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野茂英雄のメッセージ

「最後まで降りたくなかった」

マウンドと別れて思う…

1人で勝つんじゃない

 野茂はマウンドを降りたがらない。「できるだけ長くマウンドにいたい」と現役時代からよく話している。本人は、投手はみんな同じというが、野茂のマウンドへの執着心は人一倍だと思う。だが、話を聞くうちに、それは1人で勝ちたい、ということではない、ということに気づく。

―投手の心理は、最後まで投げたいというものなのか

「先発ピッチャーですから、点取られてもあきらめない、次の回は野手が逆転してくれるだろう、と考えて投げている。アマチュアのときは、特に最後まで降りたくはなかったですよね。勝っていれば、そのまま自分で抑えたかったですし、負けていればチームが勝つまで野手が追いついてくれるまで投げたいですし、できれば9回で終わってほしくないって思ったときもあります。」

―登板する時には、必ず9回投げるつもりでマウンドに登っていたのですか

「メジャー行ってからは、そうでもないかなあ。分業制をわかってやっていましたし、もちろん降りたくはないけれど、休みのない長いシーズンとプレーオフのために、こういうシステムにしている、ということを最初から聞いているので。とにかくチームが勝つために試合を作るというのが仕事と思って投げていましたからね。」

―近鉄の時は

「近鉄の時は、絶対に(マウンドを譲らない)と思っていましたけどね。最後のころ、肩痛めたころは、ちょうど赤堀がいましたから、まあ8回まで行けばあとは当時は「無敵の赤堀」がっておもったこともありましたけどね。それ以外は…ね。」

―マウンドに登ったら、なるべく降りたくないっていう気持ちは、ピッチャーなら共通しているものか。その中でも気持ちが強いのか

「みんなあるでしょうね。途中で降りたら悔しいでしょうし。任された仕事を途中で替えられたら嫌でしょう。僕は途中で替えられたら嫌なんですよ。なんでオレではあかんねんって。」

―マウンドにいる時に来られたら、しょうがない

「逃げますもん。近鉄の時もずっと(ベンチに対して)後ろ向いていましたからね。替えられた時。マウンドに来なくていいって、やっていました。」

―ほかのピッチャーよりその気持ちは強いんじゃないですか

「一緒だと思いますよ。若かったですし。悔しいですしね。負けたままなのは。」

―負けていても必ず逆転してくれると思っているのか

「はい。絶対逆転してくれると思っていました。当時、近鉄は(逆転してくれるという)雰囲気がめちゃくちゃあった。いつでも返してくれそうな雰囲気があった。」

―プロだから1人1人の力はすごいものをもっている。それがチームになったときには、さらに大きくなる。1+1が2以上になる。そこが野球のおもしろさではないか

「チームのね。(力が)かけ算になれば、なおいいですね。」

―数々の個人タイトルをとっている。それとチームの優勝の喜びと比べたら

「優勝の方が絶対にいいですよ。個人タイトル…まあ何にもならないです、結局。」

―それは

「(現役を)終わってみて、個人タイトルとか個人の成績…何の役にたっているのかって思いますけどね。やっぱり、仲間とあって優勝した時の話や、いいシーズン送ることができた時の話をするときの方が、全然いいです。自分の中ではいい物として残ります。」

―優勝のためならいらないか

「タイトルですか? 全然いらないですよ。いりますか? 優勝の方がいいですよ。全然違うと思います。」

―子供のころから、野球人生で優勝したのは95年のドジャースの時(ナ・リーグ西地区優勝)だけか

「ドジャースの時も、別にワールドチャンピオンになったわけではないですからね。いいシーズンを送ることができたときは、近鉄の時もそうですけれど、いいシーズンだったって話しますからね。タイトルとかよりも、そっちの方がいいですからね。結局、自己満足ですよ、タイトルは。そのときは、選手の時は、僅差ならばあいつには負けたくない、っていうのはありますけれどね。それでもチームが勝つというのならば、(タイトルより)そっちの方がいいんじゃないですかね。」

 野茂は「どっちがいいですか。記者個人として評価されるのと、日刊スポーツ全体が評価されることと」と聞いた。当然、それぞれの部署がベストを尽くして、紙面ができたときの方が充実度は全然違う。「若いときは自分が良ければとか、ほかの人間もなぜ頑張らないのか、なんて思いますけど、年齢を経て大人になると違うんですよね」と野茂は言った。

 チームの中には、主役になる立場の人もいる。表にでない裏方もいる。スポーツでなくても例えば演劇でも主役もいれば、脇役もいる。舞台に出ないスタッフもいる。

「いいチームになっていっているなあって感じられた時はいいですよね。スポーツだけじゃなくみんなそうじゃないですか。」

NOMO×NIKKAN

 野茂英雄(のも・ひでお)1968年(昭43)8月31日、大阪市生まれ。成城工-新日鉄堺。88年ソウル五輪に出場し銀メダル。89年、8球団の競合の末、ドラフト1位で仰木監督の近鉄に入団。体を大きくひねる独特の「トルネード投法」と、鋭いフォークボールによる奪三振などでいきなり18勝を挙げ、スター選手に。90-93年まで史上唯一の4年連続最多勝をマーク。

 95年にドジャースに入団し、13勝6敗でナ・リーグ新人王。球宴にも出場し先発を務めた。ド軍2年目の96年(対ロッキーズ)、レッドソックス時代の01年(対オリオールズ)にノーヒットノーランを達成(両リーグでの達成は史上4人目)。

 06、07年はメジャーでのプレーはなかったが、08年にロイヤルズで復帰。しかし白星を挙げることなく4月末に自由契約。同年7月、現役引退を発表した。

 日米通算201勝155敗1セーブ、3122奪三振。現役時代のサイズは188センチ、104キロ、右投げ右打ち。03年にNPO法人「NOMOベースボールクラブ」を設立。家族は夫人と2男。

野茂氏のオフィシャルサイトがオープン。

NOMOベースボールクラブ



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