地球シミュレータ(ES2) |
IntelとNECは16日、次世代のスーパーコンピュータに関するシステム技術を共同開発することで合意したと発表した。将来、NECは現行のベクトル型プロセッサベースのスーパーコンピュータであるSXシリーズに加え、IntelのXeonプロセッサーベースのスーパーコンピュータを販売するとしている。
Intelは次々世代のSandy Bridgeで256bit長のベクトル演算拡張であるAVXを搭載することを明らかにしている。これと今回共同開発することになったシステム技術、高速インターコネクト技術や広帯域メモリ技術等を組み合わせることで、Sandy BridgeベースのXeonを、HPC分野により魅力的にすることが狙いなのだろう。もちろんベクトル型プロセッサに関するNECの豊富な経験も買われてのことだろう。
ベクトル型、スカラ型を問わず、今後もNECは、スーパーコンピュータ事業を継続していくことになる。あるいはXeonを用いたスカラ型のスーパーコンピュータに、ベクトル型のSXシリーズを組み合わせるハイブリッド型のスーパーコンピュータも視野に入っているのかもしれない。
そのNECは今年の5月、文部科学省が推進している次世代スーパーコンピュータ・プロジェクト(いわゆる「京速計算機」)からの離脱を表明した。ベクトル型とスカラ型のハイブリッド構成をとる京速計算機のうち、NECは日立製作所とともに、ベクトル型のパートを担当していた。NECの離脱により、京速計算機はスカラ型のスーパーコンピュータとなることになったわけだ。
この時のプレスリリースにおいてもNECは、自社の事業としてのスーパーコンピュータに関しては継続の意向を明らかにしていた。京速計算機からの離脱は、あくまでも経済的な要因であり、京速計算機の製造段階に必要となる「持ち出し」分の負担が難しくなったことだとしている。これを踏まえれば、今回のIntelとの提携に不思議はないのだが、それでも国家プロジェクトから撤退し、Intelとの提携に走ったような印象を与えてしまいがちだ。
そもそも次世代スーパーコンピュータ・プロジェクトは、「最先端・高性能汎用スーパーコンピュータの開発利用」プロジェクトと呼ばれ2つの目的を持つ。
A. 世界最先端・最高性能の次世代スーパーコンピュータの開発
B. 将来の科学技術・学術研究の発展を目指した利用技術の開発と普及
要するに、スーパーコンピュータを作ることと、使うことの2つを目指したものだ。
しかし、作る側と使う側で、必ずしも理想や目標が一致するわけではない。作る側としては、作ることの目標を問われた時、自分たちの技術で世界一の演算性能を目指すのは自然な成り行きだろう。しかし、これにこだわればこだわるほど、コストは高くなる。逆に使う側にとって重要なのは、CPU時間当たりの使用料が安く、いつでも自由に使えるスーパーコンピュータであり、それが国産技術で作られたものかどうかは二義的なことに過ぎない。
この11月に発表されたスーパーコンピュータのTOP500リストで、圧倒的多数を占めるのはIntelやAMDの汎用プロセッサをベースにしたスカラ型のスーパーコンピュータだ。
この表を見れば分かるように、IntelとAMDのx86/x64プロセッサの合計が、500台中の438台を占める(IA-64も含めれば444台)。独自に開発する必要のない、市販のプロセッサを使ったスーパーコンピュータが圧倒的多数を占めている。
さらにベンダー別のリストを見ると、ここでトップに立っているのはHewlett-Packardであり、IBMが続く。
大半がこれらベンダーの既製品のラックマウントサーバーを用いたクラスタ型のスーパーコンピュータだ。これらは当然のように安価であり、TOP500のリストにあることかも明らかなように性能面でも優れている。使う側からすれば、極めて望ましいスーパーコンピュータだ。しかし、HPのラックマントサーバーを使ってTOP500の1位に輝くスーパーコンピュータを構築したとしても、自分たちの技術で世界一のスーパーコンピュータを「作った」とは言わないだろう。
●仕分け人VS研究者もちろん、このTOP500リストに載るようなスーパーコンピュータは、クラスタ型といっても、ただ繋いだだけでは高い性能は期待できない。それこそ高度な利用技術が必要になるのだが、それでもスーパーコンピュータというハードを「作った」かと言われれば、作ったのはHPやIBMということになる。それは「最先端・高性能汎用スーパーコンピュータの開発利用」プロジェクトの目指すところではないのだ。
このことが端的に表れたのが、11月13日に行なわれた行政刷新会議の事業仕分けだった。3日目を迎えた仕分け作業で、京速計算機に関する予算は大幅な削減が必要とされた。世界一の性能にこだわる必要性や、2位にしかなれなかった場合の意義を問う仕分け人に対し、説明に立った研究者側はとにかく世界一へのこだわりを示した。これは「作る」という立場からすれば当然かもしれないが、「作る」ことで何が生まれるのか、生み出されるものが投入する予算に見合うものなのか、という仕分け人の質問に対する答えにはなっていない。科学研究に役立てるというのであれば、スーパーコンピュータそのものが独自開発である必要はないのである。自前で作ることの必然性、世界一を目指せるだけの高額な予算を投じることの必要性を説明できなかったという時点で、研究者側の負けだった。
2002年に運用を開始した地球シミュレータは、地球温暖化をはじめとする地球規模でのシミュレーションに利用され、単純に金額に換算できない貢献をした。しかも2004年11月にIBMのBlue Geneに破れるまでの長きにわたってTOP500の1位に君臨し続けたことを考えれば、この当時として独自に開発する意義があったのかもしれない。だが、科学研究に利用するのであれば、コンピュータ自体のアーキテクチャや、それが誰のものかということはやはり二義的な問題に過ぎない。
2年半にわたりTOP500の1位を占めた地球シミュレータは、NECのベクトル型スーパーコンピュータをベースとする。TOP500の1位となったことで、スーパーコンピュータベンダとしてのNECの名声は高まったし、技術は高く評価されたに違いないが、それがNECのビジネスにどれだけ貢献したかとなると、それはまた別の問題だ。
上に挙げた2009年のTOP500のプロセッサファミリ別のリストに、NECの名前が1台だけあるが、これは31位にランクされた地球シミュレータだ。地球シミュレータが2年半にわたり1位になったからといって、NECのスーパーコンピュータが世界的に普及したわけではない。これではNECが京速計算機の製造段階に進むことを断念してもしょうがないだろう。価格競争力を度外視して、国家プロジェクトで世界一性能の高いスーパーコンピュータを開発しても、それは一時的な国威発揚にしかならない。総事業費約1,150億円という予算は、それに見合っているのか、ということを仕分け人は問うているのだと思う。
富士通が主導する京速計算機は、同社が開発するSPARCプロセッサをベースにしたものになるという。おそらくNECが参加していた時点においても、スカラ部はSPARCだったのではないかと思われる。しかし、上記のTOP500リストに占めるSPARCはわずかに2台。スーパーコンピュータの主流ではない。主流か非主流であるかは性能には直結しないが、NECが自社のベクトル型プロセッサを拡販したいと考えた時に、魅力的なパートナーでないのは間違いない。x86/x64ベースのクラスタに付加するアクセラレータ的なポジショニングの方が、ビジネスはずっとやりやすいだろう。京速計算機を捨てて、Intelとの提携を行なったのは、SPARCよりx86/x64というビジネス上の判断だったのではないか、と見ている。
京速計算機の予算が大幅削減、あるいは事実上の凍結となったことで、研究者からは日本の科学技術の将来を危惧する声が出ているという。それは当然のことだが、研究者が必要とするスーパーコンピュータが、なぜ独自開発のものでなければならないのか。それを明らかにできない限り、仕分け人を納得させるのは難しいだろう。スーパーコンピュータを使った科学研究の意義だけでなく、スーパーコンピュータを独自開発することの意義、あるいは必要性を明確にすることが求められている。