2009-04-18
■[回想]続・いかにして私は社会人になり、そして脱落したか。
入社式を追い出された彼のその後は知らない。彼について僕が知っている最後の情報は、一週間後の朝礼で社長からもたらされたものだ。
いわく「通勤中にあいつが待ち伏せていた。今さら何の用かと思ったら、もう一度働かせてくださいと言いだした。はっきり言うがあいつはクビにした。そもそもあいつは両親が借金を抱えていることを黙って入社した。そういうことを黙っているのは泥棒だ。生まれがどこか忘れたが、もしかしたら部落出身かもしれないな。お前ら部落は知っているか?部落というのは……」
同和問題を知らない同期がいることや、その後に社長が続けた某銀行内に貼られているという被差別部落に関する貼り紙の話は僕には驚きであったが、その問題についてここでは触れない。とにかくその話を聞いて、彼は両親の借金があるから必死に頭を下げたのだろうにそれが泥棒呼ばわりか、と憤ると共に、彼は全く別の会社でやり直せて良いじゃないか、とも思った。正直なところ、僕は彼が羨ましかったのだ。既に僕は会社を辞めたくなっていた。
あの会社について今でも素直に感心するのは、新入社員への研修が徹底していたことだ。50名程度の規模の会社で10名もの(既に9名になっていたが)新卒採用者に対し、一ヶ月以上もビジネスマン研修と技術研修を社内で行うのだ。一ヶ月を過ぎてからは交代制で客先で業務している先輩の補助という形でOJTを行うが、正式にメンバーとして社外に出すのは三ヶ月後の予定だった。単純に三十人月という工数がそこに発生する。大手ならともかく、この規模の会社として破格の教育費だと何も知らない新入社員でも理解できた。そしてこの会社が教育に真剣だからこそ先輩方はきちんとした振る舞いをするのだなあと何も知らず感心していた。実際のところ、物事はなるべくしてなるものだと後から分かるのだが。
それはともかく、僕たちは連日ビデオを見ては様々なミーティングを行っていた。ミーティングでは議長と書記を交代で担当する。書記は発言者名と発言内容を記録し、それを元に議長が報告書をまとめ、発言内容が網羅された議事録を貼付して社長に提出する仕組みだった。テーマはビデオの内容に関するものから、今まで自分がどう過ごしてきて今後どう過ごすべきかといったもの、果てはお互いの良い点悪い点について忌憚なく指摘するというものまで多岐に渡り、全ての内容が誰かしらの手によって記録され、社内で読み回されていた。そしてその日のテーマは「彼は何故会社を辞めることとなったのか」だった。
本音を言えば、自分自身が彼の立場になった時に復帰を願うか別としても、「先輩の話を腕組みをして聞いていた」ことが理由で入社式を追い出され、そのまま会社を辞める結果になるのは温情がなさ過ぎるのではないかと僕は思っていた。確かに腕組みという姿勢は先輩の話を聞くには相応しくない。その姿勢が真剣に話を聞く時の彼の癖だということを差し引いても叱責されて然るべきだし、その癖を残したままお客様に会わせるわけにはいかないだろう。しかし過ちは正せば良いことではないか。その為に研修期間を設けているのだ。こういった意見について、ミーティングで僕はいつも通り自分から発言せず、求められた時はできるだけ目立たない様に建前の陰に混ぜて発言していた。しかし同期の中にはどうしても納得がいかないという人間もいた。便宜上、退社した彼をA、この彼をBとする。Bは「Aにやり直す機会を与えるべきだ。我々は半年とはいえ事前に研修を受けてきた仲間であり、私はAと共に仕事をしたい」といった内容を切々と語った。Bはもともと周囲の同期に比べると社長の言動について懐疑的で、そういう点では僕と非常に話が合っていたのだが、残念ながら自分の意見ははっきり述べるべきだという信念において僕と合わないのだった。そしてその信念に基づく言動はそれまでのミーティングや研修の場において、度々社長に叱責を受ける原因ともなっていた。
Bの意見について他の同期は賛否が半々であり、ミーティングの最終的な結論(当たり前だが話し合いには結論が必要である)がどうなったかは覚えていない。僕が覚えているのは、その日を境にBと共に研修を受けることがなくなったということだけだ。Bの言動は他の新人に悪影響を与える、というのがその理由で、Bは翌日から朝礼のみ同席し、ビデオ研修は別室で受け、ミーティングは不参加と決まった。おかげで僕は一人で昼食を食べる羽目になった。つづく、かもしれない。
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