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“国民的ヒーロー”内藤、引退へ「ただ…悔しいね」…WBC世界フライ級戦

11月30日8時0分配信 スポーツ報知

 ◆プロボクシングWBC世界フライ級タイトルマッチ ○亀田興毅(判定 3―0)内藤大助●(29日、さいたまスーパーアリーナ) 国民的ヒーローが、13年間戦い続けたリングを去る。内藤は試合後、今後について「全く考えていません。ゆっくり考えます」と明言を避けたが、すでに家族らには「負けたら引退」を伝えている。近く引退の決断を表明する可能性が濃厚だ。

 せめぎ合いの中に活路を見いだそうとしたが、興毅に“距離”を支配された。強引な右フックにも、左ストレートのカウンターを何度も合わされ、後追いを強いられた。右目の上は、興毅の左ストレートに切り裂かれ、鼻の左半分は、倍近くにまで腫れ上がった。

 採点については「納得しなきゃ。ただ…悔しいね」。思った以上のポイント差に疑問もあるようだったが「ジャッジが下した結果だから…」と何度も自分に言い聞かせた。

 5度の防衛戦は、毎試合が背水の陣だった。「あと1回負けたら引退」。05年10月、2度目の世界挑戦に失敗した際、真弓夫人(36)と約束を交わした。長男の亮くん(3)とスタンドから声援を送った真弓夫人は、涙を見せることなく「判定には納得がいかないけど、お疲れさまと言いたい」と夫の激闘をねぎらった。ただ、引退については「悔しいから、またやってもらってもいいかな」と笑顔も見せた。

 故郷の北海道・豊浦町から駆けつけた母・道子さん(67)は「早くから、『負けたら引退だよ』と言ってました。負けたらやらなくていい。ホッとしている」と客席から立ち上がり拍手を送った。

 41戦目にして、日本人に喫した初めての敗北にも、内藤は「彼の方が強かった」とひと回り年下の新王者をたたえた。「国民の期待」を背負って戦い続けた名王者は「期待を裏切り、情けない」と自分を責めたが、数々の激戦の記憶を国民に残し、家族の元へと帰る。

 ◆内藤 大助(ないとう・だいすけ)1974年8月30日、北海道虻田郡豊浦町生まれ。35歳。96年10月プロデビュー。98年全日本フライ級新人王。06年に日本、東洋太平洋フライ級王座の2冠。07年7月にポンサクレックを破り、世界王者に。同10月に亀田大毅を相手に初防衛し、人気が沸騰した。家族は妻と1男。身長163.2センチの右ボクサーファイター。

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最終更新:11月30日8時0分

スポーツ報知

 

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