2009-11-11
■[研究][大学] 大学院生が卒論・修論指導をすべき理由とそのやり方
大学院生(修士課程、博士課程)が卒論・修論指導をすべき理由は大きくわけて二つ。第一の理由は、後輩の論文を指導することにより自分の論文執筆能力および研究能力の向上をはかるため。第二の理由は、論文中の初歩的な点を大学院生の方にあらかじめ指摘してもらうことによって、教員がより本質的な点について指導することができるようにすること。
指導をしてもらっている卒論生や修論生はこちらも読んで欲しい。
ちなみに、私の所属研究室では、修士1年が卒論指導、博士課程の学生が修論と卒論の指導をすることにしている。
論文指導で得られると期待されること
後輩の論文を指導することによって、自分の論文執筆能力および研究能力の向上が期待できる理由は以下のとおり。
- 読者と指導者の視点を取得できる
- これまで執筆者のみの視点であったのが、読者あるいは指導者の視点で論文を眺めることができるようになる。
- 以前に指導されたことを咀嚼することができる
- 指導基準を構築しなければならないため、過去に受けた指導を再検討せざる得ない。
- 自分の常識が他人の常識と違うことを実感できる
- 他の指導者の指導内容や卒論生の考え方を目の当たりにすることにより、自分と他人は違う考え方をしていることを実感することができる。
大学院生が行なう指導で求められていること
- 教員がより本質的な指導ができるように書式ミスや誤字・脱字などの初歩的ミスを潰してくれること
- 自分がこれまで受けた指導を思いだし、それを後輩にも伝えてくれること
- 卒論生や修論生からの疑問や討論に気軽に応じてくれること
教員が一つの論文指導に費やせる時間は論文の質がどれぐらいであろうと一定なので、書式ミスや誤字・脱字などの初歩的ミスの指摘に時間をとられると、より本質的な論文の流れや説明方法、データの解釈部分などを指導できない。大学院生が初歩的なミスを潰してくれるとより本質的な部分の指導に時間を費やる。
卒論生や修論生が共通してつまづく点が存在する。この共通した点を教員は1年に1度、卒論生や修論生の人数分指摘しなければならないので、毎年繰り替えされる共通した点を大学院生が後輩に伝えてくれると、教員はとても気分が楽。
討論や議論をした方がより、深い理解に到達しやすくなるが、学生が教員と討論や議論するのはちょっときつい。そこで、お兄さん/お姉さん的存在の大学院生が議論や討論を引き受けてくれると、卒論生や修論生も気軽に自分の意見を口に出すことができ、自分の考えをまとめることができる。
指導の際に気をつけて欲しいこと。
大前提として、最後の責任をとるのは指導教員。大学院生の方々は、「指導体験」と割り切って、間違いを恐れずに行なって欲しい。以下に注意点を列挙する。
- 自分のことは棚にあげる
- 相手がわかってくれることを信じて、自分ができていないことでも遠慮なく指摘する。自分ができていることしか指摘できないとすると、大学院生は何も指摘できなくなる。
- 疑問に思ったこと違和感を感じたところを素直に伝える
- 単語がわからないや記述がわからないなど、すべて自分基準でOK。「私はこう思う」と素直に説明すればよい。
- 物事と人は分けて批判しよう
- 批判したり指摘したりする対象は、発言や書かれた文章、図、表、式のみとし、人を批判するのは止める。「あなたは〜」という言い方は人に対する批判と受け取られやすいので、「この文章は〜」とか「この図は〜」とか「私は〜だと感じる」などという言い方をしたほうが無難。
- 相手は悪意を持っているのではなく、知らないのだと考えよう
- どうしてもつらくなったら遠慮なく先生に相談しよう
指導の手順
指導の際には以下のものを準備しておく。
- 赤ボールペン
- 国語辞典、英和辞典
- ポストイット(ページを折り曲げるので代用しても良い)
卒論生および修論生から論文をもらったら、次の順番で読んでいく。
- 表紙
- 概要
- 目次、図目次、表目次
- 参考文献
- はじめに〜おわりに
コメントに関する注意点は以下のとおり。
- できるかぎりコメントは丁寧に書く
- 書き言葉は思ったよりも語調が強く感じらるので心持ち柔らかめな文章で書く
- 悪い点ばかりでなく、良い点があったならば遠慮なく褒める(ちょっと大げさ気味が良い)
- 修正点や検討点があるページを見つけやすいようにポストイットでわかりやすくするか、そのページの右端を折り曲げておく(口頭で説明するとき楽)
- 特に注意すべき大きな点や大きな問題点については表紙に箇条書きの形でまとめておいてあげる
論文の指導後は、必ず口頭で内容を説明すること。口頭での補足説明や質疑応答によって、より指導内容についての理解が増すとともに指導者側もいろいろ学べる。
指導2回目以降は、前回指導したバージョンの原稿も一緒に提出させ、それと照らし合わせて前回指摘した点が修正されている、あるいは、その指摘した点を修正しなかった理由があなたに伝えられているかを確認すること。もし、指摘した点を無視した形になっていたら、理由を追求した方がよい(なあなあで終わらせないことが肝心)。
複数人で論文指導を行なっている場合は、他の人がどのように指導したのかをチェックしておくのがオススメ。自分との考え方の違いや自分が見落としていた点、あるいは指導内容がおかしい点について気づくことができるので、研究能力の向上に多いにプラスになる。
チェックリスト
以下には実際に論文指導の際に気をつける点を列挙する。
指導を受ける際の姿勢などについて
指導者が指導しやすいように配慮されているかをチェックし、そうでなければ教えてあげること。
指導が2回目以降の場合は以下のことも考慮する。
- 前回指導したバージョンの原稿も一緒に提出されているかどうか?
- 前回指摘した点が直っているかどうか(直っていない場合にはその理由について説明されたかどうか)?
書式について
- 所属学科・専攻指定の書式を守っているかどうか
- 表紙は正しくつくれているかどうか
- 論文の構成が正しいかどうか
- 参考文献のページは指定の書式どおりか
- 英語論文ならば
- 表・図ならば
- 単位は記載されているか
- 表や図中の数字や文字は読めるかどうか
- 表と図のタイトルはついているか?位置は大丈夫か(表は上、図は下)
- その表と図は論文中で説明されているかどうか
- 有効数字はちゃんと検討されているかどうか
- 図や表のタイトルと中身は一致しているか
- その図や表は本文中の説明を読まなくてもある程度理解できるようになっているか
- 参考文献の形式は定められたものどおりか
- 誤字・脱字がないかどうか
- 句読点のつけ忘れがないかどうか
- 箇条書きの書き方がその箇条書き内で統一されているかどうか
単語、用語について
できる限り辞書に準じて用語を使うべき。また、概要、はじめに、2章〜考察、おわりにの4つは独立に読まれるので(多くの場合「概要→はじめに→おわりに→2章〜考察」の順番で読む)、特別な用語の定義はそれぞれの部分ごとに行なう。
- ある物事を複数の用語で表現していないかどうか(論文においては言い換えは避ける。ある物事や概念は論文中では常に一つの用語で表現する)
- 専門用語が登場したとき、それは同学科の4年生が常識として知っている言葉であるか(もし、同学科の4年生が常識として知らないような言葉ならば必ず用語の説明をいれるべき)
- 一般的に使われている言葉を特別な意味で使っていないかどうか(一般的な言葉を論文内で特別に使用することは避ける。どうしても、避けられないならばちゃんと定義し、索引にも載せる)
- 特別な用語を定義なしで使っていないかどうか
- 略語について初登場時にフルスペルが示されているかどうか(分野によって略語が意味するところが変わるので初登場時には必ずフルスペルで書かなければならない)
文、文章について
単語を文法にしたがって並べたものが文。文章文を意味のまとまりごとにまとめたのが文章。ある目的の下で文章を組み合わせたものを文書という。
文についてのチェックポイントは以下のとおり。
- 主語と目的語が省略されていないかどうか
- 主語と述語を一致しているかどうか
- わかりづらい複文になっていないかどうか(主語と述語が1組ずつあるのが単文。文中に主語と述語が二組以上あるのが複文。複文は意味が曖昧になりやすいのでできる限り単文にする)
- 責任を曖昧にする「〜的、〜風、〜性、〜調」が使われていないかどうか(断言を避けるためにこれらの言い回しが使われていないかどうか)
- 修飾語、形容詞、副詞の修飾先がはっきりしているかどうか(複数の意味に解釈されないかどうか)
- 形容詞(長い、重い、早い、など)や形容動詞(綺麗な、新鮮な、など)を使うときには量がはっきりしているかどうか(量が伴っていないこれらの修飾語は不要)
- こそあど言葉を使いすぎていないか
- 対応する日本語が存在するのにカタカナ表現を使っていないかどうか(カタカナ表現はできる限り使わない)
- 意味の曖昧な複合熟語を使っていないかどうか(Googleで検索し、1000件以下ならば使ってはいけない)
- 意味のない逆接、順接の接続詞が使われていないかどうか
- 体言止めを使っていないかどうか
文章に関するチェックポイントは以下のとおり。
- 一つのパラグラフ(段落)が一つの主張でなりたっているかどうか
- 文章において視点は統一されているかどうか(ある文では利用者目線で述べているのに、次の文は急にシステム目線になり、さらに次の文では利用者目線に戻るということは発生していないか?視点が頻繁に変わる文章は読みづらい)
- 論理の飛躍はないかどうか?(読んでいて、ひっかかる、あるいは一度後ろに戻って読み直さないと理解できない文章には論理の飛躍がある)
論文の内容について
主に論理(ちゃんと筋道がたって説明されているかどうか)を中心にチェックする。なめらかにサラサラと読める論文が良い論文。どこかでつまづくということは、何かしらの問題があると考えて良い。
- 筆者の成果と先行研究の成果がちゃんと切り分けられているかどうか(同じ章の中で双方がかかれていてはいけない)
- ある主張について、その主張が筆者の主張なのか別の誰かの主張なのかが明確に分かるようになっているか(他者の主張の場合はちゃんと参考文献をひくことで、他者の主張であることを明記しなければならない)
- 筆者の主張について、その主張が正しい理由、データがかかれているかどうか
- 1章で述べられた問題が終章でちゃんと解決されているかどうか(頭とお尻が一致しているかどうか)
追記
このエントリーの反応で「自分に指導するぐらいの能力があるかな?」と不安になっている方がいらっしゃいます。そんな方に魔法の言葉をお送りしますので、大きな声でご唱和ください。はい、ちゃんと、周りの迷惑にならないか確認しましたか?いきますよ。
「岡目八目」
あなたが論文執筆者本人ではないという事実が、あなたが論文執筆者が気づくことのできない部分を指摘できるということを保証します。能力が問題ではありません。しっかりと見てあげられるかどうかが問題です。
私が修士の学生時代、私の指導教員がどうしてもみつけられなかった誤字を見つけたことがあります。taskをtakeと書き間違えていたのです。私がこれを見つけられた理由は、私がその論文の執筆者ではなかったからです。一方で、私の指導教員がその誤字を見つけられなかったのは、彼が論文執筆者だったからです。彼にとっては、そのtakeはtaskに見えていたのです。一方の私は、普通に文章読んでいたら意味がわからないところがあったので指摘したらそれが誤字でした。
本エントリーは何に気をつけて読んだならば良いのかのガイドラインです。あなたの自信に関わらず、これに注意して読めば、必ずや卒論生や修論生の力になれます。ぜひ、論文指導をやってみて、感謝されて、岡目八目の魔法を体感してみてください。
追記2
「後輩の研究テーマは自分とは関係ないから読めない」とおっしゃっている方もいらっしゃいますが、むしろ、自分とは関係のない研究テーマの論文指導を行うべきです。理由は、自分が暗黙に身につけた技術文書作成能力(テクニカルライティング)や批判的読書法(クリティカルリーディング)の汎用性の高さを実感することができるからです。
専門的知識がなければ意味のとれない部分に関してはブラックボックス的に考えれば良いです。とりあえず、論文の記述を信用し、その記述間の論理性をチェックするだけでも、良い助言ができると思います。
特に卒業論文や修士論文の対象読者は、同じ学科や専攻の教員です。学術雑誌や国際会議とは異なり、その分野の専門家を対象読者としていません。あなたは、その研究テーマについて初心者でも、属する学科および専攻の基礎的知識の所有者のはずですから、あなたが分からない論文は、合格点が与えられる卒業論文や修士論文であるとはいえません。遠慮なく、より判りやすく説明させるべきです。
報告書や申請書は対象読者がわかるように書くべきものです。多くの人が、卒業論文や修士論文を指導教員を対象読者として書いてしまいますがそれは間違いです。ですから、「後輩の研究テーマは自分とは関係ない」あなたこそ、後輩に良い助言を与えられる存在であるわけです。健闘を期待します。
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