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そして人々は、補完計画によってこの星から姿をけした。

世界中でたった二人。

残された幼い子供たちの心と身体に、癒えることない深い傷痕だけを残して。

自らの手で終焉の道を選んだ。














 新世紀EVANGELION −once more again−

 00話  魂のルフラン

 たましいのるふらん













暗い闇にのまれた空と、紅い海の描き出した世界。

白一色の砂浜。

死の寒さと血の臭いが創り上げる、生の存在を否定する世界。

数多輝く星の光明。

青かった海はLCLの赤の色に変わり果て。

人の罪を示すよう、巨大な十字架だけがその海につきたっていた。

無数の十字架に磔にされたのは、醜い屍とかした量産型エヴァンゲリオン。








人の生きた証。

それを残したいがために、少年の母親は人であることをやめて初号機に残った。

人の証を永久に見守る、異形の存在へとなりはてた。

その母を求めるがあまり、少年の父親は他の全てを捨て。

己の中にわずかに芽生えた人の良心さえも排除して男の妻を求め続けた。

そして、彼らの息子である少年は――

他人に恐怖し。 拒絶し。 妬み。 渇望し。

己の弱さを露見して、耐えきれずに―― 最後の引き金をひいた。







サードインパクト。 人類補完計画。







誰もが有する心の喪失。

人が人であるが故に埋められない心の隙間。

それを補うために人という名の個を捨てて、一つの存在へと融合を果たす。

新たなる進化への儀式。

人類補完計画とはそういったものらしかった。

一握りの人間が望んだ、これ以上ないほどに傲慢で身勝手な行い。

許されざる咎。







血の赤をうつしたとった色、同じ臭いのする液体。

LCLへと還った人々。

彼らは皆一様に望んだのだろうか。

この結末を―― このような結末を。

人としての生き方を、己の生を捨てることを躊躇わなかったのだろうか。

確かめたわけではなくとも。

その全ての現象を目前で見せられていた少年は確信していた。

この地球に、自分と少女をのぞいてもう誰一人―― 人は存在していないのだと。







否。







生命活動を行うという意味でなら、LCLと化した人々も生きてはいるのだろう。

だがそれは、人のあるべき姿などでは決してない。

少なくとも少年に、そうとは思えなかった。

『 死 』は回帰ではないはずだ。

それが再生の道でも、唯一の選択であったとも思わない。

それはただ、終わることなのだ。







見渡す限りに広がりをみせる、LCLの海。

そこにはかって、自分の仲間でもあった少女の巨大な顔が浮かんでいる。

エヴァよりも巨大で、蝋燭のように白い色をした亡骸。

彼女の身体から流れ出る赤い血もまたLCLなのか。

少年とその父が、亡き母の、亡き妻の面影を重ね、惹かれ続けた存在。

人の心を有しながら、同じ人ではなかった少女。

リリスの分身であった、己の意志で生きることも許されなかった哀しい少女。

それでも最後には、少年を助けようとしてくれた。

きっと誰よりも終わりを望み―― 無に帰ることを望んでいたはずの少女。







綾波レイ







その亡骸を視界にとらえながら、少年は砂浜に座り込んでいる。

そうすることしか、今の彼にはできなかったから。







碇シンジ







サードインパクトを結果として引き起こした、親の愛情を知らぬ少年。

その愛情を求め続け、得ることを許されなかった存在。

最後まで苦しみ、その叫びは届かず、道具にされ続けた。

その痛みと苦痛はどれほどに、その未成熟な心を傷つけただろうか。

感情など消え失せた虚ろな眼差し。

それが全てを物語る。







少年の傍らに横たわるのは、碇シンジを除けば唯一人。

この地球で今も生存する人間。







惣流アスカラングレー







深紅のプラグスーツに身を包んだ、亜麻色の長い髪をもつ少女。

シンジと同じく使徒と戦う事を運命づけられ、それだけに執着したがあまり、一度は精神までも壊されたエヴァのパイロット。

一人であることに怯える己をひたすらに否定し、隠し続け。

頑なに強さを誇示することで、自分の居場所を守ろうとしていた幼い少女。

シンジと同じ、愛されることを何より強く望んでいた少女。

そして同じであるが故に。

最後の最後まで互いを拒み続け、他人でいられた少女。

彼女の右腕と左目には、誰が処置したのか分からない包帯が巻かれていた。







姉と慕い、家族であろうとした女性。

葛城ミサトはシンジに精一杯生き抜くことを伝え。

その命をおとした。




兄であった男性。

加持リョウジは最後まで真実を追い求め。

帰らぬ人となった。




科学者と女であることの狭間で揺れた女性。

赤木リツコはそれでもゲンドウを求め。

愛した男の凶弾に倒れた。




彼らは満足だろうか。

最後まで己らしく生きたのだろうか。

そう思うことすら、今はどうでもいいとさえ感じていた。

全ては終わったのだ。

ただ一つ―― 共に残されてしまった少女の事を除いて。







横たわる少女の呼吸は弱く、衰弱しているのは医療知識のない少年にも見てとれた。

発熱のせいもあるのだろう。

血の気を失い、青ざめた顔色。

額ににじむ汗を、シンジは震える手でそっと拭ってやった。

目の前の少女の心を、きっと誰より深く傷つけただろう己の手。

その手で触れることが怖い。







ゼーレの操る量産型エヴァンゲリオンによって、彼女の操る弐号機は破壊しつくされた。

ロンギヌスの槍のコピーにその身を貫かれ、生きながらにして量産機に喰われた弐号機。

その行為はシンクロするパイロットの身体にも深刻なダメージを負わせた。

100%という高いシンクロ率の代償。

アスカは破壊される弐号機と同じ苦痛を味わい―― そして絶命したはずだった。

確かに一度。







サードインパクトの生じた後。

補完から目を覚ましたシンジの傍には、弐号機にいたはずのアスカが同じように横たわっていた。

心の補完。

半ばそれに引き込まれたシンジにとって、自分を拒絶するアスカはいてはならない存在。

動かない彼女の上に馬乗りになる。

緩慢な動きで、その白くか細い首に手をかけた。

殺す気だったのだろう。 おそらく。







『 ――気持ち悪い―― 』







虚ろな瞳で、アスカの口からこぼれたその言葉。

シンジに対する拒絶ともとれるその言葉が、逆に彼の心を落ちつかせた。

生きている。

まだ人が生きている。

そのことが人を滅ぼしたシンジにとって、何よりの救いだったから。







あの時彼女が自分を拒絶しなければ、シンジもLCLになっていたのかもしれない。

今となってはその方が、幸せだったのかもしれないが。







「…アスカ」







意識しない間に口にしていた、目の前の少女の名前。

あんなにも気軽にその名を呼べていたのは、もう遠い昔のことに思えた。

その声が聞こえたのだろう。

少女はゆっくりと蒼の瞳を開け―― 縋るような目のシンジに、小さく微笑んだ。

その笑みは、血の気のない肌の色と相成ってとても弱々しいけれど。

今の彼女に出来る、精一杯の笑顔。

苦痛でも憎悪でもなく。

拒絶でもないそれの名は―― 優しさ。

その心を感じとれるのは、シンジの迷いではないだろう。







「なんて顔、してるのよ……バカシンジ」

「……ゴメン。 僕がリツコさんだったら、きっと身体も治してあげられるのに」

「…いいわよ、もう。 自分の身体よ」

「自分で、わかって、るんだから」







喋ることですら、おそらくは痛みを伴うのだろう。

途中何度も休みながら、やっとそれだけの返事を返す。

そんなアスカの瞳は、この状況下にあっても不思議と安らいだものに見えて。







「…ねぇ、シンジ」

「なに? アスカ」

「アンタとこうして、話すの……本当に、久しぶり」







きっかけは、幾つもあった。

一年にも満たない訓練しか受けていないシンジが、幼少の頃からエヴァのエースパイロットとして訓練を受けてきたアスカのシンクロ率を抜いたこと。

アスカの敗北した使徒に、暴走とはいえシンジの初号機が勝利したこと。

エヴァに全てを注いできた少女にとって、それは彼女の存在をも揺るがす衝撃だった。

プライドを砕かれたアスカが己を追い込み続け、そしてついにはエヴァにシンクロすらできなくなったこと。

それらの全てが積み重なり。

いつしか二人は会話すらできない状態まで追い込まれていた。







互いに苦しみ続けていた。

互いを強く憎んでいた。

それと同じぐらいに強く互いを求めていた。

だがそれを、14歳の少年少女に求めるのはあまりに酷な願い。

子供達には長い人生経験もなければ、上手に他者と生きる術も学んでいる時間などなかったのだから。

けれど二人には互いしかおらず。

少年と少女の距離はあまりに近く、支え合うにはまだ弱く幼すぎた。







「…そうだ、ね―― 本当に―― 本当に、久しぶりだ」







泣くのを堪えて、無理につくった笑顔で、シンジ。

そんな彼に頬笑んで、アスカは瞼をふせる。

痛まぬよう彼女の上半身を支えながら、シンジは己の膝に少女の頭をのせてあげた。

少しでも苦痛を和らげたい。

その気持ちだけが、今にも空っぽになりそうな彼の心を動かしていた。

満更でもない様子で、アスカもそれに従う。







「もっと、さ。 話してみたかったな」





ぽつりと、アスカ。

シンジはただ、そんな彼女に頷く。

言葉は必要ないと、そんな気がしたから。

今は彼女の言葉に耳を傾ける。





「一緒に、暮らして」

「同じ学校に行って」

「NERVにも通って」

「機会はきっと、沢山あったのに、さ」







ぽつり。 ぽつりと。 独白するように。

そこまで言い終えてから―― 疲れたのだろう、ゆっくりと目を閉じる。

そんなアスカの頬をなでるシンジにも、別れの時が近づいているのは感じとれていて。

一瞬でも気をぬけば、その瞬間にも泣き崩れてしまいそうで。

堪えようとすれば頬がひきつり。

ついには、目の端からこぼれる涙の熱が伝わってきた…。

どうしてこんなにも、いつも自分は弱いのだろう。

弱さは罪。

その弱さこそがこの現実を招いたというのに。







「泣いて、いるの? …バカシンジ」

「その台詞、もっと……もっと聞きたいよ。 僕も」

「…バカって言われて、嬉しいの?」

「アスカは、そのバカに優しかったから…」

「ほんとに。 バカシンジだわ。 アンタは」

「…うん。 バカシンジだ、よ」







少女の左手が、シンジの目元にそっとのびた。

震える指でどうにか涙を拭いてやると、その腕は力無くおちる。

今の彼女にはそれだけでもどれだけ辛いことなのか。

いやすでに、そんな力など残っていなかったはずなのに。

少女は成し遂げたよう、満足げに微笑む。







「悪い、わね。 ……もう…一緒には、いれないみたい…」







彷徨うように、宙へと伸ばされたか細い手。

唇をかみしめて、彼女の手を両手で包みこむ。

アスカに見えるよう、胸の前でしっかりと支えた。







「心残りだから……言っとくわ」







腕を握るシンジの手にも、自然と力がこもる。

けれど、握り返すアスカの力は哀しいくらい弱く。

その時が間近であることを、残酷でも二人に知らせるようだった。

悔やんでも。 悔やんでも。

どれほど悔やんだとて―― 現実は何一つ変わることはない。







「エヴァに拘って…シンジを、憎んだわ。 アタシから、みんな奪ってくシンジを…憎んだ」

「アタシには……何も、くれないシンジを、憎んだの」







彼女の拒絶と憎悪を、シンジは補完の中で知っていた。

アスカが何を望んでいたのか。

そして自分は、そんな彼女に何をしてきたのか。

―― その全てを知識として与えられていても。

彼女の口から伝えられる言葉は、止まりかけた心をえぐっていく。







―― けれど、その続きの言葉は――







「だけど……」

「アンタのこと、嫌いじゃ、なかった…」

「嫌いたくなんて……なかった」







―― 予期しないその言葉もまた、確かな少女の心の言葉――







「アタシと似ていて、でも、アタシとは違うシンジのこと……嫌いじゃ、なかった」

「もっと、ずっと、一緒にいたかった」







それは、口にできないでいた少女からの、少年に対する温かな想い。

だから少年は、その細い体を胸にかき抱いた。

涙がとまらなくても、もう構わなかった。







「僕も、一緒に、いたい……アスカと、ずっと、一緒に」







返されたのは拒絶でなく、透き通るような微笑み。







「泣くんじゃ、ないわよ………バカ、シン、ジ…」







眠るように自然なまま。 静かにその瞳が伏せられた――







―― それらしい発作も、痛みさえも見せずに。

青く澄んだ瞳は、待っていてももう開かれなかった。

その口から、あの大好きだった声を聞くことはできなかった。

それっきり。

もう、それっきりだった。







「……アスカ!!」







名を呼んで、腕の中の彼女を強く揺り動かす。

怒られてもいい、どうか自分を叱ってくれ。

そんな思いで名を呼び続ける…。

―― けれどもう―― 少女の瞳は、開かない。

小さなその唇が、少年の名を呼んでくれることもない。

委ねられたその手が、頬をひっぱたくこともない。

だから少年は、その身体を抱きしめ―― ただ彼女の名を呼び続けた。











噛みしめた唇は、鉄の味を。

砂浜に叩きつけた拳は、ただ痛みだけを伝えてくる。

足りなかった。

今もこうして生きている自分が、ただどうしようもなく憎かった。

どうして自分が生き残り、人々が死ななくてはいけなかったのだろう。

どうして自分は耐えられなかったのだろう。

自分さえしっかりしていれば、この最悪の状況を回避できたのではないのか。

アスカも、綾波も、みんなも。

誰も死なずにすんだのではないのかと。

何度も、何度も、右手を砂浜に叩きつけた。

それでも生きている自分が、誰よりも許せなかった。







「そこまでにしよう。 君が君自身を傷つけることを、誰も望みはしないはずだよ」







振り上げた拳をつかみ、制したのは。

ここに生きているはずがない少年だった。

白に近い銀色の髪。

赤い瞳が、座り込んだシンジを、ただ哀しげに見つめている。







「…渚、カヲル……カヲル君!?」

「覚えていてくれたんだね、碇シンジ君」







渚カヲル。







ゼーレの送り込んだ最後の使徒。

シンジが己の操る初号機の手で殺したはずの、友達と呼んだ相手。

自分のことを好きだと言ってくれた。

殺してくれと笑った少年。

自分を裏切った使徒。

でも―― そんなことはもう、今となってはどうでもいいことだった。

守らなくてはならなかった人たちはいない。

であれば、使徒がいようがどうだって構わない。







「……どうして、僕の前に」

「ボクは君の心を傷つけ、サードインパクトを引き起こさせるための鍵だったんだ」

「ゼーレの老人達が用意したね」

「使徒であるボクがアダムへと還ることでも、勿論サードインパクトは起きる」

「結果人は滅びただろう。 でもそれはイヤだった…」

「だからボクは、君に殺してもらうことを望んだ」

「君が、君達が生きていくために…」







そこまでで一度、渚カヲルは言葉を切った。

反応を見せないシンジから、LCLの海へと視線を移す。







「だけどサードインパクトは起きてしまったんだね」

「シンジ君。 君にとってはこれ以上ない、辛い結末になってしまった」

「ボクにとって、生と死は等価値なんだ。 肉体は滅んでも、精神は消え去りはしない」

「だからこうして、今君と話していられる」

「けれど、シンジ君は違う」







再び視線をシンジに戻した時。

カヲルは整ったその表情を曇らせ、口にしようとした言葉を失った。

カヲルに向かず。

胸に抱いたアスカの長い髪を優しくなで続ける、シンジの姿。

その瞳には狂気こそ見えはしないものの、生命の輝きも見えはしなかった。

心の死を思わす姿だと。

そう思わせた。







サードインパクトの核とも呼べる働きを、一人の少年に委ねた結末。

命こそあっても、その心はすでに壊れている。

それをギリギリのところで支えていたのは、他ならぬアスカの存在。

自分以外の人間。 他人。

それを失った今、心の均衡を保つことなど、14歳の少年にできるはずがない。







「君の望みは何だい? この終末の世界が、本当に君の望んだものなのかい?」

「…違う。 何を望むのかは、分からないけど」







わずかに顔をあげて。 碇シンジは確かにそう呟いた。

痛々しいほどに強く握りしめた拳。 震える肩。

堪えていた全てをはき出すよう、カヲルへと向き直る。







「だけど、僕の望んだものはこんな世界じゃない…」

「この世界にいる限り、誰も君に辛くあたったりもしない。 ここは傷つかなくていい世界だよ?」

「でも僕以外、誰もいない世界だ。 傷ついても、辛くても、みんながいる世界が…」

「アスカがいて、綾波がいて、ミサトさんがいて、トウジがいて、ケンスケがいて……」

「みんなが、笑ってた、世界が……っ!!」







大好きだったとは、言えない世界だった。

けれど確かに、あの場所には幸せな時間があった。

失ってこそ切望する、あの温かな時間と日々。







「そう思えるなら。 ボクからこれ以上伝えることはないよ」

「…カヲル、君?」

「ボクは使徒だから。 だからいつも、君と同じ道を歩むことはできない」

「けれど、君のことが好意に値すると言ったのは嘘じゃない。 だから託すことにするよ」







淡々と、そう告げたカヲルの右手の先が。

シンジの目の前で、彼自身の胸へと飲み込まれていく。

声も出ないシンジに頬笑みながら。

カヲルはその右の手を抜き出した。

手に握られるのは、硬球ほどの大きさをした赤一色の球体。

それは使徒であることの証。 コア。







「第17使徒タブリスの力と、この星に残ったサードインパクトのエネルギーを利用して。 世界の時を戻す」

「全ての魂は記憶を失い、また同じ時を刻もうとするだろう」

「だけど君だけは違う。 人ではなく使徒として、世界に再構成されることになる」

「君の知っている誰もが、君のことだけを覚えてはいない。 君のことを知らない世界だ」

「また、君は傷つくことになる」

「苦しい思いをすることになる」

「悲しい思いをすることになる」

「辛い日々を過ごすことになる」

「それでも君は望むかい? 使徒としてやり直すことを」

「戻ったところでまた、同じ絶望を知るだけかもしれないんだよ?」







そう語ったカヲルの目を、逸らすことなく見据えて。

碇シンジは頷いた。

死者を思わすよどんだ瞳とは別人の、強い意志の輝き。

けれどそれは、必ずしも希望に満ちた色ではない。







満足そうに頬笑み。

カヲルは右手に握った己のコアを、シンジの胸へと音もなく差し込む。

微塵の痛みもなく、シンジの身体へと入った腕。

カヲルがその右手を引き抜いた時には、もう手の中にコアは握られていなかった。







「さあ、思い描くんだ。 君が望むあの世界を」







カヲルの言葉を聞きながら。

シンジは自分の意識が、徐々に別の場所へと引き寄せられていくのを感じ始めた。

浮遊感と、身体を吸い込まれるような感触。

戻っていくのだと理解する。

やり直すべき時へと。







―― 胸に抱いたアスカへと顔を向ける。

不思議なほどに今、穏やかなその顔。

彼女の亡骸をこのままにして行くのは、どうしても心残りだった。

そんなシンジの様子に、カヲルはまた微笑む。







「彼女も一緒に行くといいよ。 きっと彼女も、そう願うはずだからね」

「…そうするよ。 カヲル君」







アスカの身体を両手で抱く。

少女の身体は、哀しいぐらいに軽く、そして小柄に感じられる。

この細い身体で、どれだけの痛みと戦ってきたのか。

孤独が辛いと叫ぶ彼女の声を、どうして聞くことが出来なかったのか。

そんなことすらも、気に掛けることができなかった。

自分だけが不幸なのだと、そう思いこんでいた。

だから―― この甘えた気持ちは置いていく。

同じ過ちを、もう二度と繰り返さないために。







「すまなかった。 謝って、許される事じゃないけれど」

「…カヲル君は、友達だよ。 今の僕には、カヲル君の事も分かるから」

「向こうでまた、会おう。 シンジ君」

「…その時は、また」







その言葉を最後にして、二人の身体は消失した。

人の身体を保つためのATフィールドを失い、LCLに還った少年と少女。

残されたカヲルはただ空を見上げ、淡々と言葉を口にする。







「もし、この世界に人の言う神がいるのなら。 どうか彼に、微笑んであげて欲しい」

「人でないボクの願いでは、聞き入れられないのかな…」







少年の願いは、ただ空に消える。







この日、人類の歴史は終わりを告げる。

だがそれは、補完という名の死滅ではない。

人の生きる道を模索する、終局という名の序曲。

その始まり。











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