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今日も彼の携帯電話が鳴らされることはない。

彼には必要とされる理由がないから。

明日も、明後日も、その次の日も。

その電話が、鳴らされることはない。














 新世紀EVANGELION −once more again−

 04話  鳴らない、電話

 ならない、でんわ













あか、あお、きいろ、みどり

瞬く間にその色をかえ、最後に無色へと戻るプラグ内。

使徒サキエルとの戦いから、すでに半月。

碇シンジは今もまだ、エヴァンゲリオン初号機に乗っていた。




『 おはよう、シンジくん。 調子はどう? 』




プラグ内の通信機から聞こえるのは、エヴァンゲリオンの開発責任者。

赤木リツコの声。




「なれました」

「悪くないと思います」




慎重に、言葉を選んで話す。

素直に従ってさえいれば、何も恐れる必要はないのだ。

そう、従ってさえいればいい。

案の定、リツコの返事はこの半月の間シンジに送られたものだった。




『 それは結構。 エヴァの出現位置。 非常用電源。 併走ビルの配置。 回収スポット 』

『 全部頭に入っているわね? 』




この半月。

訓練の度に嫌になるほど確認されたこと。

完璧とまでは言えないが、大体の場所はもう頭に叩き込まれている。




「…多分」

『 では、もう一度おさらいするわ 』

『 通常、EVAは有線からの電力供給で稼働しています 』

『非常時に体内電池に切り替えると、蓄電要領の関係で、フルで一分 』

『ゲインを利用しても、せいぜい五分しか稼働できないの 』

『これが私たちの科学の限界ってわけ。 おわかりね 』




難しい言葉ばかり飛び交うが、そんなことに興味はなかった。

自分にとって重要なのは、エヴァと呼ばれるロボットの稼働時間が短いと言うことだけ。

幼い頃に思い描いた、漫画やテレビのロボットのようにはいかないらしい。




「はい」

『 では昨日の続き。 インダクションモード。 始めるわよ 』




リツコが言い終えると同時。

エントリープラグ内に、初号機の活動可能時間を示した数字が浮かび上がる。

内部電源モード。

5分という限られた数字が、カウントを開始する。




正面に現れる、第三使徒サキエルの姿。

意識を集中させ、初号機の手にしたライフルを構えさせる。




『 目標をセンターに入れて 』




言われるままに、照準をあわせる。




「スイッチオン」




トリガーを引き絞る。

パレットガンの銃口が火を噴くと同時、サキエルの頭上を通過していく無数の弾丸。

一発とて、かすりもしない。




『 おちついて。 目標をセンターに 』




言われるまま、再度照準。

それを行うシンジの表情は、14歳の少年がする顔ではない。

機械の如く命じられるまま、淡々と言われたことをこなす。

生気のない、蝋人形を思わせた。




「…スイッチ」




再度発砲。

今度はサキエルの身体をとらえ、その肉体に激しく揺さぶりをかける。

倒れこみ、赤い光を放って爆発するサキエル。




『 次 』




間をおかず、別の場所に出現するサキエルの姿。

シンジはただ黙々と、初号機の手にするパレットガンを構えなおさせる。

照準固定。

発砲。

照準固定。

発砲。

照準固定。

発砲。







現在テストを行っているのは、実際にある第三新東京市ではなかった。

ネルフ本部内にある訓練用施設の一つ。

EVAの巨体が動き回るスペースを有した、巨大な白塗りの空間。

訓練中の初号機には、身体の各所にデータ収集用のケーブルが連結されている。

使用するパレットガンもテスト用に作られた物。

実弾は出ない。

シンジが今見ている景色も、プラグ内に映し出されたあくまで仮想のものだ。




黙々と、作業に近い訓練を続ける初号機。

その様子を冷ややかに見つめるリツコ。

彼女を手伝い、データを収集していた女性オペレータ。

息吹マヤは、キーボードを操作する手は休めないまま、リツコへと話しかけた。




「しかし、よく乗る気になってくれましたね。 シンジ君」




あれだけ酷い目にあったというのに。

マヤの言葉に込められたその思いに、リツコは答えを口にする。




「人の言うことには大人しく従う。 それがあの子の処世術なのよ」




親友のその言葉に、後ろで見守っていたミサトは僅かに顔をしかめた。







「目標をセンターに入れてスイッチ。 目標をセンターに入れてスイッチ」

「目標をセンターに入れてスイッチ。 目標をセンターに入れてスイッチ」

「目標をセンターに入れてスイッチ。 目標をセンターに入れてスイッチ」




顔色一つ変えず、その作業を繰り返し続ける少年。

終わりの合図が出されるまで、ただ黙々と…。

そこに自分の心など必要ないことを、彼はよく知っていた。







今の自分が辛いのなら

もっと、心を深い場所に閉じこめてしまおう

そうすれば、何も感じない

辛くもなくなる

やっていける

ぼくはやっていける…







まだ年端もいかぬ少年のイタミは、誰にも届かない――







朝というのは必ずくる。

望むと望むまいと。

シンジは毎朝の日課の如く、ミサトの部屋の襖を何度もノックしていた。

一向に起きる気配のない襖の向こう。

仕方なく、入り口である襖を少しあける。




中に見えたのは、中央部分が異様に膨らんだ掛け布団。

布団にくるまっているのは、間違いなくミサトだろう。

何とも情けない姿。

いい年した大人の女性とは、とても思えない光景。

けれどもう、こんな光景にも慣れてしまった自分がいる。




「ねえ、ミサトさん。 もう朝なんですけど?」

「う〜〜ぅ」




二日酔いで苦しむ半死人を思わせた、うめき声をあげるミサト。

この一ヶ月、何度彼女のこのような醜態を見たことだろうか。




「さっきまで当直だったの、今日は夕方までに出頭すればいいの」

「だから、寝させてぇ〜」




もはやシンジには、ミサトに対してかける言葉も見つけられない。

シンジはただ小さくため息をつき、彼女に背を向ける。




「じゃ、ぼく……」

「今日、木曜日だっけ!?」

「…あ、はい」

「燃えるゴミ。 お願いね〜♪」




布団から片手だけを出し、ぴらぴらと振ってみせる。

呆れて声も出ないとはこのこと。




「…はい」

「学校の方は、もう慣れた?」




思いがけない、ミサトの言葉。

シンジは一瞬戸惑ったが、すぐに差し障りのない返事を返す。




「ええ」

「…そう。 いってらっしゃい」

「いってきます」




ミサトには、読まれているのだろうか。

今まで心の奥深くに隠し続けてきた自分の思いが。

それがこの上なく、シンジを落ち着かない気持ちにさせるのだ。

他人に心を知られることの怖さ。

彼はまだ、誰にも心を開けないでいた。







マンションの指定されたゴミステーションに、両手に携えたゴミ袋を置く。

自分とミサト、二人分のゴミ。

ここに来る前は四人分だった。

親戚の家でも、ゴミ捨ては自分の役割。

居場所などなかった自分が、やらされ続けていた習慣。




「どこにいても…同じなのかな」

「…おはよう。 いつもご苦労様」




シンジの捨てたゴミ袋の傍に、もう一つ。

同じ黒ビニールの袋が置かれる。

バイザーで顔の半分が覆われた、白いコート姿の、大人びた印象を抱く少年。

渚シンイチ。

足音一つたてず、初めて会ったときのよういつのまにか彼は傍にいる。




「シンイチ、さん? いつから、そこに?」

「君がゴミ袋を、じっと見てる間に追いついた。 これでも一応、ボディーガードだからね」




サードチルドレン付護衛役。

それが渚シンイチのネルフでの肩書きだった。







シンジが家を出て、まだ10分と経たないだろう。

しつこく鳴り続ける電話の音に、ミサトは手探りで電話機を探し当てた。

そのまま受話器を、布団の中まで引きずり込む。

あくまで自分から布団を出る意思はないらしかった。




「ふぁい? もしもし。 …なんだ、リツコかぁ」

『 どう? 彼氏とはうまくいってる? 』

「彼?」




彼と言われてすぐに思い浮かんだのは、似合わない無精髭。

馬のしっぽのように結わえた後ろ髪。

自分と同じ年齢の、今もまだ吹っ切れないあの男の顔。




冗談じゃない。




うかんだ顔を振り払い、すぐに考える。

今の自分の生活で、関わりのある男など数えるほどしかいないのだ。




「ああ、シンジ君ね。 転校して二週間、相変わらずよ?」

「未だに誰からも電話はかかってこないのよね」

『 電話? 』

「必須アイテムだから、ずいぶん前に携帯渡したんだけどねぇ。 自分で使ったり、誰からもかかってきた様子。 ないのよ」

「あいつ、ひょっとして友達いないんじゃないかしら」

『 …シンジ君て、どうも友達をつくるには不向きな性格かもしれないわね 』




リツコの言葉は、ミサトもこの半月の共同生活で痛感していることだった。

彼は誰にも心を許そうとしない。

ひたむきに己の心を隠し、傷つくのを極端に拒む。

その瞳にいつも、孤独と寂しさをうつしたままで。

接し方を知らない、かわいそうな少年。

だからこそミサトには放っておけない。




『 ヤマアラシのジレンマって話、知ってる? 』




予想もしなかったリツコの言葉。

それが何のことだか分からず、鸚鵡返しに聞き返す。




「ヤマアラシ? あの、とげとげの?」

『 ヤマアラシの場合相手に自分の温もりを伝えたいと思っても、身を寄せれば寄せるほど、体中の棘でお互いを傷つけてしまう 』

『 人間にも同じ事が言えるわ 』

『 今のシンジ君は心のどこかで、痛みに怯えて臆病になってるんでしょうね 』




そう、それはきっと彼だけではない。

ミサトはそんな彼に、今の、そしてかっての自分の姿をもかさねてしまう。




「ま、そのうち気づくわよ」




それは誤魔化しなのかも知れない、逃避なのかも知れない。

それでも今のままでいいはずはないから…。




「大人になるって事は、近づいたり離れたりを繰り返して…お互いが傷つかずにすむ距離を、見つけだす。 ってことに」




それがどれ程に難しいことか。

口にするミサト自身今もまだ、誰かに語れるほど慣れてはいなかったのだが…。







学校指定の制服を着込んだシンジと、常夏に白いロングコートのシンイチ。

何とも違和感のある二人組は並んで学校への道のりを歩く。

セカンドインパクトの後。

年中夏となったこの日本ではファッションも変化し、夏でも着られる長袖の服もあるにはあるのだが。

だからといって、やはり暑いものは暑い。

どうしても気になって以前聞いてみたところ。

仕事に必要だから着ているのだとシンイチは苦笑した。




二人がそろって登校するのは、今日が初めてではなかった。

シンジがネルフの人間として正式に登録されたその日から、渚シンイチは護衛役として傍にいる。

生活する部屋は違うが、住居も同じコンフォートの隣室である。




シンジの抱く彼の印象を一言で言えば、それは“不思議な人”。

第三新東京市に来てから早半月。

ミサトほど積極的に構ってくることはなかったが、彼はシンジに何かと助言をくれる。

たとえば、その日安売りするスーパーを教えてくれたり。

タイムセールは掘り出し物もでるが、戦争にいくようなものだとか。

みそ汁のだしは、やはり煮干しからとるべきだ、等である。




何というのか―― ボディーガードという感じがまるでしない。




ミサトと暮らし始めてすぐに、彼女の生活能力が欠如しているのは身にしみてわかった。

家事が好きというわけではないシンジだが、自分がしなければ毎日がレトルトの食事になる。

ミサトは構わないだろうが、シンジにはとても耐えられそうになかった。

そういうわけで今のところ、渚シンイチの助言は役に立っている。




「学校は、どう?」

「…普通です」




シンジの答えに、それ以上は聞いてこないシンイチ。

二人の会話は終始こんな感じである。

シンイチから話しかけ、シンジがそれに応じる。

この繰り返し。

いや、シンイチだけではない。

ミサトにしろ学校でのクラスメイトにしろ。

自分からコミュニケーションをはかれるほど深く、シンジは人と関われないでいた。







掲げた手には、UN所属重戦闘機の模型を。

もう一方の手にデジタルビデオカメラを。

相田ケンスケはいつもと同じく、己の愛するカメラ撮影を楽しんでいた。

カメラオタク。

このクラスの生徒全員が、彼に抱く印象はそれにつきるだろう。

そしてそのことを、ケンスケ自身も否定しない。




ファインダー越しに模型を写していたその目に、ふと、自分を見据える顔が入ってきた。

黒い髪を後ろで二本に括った、そばかすを残す生真面目な少女。

洞木ヒカリ。

このクラスの委員長だ。

学級日誌を手に、自分を黙視している。




「なに? 委員長」

「昨日のプリント、届けてくれた?」

「え! あ、あ〜…いや、なんかトウジの家、留守みたいでさ」




そう応じながら。

今言われるまで机の中に忘れていたプリントを、見えないように手で奥へと突っ込む。




「相田君、鈴原と仲いいんでしょ? 二週間も休んで、心配じゃないの?」

「大怪我でもしたのかな?」

「ええっ!? 例の、ロボット事件で? テレビじゃ一人もいなかったって…」




ロボット事件。

それこそ半月前の、第三使徒の襲来に他ならない。

使徒という存在そのものが公表されていない以上、民間人には正しい情報は公表されないのだ。

驚きをかくせないヒカリに苦笑し、ケンスケは肩をすくめる。




「鷹巣山の爆心地。 見たろ?」

「イルマやコマツだけじゃなくて、ミサワやキュウシュウのUNまで出動してんだよ?」

「絶対、10人や20人じゃすまないよ。 死人だって…」




そこまでケンスケが口にした直後。

教室のドアが開いて、黒服の少年が姿をみせる。




鈴原トウジ。

黒いジャージ姿がトレードマークの、背の高い、いかにも体育会系の少年。




「トウジ」

「鈴原」




ケンスケとヒカリの声が聞こえたのだろう。

視線で二人に応じ、ケンスケのすぐ前の席へとつく。

ぐるりと教室内を一望してから、トウジはわずかに顔をしかめた。




「なんや。 随分減ったみたいやなあ」

「疎開だよ疎開。 町中であれだけ派手に、戦争されちゃあね」

「よろこんどるのはお前だけやろうな。 生のドンパチ見れるよってに」

「まあね。 トウジは、どうしてたの? こんなに休んじゃってさ。 こないだの騒ぎで、巻き添えでもくったの?」

「…妹のやつが、な」




トウジの言葉に、ケンスケは彼の顔を凝視した。

そんな友人には応じず、トウジは続ける。




「妹のやつが、瓦礫の下敷きになってもうて…命は助かったけど、ずっと入院しとんのや」

「うちんとこ、お父んもおじんも研究所勤めやろ? 今職場を離れるわけにはいかんしな」

「俺がおらんと、あいつ、病院で一人になってまうからな」




強い憤りを必死に堪えた、トウジの表情。

だからケンスケは、何も言わなかった。




「しっかし! あのロボットのパイロットはほんまにヘボやな! 無茶苦茶腹立つわ!」

「味方が暴れて、どないするっちゅうんじゃ!」

「…それなんだけど、聞いた? 転校生の噂」

「転校生?」

「ほら、アイツ」




ケンスケの動かす視線を、トウジも追う。

トウジの斜め前の席についている、線の細い少年。

見知らぬクラスメート。




「トウジが休んでいる間に、転入してきたやつなんだけど。 あの事件の後にだよ?」

「変だと思わない?」




そこまで話していたところで、担当の老教師が教室に入ってきた。

話の続きは、授業後になりそうだ。







「え〜、このように、人類はその最大の試練を迎えたのであり……」




老教師の授業はセカンドインパクトの頃の話だった。

もうあと数分もすれば、いつものように話も脱線することだろう。




「宇宙より飛来した大質量の隕石が南極に衝突。 氷の大陸を一瞬にして融解させたのであります」

「海面の水位は上昇し、地軸も曲がり、生物の存在をも脅かす異常気象が、世界中を襲いました」

「そして、数千種の生物と共に、人類の半分が永遠に失われたのであります」

「これがセカンドインパクトであります。 経済の崩壊……」




老教師の授業を、真剣にうけている者は一人もいないだろう。

シンジもまた暇をもてあまし。

机の上の端末をただ眺めているだけだった。




何気なく横に動かした視線。

一番窓側の席についた、包帯姿の痛々しい少女。

綾波レイの姿がそこにある。

彼女の怪我は、未だ完治してはいない。

片腕と片目。

包帯で覆われたそれは、日常生活で受ける怪我とは思えなかった。


人と会話することのない、常に孤独な少女。

それが学校での綾波レイ。

彼女を包む独特の静寂が、誰の侵入も拒んでいるようだった。




―――拒んでいるのは、自分も同じ。




そう思うからこそ、シンジは綾波レイの存在が気になるのかもしれない。







端末の知らせる聞き慣れない呼び出し音に、シンジは顔を戻した。

[ CALL ]の表示から、使うことのなかったチャットだと気づく。

呼びかけに応じてウインドを開いた。




 : 碇くんが、あのロボットのパイロットというのはホント?

 : Y/N




息をのんだ。

自分のことを知っている?




左右を見回せばと、左後方の席から手を振る少女の姿が目についた。

二人組。

手を振っていない方の少女が、再び入力を始める。




 : ホントなんでしょ?

 : Y/N




とりあえず、自分の端末を眺めて考える。

ネルフのことは非公式の組織だと教えられた。

組織そのものが機密のはずだ。

けれど、同じ年齢の少女でさえ疑いをもつような今の状況。

否定して何度も言われるより、素直に教えてしまう方がいいのだろうか。




数秒、黙考して。

シンジは返事を入力した。




  Y

  E

  S




その瞬間。




おそらく、クラスメイト全員のものと思われる歓声が上がった。

シンジは何事かと身を飛び上がらせる。

授業などそっちのけでイスから立ち上がり、シンジを取り囲むクラスメイトたち。




「ちょっとみんな、授業中でしょ!席について下さい!」

「あ〜またそうやってすぐに仕切る」

「い〜じゃんい〜じゃん」




委員長のヒカリの静止すら効果のない状況。

老教師も自分の回想に入り浸り、生徒の状況にすら気がつかない有様だ。

シンジへと詰め寄る少年少女達。

慣れないことに、シンジはただ戸惑うばかり。

自分をじっと見つめる少年がいることに、気がつけないのは当然の事だった。







四限まで終わった昼食時間。

屋上に呼び出されたシンジは、一人の少年と対面していた。




転入してから二週間、一度として見た覚えの無いジャージ姿のクラスメート。

お世辞にも、体格がよいとは言えないシンジとは違う、がっしりした体格。

見るからに体育会系。

その拳が、シンジの頬を力一杯殴りつける。




ネルフに来るまでの間、身体を鍛えていたわけではないシンジだ。

それどころか、ろくに喧嘩の経験さえない。

さけようもなく拳をうけ、その場に倒れ込むしかなかった。




「転校生、わいはお前を殴らんといかんのや…」




殴った張本人。

鈴原トウジはまっすぐにシンジを睨み続ける。

鬼気迫る形相。

その殺気だった眼に、シンジは口元の血を拭い顔を逸らした。




「コイツの妹さん、この前のロボット事件で巻き沿いをくって、入院しちゃってさ」

「まあ、そういうことだから」




少し離れてトウジの後ろに立つ、眼鏡をかけた少年。

相田ケンスケが倒れ込んだシンジに対し、同情気味に言う。




「今度から、足下見て戦え! このドアホウ!」




なだめるよう、ケンスケに肩を叩かれ。

トウジもシンジを睨むことをやめて、背中を向けた。




「ぼくだって、乗りたくて乗ってるわけじゃないのに…」




足早に昇降口へと向かうトウジの耳に、思いがけず届いたシンジの言葉。

ケンスケが止める前に、きびすを返したトウジが走り出している。




「…なんやと!」




再び激高し。

起きあがろうとするシンジへと、拳を振り上げた。

それを妨げるようトウジの目前に、黒い影が割り込む。




「邪魔じゃ! どかんかい!」




叫び、押しのけようと振った右腕はつかみ取られ。

次の瞬間には手首を支点に、腕を拈り上げられていた。

痛みに思わず顔をしかめ、その場に膝をつく。

身動きがとれない。




「お、おんどれ! 何するんじゃ!」

「一発殴れば十分じゃないかな?」




学校指定の制服でないロングコート姿は、万年ジャージのトウジと並びこの学校で違和感があるだろう。

バイザーで顔の半分以上を覆った、少年と呼んでも差し支えのないだろう彼。

渚シンイチはトウジの腕をあっさりと解放し、立ち上がったシンジに向き直る。




「大丈夫? シンジ君」

「…あ、はい。 シンイチさん」

「学校での喧嘩で普段、護衛役は動かないけど…今回は特別。 前回の事件絡み、だしね」




僅かに肩をすくめて。

自分を睨みつけている鈴原トウジに対し、シンイチは静かに言葉をつげた。




「妹さんを思えばこそなんだろうけど…シンジ君からも状況を話してもらうぐらいはするべきだよ」

「鈴原トウジ君。 それと、相田ケンスケ君」




憮然とした顔で、シンイチを見据えるトウジ。

その傍にいたケンスケが、やや青ざめた表情で尋ねてきた。




「なんで、ボクらの名前を…」

「仕事柄、クラスメイトの名前ぐらいは全員覚えてるよ」

「転校生の護衛役……ネルフの人間が、ボクらを!?」




閉口するケンスケから、今度はシンジへと向き直る。




「それとシンジ君も…。 何も言わないだけなら、また今のように後悔するよ」

「……はい。 すみません」

「謝らなくても、いいことだけどね」




顔を背けたシンジに顔を向けたまま、シンイチは淡々と告げた。




「じゃあ、帰る用意してくれるかな? 使徒が来るから」

「…え?」




思わず聞き返したシンジに答えるよう。

校舎内のスピーカーから一斉に、非常事態警報が鳴り響いた。




「…ほら、ね」




自嘲じみた風にもとれる、バイザーに隠されない彼の、口元に浮かんだ微笑。

隠された表情は見えないが、陰りを帯びたその口調に。

シンジだけでなく、その場にいたトウジやケンスケまでが言葉を失う。




『 非常招集 』




昇降口に現れた綾波レイが、静かな瞳をシンジに向け、そう口にした。











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