)が確定するが、2004年12月の現行犯逮捕から5年、「ビラ配布の自由を守る会」の会員は設立当初の233人から1010人にまで増えている。最高裁へは8万を超える個人署名や、約5000通もの手紙が寄せられた。松井弁護士が指摘するように、国連自由権規約委員会をはじめ、世界的にも注目を集めた判決であったが、判決言い渡しは誠にあっけなかった。5年前の不当逮捕を荒川庸生氏は「弾圧」として訴えて来た。その荒川氏が最高裁前で、今井裁判官の口調を「上告棄却を言い渡す他の裁判と同様、極めて紋切り型」であり「何の問題意識も抱いていないようだ」とコメントしたが、記者も同じように感じられた。
最高裁前で、判決についてコメントする荒川庸生さん(撮影・三上英次 以下同じ)
最高裁前では、多数の報道陣がつめかけ、「ビラ配布の自由を守る会」事務局の小松さんが法廷での判決言い渡しの様子を説明し、続いて荒川氏もマイクを握った。
「判決は、憲法と向き合うことをしていないし、最高裁に『憲法の番人』を名乗る資格はない」
荒川氏は、「ビラを配布する行為は《表現の自由》のあらわれでもあり、憲法で認められた権利である。そして、他人の権利と平和的に共存する《表現の自由》があって、〈知る権利〉も中身のあるものになっていく。私は、〈知る権利〉に寄与するビラ配布活動をこれからも続けていく」と、裁判所前のあいさつを締めくくった。
報告集会に向かう途中、支援者の持つ旗が国会議事堂前で揺れる。
続いて、衆議院第一議員会館で、判決報告集会が開かれた。
弁護団によれば、最高裁の判決は、ろくな憲法判断もせず、たかだか6ページ程度のものであるという。集会での今村弁護士の言葉を借りれば、「管理組合の名前で『入ってはいけない』と貼り紙のしてある場所に入ったから、有罪(住居侵入)」といった程度のまことにお粗末な論法だという。
しかも、「荒川さんを有罪にするために都合の悪いことは一切書いていない」(今村弁護士)とのことである。たとえば、他の多くのビラもマンションでは配布されていること、事件の翌日には別のセールスマンがマンションに立ち入って、管理人に声をかけられているものの荒川さんのように逮捕されていないこと等の指摘があった。
また、黒木弁護士からは、「最高裁は、〈表現の自由〉の内容そのものを問題にするのではなく、配布の仕方、つまり手段について制約を加えている、と表向きは体裁を整えているように見える」と興味ある発言があった。
「しかし、他の業者のビラは一切おとがめなしで、荒川さんだけが逮捕されているということは、要は、『共産党のビラだから逮捕』ということであり、つまりは、ビラの内容で逮捕されているということだ」と、「《表現の自由》そのものは認めつつも、手段そのものについて規制を加えた」とする最高裁の便法に批判が加えられた。
会場には、小池晃参議院議員(共産党)も姿を見せあいさつをした。
「最高裁は、憲法の番人としての役割を投げ捨てたに等しい。民主主義の社会にとって、《言論の自由》は極めて大切なもので、市民にとってはビラを作り、それを配布するという行為となって表れるものだ。また、地方自治の重要性が言われる中で、葛飾の区政は、荒川さんが配っていたようなビラを見なければわからない。今回の判決は、あまりに常識外れで、これは共産党に対する…というよりも、民主主義に対する挑戦でもある」