学問のすすめ五編は文明には二種類あって、それは有形のものと無形のものであるということが書かれている。有形のもの―学校、工業、軍隊など―は銭を出せば買えるが、無形の「文明の精神」、すなわち「人民独立の気力」が大事なのだとする。政府が雲上にあって国民がこれに依頼するような日本のあり方ではだめだと批判している。

 ここまではよく聞かれる議論であるが、そのあとが興味深い。福沢は西洋の資本主義発達史に鑑みて、中等社会の到来を歓迎したのである。その意味で福沢には資本主義的性格が強い。陸など資本主義社会の到来に批判的であった人物とは違う。

 六編は法律は国民が政府に依頼して作らせたものなのだから、破ってはならないという趣旨である。このとき福沢は政府との「約束」という表現を使っている。明らかに社会契約論的立場に立つ者としての発言なのである。

 したがって法律は官吏や警察が見ていないから破ってもよいという問題ではないことを説いた。

 以上の福沢の発言に共感する部分ももちろんあるが、その発想の根幹が資本主義、社会契約論的なものから発想していることは注意しておくことだろう。