A級戦犯の処刑が皇太子明仁の誕生日の真夜中に行われたのはなぜか
ジミーの誕生日は、A級戦犯が処刑された日だ。皇太子明仁の15回目の誕生日である昭和23年12月23日、真夜中の巣鴨プリズンで、7人の男たちが絞首刑を執行された。
7人とは、東條英機(大将、元首相)、土肥原賢二(大将)、松井石根(大将)、武藤章(中将)、板垣征四郎(大将)、広田弘毅(元首相)、木村兵太郎(大将)である。まず、東條、土肥原、武藤、松井の4人が零時1分30秒に処刑された。残る3人も、零時20分に死刑執行された。
「時計の針は午後11時59分を指している。13階段の前に立った。日付が変わった。昭和23年12月23日午前零時、絞首台に昇る階段のいちばん下で手錠がはずされ、直立不動の姿勢で腕を脇につけたかたちで幅の広い革紐で縛られた。階段を昇って壇の上にあがった。4つの落とし戸の上にそれぞれが位置取りをしたところで、ひとりひとりの氏名の再確認が行われた。立会人は彼らを正面から見つめ、視線をそらしてはならない。それが仕事である。
零時1分。黒い頭巾が頭にかぶせられると足首が革紐で縛られ、首に縄がかけられた。死刑執行官が、死刑執行の準備完了、と報告した。あとは号令をかけるだけだ。
零時1分30秒。始め! 執行責任者の憲兵司令官が叫んだ。(略)
絞首刑の時刻が気になる。ストップウォッチを手に、タイムテーブルにのっとってなぜこれほど正確に、すなわち12月23日零時1分30秒に執行されねばならなかったのだろうか。念入りに予行演習をしなければできない作業である」
(『ジミーの誕生日』より)
注目すべきは、死刑執行の段取りが、1分30秒間で、時間ぴったりに行われていることだ。これは事前に練習を繰り返して、狙ってやっているはずだ。
運行が時間通りで正確な日本の電車に対して、アメリカの電車は時間にいい加減だとされている。しかし、A級戦犯の死刑執行という場面では、アメリカ人は工程表にのっとって日本人以上の正確さを発揮したのである。時間の支配、時間を通した意思表示という点で、アメリカ人は日本人よりも徹底している。