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迷いを抱えたまま、全てを受け入れてしまおうとする少年。

それが生きるための処世術だった。

けれど、彼の胸に投げ入れられたその一粒の小石は。

水面に広がる波紋の如く、今彼の心を乱していた。














 新世紀EVANGELION −once more again−

 05話  欲しかった、言葉

 ほしかった、ことば













「碇司令のいぬ間に第四の使徒襲来。 意外と早かったわね」




ネルフ本部発令所。

葛城ミサトは、大型モニターに映し出される新たな使徒を見据えてそう呟いた。

第三使徒サキエルが二足歩行の人型という極めて人に近い形状だったのに比べ。

この第四使徒はエイやイカを思わす平べったい形状をしている。

飛行を続ける使徒は、国連軍が行うミサイル攻撃を完全に無視して一直線にNERVへと侵攻している。

ATフィールド。

この力の前には、やはり通常の攻撃は意味をもたない。




「前は15年のブランク。 今回はたったの3週間ですからね」

「こっちの都合はお構いなしか。 女性に嫌われるタイプね」




部下の日向と、そんな話をするミサト。

その彼女に、オペレータの青葉が報告する。




「委員会から、エヴァンゲリオンの出動要請が来ています」

「うるさい奴らね。 言われなくても、出動させるわよ」




それこそが自分の仕事なのだからと。

ミサトは胸中で密かにつけ加えた。




「シンジ君とレイは?」

「現在、渚護衛官の車に同乗してジオフロント内部に移動中。 あと10分以内にエヴァに搭乗可能です」

「そう。 ありがと」




オペレータの紅一点。

息吹マヤの言葉に応じながら、ミサトは有効な戦略を頭の中で確認した。

前回のような、奇跡や偶然を待つわけにはいかないのだ。







渚シンイチが運転する車の助手席に座り。

碇シンジは窓の外に見えるジオフロントをただ眺めていた。




車に乗る前、シンイチに免許の有無を訪ねると、NERVの特権だと返された。

容姿から見た彼の年齢は、自分とそう離れていない。

その年齢で護衛役という職務につく少年。

そしてその少年に特権を与えてまで、チルドレンの護衛などを任せる組織。

つくづくネルフというのは、シンジの理解を超えている。




車の後部座席に座るのは綾波レイ。

学校を出てから一言も話さない彼女の表情は、今も能面のように感情を表さない。

ただ静かに、到着の時を待つ少女。

運行用のジオフロント直通カートレイン。

車ごと運ばれるレールの上で、目的の地に着くのを待つだけ。




運転席についた、バイザーで顔を覆った少年。

渚シンイチは前を向いたまま、シンジに声をかける。




「いけそうかな?」

「…え?」




何のことかわからず、聞き返すシンジ。

指で自分のバイザーを軽くこついて見せるシンイチを見てようやく、それが殴られた頬のことだと分かる。




学校での出来事。

殴られた痛みよりも、殴られた事自体が衝撃だった。

睨みつけるトウジの怒りにもえた目。

どこまでもまっすぐな、あの目が頭から離れない。




「まだ痛むようなら、処置するけど?」

「いえ……大丈夫です」




見られたくないと、顔をそらすシンジ。

シートに背をもたれかけ、シンイチはこう続けた。




「殴られたこと。 シンジ君は納得してるのかな?」

「妹が、けがをしたって…ぼくが、ビルを壊しちゃったから」




だから、しょうがないというのだろう。

俯くシンジに、シンイチは淡々と言葉をかける。




「あの時。 初号機に搭乗したのが訓練を受けたパイロットだとしても。 結果は同じだったと思う」

「責められるとしたら、避難が完全でなかったネルフや戦略自衛隊だ」

「君はあの時、君ができることをしたと思うよ」




シンイチの言葉は、体裁のいい励ましでも。

責めるような叱咤でもなかった。

シンジは彼の言葉に、不思議と肩の荷が軽くなった気さえして。

―――だからだろうか。

他人と距離をとり続ける彼からは、考えられない言葉を口にした。




「…ぼくは、どうしたらよかったんですか?」




答えを求める、追いつめられた瞳。

自責の念にかられた少年。

まっすぐに向き直ったシンイチに、シンジは右の手を強く握りしめながら。




「あの時。 後悔しないために、エヴァに乗りました。それがぼくにできる、一番良い選択なんだって、思って…」

「でも、結局こんなふうになって」

「……ぼくは、どうしたらよかったんですか」




それはシンジの、内に秘め続ける痛みの言葉。

それを正面から受け止め、そしてただ一言。

シンイチはこう応じた。




「神様にだってわからないと思うよ…答えなんて、ね」

「…そう、ですよね…」




…期待は外れだったと、シンジは肩を落とした。

当然か。

それがわかるなら、誰だって他人を傷つけず、傷つけられることもなく、上手に生きていけるだろう。

俯いたシンジから、カートレインの闇しか見えない正面へと顔を向けて。

渚シンイチは最後にこう告げた。




「だからみんな探すんだ」







エントリープラグ。

LCLの満たされた中で目をつぶり、指示を待つシンジ。

その耳に、仕事場での緊張感をもつ、ミサトの声が届いた。




『 シンジ君。 出撃、いいわね? 』




ここでもし、嫌だと言ったって―――どうせ乗せるんでしょ?ぼくを


そう思った。




だから、口にも出さない。

心を、もっと深い場所に閉じこめてしまえばいい。

言われたとおりに動けばいい。

今までだって、そうやってきたのだから。

そうすれば、辛くないはずだから。




『 ――シンジ君? 』




返事がないのを奇妙に思ったのだろう。

声をかけなおしてくるミサトに、俯いていた顔をあげシンジは応じた。




「…はい」

『 よくって? ATフィールドの展開と同時にパレットライフルの一斉射 』

『 練習通り、目標をセンターから逃がさないでね 』




ミサトにかわり作戦の説明を続けるリツコ。

彼女の言葉は、今のシンジには届いていなかった。







第四使徒と一定の距離をとり、本部から射出されるエヴァンゲリオン初号機。

ビル正面の全面シャッターが開き、地上へとその雄志を現す。

濃紺の鬼神―――神に挑み、屠らんとする異形の存在。

手にするのは大型のライフル銃。

この半月、訓練を続けてきた兵器。




ATフィールドを展開、敵のそれを中和してパレットライフルでの一斉射撃。

それが与えられた作戦。

上手くいく。

自分は何も考えず、言われたことだけをこなせばいい。




『 作戦通り。 いいわね、シンジ君 』




ミサトの命令も、少年の意識には届かない。

シンジの目には、前回と同じよう使徒の姿しか映っていなかった。

その意識も当然、目前の使徒にだけ集中される。

自然と、握る制御装置に力がこめられた。




「目標をセンターに入れて、スイッチ。 目標をセンターに入れて、スイッチ」

「目標をセンターに入れて、スイッチ。 目標をセンターに入れて、スイッチ」

「目標をセンターに入れて、スイッチ。 目標をセンターに入れて、スイッチ」




自然と繰り返す同じ言葉。

幾度となく繰り返した、その機械じみた単語。

思わず口から出たそれがひきがねとなり。

シンジに指を握らせていた。







あまりに唐突すぎた初号機の発砲。

彼女の指示を待たず攻撃を開始したシンジに、ミサトは我が目を疑う。

どうしてと。

胸中でその言葉が繰り返される。

だがそんなことは今思ってももう遅い。




「馬鹿、煙幕で前が見えないっ!」




舌打ちさえするミサトの言葉は、シンジの耳に届いていなかった。

見えないことの怖さを―――少年は知らない。







フルオートで吐き出される劣化ウラン弾。

パレットライフルの弾倉全てを放ち終えて、そこでようやく、自分が発砲した事を碇シンジは認識した。

訓練通り、使徒を真ん中に入れてトリガーを引いたはずだ。

なら訓練通り、使徒を倒せたはずだ。




それなのに―― 今、使徒の姿は煙に包まれて見えない。

考慮されなかった訓練と実戦の違い。

それがシンジの恐怖心をよりいっそう煽る。

訓練通りにやった事に対しての、訓練と違う結果。

そのことがシンジに不安と、理不尽な怒りさえ覚えさせた。







硝煙を切り裂くのは、光。

それが何かを認識する前に、シンジの中の恐怖が初号機を後退させていた。




胸の前で盾にしたライフルが、その光で輪切りにされる。

硝煙の幕を切り裂いたのは、使徒の両腕部と言うべき光の鞭。




使徒の身体に、ダメージらしい傷は見られない。

無傷。

使徒、健在。

そのことに、シンジは押さえ込んでいた恐怖を爆発させた。




『 おちついて、シンジ君! 』

『 予備のライフルを出すわ、受け取って! 』




ミサトの指示も耳に入りはしない。

心には届かない。







傍の兵曹ビルのロックボルトが外れ、覆うカバーが解除。

新しいライフルが中に納められている。

肝心の初号機は、動かない。

否、動けない。

蛇に睨まれた蛙の如く、その場で硬直している。




滑るよう、そのサイズからは予想できない軽快な動きで初号機との間合いを詰める使徒。

その光の鞭が、消えた。

正確には、エヴァのサポートを受けた人の目でも捉えられない速度で振るわれた。




激痛

身体を襲う衝撃に悲鳴をあげる。




左右の鞭は休む間もなく初号機をうちつけ、責め立て続ける。

はじけとぶ装甲。

初号機の至る箇所に深い裂傷がはしる。

完全に脚を止め、両腕を盾にして身を守ることしかしない初号機には、打開することなどできない。




うち続けられ、ガードの崩れた隙をついて。

初号機を打ちのめし、周辺のビルごと粉砕する衝撃のごとき一撃。

エヴァの巨体が宙を舞う。

後方のビル街に叩きつけられた初号機は、そのまま動けなかった。

幸い、ATフィールドのおかげで大事に至らない。

本当の意味で、問題なのは―――




プラグ内、内部電源に切り替わったことを示す逆計算式のデジタル時計。

5分から始まるそれは、着実に時間を失っていく。




外部電源ケーブルの切断。

それはエヴァにとって、電力を補えなくなることと同意。




そして、使徒の前で動きを止めると言うことは。

すなわち、エヴァの敗北。

―――人類の終わりを意味する。







『 エヴァ、内蔵電源に切り替わりました 』

『 活動限界まで、あと4分53秒 』




発令所でも、初号機の内部電源を示す逆算式大時計が点灯した。

予測していなかった状態。

予測しなければいけなかった状況。

ミサトは打開案を打ち出そうするが、訓練不足のシンジに実行できることは限られていた。




通用しなかったパレットライフル。

切断されたアンビリカルケーブル。

そして、勝手に動いたシンジ。

爪をかむミサトの目の前で、彼の操る初号機の足が鞭にからめとられた。







初号機の巨体が、無造作にもちあげられた。

躊躇わず、そのまま落とされる。

市街地へと急加速で叩きつけられた初号機とシンクロするシンジは、その一撃で意識を失いつつあった。





何も考えられない。

浮游感。

再び全身を走り抜ける衝撃と激痛、嘔吐感。

目玉が飛び出そうになる。

LCLが全身から酸素を取り込んでくれなければ、今頃呼吸すら満足にできなかっただろう。

うつろなシンジの瞳に、迫る高層ビルがうつされた。




右に、左に、手当たり次第。

抵抗できない初号機を振り回し、市街の至る場所に叩きつける第四使徒。

やがてそれも飽きたのか。

山の中腹へと初号機を投げつけた。




背中から叩きつけられ、のけぞるエヴァ。

その胸部へと、使徒の鞭がひらめく。

胸部装甲があるとはいえ、何度も同じ場所を打たれればもたない。

裂け目のように融解した装甲に傷口が開いていく。




失っていた意識も、胸部の激痛から現実へと引き戻された。

口内を逆流してきた血と胃液の味が満たす。


プラグ内に響く、各種警告音。

シンジはこれ以上の痛みを堪えるため、両腕を動かそうとして目を見開いた。




エヴァの指の間に見えるのは、人影。

互いの肩を抱き合い、恐怖に脅える二人の少年の姿。

それは昼間、自分を殴ったあの二人組だった。




それが怒りなのか、恐怖なのか、それとも他の感情なのか。

一言で言い表すには、どの気持ちも十分ではない。

おそらくは、そのどれもが入り交じった感情であっただろう。







――― もう、ダメだった。

――― これ以上抑えられなかった。







「なんでだよっ!」




『 シンジ君! 大丈夫? シンジ君! 』




「なんで、なんでこんなところにっ! 人がいるんだよっ!」







ミサトの呼びかけが頭に入るわけがなかった。

シンジの堪えきれない激情に応えるよう、初号機は襲いかかってきた二本の鞭を両手で受け止める。

鬼神の双眼に灯る、獣の光。







軽い気持ちだったのだ。

NERVの誇る人類の守護神。

人類の保てる知を凝縮してつくられた決戦兵器。

その姿を一目見てやろう―――その程度の。




シェルターから抜け出した、相田ケンスケにしても。

それにつき合った、鈴原トウジにしても。




子供故の見通しの甘さが、彼らの無謀な行為に歯止めをかけなかった。

自分は大丈夫だという、この上なく非論理的な甘え。

自分たちの行動の危険さを、本当に考えたことなどなかったから。

だからこそ、その恐怖と対面した時にやっと理解する。

ここは戦場なのだと。

安全な場所など、ありはしないのだと。




使徒に投げ捨てられるよう、自分たちのいる場所に飛来した紫の巨人。

潰されていたかもしれない。

いや今だって、こうしてしゃがみ込む自分たちの上に、この巨人が倒れるかもしれない。

乗っているのか、あの転校生――― 碇シンジが。







初号機から送られるモニターの映像に、ミサトだけでなく発令所にいた全ての人間が絶句した。

民間人。

それも、どう見てもまだ子供だった。

すぐにMAGIの検索した二人の身元がモニターに表示される。




鈴原トウジ

14歳

第一中学2年

相田ケンスケ

14歳

第一中学2年

両者とも、サードチルドレン碇シンジと面識あり。




「シンジ君の、クラスメート!?」

「何故こんなところに!?」




避難命令が出ているはず!?




発令所スタッフ、全員の思い。

ミサトだけでなく、リツコまで驚きを隠せない。




モニターの初号機は、腕が焼けるのも構わず掴んだ鞭を離さない。

シンジがこの二人を庇っているのは明らかだった。

そしてそのせいで、初号機は反撃することも、動くこともできないでいる。

活動限界まであと僅か。

迷っている時間はない。




ミサトは即決し、初号機のシンジに告げた。




「シンジ君、二人を操縦席に!」

「許可のない一般人を、エントリープラグに乗せられると思っているの!?」




エヴァの技術を一般人に触れさせることに、技術部主任であるリツコが猛然と抗議する。

エヴァを熟知する彼女にとって、ミサトの発言は黙って許諾できることではない。

そしてそれと同様に。

指揮をとる作戦部長のミサトには、これ以上時間を無駄にはできなかった。

使徒に負けること許されない。




敗北は人類の終わりを―――復讐が果たせなくなる事を、意味する。




「私が、許可します」

「越権行為よ、葛城一尉!」


「現責任者が許可してるんです。 赤木博士」




互いに譲らないミサトとリツコの衝突に水を差したのは――静かな――そう、どこまでも静かな、その言葉だった。

それが発令所に立つ護衛役の発言だとは、誰もすぐには理解できない。




かけ消されたよう音を失う発令所。

その中で唯一、すぐに立ち直り。

ミサトは今一度、シンジへとその言葉を告げる。




「かまわないわ! はやく二人を中へ!」

『は、はい!』




エントリープラグをイジェクトする初号機の光景。




もはや手遅れとモニターから視線を外し。

リツコは憤りの先、渚シンイチを鋭く睨み付ける。




「護衛役が使徒との戦闘中に、口を挟むのはおかしくなくて?」

「エヴァの扱いには細心の注意が必要なのよ」

「そのことを、葛城一尉が知らないとでも言われるんですか?」




平然と応じるシンイチに対して、僅かに眉をよせるリツコの表情。




氷の女と異名をとり恐れられる赤木リツコと、その正面から向かい合い。

渚シンイチは更に追言する。




「兵器の特徴も知らなくて作戦はたてられません」

「エヴァの資料は当然全て、戦闘において指揮をとる作戦部長にも報告されているはずですよね」




それを知らないはずがないだろうと。

暗に、そうも言い含めた発言なのは、少年の口調から間違いがなかった。




「今重要なのは、敵に勝つことでしょう」

「迅速な判断。 正確な情報。 的確な指示。 そのどれが足りなくても、ダメなんです」

「指揮系統の混乱や分断など、今ここで言うまでもない」




チルドレンと変わらないだろう幼き少年の口から紡がれるのは、冷徹な戦人の理。

澄んだ真水の如き静かな言葉。

それゆえに生じる重みと重圧は、不在の司令官をも思わせる何かがある。




「ご自分の補佐する作戦部長が信用できませんか? 赤木リツコ博士」




バイザーの下の視力を失った瞳が、自分を見据えているかのようにリツコには思えた。




発令所勤務のオペレータ3人の背中で繰り広げられる二人の会話。

赤木リツコを知る彼らは、その時ほど発令所勤務を呪ったことはないと後に語る。







『 かまわないわ! はやく二人を中へ! 』

「は、はい!」




何やら揉めていたらしい発令所から、自信に溢れたミサトのその言葉に。

シンジは自分のやるべき事を見いだした。

プラグをイジェクトさせ、足下の二人が乗ってくるのを待つ。




『 そこの二人! いいからはやく乗って! 』




ミサトの呼びかけに、少年達―― 鈴原トウジと相田ケンスケはようやく硬直をといた。









「な、なんや水? 溺れる!」

「あぁ、カメラ、カメラ!」




乗り込んだ少年達は、赤黒い水の中で呼吸ができることにまず驚いた。

血の匂いがする紅い液体。

生理的に嫌悪感を有すその水の中で。

長細い、奇妙な座席に座る少年の姿を二人は見た。




俯き、目を堅く閉じて唇を噛みしめ。

痛みと恐怖を堪えながら、必死にレバーを握る転校生。

碇シンジの姿がそこにあった。




モニターごしに迫る、使徒の姿。




「て、転校生」

「い、碇……」




トウジ、ケンスケの言葉にも、反応を見せないシンジ。

だが、乗り込んだのは判るはず。

ただ、二人に応じる余裕すらないのだと。 素人の二人にも理解できた。




同じ年齢の子供でありながら、戦場で命をかけるというその意味を、少年達は今初めて実感する。

ほのかな憧れを抱く対象などではありない。

子供の抱く正義の味方、ロボットを操る勇者の姿。

それはテレビや漫画の中だからこそ許される。

虚構の中でのできごとだからこそ、憧れ、渇望するのだ。

現実ではないのだと、そう把握しているからこそ望める願望。


今、目の前で戦う少年の姿こそが現実。

優しくない。

少しも優しくはないのだ、自分たちが生きる現実というヤツは。

ただひたすらに、自分たちを苛むだけ。




何かを言いたい。

言わなければならない。

シンジの横顔を見つめ、口を開口させるトウジ。

けれど、その言葉を今の彼は持ち得なかった。

無力感。

そんな思いに沈む少年達を追いつめるよう、プラグ内の計器が点灯を始める。







『 シンクロ率低下、ノイズが混じっています! 』

『 異物を二つも、プラグ内に入れるからよ 』




オペレータの悲鳴じみた報告と、吐き捨てるようなリツコの言葉。







残り稼働時間は僅か、傷ついたエヴァ初号機。

まして操縦席には非戦闘員が二人。

そのためにシンクロすら満足に行えない有様。


敗北の重みは、全てが終わる時と同意。


一時撤退。


その言葉がミサトの脳裏に浮かぶ。

今度こそ、迷う時間も理由もなかった。




「シンジ君、一旦引いてっ!」

『 ……逃げるん、ですか? 』




返ってきた、低い、何かを抑えたシンジの声音に驚く。

同時に、モニターの初号機の兵装ラックが開口。

ミサトはその意図を知って、モニターのシンジを厳しい目で睨み付けた。

何故こんなにも、彼は自分の命令を拒否するのか。







『 初号機、プログナイフを装備! 』







近接戦闘用のプログレッシブナイフ。

初号機の様子に、ミサトはこみ上げる怒りと苛立ちを隠せない。

現場の指揮官は自分なのだ。

子供の身勝手な感情で、作戦を失敗させられるわけにはいかない。




「シンジ君! 戻りなさい、命令よ! 聞こえてるの!?」

『 初号機―――― このまま使徒を―――― 殲滅します! 』




それは少年からの、ミサトへの拒絶。




「シンジ君っ!何を勝手な――」

『 ―――うわあああああああああああああああっ!! 』




山を駆け下りる初号機、その右手にはプログナイフ。

特攻。

まさにその言葉通り、一直線に使徒へと走る。


待ち受ける、使徒の両腕部。

真っ向から詰め寄る初号機の、あまりに無防備な胴へと伸びるそれは―――

寸分の狂いもなく、その胴を貫いた。







シンジの叫びが、途絶えた。

力つき、膝をつく初号機の姿はあまりに弱くミサトには見えた。




最悪の事態。

それが目の前にひろがっていた。




―――どこで間違ったのか。

―――シンジが命令を聞かなかったときからか。

―――パレットガンが通じなかったときからか。

―――あるいは彼を、初号機に乗せたときからなのか?

―――どこで、誰が、何を間違ったのか。







モニターに映る、停止した初号機。

その畳まれた膝が――― 伸びた。







両の手で握ったプログレッシブナイフが、使徒の胸部。

紅いコアと呼ばれるその場所に突き立てられる。

裂傷。

使徒の光の鞭は、初号機の胴に突き刺さったまま。

抜けない。




『 ああああああああああああああっ!! 』

『 うわあああああああああああああああああ! わああああああああああっ! 』




絶叫。

聞いている者の心を容赦なく打ちのめす、その少年の魂の悲鳴。

それはまるで、幼子の嗚咽にも似ていて。




初号機、再起動。

だが、内部電力が尽きるまで既に1分を切る。

使徒殲滅と、エヴァの停止。

どちらが先か…発令所からはもう、祈ることしかできなかった。







使徒、殲滅。

初号機の沈黙と同時、確認されたその事実にも。

発令所には誰一人、そのことを喜べる者はいなかった。

モニターの初号機を今なお睨み付けるミサト。

データの処理と初号機の回収を命令するリツコ。

黙したまま、仕事をこなすオペレータ達。

そして、そんな発令所を後にする渚シンイチ。


使徒は、辛くも殲滅。

だがNERVという組織にとって、この勝利は決して喜べないものだった。

勝てたのは偶然。

それ以外の何でもないのだから。







稼働限界時間を過ぎ、もはや動かない初号機。

そのプラグ内で口にする言葉もなく、ただ見守るしかできない二人の少年達の前で。

鬼の如き形相で、叫び続けた少年。

碇シンジは、抱えた膝に顔を埋めていた。

何度も、何度もしゃくりあげて。

泣き続けていた。




碇シンジ、二度目の戦いは。

使徒殲滅という結果とともに。

エヴァに乗ることの恐怖を改めて、実感させていた。







NERV本部に回収される傷だらけの初号機。

プラグから降りたシンジを待っていたのは、黒服の男達。

シンイチの姿もその中にはある。

シンジに続いて、トウジ、ケンスケもプラグから降りてきた。

立ちつくす3人へと歩み寄り、シンイチは。




「シンジ君。 着替えたら、葛城一尉から話があるそうだよ」

「…はい」




どこか投げやりなまま返事を返すシンジ。

俯いたままの彼にはそれ以上何も言わず、次に緊張した面もちのケンスケとトウジに振り返る。




「後ろの二人も、シェルターから出てきた罰はうけないとね」

「げ、げっ!」

「や、やっぱし……」

「生きてるだけでも、儲けものだよ。 あの場合、助かったのが偶然なんだから」




シンイチが端にどくと、入れ替わるよう、後ろに控えていた黒服達が前に進み。

トウジとケンスケの両脇をかためる。




「我々も、手荒なまねはしたくない」




男の一人が口にしたその言葉で、観念したのだろう。

男達に連れられて二人は歩き出す。

が、途中でトウジが振り返り。




「碇!」




突然名を呼ばれて、反射的に顔をあげるシンジ。

その目をまっすぐに見据え、鈴原トウジは。




「・・・・・・すまんかった。 殴ったん、わいが悪かった。・・・お前のこと、何も考えんと・・・・・・」




深く、深く。 ただ一度頭を下げて。

連れられていくトウジとケンスケ。

二人の背中を見送るシンジの肩に、シンイチは軽く手をのせた。




「大丈夫。 二人とも、今夜中には家に帰れるよ」




シンイチの言葉に、小さく頭をふって。

シンジは今にも泣きだしそうな表情で、まだ整理のできない自分の想いを口にした。




「ぼくに、あんなこと言われる資格、ないです…」

「前も、今日だって。 ぼくは、怖くて、何も考えられなかった……何も…」




「鈴原君は、それでも使徒と戦う君の姿を知ったから。 だから、ああ言ったんだと思う」

「君がどんな辛い思いをして戦っていたのか、その目で見たから」

「シンジ君。 ご苦労様……がんばったね」




シンイチのかけたその言葉は―――シンジの堪えていた最後の堤防を、決壊させるに十分だった。

人と距離をとり続け、生きてきたその少年は今、ようやく。

泣き声を、あげた。

ただ、欲しかったその一言で。




「がんばったね」




シンイチにしがみついて、少年はただ、泣き続けた。











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