<リプレイ>
晩秋の夕暮れ時の山道を影が疾走していた。 七つを数えるその影はいずれも奇怪な装束に身を包んでいた。上から下まで黒ずくめの服、とんがり帽子と一体化した奇妙な紋様付きのフードは途中に空いた穴から無表情な仮面を覗かせている。そしてその手に握られた巨大な鎌。舞い落ちる紅葉の中、そこだけ濃密な『死』の気配を漂わせた集団は、どこかの目的地に向かって迷うことなく進み続けていた。 突然速度が落ちた。あまり使われていない山道の幅は3メートルもなく、その脇にはまばらに木々が生い茂る斜面が続く。その見通しの悪い道の角を大きく曲がったところで、前方に人影が見えたのだ。先頭に立っていた大柄な影が指で合図をすると、七つの影の位置が一瞬で変化する。一列縦隊から、道に三人を残して左右両翼の林の中に二人ずつ。戦いを前提とした陣形へ。 そのまま二つの影は接近し、やがて待っていた人影の一つ……久遠・茜(抱きつき甘えん坊な巫女・b57131)が精一杯に声を張り上げた。 「初めまして、私の名前は久遠茜です……あなた方にお話があるため、ここに推参致しました」 だが相手の動きは止まらない。同じ歩調でさらに進み続け、15メートルを切ったあたりで先頭に立つ大柄な筋肉質の男が仮面を取った。フードの中に見えたのは金髪碧眼、鋭く引き締まった顔は猛禽類を思わせた。 「ギンセイカン、か?」 10メートル強……その気になれば、すぐに戦闘に入れる距離で完全に足を止める。 「口上があるなら聞こう。何だ?」 茜たち10人のメンバーの間にほっとした空気が流れる。 「お察しの通り、銀誓館学園の者です。処刑人の方々ですね?」 意識して丁寧な言葉を使いつつ、巫女服の少女が尋ねた。 「あたしは華音、千鴉羽・華音(華蟲使い・b19017)です。あなたの名前は何ですか?」 「マティアスと呼んでもらおう」 男から無愛想な答えが返る。 「黒閃のマティアスか」 念を押す三門・凛華(空間構築士・b55270)に、偉丈夫はわざとらしく礼を取りつつ答えてみせる。 「我が二つ名をご存じとは光栄だ。お前たちも名乗ってやれ」 「フィリップ」「トーマ」「ペトラ」「ヨハン」「ジャコボ」「シモーヌ」 次々に仮面を取って己の名を告げた6人の顔立ちと声は中学生から高校生ぐらいの年頃のそれで、銀誓館の面々と大差はない。 「…………」 敵の中でも一番若い少年――フィリップを見つめて遠回・彼方(回り道・b48023)が軽く手を振ってみせると、彼は微妙に首を傾げて左右の仲間に視線を走らせた。 (「答えたいけれど駄目だろうな……って感じね」) 処刑人とは言っても別に個人までが機械人形ではないことがわかり、彼方は少し安堵した。 「初めまして、大鳥と言います」 続いて大鳥・芙雪(癒しの盾・b38773)が、あくまでも柔らかな調子で問いかける。 「あなた方が誰も害する気が無いなら通すのも吝かじゃないし、傷つける気ならその意義を今一度良心に問うてほしいと思っている。どうかな?」 「前者が通行を認める条件なら承諾しかねる。処刑すべき者と戦うのは処刑人の務めだ」 だが、と男は言葉を続ける。 「それ以外の者と戦う気も無い。君らとは関係の無い話だ、素直に通してもらいたい」 マティアスは大股に歩み出る。が、芙雪たちが封鎖の構えを崩さないのを見て皮肉な笑みを浮かべた。 「交渉は決裂、ということかな?」 「お前たちと敵対するわけではないが、こちらにも都合があるのでね」 新庄・直輝(不屈の男・b26032)が言い放つと、マティアスの眼がわずかに細まった。 「銀誓館の都合とやらに興味は無いが、立ち塞がるならば排除する」 マティアスが大鎌を構え、両者の間で一気に緊張感が高まる。 「はぁい、質問! どうしてアリスさんを狙うんですかぁ?」 「ところでその服の装飾の意味って何ですか? 三頭の竜とか……」 場を和ませるためかあるいは単純に空気が読めないだけか、なぜか同時に発せられたアーリエル・ゴドフィル(小学生ヤドリギ使い・b61892)と華音の質問に、場の緊張感がいきなり失速する。 微妙に表情を歪めたマティアスは二人を見比べ、からかうように尋ねた。 「答えれば通してくれるのか?」 ぶんぶんと首を横に振るアーリエル。 「残念ながら駄目ですぅ」 「ならば答えられん……と言いたいが、まあ良かろう。銀誓館にはこちらから聞きたいこともある」 何か言いたげに近寄る処刑人の少女を指の合図で下がらせ、マティアスは大鎌の石突きを地面に突き立てて一行に相対する。空いた左手でフードの上の紋様を指して見せた。 「装飾の話だが、鎌の説明は不要だろう。三頭の竜は、かつて奪われた我々の至宝『黄金の林檎』を守るものだ」 「メガリス、ですか」 華音は納得したようにうなずいた。 「アリスについては、任務だとしか答えようがない。邪悪と、それに与する者は滅ぼさねばならん」 まだ納得がいかない風のアーリエルだったが、追求しても無駄だろうと見切った三門・凛華(空間構築士・b55270)がぶっきらぼうに別の問いを放つ。 「俺から聞きたいことが一つある。朝露のシリウスはどうしている?」 コルシカの旧遺跡街道の戦いで現れた少年についての問いに、マティアスは微妙に眉をひそめつつ答えた。 「シリウスだと? あの軟弱者なら英国に渡ったはずだが、それがどうかしたか?」 「そうか……俺は、今はそれさえ聞ければいい」 来たのはやはり穏健派ではなく強硬派か、と考えつつ凛華は質問を打ち切った。代わって威勢良く声を張り上げたのは熱田・智延(白き破断の剣神・b29725)だ。 「今回の来訪もカリストの命令か? なんでそんなにカリストに心酔してんだァ?」 マティアスが大きく首を横に振る。 「命令されたからではない、我らに主などいない。先ほども言ったように、それが我らの務めだからだ」 貴様らにも同様の務めはあろう、と言いたげな調子で肩を竦めてみせる。 「そして別に心酔はしていないが、清廉騎士殿の意向は尊重している。彼は正論を語りその通りに行動するからだ。敬意を払うのは当然だ」 情報を素早く頭の中で整理した摂氏・利紋(高校生土蜘蛛の巫女・b29129)が口を挟む。 「ということは、アリスを狙うのはカリストの意向ということね?」 さらにアーリエルも問う。 「そうなんですかぁ?」 「自由に解釈するがいい」 それきり口をつぐんで鎌の石突きで軽く大地を叩いたマティアスに向かい、銀色の髪をなびかせた少女が進み出た。 「レナ・ストレイハイム(廃墟と楽園・b50229)と申します。一人の吸血鬼として質問させていただきます」 金色の双瞳で相手の碧眼を見つめる。 「何故、吸血鬼を狙うのです? 身に覚えの無い罪で追い掛け回されるのは理不尽ですわ」 「吸血鬼が我々に何をしたか、知らなければ許してもらえるとでも?」 答えたマティアスの眼に嘲りと……微かな憎しみの色が混ざった。 「個々には良き者もいるかも知れんが、種族全体で見れば貴様らは間違いなく邪悪だ。少なくとも邪悪の種だ。放置すればゴーストを束ね人々を蹂躙し、世界を滅ぼそうとする」 決めつける言葉に流石にレナの表情に不快な色が浮かんだが、自制する。 「どうかお聞かせ下さい」 次いで尋ねたのは茜。最初に声を掛けた時と同じく真摯な瞳で問いかける。 「世界結界を壊せばどうなるか知っているのですか?」 「無論だ、そんな事を許す気はない。その為の処刑だ」 大鎌を掲げてみせるマティアスを見て茜は首を傾げた。自分の知っている話と、どこかに矛盾があるように思えた。 「ではお聞きしますが、あなたのやろうとしている事は……正しいとお思いですか?」 「どこが正しくないと言うのだ?」 明快な回答に茜の疑問はさらに深まった。相手の答えに嘘はなく、その眼に狂気の色は無いように見えた。 では、なぜ? 茜は必死で解答の糸口を探ろうとした。 「もしかして、皆さんと私たちの間には誤解があるの……」 カン。 会話のさなか、前方のどこからか響いた小さな金属音に気づいた利紋は敵の7人全体を見回した。 そして愕然とした。いつの間にか、おそらくは気づかれないように少しずつ移動した個々の敵の位置。自分たちの位置。これは……。 「避けろ!」 警告の叫びは間に合わなかった。 七つの大鎌が前触れも無しに一斉に掲げられ、振られた。 黒い刃から分かれて虚空を裂いた七つの半透明の刃は、反応すらできぬ能力者たちを瞬間的に蹂躙した。その首に、頭に、胴に、腰に、次々に食い込み、命を削り取りながらなおも進み、軌道の先の獲物にさらに襲いかかる。 「あ……」 言葉を紡ぐ途中の茜がのけぞり、倒れた。その前にいた華音も白燐蟲を解放する間もなく大地に崩れ落ちる。アーリエルのケルベロスが主人をかばうように軌道の一つに立ちふさったが、処刑の刃は獣の身体を無情に貫き主へと食い込みその意識を暗黒へと落とす。ある程度警戒していた凛華は警告には反応したが、三つの刃の集中点にいては抗いようもなかった。 一瞬にして4人と1匹が戦闘不能……そして群れ飛ぶ刃は残りの者たちの身体をも抉り、かなりの傷を負わせていた。 「くぅっ」 自身も浅傷を受けた利紋は歯がみした。敵は会話に応じていたのではない、会話に集中させつつ少しずつ仲間の位置を調整して必殺の一撃を放つ態勢をつくっていたのだ。 直線上の敵をまとめて穿つ敵の能力については、少なくとも自分と他の数人は警戒していた。だが処刑人たちが見せた連携は想定を遙かに超えていた。わずかな目配せ、何気ない仕草だけで言葉も交わさず配置を整え、全員が瞬間的に静から動へ、会話から戦闘に移る様は、まるで優れたリーダーに率いられた狼の群れのような。いや、例えるならばむしろ。 「軍隊……」 それが処刑人全体の特性なのか、マティアスという男の実力なのかは不明だが、確実なのは一瞬にして銀誓館側が窮地に陥ったということだ。 「人数で勝りながらその利点も生かさない。会話にかまけ敵全体の動きを見てすらいない。その程度で我ら処刑人に挑むか、この素人どもが」 低い声で嘲弄しつつマティアスが突進。倒れた者を容赦なく踏み越え、気力だけで起き上がった茜に大鎌を叩き付けた。 「!」 今後こそ言葉もなく倒れ伏す茜。 「それとも噂に聞く日本人の平和ボケか!」 続いて利紋に向かって鎌を振り上げたところへ智延が割り込む。 「勝負はこっからだ! 俺がテメェらの断罪の刃ごと総て断ち切ってやんぜッ!」 『天叢雲』と『草薙』の二刀を打ち込みつつ挑発する。さらに駆け寄ってきた処刑人と銀誓館の面々が交錯し……。 「何よこれは」 状況を見て取った彼方がうめいた。智延、直輝、芙雪にレナの前衛4人にマティアスを含めた処刑人の4人が当たり、その後方から2人がギロチンの刃とダークハンドを智延に向ける。シモーヌと呼ばれた少女はヤドリギの祝福らしき技を使い回復を担当する。銀誓館の回復主体の布陣に、処刑人は正反対の攻撃陣形をぶつけてきた格好だった。 「まずいわ……これは、まずい」 古の祖霊の力を智延に送り続けつつ、彼方は現状打開の方策を考えた。 あと2人。いやせめて1人いればこちらの回復能力か攻撃力のどちらかに余裕を出せた。そうすれば均衡を破る一手が打てたはずだ。しかし今や余力はなく、しかも初撃のダメージの影響で攻撃に回すべき手数すら回復に回さざるを得ない。つまるところはジリ貧だ。 「覆せるとすれば……」 前衛の誰かが一撃で敵を仕留めるしかない。彼方がちらと横を見ると、赦しの舞を舞い続ける利紋の顔にも焦りと苛立ちが見えた。 だが現状の変化は逆の形で訪れた。 「ぐぅッ!」 マティアスの大鎌を避けた智延に、二つのギロチンの刃が同時に命中した。 「その程度で……断罪……なんざ……」 なおも挑発の言葉を口にしながら智延は地に伏した。マティアスは彼を一瞥し、隣の直輝に向かう。後方の2人の目標も同時に変わる。 「これは……きつい、が!」 立て続けに打撃と刃を打ち込まれ、直輝は吼えた。 「ただでは終わらん!」 彼方の祖霊の力を受け、何本目かのギンギンパワーZも飲み捨てて、肩を直撃した打撃にも構わず前へ進む。ほぼ零距離で放たれた弧を描く蹴りは、敵の少年の顎を完全に捉えた。 「そん……な……」 倒れる少年を避けたところへマティアスが迫った。鎌と見せて拳の一撃。脇腹に叩き込まれた拳は見かけの数倍の衝撃を伴っていた。 「ここまで……か」 崩れる直輝とマティアスの動きを横目で見た芙雪は、目の前の敵を無視して向き直り魔風を放つ。 「止まってくれ……!」 逆巻く風はマティアスをよろめかせ痛撃を与えたが、その足を止めるには至らない。だが「吸血鬼は敵」と宣言した相手の乱入を、レナはむしろ晴れ晴れとした表情で迎え入れた。長剣と日本刀の二刀を構え直す。 「私の舞、避けられるかしら……?」 輪舞のごとき優雅な歩法から繰り出される剣の技がジャコボとマティアス、処刑人の巨漢二人に向かって次々に繰り出される。その流れに逆らうように大鎌が叩き込まれ、虚空の刃が、黒い腕が白いコートに包まれたレナのたおやかな身体を捉える。利紋と彼方と二人の援護を得て、レナはその攻撃のかなりの部分を受けきって見せた。 しかし。 「我らの攻撃を耐え抜くその執念は賞賛に値しよう。だが!」 マティアスの叫びと共に刃が闇に包まれた。「黒閃」の字名の二つの由来……その閃光のごとき戦術、ではないほうのもの。 「ハァッ!」 「ふッ!」 闇の軌跡はレナの輪舞の軌跡と重なった。ジャコボを薙いだレナの剣がわずかに早くマティアスの肩を捉えるが、大鎌の斬撃は少女を袈裟懸けに斬って捨てた。 残るは3人。 「待て!」 地面から鋭い声がかかった。先の攻撃で倒れた凛華が、髪に泥をつけたまま上半身を起こしていた。 「我々の負けだ……行きな。邪魔して悪かったな」 凛華を見、さらに動きを止めた残り3人を眺めてマティアスは薄く笑った。 「降伏か。良い判断だ、仲間は大切にせねばな。ペトラ、報告を」 こちらも即座に戦闘を止めた処刑人たちの中から、副官らしき少女が駆け足で近寄る。 「フィリップは戦えません。他は戦闘に支障はありませんが、敵を考えると万全を期すべきです」 マティアスは自らの肩の傷に手を当てて一瞬考え、即断した。 「ならば怪我をシモーヌが治し次第出発。フィリップとシモーヌは後から来い。かなり時間を食われた……まさかあの状態からここまで粘られるとはな。個々の戦闘力はつくづく侮れんな」 最後の言葉は直輝たちに向けられていた。 そして軽傷者に治療が施され、5つの影が疾風のように先行し、肩を支え合う2つの影がそれに少し遅れて山道の向こうに消えて行った。敗北宣言から3分とたっていなかった。 こういう敵かよ、と内心で歯ぎしりしつつ凛華は怪我の痛みに耐えて携帯電話を取り出す。アリス班に急を告げるためだ。幸い電波状態は良いようだったが。 「つながらない? 向こうの問題か?」 「信号弾を使いましょう。急がなければ危険です」 駆け寄った芙雪に凛華は即座にうなずき返し、差し出された手を取って立ち上がった。 そして簡易発射機に『失敗』を告げる黒の信号弾が装着された。残光が残る空に向かってそれは尾を引いて上がっていき、大音響と共に大量の黒い煙を吐き出した。 「……信号が無い。あちらは成功ね」 利紋が呟いた。吸血鬼の館に向かった者たちは無事に目的を達したようだった。 どこか放心したように空を見上げる10人の少年少女たちの上に、やがて雨が降り出した。雨は次第に勢いを増し、空の煙も、地面に残る激闘の跡もまとめて洗い流し始めた。 「処刑人の人たち……銀誓館の敵に回るんですかねぇ」 金色の髪が濡れるに任せ、彼らが去った方向を見遣りながら、アーリエルが誰にともなく言った。 答えはなかった。
戻ってきた聖女アリス。 顔無き騎士カリスト。 新たな動きを見せる吸血鬼たち。 そして処刑人。 数々の謎に囲まれた銀誓館に、明日はまだ見えない。
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参加者:10人
作成日:2009/11/24
得票数:カッコいい1
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冒険結果:失敗…
重傷者:なし
死亡者:なし
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