522号 (2008年7.8月)

巻 頭 説 教 『すごいこと』

宮澤重徳
旭川聖パウロ・ルーテル教会牧師

「『右の手に七つの星を持つ方、七つの金の燭台の間を歩く方が、次のように言われる。「わたしは、あなたの行いと労苦と忍耐を知っており」(ヨハネの黙示録二章一〜二節)

 主イエスは、皆さんがキリスト者として生きる労苦をご存知です。そして、御心にかなって必ず報いてくださいます。
 現在、日本のキリスト教徒は、約一パーセントと云われます。更に、活動会員となると〇.一パーセントとも云われています。これは、正確な数字ではないですけれども、おそらく、それほど外れてもいないでしょう。更に、日本の多くの教会は、減少傾向にあります。アジアの中でも、日本のキリスト者の割合は、最も低い方です。
 私は、今年の三月末、セミナーでタイ王国に行ってきました。タイ王国は、ご存知、仏教国です。町の中のあちこちに、お宮があります。人々は、熱心に、仏教を信仰しています。そこで、キリスト者として生きることは、苦労が多いと思います。そのタイ王国のキリスト者人口は、一パーセントと言われています。しかも、この数字は、ほぼ、実働会員の数字とみて良いのです。何と、日本のキリスト者人口は、仏教国タイと同じか、それ以下なのです!ちなみに、イスラム教国、マレーシアでさえ、五パーセントのキリスト者がいます。
 日本のキリスト者は、まさに、寄留者そのものです。それだけに、私たち日本の多くのクリスチャンは、風当たりが強く、肩身の狭い思いをしています。家庭や職場、近所づきあいで、いつも気兼ねをしなければなりません。年中行事や慶弔事のたびに、立場を問われます。また、近年では、問題を抱えた新興宗教の影響で、偏見の目にさらされることも少なくありません。多数派ならば、それでも忍耐しやすいでしょう。ところが、日本にキリスト教は、布教されてから四〇〇年も経つにも関わらず、はかばかしくありません。そんな中で、皆さんは、主イエスに選ばれ、これまで主イエスと共に生きてこられました。皆さんは、地の塩、世の光として歩んでこられました。皆さんは、本当に、よく頑張ってこられました。もちろん、主イエスが共におられ、守ってきてくださったことはいうまでもありません。それにしても、皆さんが、キリスト者として生きてこられたことは、すごいことです!
 そんな皆さんに、主イエスは、言われます。
「わたしは、あなたの行いと労苦と忍耐を知っており」(ヨハネの黙示録二章一〜二節)
主は、皆さんの労苦と忍耐を知っていてくださいます。そして、必ず、報いてくださいます。皆さんの労苦は、決して、無駄になることはないのです。


六月二七日、LCMSフロリダ・ジョージア地区議長ゲルハルト・マイケル博士とのNRKの女性教職任職に関する協議

― 両教会の合意への第一歩として ―

事務局長

 第一四回総会において、継続審議となった女性教職の任職については、NRKの母教会である米国ミズーリ・シノッド・ルーテル教会(LCMS)と、このことについてまず協議することが常議員会に付託されましたが、総会終了後直ぐに、米国にてこの件に関する報告を受けたキーシュニックLCMS議長は、粂井教団議長に就任の祝福の挨拶と共に、これについて、まず何より話し合いを行うことを望んでおられる旨のメールを送ってくださり、かつて宣教師として北海道にて宣教されたフロリダ・ジョージア地区議長ゲルハルト・マイケル師が休暇で来日するので、まず同師と会うことを提案してくださいました。
 粂井議長は、早速、キーシュニックLCMS議長にお礼の手紙と共に、何より日本の教会もこのことに関する米国教会と早いうちに協議することを望んでいたことを伝え、感謝をもって同師と面談することを受諾し、六月二七日午後、教団事務局にてスタッフと共に話し合うことになりました。
 マイケル師は、まだ日本語を覚えておられ、また通訳を引き受けてくださった下舘師とは、北海道にて共に働いていた同労者であったこともあって、また同師の温厚で快活な紳士的人柄に、互いに直ぐに打ち解け、非公式ながらも忌憚のない意見交換を行えました。
 その結果、双方の教会が互いの立場の違いを尊重し、よりパートナーシップを深めていくことを望んでいることを確認し、より早い時期に、正式な両教会の協議を行っていくためにマイケル師は、キーシュニック議長に、この日本の意志を伝えることを約束して会合を終えました。今後、この件について、両教会の密な話し合いが進展していける見通しです。(事務局長)


教 団 常 議 員 会 報 告

白井真樹
教団 書記

 前号では第二回常議員会の報告がなされましたが、それ以降、三回の常議員会が開催されました。
 第三回常議員会を教団総会の前日の五月四日に総会の会場である東京晴海のグランドホテルで開催いたしました。この常議員会では、教団総会に向けての最終的な準備と、総会で選出される新しい常議員会に対する引き継ぎ事項の確認を行いました。
 第四回常議員会を五月三〇日に教団会議室で行いました。この常議員会に先立ち、前期常議員と現常議員の引き継ぎが行われました。引き続き、現常議員による審議が行われました。
(一)教団総会の決議に基づき、神学教育委員及び信仰と職制委員の選出を行いました。神学教育委員には、教職委員として旭川教会の宮澤重徳牧師、新発田教会の士反賢一牧師、信徒委員として浦和教会の関純彦氏、東京ルーテルセンター教会の西川知世氏を選出いたしました。信仰と職制委員には、安藤政泰牧師、横浜教会の樫木芳昭牧師、西東京教会の下舘正雄牧師、飯能教会の山本剛史郎氏、大麻教会の吉田達臣牧師を選出いたしました。なお、この両委員会の委員については、教団総会代議員に対する郵便による信任を行い、認証されました。
(二)ルーテル外国語学校の校長代行として、暫定的に安藤政泰牧師に担っていただくことを決めました。
(三)各種委員の選出を行いました。なお、前期設置されていたインターネット伝道推進チームについては、今期はこのチームを設置せず、教会だより編集委員会が教団の広報委員会としての働きを担うことといたしました。また、収益事業委員会及び給与検討委員会については、今期は財務委員会に併合してその役割を担うことといたしました。ディアコニアチームについては、今期どのような活動を行うかを検討した上で決定することといたしました。
(四)学校法人ルーテル学院の理事評議員として大和淳神学院長を、また、同評議員として小樽教会の木村繁雄牧師を、それぞれ推薦することを決めました。
(五)教団事務局職員の松永桂子氏に庶務課長としての働きを担っていただくことといたしました。
(六)休暇で訪日するLCMSのフロリダ・ジョージア地区議長ゲルハルト・マイケル牧師と女性牧師職に関する意見交換を行うことといたしました。これはLCMSのキーシュニック議長の勧めによるものです。
(七)その他、今期常議員会の運営方針などについて話し合われました。

 第五回常議員会を七月三日に教団会議室で行いました。
(一)派遣教職者に対する燃料手当の支給額改定に関する提案がなされていましたが、企業や自治体の全国的な動向と派遣教職者の負担の両方を鑑みた結果、改定をしないことを決めました。
(二)常議員会に対して、執事職にあるものが牧師職に就くための方法に関する質問が出されましたが、教団の職制にかかわることとして、今後さらに検討する必要性を確認いたしました。
(三)教団役員やスタッフが教団公務出張のため主日礼拝を他の教職者にお願いする場合、教団より原則五千円の交通費を支給することといたしました。
(四)一〇月二六日に韓国ルーテル教会の五〇周年記念式典が行われます。当教団より議長、宣教総主事、梁常議員を派遣することといたしました。なお、式典参加のみならず、今後の両教団の交換プログラムや宣教協力の可能性についての協議も行ってまいります。
(五)学校法人聖望学園の教団推薦の理事として六本木教会の大和淳牧師、また同評議員として杉並教会の内藤五郎氏、浦和教会の鈴木素雄牧師、飯能教会の澤田元子氏をそれぞれ推薦することといたしました。
(六)教会だより編集委員の人選を行いました。今期は北海道地区の信徒・教職で構成いたします。
(七)今期常議員会の責任で教団憲法・規則及び諸規定の原本を作成することといたしました。
(八)本年九月一九日に当教団は宣教を開始して六〇周年を迎えます。このため、九月一四日を記念主日として、当日の礼拝で用いる祈祷文を作成することといたしました。なお、教団全体としては記念行事は行いませんが、各地区で計画されている記念行事に可能な限り支援することといたしました。
(九)今期常議員会では、女性牧師職に関するLCMSとの協議の推進と献身者リクルートに特に力を入れることを確認いたしました。(教団書記白井真樹)


 皆さまにご協力いただきました四川省地震およびミャンマー災害の募金を締め切らせていただきました。

募金総額 841,387円 
教会関係 29
学校幼稚園 8
英会話教室 1
 集まりました募金はLCMSワールドリリーフを通じて災害地に送りました。
 ご協力を心より感謝申し上げます。
日本ルーテル教団
議長 粂井 豊


ジョナサン・ブランキ先生博士号学位授与される

斎 藤 衛
神学院院長

 去る五月一六日(金)アメリカ、セントルイスのコンコーディア神学校にて学位授与式があり、敬愛するジョナサン・ブランキ先生は博士号の学位を得られました。
 ブランキ先生は二〇〇四年四月に再び来日されて以来、ルーテル学院大学・日本ルーテル神学校で教鞭をとりながら博士論文の仕上げをされていました。そして二〇〇七年八月三日には提出した論文に対するPhDの学位が正式に認められたのでした。ですから今回はすでに認められた学位を正式に手渡されるという式でした。論文は「ヨハネ福音書における集められた家族像――イエス最期の日から塗油を考察する」としてヨハネ福音書の後半に社会科学的アプローチで迫った力作です。
 思えば、先生は一九八四年VYMとして初めて来日されました。以来、沖縄ルーテル教会での牧会を含め、先生はアメリカで学んではその成果をもって私たちの教団に貢献して下さるという働きをされています。このたびも働きつつ学び論文をまとめられ、今後の神学教育をさらに豊かなものへと導いて下さるでしょう。先生のご努力に敬意と感謝の思いを表します。ご家族が支え、そして主が支えて下さいました。喜びと感謝をもって皆さんにご報告いたします。(斎藤衛)


第三回北海道女性の集い

船津和子
小樽教会会員

 五月一〇日小樽オリーブルーテル教会礼拝堂にて第三回北海道女性の集いが開かれました。札幌中央・大麻・旭川ルーテル教会から
会員の皆さんが参加され、木村繁雄牧師の司式・説教による開会礼拝に続き(「平和への決意」もこの中で確認されました)、各教会の活動紹介や今後の話し合いが持たれました。
 記念撮影後はバスに乗り一同市内観光へ。まず最初に「赤い靴・親子の像」と縁の深い富岡カトリック教会(歴史的建造物指定)の建物を車中より見学し、小樽のお寿司を昼食にいただいてから、像のある小樽運河公園に向かいました。童謡赤い靴のモデルとなった女の子の母とその夫は、女の子のことを生涯思い、熱心なキリスト信者として晩年を小樽で暮らしました。不遇な別離の親子を偲び、また世界中で貧困や飢餓または戦火のもとで難民とされるなど、病気の苦しみや別離の悲しみを抱えた家族の幸せを願って建てられたこの像を(ボタンを押して)「赤い靴」をききながらながめました。
 次は旧日本郵船の中を見学、樺太境界線を決める会議が開かれた部屋などを見てまわりました。再びバスに乗って移動し、国指定史跡の手宮洞窟保存館を訪れ、国内では現在のところフゴッペ洞窟(余市)とここにしか発見されていないという彫刻に見入りました。
 そして最後は手宮公園。桜の花が見ごろを過ぎていたのが残念でしたが、高台から小樽港と町並みの眺めを楽しみました。なかなか普段お会いすることのできない会員の方々と交わる機会が与えられ、神さまの大きな恵みに感謝の一日でした。(小樽教会会員)


主にある交わりの美しさ

大澤まゆみ
札幌中央教会会員

 去る五月一〇日、第三回女性の集いに参加しました。年一回の今年の集まりは小樽教会で行われ、旭川、大麻、小樽、札幌中央から合計二三名の参加でした。まず小樽教会の木村牧師によりデボーションが持たれ、平和の決意朗読とメッセージをいただき、続いて各教会の報告とこれからの女性の集いの開催についてのミーティングの時間を持ち、来年は旭川教会で持つことを決めました。
 昼食は、市内の有名寿司店に移動し、小樽ならではの味に舌鼓を打ち、楽しい談笑の時を持ちました。園児送迎バスに乗って園児になり、市内観光、運河公園の赤い靴の女の子親子像を見て童謡のルーツを知りました。次に手宮洞窟保存館で歴史的壁画を鑑賞したり、一九〇六(明治三九)年に二年かけて建造された旧日本郵船、小樽支店を見学しました。近世ヨーロッパ復興様式で石造りの二階建築は重厚で当時の歴史を物語っていました。設計士は日本人であることにも驚きでした。北海道開拓の拠点都市としてこれらの建造物は、商業、港湾、倉庫業界の都市として十分に物語っていました。海が一望できる高台の公園に登り、春の香り一杯の穏かな風景の中にしばらく浸りました。
 素晴らしい第三回の企画に木村先生はじめ小樽教会の皆さまに心から感謝しつつ帰途につきました。神さまのご栄光を讃えて。(札幌中央教会会員)


関東地区婦人の集い春の例会

福田ゆかり
センター教会会員

 今年の春の例会は浦和ルーテル教会で五月一七日(土)に行われました。
 午前中は鈴木素雄師による「マタイ六章六節 私の天のお父さま」を主題に礼拝をもちました。礼拝の中で新役員の就任式もありました。昼食の後は杉山敦子先生による講演会でした。主題は「おさなごと共に生きて」。先生は昭和三〇年柏市で「みくに幼稚園」を設立。それからは園長、教諭として働かれ、ご自身の子育ての体験も交えてのお話は、とてもほのぼのと、聞いている方も高齢者が多かったせいか、何か納得というものでした。
 子どもは親の思うように育たない、親の行動を見て育つ、子育ては親も成長の時と言われたことが印象的でした。
 北沢忠蔵師による「マタイ五章二〇節、四〇〜四二節 幸せの村、不幸せの村」を主題とした礼拝で会を閉じました。お天気にも恵まれ九三名の出席者と共に楽しい一日を持つことができました。(センター教会会員)


アペルトJW いつくしみ研修会

東海林淑子
浦和教会会員

 五月二四日、NRK関東地区婦人の集いとJELC・W東教区婦人会合同のいつくしみ研修会が東京教会に於いて開かれました。梁煕梅先生より、ルカ一三章一〇〜一七節「キリストに見出されてこそ」と題し、主が見出してくださり、完全に癒してくださったこと、今も、主が働いていてくださることを力強い説教を通して学びました。
 一九九二年にアパッツJとしてスタートしたアジアの主にある姉妹方との学びと交わりが今に引き継がれ、今回は韓国から婦人会会長K・Cho姉、書記M・Jeong姉、台湾から北東アジア地区リージョナルコーディネーターのS・Chen姉をお迎えし、奉仕、教育、宣教等について伺いました。女性が与えられている才能を生かして使えるように女性の働きを助け、差別をなくすこと等に取り組んでいます。一つ一つの教会は小さくても世界中のルーテルの姉妹の一員として共に祈り働いていることを覚えましょう。
 午後は「生きること、育てること、老いること」と題し仲野好重先生の講演がありました。ユーモアを交えながら、私たち女性が担える愛の業について語られました。自分を超えたものの手の中に私たちの命がある、自分も生かされ、他人をも生かす、他者への配慮、あなたも私も生きようというメッセージが人生をしめくくる仕上げの時に、次世代に余すところなく伝えられ、語られる時期だと熱く語られ、時の経つのを忘れる程でした。(浦和教会会員)


キリスト教、ここが知りたい13

『 献 金 』

Q 私は受洗して間もない者ですが、献金というものがよくわかりません。教会を運営していくためにお金は必要でしょうが、どれぐらい献金したらよいのでしょうか。
A 収入の一〇分の一です。
Q えっ?
A びっくりさせてすみません。献金の本来の意味を旧約聖書からお話ししましょう。レビ記二七章三〇節に「地のすべての産物、家畜の産物の一〇分の一は主のものである」とあります。イスラエルの民はあらゆる収入の一〇分の一を神にささげました。正確にいうと「主にお返しした」ということです。それはもともと神のものだからです。
Q 私は旧約でなく新約に生きていますが、旧約の論理が新約にもあてはまるのでしょうか?
A 神は旧約の神も新約の神も同じ神です。収入の一〇分の一が神のものであることには変わりありません。もし違いがあるとすれば、旧約は「律法の義務」として果たさなければならなかったものですが、新約においては律法としての義務はありません。その代わり神への感謝としてのささげものとなります。つまり、教会の運営費以前に、その人の神への感謝の心が献金の本質です。
Q では収入の一〇分の一でなくてもよいのですか?
A もちろんです。一〇分の一という制約はありません。それでも私は収入の一〇分の一を神にお返しして、その上感謝の献金もしています。
Q それはまたどうしてですか?経済的に困りませんか?
A 実は私はマラキ書三章一〇節の神の約束を試しているのです。そこには「一〇分の一をわたしの倉に納めてみよ。わたしは天の窓を開いて祝福を限りなく注ぐ。試してみよ。」とあります。
Q 結果はどうでしたか?
A まさしくその通りになりました。一〇分の一を神にお返しして以来経済的に困ったことは一度もありません。
Q それって神との取り引きじゃありません?それに一〇分の一でないと祝福は受けられないのですか?
A これは私が神に持ちかけたのでなく、神がそうしてみよ、とおっしゃったのでそうしたまでです。一〇分の一以下の場合はどうかということについては私はわかりません。
パウロは第二コリント九章六節、七節で「豊かに蒔く者は豊かに刈り取る」「神は喜んで与える人を愛してくださいます」と献金の勧めのところで記しています。すべてはあなたの信仰から出ることです。マルコ一二章四一節〜四四節で、イエスさまは一〇分の一〇をささげた貧しいやもめの献金をごらんになっていました。それは神への愛と信頼から出たものであると私は思います。「律法の義務」でなかったことは確かです。(mo)


平 和 へ の 決 意

吉田達臣

マタイによる福音書の、クリスマスの物語の中に、ヘロデ王がベツレヘムの二歳以下の男の子を皆殺しにするという話が出てきます。このヘロデ王は本当にひどい人間であると思います。自分は罪人だと思いながらも、このヘロデ王ほどはひどくないと、どこかで思っているかもしれません。しかし、もし自分が何をしても、誰からも文句を言われない、そんな立場に立ったら、自分をコントロールすることができるでしょうか。家庭、職場、友人の間など、自分の周りの小さな王国で、私たちは小さなヘロデ王になっているのかもしれません。ダビデ、ソロモンといった王様も含め、自分が強い立場に立ったとき、人は傲慢になることを避けることができないことを聖書は教えています。人ばかりではなく、国も同じで、聖書の中だけでも、エジプト、アッシリア、バビロン、ペルシャ、ギリシャ、ローマ、さまざまな国が一度は栄光を極めながら、栄枯盛衰の道をたどっていきます。
日本の軍事化をすすめる人たちの思いの中に、日本は先進国であり、経済的な力、技術的な力もあり、強い仲間もいるという思いがあるのではないでしょうか。日本のみならず、そのおごりが人類の歴史の中で多くの人の命を奪ってきたのだと思いますし、その危うさはこれからも続きます。
キリスト者は、小さなものからの視点を失ってはいけません。イエス様は神の身分でありながら、それに固執することなく仕えるものの姿になっていきます。父に願えば、十二軍団以上の天使を送ってくださるといいながら、「剣を取るものは皆、剣で滅びる」といって、武器を捨てられます。教会はこのイエス様に従う群れです。
イエス様に従うものとして、このたびの教団総会で、「平和への決意」を表明することが決議されました。日本ルーテル教団が地の塩、世の光としての働きを全うしていきたいと思います。


私 を 変 え た 出 会 い

「クリスチャンの友の一言」@

丹 保 篤
新潟教会会員

 私は高校生の頃、小学館発行のワンダーランドというオカルト雑誌を愛読していました。内容は幽霊とかUFOなどの怪しげな噂話でしたが、その中にある宗教団体の教祖の連載記事があり、私はその記事に惹かれていました。当時はそれがオーム真理教のようなカルト宗教だとは気づきませんでしたが、現代の社会を壊し、新しい社会を作ろうと若者に革命を呼びかけるものでした。そしてそのために軍事クーデターを計画し、また一方でオカルト的な魔術を使うという二つの方向性を持っていました。
 私は小学生の頃から無気力で将来に夢もなく、中学生になっても漠然とながら死ぬことを考えるような子どもでした。そういう中でこのカルト宗教の革命路線に魅力を覚え、人生の目的を見つけたような気がしたのです。そして時々東京に行き、その雑誌の編集長やライター達と話すようになり、あの教祖とも会うようになりました。こうして二○歳の時家を出て東京に行き、その宗教団体の熱狂的信者になりました。
 ある日教祖が「九四年に東京に大地震が来る」と予言し、「それに乗じて国会を占拠しクーデターを起こすのだ」と言うのです。今考えれば馬鹿げた話なのですが、当時二百人位いた私たち信者は静岡に引き移り、自分たちに新しい世界が来ると信じて疑わなかったのでした。静岡ではクーデターに向けた軍事訓練を受けました。真夜中にコンパス頼りの歩行訓練や、二○キロの砂袋を背負って二○キロ歩くなどの訓練でした。当時教祖は「地震によって死ぬのは魂のない愚かな人間なのだ」と説いており、一方洗脳された私は、真面目に生きている人々を破壊し憂さを晴らしたいという、犯罪者のような心理状態になっていたのだと思います。地震発生予言の前日、取材に来たテレビ局のレポーターが私に「なぜ地震が来れば良いと思うのですか」と質問したとき、私は「たくさんの人が死ぬからです」と答えました。この取材は関東方面で放映され、私の返答も反響を呼びましたので、私は世間を騒がせたことで少し得意になっていました。勿論地震は起こりませんでした。
 その後教祖は路線を変更し、金儲けに走りました。「幸せになれる」「ギャンブルに勝つ」「恋人ができる」などというパワーストーンを売ったのです。原価数百円の石に教祖が念を込めたというだけで、何万円という値段をつけて売り短日時で月一億円もの収入を上げました。私は広報担当として色々な雑誌に宣伝を載せ、効くわけのない石を売る詐欺の片棒を担ぎ、そして今度は私がその石を作ることになりました。教祖は電話口で「力を込めて石を作れ」と私に命じ、私が「はい」と言うと「お前は出来ている、うん力がこもっている」と言うのです。しかしそのような教祖の言動をだんだん信じることが出来なくなり、逃げるようにして脱会し東京に戻りました。二四歳でした。(新潟教会会員)


教  会  紹  介

セントポール・インターナショナルルーテル教会

The Boundary Breaking Christ

P.ハウスクネヒト牧師

境界を破るキリスト(文化、民族、宗教、政治等のboundaryを取り壊すキリスト エペソ二章一四節)
 東京にあるセントポール・インターナショナルルーテル教会は、今から四三年程前に、特に宣教師の家族たちが英語で礼拝を通し、また学ぶ機会を持つことで信仰を養うことができるようにと、福音のコングリゲーション(会衆)としての活動を始めました。その後、日本が繁栄し、特にアメリカやヨーロッパからビジネスで多くの人が東京に集まるようになると、一九八〇年代後半までには会員は数百人にもなりました。
 しかし、景気の後退と、外国人人口の推移のために一九九〇年代から新しい世紀に移るまでに会員は減少しました。また教会は牧師不在の期間が二年ほどありました。信仰の篤い教会員が中心となって宣教を続ける中でも(彼らの奉仕を神に感謝いたしながら)礼拝参加者は減少し続けました。
 この一年間セントポールの短期牧師としての働きを委ねられてきた者として、今が教会の将来、特に置かれている立場を評価する時期ではないかと思います。外国人人口は変化し続けています。例えば、教会は特に宣教師の支援に頼りながら建てられましたが、今日では教会に宣教師は一人もおりません。セントポールはルーテル教会ミズーリシノッド(LCMS)とアメリカ福音ルーテル教会(ELCA)から財政的支援を受けていたことがありましたが、過去数年はありません。以前はLCMSとELCAから招聘プロセスの援助を受けてそれぞれの教会から交代の形で牧師が送られていました。しかし、今後はセントポールに属している人たちで日本で奉仕する意思と資格を有する牧師を探し出していく必要性があるのではないかと思います。また過去にはアメリカやヨーロッパからの駐在の人たちが会員の大多数を占めていましたが、今日では、礼拝、信仰を習うこと、交わり、奉仕の活動をしている人々は世界中から構成されています。日曜日の礼拝には長期滞在、観光の人も含め東アジア、南アジア、東南アジア、ヨーロッパ、アフリカ、ラテンアメリカ、北アメリカからの人々が出席しています。例を挙げると、以前は日本語学校はアメリカやヨーロッパからの人が多く占めていましたが、今日ではアジアやアフリカからの人で占められています。
 過去にセントポールは、多様な善意のプロジェクトが盛んでしたが、やがてそれが静まっていました。しかし、今日再びキリストの愛を持って、またキリストの僕として、地域に出て行こうと求めています。これはクリスチャンとしての信仰に生きる新しい若い人たちのおかげです。
 このいろいろな変化は何を意味しているのでしょうか。これはセントポールの使命と宣教にどの様な影響があるのでしょうか。初めからセントポールの使命として共通項が三つあります。英語での宣教、東京周辺在住の人への宣教、そして一番の基本であるキリストの信仰を持っての宣教です。これからもセントポールはこの使命を担い続けるのでしょうか。それとも教会は新しい方法で(日本の駐在のコミュニティーを超えて)宣教を変えるべきでしょうか。日本語や他の言語、他文化をもっている人々へ宣教の幅を広げるのでしょうか。
 私は、キリストは私たちの自己中心的な生活の境界線を越えて赦しの恵みと神の愛を分かちあうために私たちを招いておられると信じています。イエス・キリストは「境界を取り壊すキリスト」(神学者小山晃佑師の言葉)で私たち独自の文化、社会的地位、神学的背景、経済的な目標という境界を廃棄して私たちを新しい世界へと招き、神を礼拝するために集めているのです。人の子イエス・キリストなる神は、私たちを宣教の上で指導者的な役割を担うことができる新しい教会のあり方を見つけるようにセントポールを招いているのかもしれません。たとえそれが短期間であってでもです。または新たな地域の人への証と奉仕ができるように新しい環境へとセントポールを招いておられるのかもしれません。
 セントポールの宣教(in and through)は、(容易なことではなく、一つのたいへんな)仕事であります。礼拝に参加するため、learning(学び)や交わりのためにある人々は片道二時間かけて喜んで来ます。どのようにして私たちは時間や距離という境界を通してお互いを支え励ましあうことができるでしょうか。
 これらは私の考えや祈りを占めているもののうちのいくつかです。私たちが「境界を取り壊すキリスト」にもっと深く信頼して、神の愛によるキリストの救いがセントポールの宣教の上に示されるように祈ってください。ぜひセントポール教会がキリストの指し示す先で愛を持った証と奉仕へと私たちを導く聖霊の呼びかけを心に留めることができるように、私と一緒に祈っていただければと願うものです。(P.ハウスクネヒト牧師)


二〇〇八年度VYM紹介

 六月一五日から二六日までコンコーディア大学セントポール校(ミネソタ州)でLCMSの宣教師オリエンテーションが行われ、日本だけでなく他の地域に派遣される信徒宣教師が集まりました。アメリカでのオリエンテーションは二週間弱と短いのですが宣教師として備える大切な期間です。来日する宣教師は秋からの約半年間、語学研修等を経て来年四月より教会に派遣され奉仕をすることになります。  さて、ここに今秋来日予定のVYM宣教師三名を紹介いたします。どうぞこの三名を皆さまのお祈りに覚えていただけますようお願いいたします。

Matthew Hass
マシュー・ハス
二三歳
カンザス州出身
コンコーディア大学ブロンクスビル校(ニューヨーク州)卒業
 昨年ルーテル学院大学に交換留学生として勉強経験があり、日本に戻ってくるのを楽しみにしている。
 趣味はギター、作曲、ハイキングなどのアウトドア。

Justin Kumfer
ジャスティン・カンファー
二三歳
インディアナ州出身
コンコーディア大学メクオン校(ウィスコンシン州)卒業
 趣味は絵を描くこと、音楽・映画鑑賞など。

Kim Sherwin
キム・シャーウィン
二二歳
ウィスコンシン州出身
ウィスコンシン大学スティーブンスポイント校(ウィスコンシン州)卒業
 趣味は読書、絵を描くこと、ハンドクラフト、サッカー、バレーボールなど。
 二〇〇六年夏に来日経験があり、日本に来るのを楽しみにしている。


教会だよりカフェ


●センター教会

キッズ・デイ開催
 「わたしはすべての人にわが霊を注ぐ」ヨエル書三章一節
 六月一四日(土)、「聖霊の雨ふり」というテーマでキッズデイを開催しました。梅雨のシーズンを楽しく乗り切るために、聖霊が注がれるうれしさをイメージして、雨降りにまつわる工作やゲームを用意しました。すると当日は快晴。雨は吹き飛びましたが、聖霊は確実に集まった子どもたちの心に降って下さったと信じます。ビニール傘から落ちるしずくを使ってアクセサリーを作ったり、歌ってゲームして過ごしました。ひときわ大きな声で ♪ありがとう、神さまありがとう。♪ をみんなで歌い、恵まれました。(牧師 斎藤衛)


●札幌中央教会

六月八日、粂井顕さんの堅信式と、長男温君の幼児洗礼が粂井牧師の司式のもと行われました。
 六月二九日、かつて北海道の伝道のため、お働きくださったポール・ストレギー宣教師のご一家(七名)が、何十年ぶりかで、北海道をお訪ね下さり、中央教会の主日礼拝と歓迎昼食会を共にしていただきました。
 同じ時代を過された、幾人かの懐かしい方々の参加もいただいて、いっそうの恵みのひとときでした。
 二つの、主に祝された豊かな礼拝を持てましたことは、大きな喜びと感謝の六月でした。(教会会員 小川洋子)


●浦和教会

教会祭
 浦和ルーテル教会では毎年六月の第一日曜日に「教会祭」を行ないます。特徴は第一部の礼拝で、教会学校と大人の主日礼拝をいっしょにして、教会学校の生徒と保護者も礼拝に出席してもらいます。今年も大人と子ども合わせて一三〇名ほどになりました。
礼拝の形式はピアノ、ギター、ベース、ドラムなどを用いた讃美を主にした礼拝です。初めての人も多くいますので伝道礼拝も兼ねています。大きな声と手拍子で主を讃美する子どもたちの姿が印象的です。アンプのボリュームを上げ、ドラムも強く叩くのですがそれでも楽器の音が負けそうでした。
 第二部のバザー、模擬店にはさらに参加者が増え、教会の庭が参加者であふれます。
模擬店では中、高生にも手伝ってもらいます。汗を流して一所懸命手伝ってくれます。
やきそば、ソーセージ、カレー、かき氷、水ようよう、ゲームコーナー、清涼飲料販売などお祭りや縁日の屋台のようです。
 「お祭り」を神社・仏閣だけでなく教会でもすることができます。できるだけ多くの人に教会に親しんでもらうことが目的です。この一日だけ天候に恵まれたことを主に感謝しました。(牧師鈴木素雄)


●沖縄教会

 今年になって、新しく洗礼の恵みを受け、兄弟姉妹に加えられた子どもたちがたくさん与えられました。復活祭には、平良愛海ちゃん(一歳)、平良快人くん(一ヶ月)、四月二七日には、ライアン・ウースター君(五歳)、アレィラ・ウースターちゃん(三歳)、ジョゼッテ・カイジャゲイちゃん(一ヶ月)です。
 また五月にはジャン・アイク兄、ケイド・ワイス兄、マリリン・ジョ・ワイス姉、ジェイムス・ボドヴァン兄、カオル・ボドヴァン姉、カイル・セィヤズ兄が堅信式を行ないました。
 六月七日には、中国の大地震とミャンマーの水害被害者の支援のため、教会でフリーマーケットを行い、六万二六五五円をささげることができました。神さまの恵みに感謝いたします。(牧師 マイケル・ニアフッド)


●竹の塚教会

特別講演「認知症にどう向き合うか」
 六月二九日(日)午後一時半、長谷川和夫先生(認知症研究の第一人者)をお招きして、特別講演が開催されました。当日は雨天。開始前には空席ばかりだった会堂も、会が始まる頃にはほぼ満席。五十余名が会堂に集まり主の恵みに満ちた会となったのです。
 認知症の取り組みの中で大切なことの一つとして「安心感を与えること」だそうです。これは認知症の取り組みだけに限ったことではありません。安心感―安らぎ―が与えられることを誰もが求めているのではないでしょうか。
 確かに、信仰生活を歩む者にとっても老いや病と無縁ではありません。それらを考えますと、なんだが暗くなってきます。しかし、見失ってはいけないことは、教会には安らぎの招きがあるということです。
 主イエスはこう言わました。
「わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしの軛を負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。」(マタイ一一章二九節)
 安らぎを得るには、実に主のみ心を学ぶことから始まるのです。実は、長谷川先生ご自身が、はじめて教会の門をくぐったときに、静かに迎え入れられて安らぎが与えられ今日に至っておられることをお証ししてくださいました。わたしたちの教会にも同じことが言えるのです。(執事 山口卓也)

ビーチ・クリーニング
 梅雨のさなかの七月五日(土)、片瀬江ノ島海岸で、第三回ビーチ・クリーニングが行われました。このイベントは、竹の塚教会VYMのベッキー先生、キャシー先生が毎月企画するもののひとつです。今年は二十名ものボランティアが集まり、海岸の掃除をしました。時折薄日が差す中、心地よい波の音を聞きながらの活動は、私たちの日ごろの疲れを癒してくれるようでした。
 ビーチ・クリーニングの終了後は、海沿いのイタリアン・レストランでゆっくりと昼食をとり、そのあとは江ノ島を思い思いに観光しました。
今回は英会話教室の生徒さんや、他の教会からの出席者もいらして、良い交流の場ともなりました。楽しく、またすてきなこの一日を与えられましたことを、神さまに感謝いたします。(教会会員 山本美由紀)


●六本木教会  

七月一三日(日)櫻井湧君(櫻井歓・啓子夫妻 次男 二〇〇八年四月五日生)の洗礼式を行いました。(代表役員山口益宏)


お願い
各教会で夏に行なわれたキャンプや野外礼拝などの模様を十月号で紹介したいと考えています。ぜひ報告をお寄せください。九月一〇日頃までにお願いします。


編 集 後 記

《編集後記並びにご挨拶》
 今期は、北海道地区の信徒及び教職で教会だよりの編集委員を構成することとなりました。今号は、新しい編集委員による初めての発行となります。
 委員の全員がはじめての経験でわからないことばかりですが、今まで読者として教会だよりに対して抱いてきた素朴な思いを大切にして、この働きを担っていきたいと願っています。
 「教会だより」の誌面を豊かにするためには、読者のみなさんのご協力が必要であることは言うまでもありません。信仰や教会生活に関する思いや経験、各地域教会の行事や会員異動に関する報告など、みなさんからのたくさんの投稿をお待ちしております。
 教団の公の機関誌としての「教会だより」の役割も少しでも果たすことができるように努めてまいります。教団総会で決められた事柄や教団常議員会が取り組んでいる内容など、各地域教会のみなさんと情報を共有できるような誌面づくりを心がけます。一方的な情報の伝達ではなく、対話的な誌面とするため、教団の動きについて、みなさんからの質問や建設的な意見もぜひお寄せください。
 なお、投稿の掲載の採否については、編集委員会で決定させていただきますことをご了承ください。また、投稿字数は一〇〇〇文字以内となっております。各地域教会の行事の報告などは、写真も添付してくださいますと、より見やすい誌面になり助かります。
 編集委員一同、力なき者です。みなさんのお祈りとお力添えをどうかよろしくお願いいたします。
 なお、次号は、「宣教開始六〇周年記念特集号」として、みなさんにお届けできるよう準備しています。

編集委員 白井真樹、榎本薫、矢澤喜代美、木村繁雄、宮ア篤、宮澤重徳、吉田達臣


教会だより 522号 定価60円

2008年8月10日 
■発行者 日本ルーテル教団
〒102-0071 東京都千代田区富士見1-2-32 Tel 03-3261-5266 Fax 03-3262-7759
教会だより編集委員 白井真樹(委員長) 榎本 薫 矢澤喜代美 木村繁雄 宮ア 篤 宮澤重徳 吉田達臣 下枡幸枝
■Eメールアドレス dayori@jlc.or.jp 
■日本ルーテル教団ホームページ http://www.jlc.or.jp/