2009-04-21
■[回想]転・いかにして私は社会人になり、そして脱落したか。
#1→id:tell-a-lie:20090417:p2 #2→id:tell-a-lie:20090418
生きていくために鈍感になるのが人間というもので、数週間が過ぎた頃にはAが解雇されたこともBが一人で研修を受けていることも僕にとって何ら感じるものではなくなっていた。
ビデオ研修やプログラム研修に加え、実務として電話対応も始めていた僕たちは事あるごとにお前は屑だ部落だ犯罪者の家系だと怒鳴られ罵られていたが、所詮は社内にいる間のこと、社長など外に出てしまえば滅多に会うこともないのだと割り切る様になっていた。割り切ることのできない同期の退社(僕にとってはBと同じくらい気が合う人間だった)という出来事はあったにせよ、それ以上の何事もなければもしかしたら僕は今でもあの会社で働いていたかもしれない。
給料日の前日、いつもの様に会議室でBを除いた新人だけの終礼を行っていた僕たちのところに、事務担当の先輩がやってきた。先輩は会議室の入り口できっちりと「失礼します」と頭を下げてから入室した。無表情に頭を下げる姿を見て、就職活動中に魅力だった礼儀正しさも裏を知ったら何の魅力も感じないな、と考える程度に会社に慣れてきていた僕だったが、その余裕も先輩が始めた「我が社の給与システム」という話の前に消し飛んだ。
「仕事には工数というものがあります」「我が社では工数の実績を分配して毎月の給与が決定されます」「1工数は40万です。80万の仕事を一ヶ月で行った場合、2工数を参加したメンバーで話し合って分配します」「0.1単位、つまり4万単位で分配となります」「なお研修中のあなた達は会社に利益をもたらしていない為、本来であれば給料は発生しません」「しかし法律の問題もあるので、最低限の給料を支払います」「その分の工数はプロジェクトに配置されてから分配された工数で返済してください」「返済の場合は3万で0.1工数とします。会社からお借りした時より1万円少ない金額です」「これは社長の温情です」「なお退社する場合はその場で全額返済となります」
僕たちの感覚はおかしくなっていたのだろう。「早く返済して後はどんどん稼ごうぜ」と鼻息を荒くする人間が殆どで、僕でさえ「早く働いて返却して会社を辞めよう」という誤った焦燥感に駆られたのだった。なにしろ「外で稼がないと工数がもらえず会社への借金が膨らみ続ける」というシステムだ。目の前にいる毎日事務をやっているこの先輩は、月に一回の帰社会議の場で「自分のやった事務作業がどの程度の量で、それにより外で働いている人間にどういう恩恵があった、だから外で稼いだ工数をこれだけもらう権利がある」と説得して工数を分配されていた。しかしプロジェクトで稼ぐことが全てのこのシステムで、プロジェクトに配属される能力や機会がない人間がどういう扱いを受けるか言うまでもない。事務の先輩は毎月ぎりぎりの給料で、会社へ借金を返すことなど殆ど出来ない状態だった。
とにかく僕たちはシステムの中で問題を解決しようという意識が働いてしまい、前提となっているシステムそのものを見つめ直す状態になかった。僕たちはあの先輩の様にはなるまいと必死になり、ミーティングの書記や朝礼のスピーチ(これらは0.01工数とされた)の権利を奪い合った。社長の罵詈雑言は競争を煽るかの様に酷くなっていった。
事務をやっているあいつはこういうミスをした、あいつの父親は工場で働いている人間で恐らく給金をちょろまかしている泥棒だと言った(先輩は翌日の朝礼で「私の父親は泥棒ではありません」とスピーチした)。別の日には、事務のあいつは昔から貯金をしていて何百万も貯めている、それに比べてあいつは(と別の先輩を差し)三十歳にもなるのに下宿屋暮らしで事務にいつも借金を懇願している屑だと言い、また別の日には、あいつはお前(とまた別の先輩を指し)と違ってもう130人の女と寝ていて(140人です、と先輩は誇らしげに訂正した)女には優れた人間が分かるのだ、お前は彼女と仲が良いらしいがあいつが本気で彼女を口説いたら簡単に股を開いてしまうだろう、と笑った。そして俺の一族はみな社長をやっている、先日も娘とケンカして殴ったガキの家に怒鳴り込んだら引っ越していった、そういえば借金を払わずに会社を辞めた奴の家に取り立てに行っているはずだがどうなった、と事務を怒鳴るのだった。
この様な不信と罵倒で満たされた日々、僕たちは一刻も早くプロジェクトに配属されるべくOJTの機会を待ち受けていたが、OJTに参加する人間は順番でなく日替わりで社長が選んでいた。僕たちの中で早くも明暗は分かれていて、僕が属するのは暗い側だった。それでも一刻も早く借金を返さなくては(既に6月も後半に入っていて3ヶ月分の給料を「借金」していた)と必死になり、ようやくOJTに参加する機会が増え出した僕はこの会社に入って初めて希望を見出した気分になっていた。つづく、かもしれない。
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