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15年前。

南極で起こったセカンドインパクトの影響は地軸を曲げ、その影響は日本から季節を失わせた。

以来、15年の間夏の終わらないこの島国に。

西暦 2015年。

前触れもなく、人でないそれは再び姿を現した。














 新世紀EVANGELION −once more again−

 01話  使徒、襲来

 しと、しゅうらい













『 特別非常事態宣言発令のため、現在、全ての通常回線は、不通となっております 』

 





三度かけ直してみても、同じアナウンスを繰り返すだけの公衆電話。

少年は溜息と同時、小さく肩をおとして、元あった場所に受話器を戻した。




碇シンジ




見る人によっては女ともとれる中性的な顔だち。

頼りになりそうにない痩せた体つきの少年。

身長も高くはない。

これといって特徴のない、どこにでもいる平凡を形にした男の子だった。

白いカッターシャツと黒のズボンは、通っていた学校指定の制服のまま。

背負った鞄と手にしたバッグには、彼の生活道具一式がいれられている。




「ダメか。 やっぱり、来るんじゃなかった」




第三新東京市。

現在における日本の要となるために建設され続けている要塞都市。

シンジが暮らしていた遠方の田舎からは考えられない世界の光景がそこにはある。

握りしめた少年の手には、十年近く自分を省みなかった父親からの手紙。

白い紙には父の筆跡だと分かる汚い字で、ただ一言。







『 来い 』







その一言だけが書かれていた。

手紙と呼ぶにはあまりに滑稽な、紙切れ。

便せんの中に一緒に入っていたのは、見知らぬ女性の写真だった。

歳は二十代の中頃だろうか。

車をバックに、少し前屈みの姿勢でピースサイン。

マジックで書かれたメッセージは。




『 シンジくん江 私が迎えにいくから待っててネ 』




写真にはご丁寧に、女性のものと思われるキスマーク。

それから女性の胸部に注目するよう、マジックで『ここに注目』と書かれていた。

確かにそう書いても恥ずかしくない立派な胸とスタイルだが。

それゆえ14歳の少年には、正直刺激が強すぎる。




葛城ミサト




それが待ち合わせをしていた彼女の名前。

父ではなくこの女性が、自分を迎えに来るという段取りだった。

特別非常事態宣言が発令されている以上、もうここにはこられないだろう。

彼女だけでなく、街には誰一人として見かけない。

指定されたシェルターに避難しているようだ。




「父さんとは、どういう関係なんだろう…? まさか、再婚相手じゃないよね」




写真をシャツの胸ポケットに戻し、思わず顔をしかめる。

あの父と、この女性が?

もしそうなら、滑稽を通り越してあまりに残酷だ。







シンジの母親は彼が幼い頃になくなっている。

顔も満足に覚えていない母親。

父親にしても生きているだけ一緒に暮らした記憶はなく、血の通った他人という認識が正しい。

母親の死後、シンジは遠縁の親戚の家にあずけられて育った。

その親戚とてとても良い人たちとは言えなかったが。







「待ち合わせは無理か」

「しょうがない。 シェルターに行こう」




これからの事を考えながら、何気なく視線を動かした先。

人のいないはずの街で、少女の姿が視界に入る。

シンジとそう変わらない年齢。

青と白の制服姿。

蒼く短い髪。

赤く大きな瞳。

白く透き通る肌。

自分を見つめる確かな視線。

それは誰かの面影にも似ているようで―― 何故か懐かしい。







電柱にとまっていた鳥が一斉に飛びたつ。

羽ばたきは音をうみ、シンジの意識を結果としてそらさせた。

視線を戻した先に少女の姿はどこにもなく。

最初から誰もいなかったようシンジはただ一人であった。




「見間違い? でも今、たしかに……」

「危ないよ。 ここにいると」

「え?」




シンジのすぐ後ろに、男が立っていた。

男と呼ぶにはまだ若い。

顔がバイザーで隠れているためはっきりとは判らなくとも、あまりに若すぎた。

身長や体つきから考えて、シンジと変わらない年齢に思える。

見間違いなどではない。

先ほどまでシンジの傍には、誰もいなかったというのに。

いったいいつ近づいたのか。







そんな疑問を無視するように、彼の手が唐突にシンジの右腕をつかんだ。

有無を言わさず、そのまま引きずり倒すような勢いでシンジの手を引く。

状況が飲み込めず、シンジは荷物を離さないでいるのが精一杯。







直後――――――

轟音と振動があたりを激しく揺さぶり、シンジはその場に立つことも叶わずしゃがみ込んだ。

地震でも起こったように足場が揺れ続けていた。

ビル側面に取り付けられた看板は落下し、壁面の窓ガラスが砕けて飛散する。

アスファルトの歩道に固定された電柱が倒れ、建築物に突き刺さる。

先ほどまでシンジが立っていた場所に崩れた瓦礫が落下していくのも見えた。

下敷きになっていたなら、二人とも助からなかっただろう。







「…いったい、何が?」




振動がおさまっても、動揺を隠せないシンジ。

彼の疑問に、目前の少年から答えはなかった。

甲高い音の聞こえる先へと視線を向ける。

そこに見えたのは、後退する5機の戦闘機。

そしてその誘導に続くよう二本の足で歩行する、巨大な異形の生物。

使徒の姿だった。







戦闘機からの攻撃が開始された。

建築物を隠れ蓑に、生物へと打ち込まれるミサイル群。

増援に現れた戦闘機も加え、機銃、ミサイルによる爆撃の嵐。

立て続けに起こる爆発。

激しい攻撃が加えられる。

だがそれすらも、硝煙の向こうから現れたそれにダメージを与えてはいない。

使徒は無造作に右の腕を振り上げた。

その掌から伸びた光のパイルが、飛行していた戦闘機をたたき落とす。







シンジと少年にとって不幸であったのは、機の落下地点が二人のいる場所に近すぎたことだ。

追い打ちをかけるよう、重力をものともせずに巨体が跳び上がる。

戦闘不能となった戦闘機。

両足で踏みつぶした。

爆発―― 爆風は容赦なくシンジの身体を強く煽る。

飛散する機体の残骸。

その身体を守ったのは、猛スピードで突っ込んできた青のスポーツカーだった。

車体を盾に残骸を受けとめる。







声も出ないシンジの前で、運転席のドアが開かれ。

中から姿を見せた女性は、場違いなほど明るい口調で一言。




「ゴメン。 お待たせ♪ 大丈夫だった?」




葛城ミサト。

彼女こそ、写真に写るシンジの待ち合わせの相手だった。

父の代理。

黒く長い髪と立派なスタイルが目を引いた、大人の女性。

こんな時であるというのに、綺麗な人だと思った。







「あ……はい。 あの人に、助けてもらって……」




シンジは落ち着くよう心がけながら、側に立つ少年へと顔を向けた。

崩れ落ちる残骸や衝撃を予期していたよう、自分を救ってくれた少年。

名も知らぬ彼は今もそこにいた。

彼の顔はシンジやミサトでなく、戦闘機と交戦中の使徒へと向けられている。

ミサトのつけているよりも大きなそれは、サングラスと言うよりもバイザーと呼んだ方が相応しい。

顔の半分近くを覆いかくすそれによって表情は見えず。

そのためなのか、彼には使徒に対する恐怖や驚きが微塵も感じられない。

そのことがかえって不気味だった。




「シンジ君を助けてもらったお礼ってわけじゃないけど、車に乗って」

「安全な場所まで送るわよ」




ミサトの言葉に、彼は小さく頷いた。







ミサトの運転する車で走ること十数分。

巨大な生物から距離をかせぎ、車は停車していた。

助手席についたシンジは、運転席の葛城ミサトを見つめる。

年の頃は20代半ば、ともすれば後半だろうか。

写真のとおり目をひくスタイル。

そんな彼女が父と何の関係があるのか、シンジには予想もつかなかった。

まさか『 今日からお母さんと呼んでね♪ 』という展開はないだろう。

そのことだけに安堵する。







一方のミサトは、黙ったまま。

窓から身を乗り出すようにして、手にした望遠スコープで使徒を追っている。

車の後部にはシートがなく、トランクになっていて、いくつか荷物が積みこまれていた。

その中に身を置くようにして、バイザーの少年は座っている。

シンジを助けてくれた少年。

彼はこの状況を何とも思っていないのだろうか。

ただ黙々と、周辺の荷物を整理して自分の座れる場所を保持している。

不思議と、どこか楽しげに。







この二人と一緒にいると、自分の方がおかしい気さえしてくる。

今は非常時。

怖くて当然のはずなのに…。

頭を抱えるシンジの目に、ミサトの表情が一変するのが見えた。

せっぱ詰まった、焦りの表情。

嫌な予感が増大した。




「ちょっとまさか! N2地雷を使うわけ!?」




焦りを隠せないミサトの悲鳴。

言葉の意味はわからなくても、シンジにも自分たちの危険だけは理解できた。




「二人とも伏せて!」




有無を言わさぬ勢いで、覆い被さるかたちでシンジを押し倒すミサト。

一瞬の間の後――

車を何度も横転させるほどの衝撃が、車内の3人へと襲いかかる。

シンジとミサトの悲鳴が混じった。







 轟音

 閃光

 衝撃







―――どれぐらい経ったのか。




今も晴れない灰色の爆煙を見ながら、車を降りたミサトが一番に口を開いた。




「大丈夫だったぁ?」




この状況でありながら、笑みさえ浮かべる葛城ミサト。




「口の中が、シャリシャリします…」




この状況も手伝って、普段以上に陰鬱そうな碇シンジ。




「全員、無事で何よりですね」




この状況が判っているのか、平然とバイザー少年。

三者三様、不気味なキノコ雲のたちこめる遠方を見つめた。

使徒の姿があった場所。

跡形もないだろうと、シンジは目を伏せた。

振り返れば、横倒しになったまま、荒野につき刺さったミサトの車。

一時間前にはまだ、街の一部であった場所。

巨人と戦闘機との戦闘で、今や草一本生えない荒野とかした。

残るのはクレーターと、ここを通った巨人の足跡だけ。







「いくわよ?」

「せぇ〜のっ!」







ミサトの号令のもと。

3人がかりで車を押し、どうにか起きあがらせる。

ボロボロになった車体。

窓ガラスは粉々、車体は土と泥にまみれ。

ボディーは歪みに歪んで、サイドミラーは片方がもげていた。

タイヤが四つついているのは不幸中の幸いといえるのか。

見るも無惨な愛車から、そして目の前の現実から一瞬だけ目をそらし。

葛城ミサトはシンジへと顔を向けた。




「どうもありがとう。 助かったわ」

「いえ、ぼくの方こそ。 葛城さん」

「ミサト、でいいわよ。 改めて、よろしくね。 碇シンジくん」




それからミサトは、バイザーの少年へと視線を向けた。

彼の方もまた、ミサトを向く。




「ありがとう、助かったわ。 私は葛城ミサト。 貴方は?」

「渚シンイチです。 葛城一尉」

「私のことを知っていると言うことは……」




少年―― 渚シンイチの言葉に、眉をひそめるミサト。

シンイチもそれに気づいて、コートの胸ポケットからIDカードを取り出した。

彼の身元と、所属する組織の名が明記されているカード。

受け取ったミサトはその表記を見て、次に、まじまじとその少年を見つめた。




「チルドレンの、護衛役を?」

「そういうことに、なりますね」




苦笑混じりに、シンイチはそう答えた。

そんな彼の様子をじっと見ていたミサトだが。

やおら前屈みに身を乗り出すと、自分より背の低いシンイチの眼前に彼女自身の顔を近づけた。




「まあ、おおよそは掴めたわ。 で、疑問なんだけど……顔のそれは何かしら?」




指先で軽く、バイザーを小突く。

彼女の言葉に苦笑して。 それでもバイザーは外さないままでシンイチは応じた。




「これがないと目が見えないので、外すのは許してください」

「視覚の…補助装置なのね。 ごめんなさい気づかなくて」

「いえ、構いません。 慣れてますから」




謝罪を口にするミサトに首を振って応じ。

気にしていないとシンイチ。




「そう。 じゃあ、シンイチくん? シンジくんを助けてくれたこと、お礼を言うわ。 ありがとう」

「いえ」




ミサトに言われて、彼。

渚シンイチが顔を横へと動かす。

ミサトとのやりとりを黙って見ていた碇シンジへと向き直り。




「碇、シンジ君だね? オレは渚シンイチ。 よろしく」

「シンジでいいです。 こちらこそ、よろしく」

「オレも、シンイチでいいよ」




シンイチがさしだした手をシンジは握り返す。

その手はシンジが思っていたよりも、ずっと硬い感触がした。







この少年との出会いが、この先の未来を大きく左右することを。

碇シンジにも。

葛城ミサトにも。

今はまだ判るはずもない。







ネルフ本部についたところで、葛城ミサトがセントラルドグマでの道順を覚えておらず。

迷うこと30分。

ついにはギブアップし、彼女は迎えを要請した。

3人を迎えにきたのは、ミサトと同じ年頃の白衣の女性。




「何やってたの葛城一尉。 人手もなければ時間もないのよ?」

「ゴメン、リツコ」




苦虫を押し潰した表情の親友に対して身を屈め、片手をあげて謝るミサト。

赤木リツコ。

髪は染めているため、金髪でも眉は黒い。

ミサトとは大学からの親友で、つき合いも長かった。

それゆえミサトの性格もよく判っている。

無駄な説教はせず、リツコは視線をシンジへと移した。




「例の報告書の男の子ね」

「そ。マルドゥックの報告書による、サードチルドレン」

「よろしくね」

「あ、はい」




前触れもなく声をかけられ、慌てて応じるシンジ。

ここぞとばかりにミサトが。




「これまた父親そっくりなのよ。 可愛げのないところとかね」

「それは問題ではないわ。 ところで、彼の紹介をしてくれる?」




リツコの視線の先には、渚シンイチ。

部外者の存在をリツコは責めていた。




「葛城一尉。 ネルフ内に許可なく、民間人を連れてくるなんて!」

「彼は、民間人じゃないわ。 私たちと同じネルフの人間よ」

「一応…IDを見せてもらってもいいかしら?」




頷くシンイチ。

ミサトに対しての時と同じように、自分のIDカードを手渡す。

受けとって表記を確認したリツコの顔が、僅かに曇る。




「マルドゥックから? チルドレンではないというのに?」

「なによリツコ? マルドゥック機関だと変なわけ?」

「…いえ、なんでもないわ。 時間がないの、ついてきて」




ミサトには応じず、先を歩き出すリツコに従い。

シンジは歩き出した。

首をひねったミサトの視線を受けて、シンイチはただ肩をすくめるだけ。







 総員、第一種戦闘配備。 対地迎撃戦用意。







「ですって」

「これは一大事ね」




ネルフ本部内を流れるアナウンスを、まるで他人事のように話す二人の女性。

シンジはミサトに渡されたファイルに目を通しながら、彼女たちの会話に苦笑した。

『ようこそNerv江』

写真と同じ筆跡。 おそらくはミサトの字だろう。

『FOR YOUR EYES ONLY』

『極秘』

見るからに危険な文字の書かれたファイル。

できればこういった物には、一生触れないでいたかった。

四人は赤い輝きを放つ巨大な水槽の見えるフロアを、リフトで上っていく。




「初号機はどうなの?」

「B型装備のまま、現在冷却中」

「それ本当に動くの? まだ一度も動いたことないんでしょ?」

「起動確率は、0.000000001%。 O−9システムとは、よく言ったものだわ」

「それって、動かないってこと?」

「あら失礼ね。 0ではなくってよ」

「数字の上ではね。 まぁどのみち、動きませんでした。 ではもう、すまされないわ」




ミサトの言うその言葉が、シンジには重く感じられる。

父はいったい、こんなところで自分に何をさせようというのだろうか。







赤い液体のプールをボートで渡り、辿り着いた場所には光がなかった。

一寸先も見通せない、深淵の世界。




「あ、真っ暗ですよ?」




シンジの声に応じるよう、照明がつけられる。

研究施設を思わせる、冷たい金属壁に囲まれた空間。

赤い液体のプールに腰まで浸かった、頭部に角をもつ巨大な人間の姿が目の前にあった。

予期しない存在に、シンジは声もない。







――鬼神







その言葉があてはまるだろう、額に角を生やした紫色の巨大な人間。

目の前にあるのは、禍々しい巨大な二つの瞳。

思わずのけぞった身体を、シンイチが支えてくれた。




「顔!? 巨大ロボット?」




そこにあるのは、そうとしか言い表せない巨大な頭だった。

シンジをまっすぐに見据える、巨人の顔。

手にしたファイルをめくるが、それらしいことは何一つ書いていない。




「探しても載ってないわよ」

「えっ?」




そう告げたのは赤木リツコだった。

彼女はシンジでなく巨人を見据え、説明を続ける。




「人の造りだした究極の汎用人型決戦兵器。 エヴァンゲリオン。 これはその初号機」

「建造は極秘裏に行われた。 我々人類の、最後の切り札よ」




抑揚もなく、淡々と告げるリツコ。

言われただけで全てを割り切れるほど、シンジは静観できていない。




「これも、父の仕事ですか?」




こみあげる恐怖を押し殺し。

震える声で、それだけをどうにか絞り出す。




『 そうだ 』




スピーカーから聞こえた声は、忘れもしない。

実の父親の声だった。

声を頼りに、頭上を見上げるシンジ。

初号機の角の先。

壁の一部分ガラス張りになった向こうから、自分を見下ろす父の姿があった。




碇ゲンドウ




十年の時を経て、再会した実の父と息子の間には。

ただ重苦しい沈黙だけがあった。

威圧的な父の姿。

シンジの身を震わすのは、ただ、恐怖。




『 久しぶりだな 』

「……父さん」




言いたいことはあったはず。

けれどその全てが、シンジの中から急速に失せていく。

そんなシンジの言葉を待たず、ゲンドウは口元を小さく歪ませた。




『 ふっ、出撃 』




「出撃? 零号機は凍結中でしょう!?」




思わず口を挟んでから、ミサトは己の目前。

物言わぬ鬼神――― エヴァンゲリオン初号機の顔を凝視した。

紛れもなく、現状唯一の戦力。

唯の一度も起動したことがないのを除けば。




「まさか初号機を使うつもりなの?」

「他に手はないわ」

「レイはまだ動かせないでしょう? パイロットがいないわ……!」




言ってから、ミサトははじかれたよう隣を向いた。

リツコの視線の先。

そこには下を向き、ただ立ちつくすシンジの姿がある。




「さっき届いたわ」

「…マジなの?」

「碇シンジ君」




リツコに名前を呼ばれて、顔をあげるシンジ。

事態を未だのみこめていない少年に、大人達は残酷なまでに現実を告げる。




「貴方が乗るのよ」

「……え?」

「でも、綾波レイでさえエヴァとシンクロするのに7ヶ月もかかったんでしょ?」

「今来たばかりのこの子にはとても無理よ!」

「座っていればいいわ、それ以上は望みません」

「しかし!」




あくまで納得しないミサト。

食い下がる彼女をまっすぐに見据え、リツコはつき放すように告げる。




「今は使徒撃退が最優先事項。 その為には誰だって、僅かでもシンクロ可能だと思われる人間を乗せるしか方法はないの」

「分かっているはずよ? 葛城一尉」




厳しい表情のままでリツコを睨みながら、言葉を返せないミサト。

何も言えないままのシンジ。




「……そう、ね」





憤りをかみ殺した、ミサトの表情。

私情はこれ以上は挟めない。

道徳も倫理も失われた、彼女がいるのはそんな世界。




「……父さん。 何故よんだの?」




俯いたまま、小さく呟くシンジ。

父の声は、無機質な鉄のようにただ冷たい。




『 お前の考えているとおりだ 』

「じゃあ、ぼくがこれにのって、さっきのと戦うの?」




シンジの脳裏に浮かぶ使徒の姿。

ミサイルをものともせず、戦闘ヘリを虫でもはらうようにたたき落とす。

その圧倒的な力。




『 そうだ 』

「いやだよそんなの!」




堪えていた涙がついにはこぼれた。

眉一つ動かさない父の表情。

それを睨み付けるよう見上げ。




「何を今更いうんだよ?」

「父さんは、ぼくがいらないんじゃなかったの?」

『 必要だからよんだまでだ 』




父の言葉に、ただ項垂れるシンジ

絞り出すような、消え入りそうな声で再度問う。




「なぜ、ぼくを」

『 他の人間には無理だからなぁ 』

「無理だよそんなの…見たことも聞いたこともないのに―― できるわけないよ!」

『 説明を受けろ 』

「そんな……できるわけないよ! こんなの乗れるわけないよ!」

『 乗るなら早くしろ? でなければ帰れ! 』




それは、ミサトやリツコだけでなく。

初号機の整備員達から見ても、あまりに残酷なしうちだった。

少年は両手を握りしめ、肩をふるわせつづける。




「…これに乗せるために、ぼくをよんだの?」

『 そうだ 』




何の労りも感じられない、冷たい父の声。

シンジはただ、拳を握りしめるしかなかった。







 ――激震







『 ヤツめ。 ここにきづいたか 』




忌々しげにゲンドウ。




「シンジ君、時間がないわ」




リツコの言葉は、シンジへの搭乗勧告。

救いの道を求め、シンジはミサトを向く。

腕を組んだ姿勢のミサトの顔は、厳しい大人のそれ。

つきつけるのは、哀しいまでの現実。




「のりなさい」

「いやだよ、せっかくきたのに……こんなのないよ!」




顔をそむけ、下を向くことしか少年。

身体をかがませ、シンジの顔を見上げるような姿勢でまっすぐに顔を向け。

目を逸らさずにミサトは問いかける。




「シンジ君。 何のために、ここに来たの?」




それは、まぎれもなく父に会うため。

どんなに嫌っても、それでも会いたかった父のため。

認めたくなかったその事を指摘され、シンジはまた顔を背ける。




「だめよ逃げちゃっ。 お父さんから、なによりも自分から!」

「わかってるよ! でも、できるわけないよ!」




シンジの叫び。

それは彼の、心からの拒絶の意志。

ミサトにもリツコにも、もう、何も言えなかった。

当然だろう。

まだ年端もいかぬ少年に、理解し、そして納得しろと言う方が無茶な話。

もしも責められるとすれば、それは大人達に他ならない。







『 …冬月、レイを起こしてくれ 』

『 死んでいるわけではない 』




『 レイ 』

『 予備が使えなくなった。もう一度だ 』




スピーカーから、父が誰かと話すのが聞こえていた。

けれどシンジには、そんなことはどうでもよかった。

もう、どうでもよかった。





「初号機のシステムをレイにかきなおして。再起動」




了解。全作業を中断

再起動に入ります




初号機の前に立ちつくすシンジを残し、持ち場へと歩き出すミサトとリツコ。

それぞれの職務を果たすこと。

それが彼女たちの仕事であり、今成すべきことであるから。




シンジの傍に残ったのは、何も語らないでいた渚シンイチだけ。

彼は無言のまま、じっと頭上のゲンドウを見上げている。







やっぱりぼくは・・・いらない人間なんだ!







絶望と後悔にまたさいなまれる。

父に会いに来るべきではなかった。

田舎で静かに暮らしているべきだったんだと。







―― 少しの間をおいて

医師と看護婦にひかれて、ストレッチャーが運んでこられた。

横たわっているのは、まだ年端もいかない少女。

白くか細い肌には包帯が巻かれ、左手には点滴がつけられたまま。

右目と右腕は大部分は、包帯に覆われていた。

肌のラインをそのままなぞる、奇妙な衣服。

蒼い髪。

白い肌。

赤い瞳。







あの時、シンジの見た少女にうり二つの容姿。

ただ一つ異なるのは、彼女が負傷していること。




初号機の前まで来ると、ストレッチャーから自力で立ちあがろうとする。

運んできた医師達の姿はすでに立ち去っていた。

彼女一人が、そこにいる。

シンジに気づくこともない。




身体を起こす。

それだけのことが少女の顔を苦痛にゆがませ、あえがせる。

満身創痍。

包帯ににじむ赤い血が、ベッドと同様床をぬらした。




それでも戦うつもりなの?

あの怪物と?

自分と変わらない年齢の、この少女が?

わからない。

何故きみは、父の命令に従うの?

彼女の考えが全くわからない。







先ほどとは比較にならない大きな揺れが襲った。

立っていることすら出来ず、シンジはその場に尻餅をつく。

ストレッチャー上の少女もまた、抗えず床に投げ出されていた。




振動は施設の天井の一部を破壊し、落ちた残骸がシンジの頭上へと――




「危ないっ!!」




ミサトの叫び。

だがそれはあまりにも遅い。

そして座り込んだシンジには、そこから動くことはできない。




「うわぁっ!!」




両腕をあげ、思わず身を庇う。

と同時。

初号機の右腕が赤いプールから跳ね上がり、落下物をはねあげた。

シンジの身を守るよう、初号機の腕が庇ったのだ。







EVAが動いた? どういうことだ!

右腕の拘束具を、ひきちぎっています




職員達にも焦りの色が濃い。







「まさか、ありえないわっ!」

「エントリープラグも挿入していないのよ?」

「動くはず無いわ!」




倒れた拍子に書類をまき散らしたまま。

座り込み、呆然と初号機を見上げるリツコ。

開発に携わる彼女ですら、予想だにしなかった状況。




ミサトもまた、倒れまいと近くの手すりにしがみついた姿勢で。

初号機を見つめて呟く。




「インターフェイスも無しに、反応している、というより守ったの? 彼を…」




視線の先には初号機を見上げ、呆然と座り込んだままのシンジ。

初号機の右腕は、今なお立ち上がれないシンジの真上。

それっきり、動く気配は微塵もない。




いける!







確信だった。

碇シンジは初号機を動かせる。

ミサトはその時本当の意味で、何としても少年を初号機にのせる決心をした。

それ以外、使徒に勝つ手段はない。







そんな彼女たちに構うことなく、シンジは少女へと駆け寄った。

先に駆け寄っていたシンイチが、彼女の身体を抱き起こしている。

少女の土気色した顔は、懸命に痛みを耐えていた。

高熱を出したときのように身体は震え、絶え間なく苦悶の声をもらす。

こんな少女を、戦場に出すというのだろうか?

あの使徒を相手に?

死んでこいと言うのか?

大人達は?

そして自分の父は!




「大丈夫。 怪我は酷いが、死にはしないよ」




シンイチは少女を腕に抱いたまま、顔を上げずシンジに声をかけた。

彼の言葉に、シンジは安堵する。




「よかった…」

「君はどうする?」

「…え?」




問われている意味が分からなかったのだろう。

聞き返すシンジ。

不安を隠せない彼の顔をまっすぐに見据え、シンイチは続ける。




「世界がどうとか。 他人がどうだとか。 そんなのは二の次でいいんだ」

「今の君の思いを、そのまま伝えてやればいい」




彼の口にした言葉は、あるいは身勝手な考えかもそれない。

それでも――




黙したまま足下をみつめ、右手の拳を握りしめるシンジ。

初号機へと振り返る。

これに乗るということは、使徒と戦うことを意味する。

死への恐怖。

期待されることの責任と重圧。

こんなものに乗りたくない。

自分が乗れるわけがない。

そんなシンジに、シンイチは諭すように言う。




「納得できなくて当然だよ。 でも、分かっていることが一つだけある」

「君が乗らない限り、この女の子がロボットに乗せられる」

「無論、君に乗る義務はないよ。 断ることも出来るし、誰も責めはしない」

「けれど、君は自分を責めてしまうんじゃないかな? これから先、生きている限りずっと」

「……ぼくは……」




少女をもう一度見つめた。

きつく目を閉じ、身体を痙攣するように振るわせ続ける少女。

ふと、シンイチに抱かれた彼女の指先が目に入る。

腕をつたい、一滴ずつ流れ落ちる、赤く、熱をおびた液体。

それは少女の流す血。




シンジは思わず目を見開き、その光景を凝視した。

足下に小さな赤い水たまりつくる、彼女の血。

死の臭い。

それが確かに目の前にあった、。







『 逃げちゃだめだ 』




父さんから




『 逃げちゃだめだ 』




目の前の、辛い現実から




『 逃げちゃだめだ 』




『 逃げちゃだめだ 』




『 逃げちゃだめだ 』







自分に言い聞かせるよう、何度も口にするその言葉。




『 逃げちゃ、だめだ!! 』




目をつぶり拳を握りしめる。

先ほどミサトに言われたこと。

自分から、逃げちゃダメなんだ!







「やります。 ぼくがのります!」




先ほどと人が変わったよう、強い意志をその瞳にこめて。

少年ははっきりと自分の意思で、そう口にした。







エントリープラグ、固定終了

了解、第一次接続開始。




声の後、シンジのいる操縦席内の色がめまぐるしい変化を見せた。

あか、あお、きいろ、みどり、あか、あお、きいろ、みどり

そして無色に。




エントリープラグ 注水




アナウンスと共に

シンジの足下から、黄色い液体がわき出してきた。

それは瞬く間に操縦席を満たしていく。

シンジに出来たのは、息をとめることだけだ。




「大丈夫。 肺がLCLで満たされれば、血液が直接酸素をとりこんでくれます」




リツコの言葉。

シンジはそれでも嫌悪感を隠せなかったが、何より息が続かなかった。

大きな泡をふき、LCLを口内にいれるシンジ。




「気持ち悪い…」

「我慢なさい! 男の子でしょう!」




ミサトに一喝され、仕方なく黙り込む。

正直、性別は関係ないと思う。




主電源接続

全回路動力伝達




了解

第二次コンタクトに入ります




LCLが色を失う。

液体の中にいるはずなのに、空気中と何ら変わらない感触。




A10神経接続、異常なし

思考形態は、日本語を基礎原則としてフィックス

初期コンタクト、全て問題なし




リツコやオペレーター達のやりとりが聞こえている。

シンジはそんなことよりも、コックピットにいるはずの自分に外の景色が見えることの方が不思議だった。




シンクロ率 41.3%

ハーモニクス、全て正常値


発進、準備!


第一ロックボルトはずせ!

回路確認!

アンビリカルブリッジ、移動開始!


第二ロックボルトはずせ!







『 シンジ君 』




エヴァを封じ込める、拘束具が解放されていく最中。

シンジの耳に届いたのは、哀しげなミサトの声だった。

発令所にいる彼女の顔はシンジには見えない。

けれどミサトのその表情が、シンジには不思議と思い描けた。

恨みたい気持ちが、ないとは言わない。

けれど少なくとも、彼女は自分のことを気にかけてくれている。

そのことだけが救いに思えた。




『 あなたに、こんなことを頼むのが筋違いなのは承知してるわ 』

『 恨んでくれても構わない。 遊びじゃなく、これは戦争なんだから… 』

『 それでもお願いするしかないの 』

『 初号機に乗って。 そして、生きて帰ってきて 』

『 勝手な話よね 』




自嘲気味に聞こえるミサトの独白。

シンジはただ何も言わず、その言葉を胸に刻み込んでいく。




1番から15番までの、安全装置を解除

内部電源、充電完了

外部電源用コンセント、異常なし

了解。エヴァ初号機、射出口へ




アナウンスだけが流れる僅かな間。

時間にしてみれば、それこそ数秒の沈黙の後。

シンジは右手で操縦桿を握りしめ、こう口にした。




「わかりました……ミサトさん」

『 …ありがとう 』







進路クリアー

オールグリーン





「発進準備完了」

「了解」

発令所。

出撃準備完了を告げるリツコの言葉に頷いて、ミサトは後ろへと振り返った。

そこにあるのは、総司令官の席。

机に肘をのせ、両手を顔の前でくんだ姿勢で、碇ゲンドウがそこにいる。




「構いませんね?」

「もちろんだ。 使徒を倒さねば、我々に未来はない」




ミサトの問いかけに即答するゲンドウ

自分の息子を心配する親の顔は、微塵も見えはしない。

冷酷なネルフ司令官。

その傍らに立つのは副司令官。

冬月コウゾウ。

彼はモニターから顔を逸らさぬままで。

確認するよう、ゲンドウへと問いかけた。




「碇。 本当にこれでいいんだな?」




その問いに、ゲンドウは薄く笑うだけ。







 「発進!」







ミサトの号令一つ。

リフトに固定された初号機が、加速レールで地上へと送り出される。

使徒の待ち受ける第三新東京市へと向けて。




打ち出された正面に、待ち受ける第三使徒。

サキエルの姿。

対峙する初号機の中で。

シンジは呆然と、その姿をみつめるのだった。







モニターにうつる使徒と初号機を見つめながら。

ミサトは胸元のペンダントを握りしめ、そのことだけを願い続けていた。




――シンジ君、死なないでよっ!







今此処に、ネルフと使徒との戦いが幕を開ける。

人類生存の有無をかけた、避けられない戦いが…。







唯一人。

発令所に背を向けて、歩き出すのは渚シンイチ。

黒い革手袋に包まれた右手を軽く握りしめる。





「神話をつくろうとする戯曲―― 笑えないよね」





彼の思いは、バイザーに隠されて見えない。











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