社説

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社説:視点=拉致と核 日本の戦略は大丈夫か

 オバマ米大統領のアジア歴訪を振り返って、14日の東京演説が少し気になる。大統領は言った。北朝鮮と周辺諸国の関係正常化は、拉致被害者の日本人家族が「完全な説明(full accounting)」を受けない限り実現しないと。大きな拍手がわいたのは当然だ。

 だが、この部分の日本語訳は微妙である。読売は被害者の情報を「家族たちにすべて明らかに」する、朝日は「行方を完全に明らかに」すると訳した。各社苦労の跡がうかがえるが、結局のところ後世に残るのは「十分(完全)な説明」を意味する2語の英語である。

 個人的には、この英語表現は少し弱く、あいまいだと思う。民主党の防衛省政務三役の一人もテレビで同様の懸念を口にした。大統領の揚げ足を取る気はないが、北朝鮮が「十分説明した」と強弁したらどうするか。そんな疑問を日本側に残さぬよう、ここはスピーチライターの腕の見せどころだったはずだ。

 取り越し苦労であれば幸いである。が、私の心配には二つの背景がある。その一つは、米国の研究者や政府周辺の人々から最近、北朝鮮の核問題の解決について、意欲的な見通しを聞けなくなっていることだ。

 北朝鮮を「テロ支援国家」リストから外したように、米国は拉致問題を必ずしもテロと結びつけていない。加えて核問題の解決にも自信が持てないとしたら--。明るい材料がない中で「十分な説明」を日本へのリップサービスとしたのか、あるいは逆に、その言葉で拉致問題に関するハードルをさりげなく下げようとしたのか。慎重な分析が必要だと考えている。

 もう一つは10月末、日本新聞協会などがソウルで開いた日韓編集セミナーだ。私は北朝鮮の核に対する韓国側の恐怖感を尋ねた。これに対し韓国の東京特派員経験者から返ってきたのは、核兵器の脅威を重視するなら「なぜ日本のメディアは拉致問題をあんなに報道するのか」という問いだった。

 「あんなに」かどうかは見方にもよるが、500人近い拉致被害者がいるという韓国では、6カ国協議よりも水面下の交渉で解決を図るべきだという意見が強いようだ。拉致をめぐる日本政府の水面下の努力は別として、韓国メディアの日本への視線は必ずしも温かくない。

 核にしろ拉致にしろ、日米韓の「同床異夢」状態が気になる。これでは6カ国協議が開かれても進展が望めるかどうか。オバマ大統領の東京演説に満足せず、日本は二つの問題解決への戦略を再点検すべきである。(論説委員・布施広)

毎日新聞 2009年11月24日 2時30分(最終更新 11月24日 2時30分)

 

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