「全国学力テスト」は「不要不急」の事業である
◆ 何のための「全国一律学力調査」か
歴史を遡ると、国(文部省)による「(義務教育の一部についての)全国学力テスト」は、戦後まもなくから昭和38年まで、悉皆(しっかい)調査の形で行われたが、昭和39年から20%の抽出調査になり、その後取り止められていた。
それが43年ぶりに「復活」したのは、平成19(2007)年である。
発案者はそのときの文部科学大臣「中山成彬(なりあき)」氏。その理由は、【日教組の強い地域は学力が弱い】との彼の「信念」を証明するためだったという。きわめて政治的な意図である。
昭和30年代には、左翼的(?)な「日教組」が今とは比べ物にならないくらい強力で、学力テストを「教育への国家権力の介入だ」として、激しく反対したらしい。
昭和21年生まれの私はそのころ、「学テ」の対象の子供だったはずだが、まったく記憶にない。東京都杉並区、長野県松本市、群馬県前橋市、そしてまた東京都杉並区へと、小・中学校を転校したが、どこでも「左翼教育」を受けた自覚はない。
「日教組嫌い」で有名な中山氏は、40年前の「敵討ち」のつもりだったのだろうか。
時代錯誤なことだ。
裏事情はともかく、国による全国一斉の「学力テスト」の必要性は、なぜ認められたのだろうか?
文部科学省のホームページで見る限り、私にはよく分からない。
全国学力・学習状況調査の概要 (文部科学省)
ここにもっともらしく書かれた「目的」を以下に引用する。
<調査の目的>
○ 国が全国的な義務教育の機会均等とその水準の維持向上の観点から各地域における児童生徒の学力や学習状況をきめ細かく把握・分析することにより、教育及び教育施策の成果と課題を検証し、その改善を図る。
○ 各教育委員会、学校等が全国的な状況との関係において自らの教育及び教育施策の成果と課題を把握し、その改善を図るとともに、そのような取組を通じて、教育に関する継続的な検証改善サイクルを確立する。
○ 各学校が各児童生徒の学力や学習状況を把握し、児童生徒への教育指導や学習状況の改善等に役立てる。
以上、いかにも「お役所的」な空文である。
私は親として、公立小学校・中学校を経て既に成人した3人の子供を育てた。
それぞれの学校のPTAの役員を務めて、先生方とも親しくお付き合いさせていただいたが、様々な問題で批判もした。
市の教育委員会にも出かけて、事務方トップとも何度も話し合いをした。
毎月の「定例教育委員会」の会議を何年か断続的に傍聴を続けた。
同時に、教委の様々なイベントに協力もしてきた。
国の教育政策については、ある身近な出来事から「教科書検定制度」に疑問を持って、庁舎改築の為に「丸の内」の三菱ビルに間借りしていた文部科学省に何度も通って、必要資料を公開請求して、膨大な文書を調査した。
その結果、教科書検定制度は、憲法違反の「検閲」行為であると私は思っている。
それについてはこの記事では触れないが、過去に書いた記事を、個人ブログに転載しているので参照していただきたい。
◆ 1回の予算60億円のうち47億円(※)は「採点業務」の請負会社に支払われた
「全国いっせい学力調査」のテスト問題は、国立教育政策研究所というところが作っているそうだ。小学校6年生の「国語」「算数」、中学3年生の「国語」「数学」で、知識中心のA問題と、知識の活用の記述を含むB問題がある。
200万人以上の答案の採点を一斉に行うには大変な手間が掛かる。
特に記述を含むB問題は、回答が「正」か「誤」かの判定が難しく、全ての統計結果が出るまでに半年も掛かる。テストを受けた生徒も教師も、忘れた頃に結果が出てくる。
そんなテストが連続して3回実施された結果からは、全国テスト復活発案者「中山成彬」氏の「日教組」云々と学力の関係の証明は、残念ながら(?)できなかった。
県別学力平均値を並べてみても、「ドングリの背くらべ」で、+−5%の範囲に収まっている。都市部が高くイナカが低いということもない。わずかな「平均値の差」をいくら眺めてみても、そこに特別の意味は見出せないのだ。
沖縄がテストの平均値では低いが、その「理由」は分析されたのか?
沖縄に文部科学省は、なんらかの「学力向上の為の支援」をするのか?
沖縄に何度も訪れた私の個人的な感想では、のどかな南国の人々は、学校のペーパーテストの「点」を上げようとする「熱意」に乏しいのだろう。それをクニがどうにかしろと言ったら、「余計なお世話」というものだ。クニは、外国との「学力比較」でいい格好をしたいのか?
そもそも「全国一律のペーパーテスト」で測れるものなど、子育て経験者の私に言わせれば、「ロクなもんじゃない」。
関連過去記事の「大阪府は文科省の【全国学力テスト】をボイコットせよ!」(安住るり2008/12/18)で述べたが、教育とは「ひとりひとり」が相手の「信頼関係」によって成り立つものである。
「悉皆調査」として、ある学年の2教科だけを年に1回、パターン化した問題で採点して、何が分かると言うのか? まあ、「研究者」にとっては、いじり甲斐がなくもない「データ」だろう。
過去3年続けて、4年目には、小6で受けた子供たちが中3になるから、「悉皆調査」を続けてほしい、という「専門家」もいるが、「一人ひとり」の子供が、中3までに、どんな教師に当たり、家庭環境がどう変化したか、友人関係や、本人の「学習意欲」はどう推移したか、など、近くにいてつぶさに見ていた者でなければ、意味のある分析ができるわけがない。
(筆者注)業務委託会社に支払われた「合計約47億円」という数字は、09年5月15日付け『週刊朝日』110〜111頁の「学力テストもういらない!」を参考にしました。
文科省の21年度入札データでは、2社合計で約40億円ですが、それ以外にも、委託した業務があったのかもしれません。
◆ 日本の子供たちの「学力格差」は、「地域」とは関係ない
近年問題視されてきている日本国内の【学力格差】は、家庭環境の差、とくに【親の学歴と経済力】が大きく関っていることが詳しい調査で明らかになっている。
新築された虎ノ門合同庁舎の12階から、財務省、総務省、霞ヶ関界隈を展望する(撮影すべて筆者)
【全国学力・学習状況調査の分析・活用の推進に関する専門家検討会議(第14回)】が11月17日、虎ノ門の新庁舎で開催された。
「教育関係者」が寄り集まった「たこつぼ議論」では、
●07年から09年まで3年やってきて、4年目もやる予定で準備していたから、急に変えられては困る、とか、
●「悉皆調査」を「抽出調査」にするのでは統計の意味が全く変わってしまう、とか、
●「抽出」調査になって選ばれた学校(学級?、自治体?)は無料でテストを受けられるが、外れた場合に「希望」して自主的に受けると、試験問題用紙は無料で提供されるというが、採点業務などの負担が生じて「不公平」だ、
とか、「政権交代による変更」に様々な不満が述べられた。
「専門家」として出席していた某放送局の幹部は、色をなして「3年間やってきた全員学力調査を、政権が変わったからと言って、40%の抽出調査に変更するというのは、悉皆調査は無駄だったということか!」と担当者に噛み付いた。
私に言わせれば、中山大臣個人の思想的な意図で始まったことだから、日本の教育のためにはそもそも無意味だったのだ。しかし、やってしまったものは仕方がない。
「あらたむるに、はばかることなかれ」である。
「無駄ではなかったが、今後も続けることは、【費用対効果】の面で認め難い」というのが現政権の見解だ。
9月に政権交代して、慌しく「査定」しているわけだから、自治体の担当者にとっては迷惑であろう。22年度は「抽出式」で実施ということになると、くじ引きで(?)選ばれるか、選ばれないかで対応が違い、予算面でも、予定が立たない、という問題が発生する。
そこで「名案」か「迷案」か分からないが、私は考えた。
新庁舎の2階へ長いエレベベーターを上がったところが玄関。茶色の壁は旧庁舎
◆ 22年度は「テストは休み」にして、じっくり「検討」しよう
悉皆調査を3年間実施した700万人以上の膨大なデータがある。「研究者」はそれを心ゆくまで「調査」「分析」すればよい。
県別平均値はわずかな「差」だが、それを「有意」なものとすべく、日本中に聞き取り調査などに回ればいい。
文科省は、クニによる「全国学力調査」とは、何のために、どんな方法で行うべきか、じっくりと半年以上かけて検討すべし。その「調査費」くらいは、計上してもいいだろう。
もしも、来年は文科省による「学力テスト」はナシ、となれば、地方自治体の関係者は、正直ホッとするだろう。予算措置も必要なくなる。
ガッカリする生徒など、まずいない。テストは、学校や学級ごとにやるだけでたくさんだ。
ガッカリするのは、無競争で得られる何十億円もの業務請負を期待していた民間業者くらいなものだろう。
だいじな教育財源は、【学力テスト】よりも、【給食費補助】に使うべし。
文部省の記者会を入り口からのぞいてみた
関連記事
大阪府は文科省の【全国学力テスト】をボイコットせよ! 安住るり2008/12/18
参考ブログ
ライブドア「安住るり★興味津々」
参考資料
◆
政権交代後の文科省「概算要求」(平成22年度)
○全国的な学力調査の実施36億円(△21億円)
国として全国的な状況・課題の把握を継続するため、抽出調査(抽出率40%)に切り替えて実施するとともに、抽出調査対象外でも設置者が希望すれば調査を利用することが出来るようにする。併せて、教科の追加等について検討するための調査費を計上。(調査対象:小学校第6学年、中学校第3学年対象教科:国語、算数・数学)
今年度(21年度)経費については、こちら。
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平成21年度予算額(案)主要事項[説明資料] (PDF:1,739KB) ※千円単位です。
委託費の内容については、公表しておりませんが、こちらが参考になると思います。
こちらで、21年度調査に係る、準備委託経費、実施委託経費の落札金額等が確認することが出来ます。
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平成21年度調査 ※落札業者、落札金額、契約に係る仕様書などがこちらで確認出来ます。