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ファイターズ快進撃の裏に、“本当に役立つ”情報システムあり

 プロ野球が開幕して3週間。「100年に一度」という世界的な金融・経済危機のなか、エキサイティングなエンターテインメントに興奮している方も多いと思う。WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)で2連覇を果たしたサムライ・ジャパンの大活躍で、プロ野球の人気が上昇しているという。今までサッカーボールを追いかけていた小学生も、キャッチボールをやり始める、なんていう話を耳にするようになった。

 こうしたなか、混戦模様のパ・リーグで、東北楽天ゴールデンイーグルスと北海道日本ハムファイターズの「北のチーム」が首位争いを展開するなど、気を吐いている。「今年が最後だ」という野村克也監督のために、楽天の選手たちが奮起しているからだという解説すらある。「ID野球」で定評のある野村采配が冴えわたっているともいえよう。

 一方の日本ハムファイターズ。2004年に北海道・札幌市に移転して以来、2006年に日本一に輝いたり、2007年にはパ・リーグ連覇を果たしたりと、活躍している。昨年も、優勝は逃したものの、クライマックスシリーズに出場し、ファンを沸かせた。しかし、巨人や阪神、ソフトバンクなどのように、決して有名な選手がごろごろしているわけではない。

 実際、今回のWBCで活躍したダルビッシュ有投手や稲葉篤紀選手をはじめ、森本稀哲選手など有名な選手はいるものの、決してその数は多くない。12球団の中でも選手の総年俸は決して高くない。下から数えた方が早いくらいだ。にもかかわらず、躍進しているその裏に、「BOS(ベースボール・オペレーション・システム)」という情報システムが支えていることは、意外に知られていない。

 そのBOSとは何か? 端的にいうと、選手の「見える化」を実現している情報システムだ(日経情報ストラテジー2008年7月号「改革の軌跡 あのプロジェクトの舞台裏 北海道日本ハムファイターズ 連覇を演出した情報システム 低い総年俸でも強いチームに変身」を参照)。BOSには、ファイターズに登録している選手の能力や状態(故障の有無、体調)、年俸の額といった情報が入っているという。

 BOSは一種のSCM(サプライチェーン・マネジメント)。入団から2軍での育成、1軍への昇格、控えからレギュラーへ、そして退団までの一連の流れにあって、効率よく選手を育成・活用していくうえで威力を発揮しているという。つまり、無駄をなるべく省いていくために機能しているというわけだ。選手の成績や年俸などによって、(1)主力、(2)控え、(3)育成、(4)在庫に分類している。育成すれば将来1軍で活躍できる主力になれるのか、その可能性がない「在庫」ともいうべき選手なのか、BOSを見ればはっきり分かるようになっている。そのために、限られた総年俸額にもかかわらず、選手の力を最大限に引き出し、高い勝率を実現しているという。

 BOSの活用など、選手や監督、球団スタッフの努力によって実績を残し、北海道での知名度を確保すことができたファイターズは、今後何を目指すのか? 開幕前の3月上旬にインタビューしたファイターズの大社啓二(おおこそ ひろじ)オーナーは、ずばりこう話す。

 「『ファンサービス・ファースト』という理念を掲げてスタートし、この5年間で北海道での知名度を獲得し、札幌ドームに足を運ぶ方々が年々増えてきました。(中略)次の5年間はファンの「見える化」をするために、様々な仕組みを築いていかなければなりません」(4月21日公開の「トップインタビュー 大淘汰時代を勝ち抜く」より)。

 すなわち、CRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)の構築だ。「データを分析して具体的なファン・サービスのアクションに活用していく」(大社オーナー)。まずは、ファンや地域の人々をよく理解したうえで、サービスやマーケティングの質を高めて、観客動員数の増加や売り上げアップにつなげていく。

 ただし、これまでCRMの成功事例は決して多くない。この点については、大社オーナーは持論を展開する。

 「CRMにおける“マネジメント”という言葉がポイントです。これは持論ですが、IT(情報技術)は非常に専門性の高いものですよね。だから、システムの専門家やシステムを駆使する人間が作ったITは、経営者は見ているだけになってしまう。そうではなくて、ITは、経営者、少なくともトップ・マネジメントをする人間が必要であると思うことを、より便利に効率的に実行するための仕組みだと思うのです。ITには必ず、経営者の意思が含まれていなくてはいけません」。

 要するに、経営者自身が必要な機能を考え出し、自ら活用して成果を出すことに責任を持つことが重要だと大社オーナーは考えているのだ。一定の成果を上げたBOSと同様、ファイターズが構築しようとしているCRMに注目したい。まさに、立派な情報システムではなく、本当の意味で役に立つ情報システムを目指しているのだ。

 世の中には、あまり役に立っていない情報システムがごろごろしているといわれている。様々な理由が考えられるが、1つには、情報システムを開発する際に、一番必要としている人の意思を入れていないからだと思えてならない。既存の仕事に追われてしまうからか、情報システムの開発は二の次になってしまうのではないか。本当に役に立つ情報システムを作るには、使う人自身が中心になって機能を考え出し、使うことを想定して仕様を決めなければならない。

 もともとファイターズのBOSは、チーム統括副本部長を務める吉村浩・取締役執行役員の強い「思い」から開発された。吉村氏は、米デトロイト・タイガースでGM(ゼネラル・マネジャー)補佐を務めていた時から、選手を管理する情報システムの必要性を強く感じていた。大リーグではどの球団も使っていたからだ。日本に戻って阪神タイガースの球団職員になり、情報システムの構築を願い出たが、認められなかった。2004年のシーズンオフ、ファイターズに転じた吉村氏は、当時の経営陣を説得して、BOSの開発にこぎ着けた。

 1年半前、大社オーナーを取材した時に、BOSの開発についてこう話していた。

 「開発投資はかなりのもので、(現球団社長の)藤井純一からりん議書が上がってきた時は、腰が抜けるほどでした。しかし、登録選手全員を戦力化するには不可欠だと判断して投資を決めました」。

 吉村氏の強い思いがなければ、BOSは生まれなかったはず。他社が導入しているからといって、やみくもに情報システムを構築しても無駄であることは言うまでもない。情報システムを使う人の強い思いがなければ、作っても意味がないといったら言い過ぎだろうか。

(多田 和市=経営とIT新潮流)  [2009/04/24]

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