2009年11月17日
大事な問題で、こんな算数の「ミス」があっていいものなのか。そう思った方も多いだろう。
麻生政権の時のこと。民主党が提唱するように温室効果ガス排出を2020年までに1990年比で25%削減すると、1世帯あたりの家計負担が年間「36万円」になる。そんな反論を、政府関係者から何度も聞かされた。
ところが、である。鳩山政権は25%削減を公約とし、専門家会合を設置して2020年の排出量削減(中期目標)が及ぼす経済的影響の検証に着手した。すると、その過程で、増加する家計負担は実は年間「36万円」ではなくて、「22万円」であることがわかった。
「36万円」は、「可処分所得が22万円減る」という見積もりと、「光熱費が14万円上がる」という見積もりを単純に足し合わせた金額だった。だが、この「22万円減」は光熱費負担の「14万円増」をすでに織り込んでいる。したがって、22万円に14万円を足すと、光熱費を2回も勘定に入れることになる。にもかかわらず、堂々と「36万円」と言ってのけた。
「36万円」を根拠に、25%削減なんて非現実的と喧伝した「専門家」がどれだけいたことか。「36万円」を鵜呑みにして、25%減という中期目標を批判した「専門家」には、大いにその不明を恥じてもらいたい。
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麻生政権の時の見積もりでは他にも、こんなカラクリだったんだ、というのが明らかになってきた。
麻生政権で中期目標を決める際、有識者からなる「中期目標検討委員会」がつくられた。20年時点の温室効果ガス排出削減によって、どのような経済的影響が出るかなどを分析した。当然ながら将来推計は、推計の前提となる条件によって大きく結果が変わってくるのだが、麻生政権での前提条件には、次のようなものが入っていた。
・05年が1億1272万トンの粗鋼生産量は、20年時点で1億1966万トンに伸びるものとする。
・05年が5704億トンキロの貨物輸送量は、20年時点で6112億トンキロに膨らむと想定する。
・05年が7393万トンのセメント生産量は、20年時点でも6699万トンを見込む。
この推計にかかわった専門家によると、想定された社会経済の前提は、要するに、従来のトレンドの延長であった。麻生氏は今年1月の施政方針演説で、次のように強調した。「地球温暖化問題の解決は、今を生きる我々の責任です。同時に、環境問題への取り組みは、新たな需要と雇用を生み出す種でもあります。成長と両立する低炭素社会、循環型社会を実現します」。だが、この将来推計の前提を見る限り、新たな需要と雇用を生み出す可能性がある低炭素社会への移行にはあまり本気ではなかったようだ。
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逆に言うと、25%削減という目標を達成するには、低炭素社会へ移行していく決断とビジョン、そして行程を明確にする必要があるということだ。温室効果ガスの排出削減を、単に負担増か否かの観点から論議されるのでは極めて不十分で全体像を見失いかねない。どういう社会、産業、ライフスタイルを構築していくかに目配りした戦略が欠かせない、ということだ。
鳩山政権のもとで、経済的評価をやり直している専門家の中には、次のような思いがある。
・25%削減で、22万円の可処分所得の減少という数字が一人歩きしがち。
・しかも、現在より所得が減るようなイメージを与えがち。
・だが実際には経済成長へのアクセルを緩める、あるいは成長のあり方を変えていくことを意味する。
・そうした変化のなかで、現状と比較して豊かになることを示すことが重要である。
具体例を思い浮かべてみよう。地産地消を広めていけば、地域産業の振興になるうえ、貨物輸送量を減らすことにもつながる。荷物運送では中長距離でのエコカーの導入、近距離での自転車とリヤカーの活用などを進めれば、低炭素型の運送業に変身して行けるだろう。
旧来型のハコモノ公共事業ではなく、福祉経済社会、資源循環型社会への投資を増やしていけば、粗鋼生産量やセメント生産量がもっと減っても豊かさを追求できる発展モデルが見えてくるだろう。高速道路脇に太陽光発電パネルを張りめぐらせて、プラグイン型ハイブリッド車、電気自動車の充電に使えるようにすれば、エコカー社会づくりの後押しになるに違いない。
低率の炭素税を導入し、その税収を温暖化対策に還流すれば、低炭素社会への移行による新たな経済成長や、所得の伸び率の回復につなげることも可能になる――時に夜を徹して経済的評価のやり直しに勤しむ専門家の一人は、そう考えている。
鳩山政権が、どのような将来ビジョンを出すのか。多くの国民がその内容に納得し、25%削減の目標達成に参加していきたいと意欲がわくようなビジョンをぜひ、示してもらいたい。
朝日新聞論説委員。外報部・科学部・経済部記者、ワシントン特派員、ブリュッセル支局長などをへて、2000年より現職。
1980年に東京大学文学部英米文学科卒。1984−85年に米ジョージタウン大学MSFSフェロー。2007年に大阪大学より博士号(国際公共政策)取得。
主な著書は、『核解体』(岩波新書、1995年)、『証言 核抑止の世紀』(朝日選書、2000年)、『「人間の安全保障」戦略』(岩波書店、2004年)、『核のアメリカ―トルーマンからオバマまで』(岩波書店、2009年)。編書は、『核を追う』(朝日新聞社、2005年)。