繁華街で客待ちする500円タクシー=24日夜、大阪市北区、小玉重隆撮影
「初乗り500円」のタクシーが多い大阪で、近畿運輸局が一部の個人業者に値上げを指示した。「規制緩和」から「過当競争の歯止め」に方針が転換されたのが背景で、地域全体で今後、料金の底上げが加速する可能性もある。「企業努力を無にするのか」「値下げが続けば安全面がおろそかになる」。業者や利用者からは、運輸局の指示に反発や賛意の声が交錯した。
10月に「タクシー適正化・活性化特別措置法」が施行され、運輸局は定期的な運賃認可の際などに「適正な利潤」を含む価格になるよう審査を強化。今回は9人の個人タクシーが初乗り500円の継続を申請し、1人については「収支に問題ない」として継続を認めたが、残り8人には550円から660円が妥当と11月20日付で通知した。
タクシー料金は地域ごとにあらかじめ幅が決められ、大阪府内では現在、中型で「640〜660円」なら自動的に認可される。それ以外は原価計算書を運輸局に申請、審査を受ける必要がある。
大阪は格安のタクシーが多く、9月末現在で個人を含め府内に計2万2418台あるタクシーのうち、2034台が「500円タクシー」。大阪や京都などで500円タクシーを展開するMKタクシーは、法改正について「利用者不在の規制強化だ」(経営企画部)と反発、「当社の500円運賃は今後も認められるはず」と話す。
一方、自動認可の「幅」に収まる運賃の業者が中心の大阪タクシー協会は「500円では本来、経営は成り立たない。適正な競争実現のため、今回の審査結果を歓迎する」としている。
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「安いタクシーに客が流れることを快く思わない大手タクシー会社が、国に働きかけて料金の引き上げを図っているとしか思えない」
初乗り500円のタクシー会社に勤務する男性運転手(61)は、今回の近畿運輸局の判断を批判する。
大手タクシー会社から3年前に移った。「賃金が安く、労働環境が劣悪で、安全対策も不十分といったイメージが根強いが、それは偏見だ」と言う。「年収は2〜3割増えた。安全教育や車両点検も徹底していて、利用客にも安心してもらえる」と話す。
大阪府内で500円タクシーを営業する「新金岡交通」(41台)の馬場重弘専務(65)も「1人は継続を認め8人はダメというが、基準がはっきりしない。統制経済でもあるまいし、運輸局が裁量を握るのはおかしい」と指摘する。
一方、大手タクシー会社の運転手(60)は「業界全体で統一ルールを作らないと、共倒れになる」と心配する。
仕事を始めて10年。収入は手取り40万円から15万円に急減した。昨年、500円タクシー会社に誘われた。収入が上がるとは聞いていたが、先行きが不透明と考え断った。「際限ない値下げが続けば、どうしても安全面がおろそかになる。それは利用者にも不利益なのではないか」
今月30日には、500円タクシーの会社の運転手でつくる組合「低額運賃労働者連合会」(低労連)が結成される予定だ。10月施行の特措法では、国と自治体、タクシー業者などが地域内の適正車両数や運賃を話し合う「地域協議会」を置くことになっており、500円タクシー側では「薄利多売で頑張っており、運転手の手取りなど待遇は悪化していない」「利用者の支持が厚い」といった運転手の声を届けたいという。
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利用客の多くは、初乗りがワンコインで済む500円タクシーに魅力を感じているようだ。大阪・北新地でタクシーを待っていた大阪府豊中市の男性会社員(50)は「少しでも安い方がいい。企業努力をしているのに、わざわざ一律にする必要はない。そもそも運輸局が値下げをOKしたのに、今さら上げろというのも勝手な話だ」と批判。同府八尾市の飲食店勤務の女性(27)も「乗る時はいつもワンコインを探す」という。
ただ、大阪市内の男性(70)は「以前に何度か乗ったワンコインは、運転が荒かったり、マナーが気になったりした」という。「料金はそこまで安くなくても構わない。安全や接客マナーの向上に努めてくれた方がいい」
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〈タクシー業界の規制〉 02年の改正道路運送法施行による規制緩和で、増車や新規参入が原則自由化された。初乗り運賃は、国土交通省が定める上・下限の間であれば自動的に認可。下限を下回っても国交省がコスト構造に無理がないと判断すれば、認可されるようになった。
だが10月1日施行のタクシー適正化・活性化特別措置法で、供給過剰の大阪や京都、神戸などを「特定地域」に指定。運賃認可基準を「適正な原価に適正な利潤を加えたもの」と改めた。近畿運輸局によると、それまで審査対象は実質的に「適正な原価のみ」だったが、10月以降は「適正な利潤」も重視している。