なぜ今,公差なのか
ノウハウが四散
第三に,業務の細分化も公差の検討を難しくしている。アセンブリとして組み立てた状態の公差を評価すべきだが,最近では個々の部品を担当する設計者がバラバラの場合が少なくない。誰が公差を検討すべきなのかが明確になっていない状況なのだ。部品の設計や加工を外注している場合も公差に関するフィードバックが受けにくく,ノウハウは四散していく。
特に,海外に部品加工を発注している場合。「出来上がってきた部品の精度が悪いと,発注先の技術力が低いんだと決めつけていた。しかし実は,図面通りの部品である場合も多かった。国内の優秀な加工業者のおかげで,不十分な公差設定でも物が出来上がっていたため,勘違いしていた」と反省する設計者もいる。グローバルにものづくりを実施していくためには,今の公差の考え方では通用しないレベルになってしまっているのだ。
再び学ぶ時が来た
このように崩壊寸前な公差の土台でも日本のものづくりが成り立っているのは,生産現場の臨機応変な対応があるからこそ。公差設定に問題があっても,それが表面化しないように生産現場側で対処してきた。逆にいえば,生産現場の対応に甘え続けてきた結果,設計で適切な公差を設定しなくても済む状況が続いてきたのだ。「開発のスピードが求められ始めた結果,甘えの傾向はより強まった」(プラーナーの栗山氏)。
しかし,こんな状況がいつまでも許されるわけがない。現場での不具合発生は,ムダの発生そのものだからだ。品質やコストに関する要求が一層強まっているのに対応し,国内外の多くの企業と連携したものづくりを進めるためには,その「共通語」となる公差に関するノウハウの蓄積に,いま一度挑戦する必要がある。
例えば,大型の業務用プリンタなどを手掛けるローランド ディー.ジー.(本社浜松市)は,設計部門における公差設計能力の低下に対応するため,2004年から全社的に公差ノウハウの再習得に取り組み始めた。機械系設計者だけでなく,調達部門の担当者や生産技術者らも,公差設計の社外セミナーを受講している。
同社でも,公差設定の不備に対して以前は「生産現場での個別対応で済ませていた」(同社第1製品開発部プロデューサーの杉山裕一氏)という。杉山氏自身,設計者になって数年目で生産ラインを止めてしまった経験がある。「組み付かない部品はあるわ,性能は出ないわで,あの時は散々だった」(同氏)。その後,杉山氏は先輩技術者に公差について分からないところを聞いたり,本を買って勉強したりすることで,スキルを身に付けていった。
ところが,社内の設計者全体を見渡すと,公差に関する意識は決して高いものではなかったという。「例えばベテラン設計者と若手設計者,担当する製品の違いといった具合に,各所で温度差が生じていた。機械設計のリーダーによっても設計手法や生産の考え方が違っていて,『公差の調整は生産にやってもらえばいい』という人までいた」(同氏)。実際,設計が厳しすぎる公差を設定した場合でも,資材や製造といった社内の部門や加工業者などがうまくやってくれていたという。「不具合が生じた部品を修正するため,工作機械のある試作室に駆け込む人をよく見掛けた」(同氏)という状況が続いていたのである。
社内での雰囲気が変わったきっかけは,「デジタル屋台」(同社は現在,D-Shopと呼ぶ)というセル生産の取り組みを開始したことだった。「デジタル屋台では,誰でも生産できることが目標。現場での個別対応は極力なくしたい」(同氏)という思いがある。
また,2000年ごろから設計の3次元化が進んだことで,「生産現場の状況がよく見えるようになってきた」(同氏)ことも公差設計の重要性の認識を高めることにつながった。早い段階で詳細なDRを実施できるので,部品が取り付かないことはなくなってきたが,「もっと組み付けやすく」という声が現場から出てきたのだ。
そこで,前述の通り設計,資材,生産の各技術者が公差設計のセミナーを受講。ベテラン技術者の中には依然,「それは,製造がやることだ」と考えを変えない人や,「公差なんてもう分かっているよ」などと真剣に取り組まない人もいた。しかし,「公差設計を浸透させる土台として,まずは受講したという事実の積み上げが大切。これによって,公差の設定は設計者の責任であるということを明確にしていった」(同氏)。
その後,各自が実務で公差設計を展開(同社の事例は,pp.42-45を参照)。「自分自身で公差を設定してみて,製造や外注先からフィードバックを受けないと,やる気にならない」(同氏)からだ。2006年にはレバー比やガタの考慮といった高度な公差設計についてのセミナーも受講し,公差設計に関する全体的なレベルの底上げを図っている。
情報収集も進む
ローランド ディー.ジー.が公差設計をするようになって得られた効果の一つが,製造の垂直立ち上げが可能になったこと。例えば,プリンタの生産立ち上げ時の初ロットに投入する台数は,約10年前は50台ほどだったが,今では300〜500台と10倍近くに増やすことが可能になった。それだけ,不適切な公差設定による不具合の発生が減少し,その対策で「試作室に駆け込む」といったことに時間を費やすムダがなくなっているのだ。
さらに,「外注先の加工業者が,資材部門を通して工程能力についての情報を伝えてくるようになった」(杉山氏)という。以前はこのようなフィードバックがなかったため,不適切な公差が修正されにくかった。
このように,設計と製造の情報共有,特に,設計側が製造側の状況をよく理解しておくことは,適切な公差を設定する上で欠かせないこと【図3】。とりわけ,加工の外注先からも工程能力などの情報を細かく収集できるように関係を築いておくことが大切だ。
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バックナンバー
- 世界につながる共通言語「幾何公差」 2009/12/01
- 公差に対する思い込み 2009/11/30
- なぜ今,公差なのか 2009/11/27