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<1面からつづく>
95兆円に膨らんだ10年度予算の概算要求の無駄を排除する「事業仕分け」。前半戦最終日の17日、厚生労働省の独立行政法人「高齢・障害者雇用支援機構」への運営交付金(61億円)が俎上(そじょう)に上ると、財務省の可部哲生主計官はあっけにとられた。
削減を迫ろうとした矢先、厚労省の熊谷毅高齢・障害者雇用対策部長に「40億円とし、21億円削減したいと考えています」と機先を制されたからだ。
「自ら踏み込んで改善している」。仕分け人の尾立源幸参院議員がそう評価する「自主削減」を仕掛けたのは、長妻昭厚労相だ。5万人を擁し、国民生活全般をカバーする巨大官庁・厚労省の概算要求額は全省庁分の3分の1、29兆円に達する。削減努力を示さないと必要な予算を確保できない、という焦りが長妻氏を突き動かしている。
長妻氏は省内に独自の仕分けチームを発足させた。政府の作業と並行して、百万円単位の小規模事業にまで手を広げ、近く数百億円規模の事業をあぶり出す意向だ。「無駄の根絶」でも存在感を示そうとしている。
ただ、長妻氏が最も重視する「年金」は別格だ。8億5000万枚に上る旧式の手書き記録とコンピューター内の記録の全件照合へ向け、長妻氏は巨額の予算を求めた。不安を口にする社会保険庁の担当者に、長妻氏は「オレをコケにするのか。必ずやるんだっ」と怒鳴り、結局10年度は前年度の6倍、約1800億円を計上した。
しかし、得意分野には落とし穴も待ち受けている。
「きっちりやると言えば格好いいが、効率的な税金の使い方か」
10月20日の社会保険事業運営評議会で、年金記録対策費が1800億円に及ぶという説明に、メンバーの鈴木正一郎王子製紙会長は批判の声を上げた。
昭和20年代の判読不能の記録も交じる手書き原簿の全件照合は事実上不可能とされる。07年の参院選で、当時の安倍晋三首相は「最後のお一人までチェックします」と公約し、墓穴を掘った。
「安倍の二の舞いにはならない。出口は考えている」。長妻氏は周囲にそう漏らすが、いずれかの段階で「全件」を断念する必要が生じる。その時、国民を納得させることができる保証はどこにもない。
日本年金機構の職員採用問題も、暗い影を落とす。
厚労相就任直後の9月24日。連合の古賀伸明会長(当時事務局長)と面会した長妻氏は「懲戒処分を受けた方々にもベテランがいらっしゃいますからね」と語り、年金機構の採用では処分者にも一定の配慮をする考えを示唆していた。
連合側も世論をにらみ、給料をもらいながら組合活動に専念する「ヤミ専」で処分を受けた職員の採用は求めないなど、全員の雇用確保は主張しなかった。それが「厚労省非常勤職員」というギリギリの案まで拒絶され、長妻氏への不信を募らせている。ある連合幹部は「やはり長妻は長妻だ」と吐き捨てた。
長妻氏は平野博文官房長官と交渉した結果、政府の「官民人材交流センター」を活用し、民間に懲戒処分歴のある職員の採用を促して分限免職回避に努力することで折れ合った。だが、不景気で民間の採用が低調な折、このままでは数百人規模の「解雇」に発展しかねない。組織改編に伴う分限免職は40年以上例がなく、一部の社保庁職員は訴訟の意向をちらつかせている。厚労省幹部は「裁判になれば国は負ける」と焦りを隠さない。
10月20日昼。厚労省10階大臣室の会議用机に、シャケ弁当が並んだ。局長を招いた初の昼食会で、出席者は弁当代500円を払い領収書を受け取った。
「3キロやせまして」。長妻氏は穏やかにあいさつした。ただ、大谷泰夫官房長が「各局長から政策レク(説明)をさせてください」と申し出ると、「言いたいことがあるなら構わない。ただし、週末に1人10分です」と告げた。
長妻氏はそれまで、「洗脳」を嫌ってレクを受け付けない半面、NECでの営業マン経験などを生かし、「業績重視」を厚労省に持ち込んだ。「人件費削減目標」「廃棄済み資料のリスト作成」など、連日膨大な宿題を課す。未達成の職員は呼び出され、ある局長は後輩の目の前で「こんなこともできないならあなた、すぐ代わってください」と面罵(めんば)された。
長妻流の統治は、ぬるま湯体質の厚労省に緊張感をもたらした。しかし、「書類に不備がある」と幹部に始末書を書かせる、ミスをした職員には「オレが批判されるのが楽しいんだろう」と言い放つなど、時に強権的な色彩を帯びる。
「顔を見たら胃が裏返りそうになる」「心身症寸前だ」--。厚労省職員の長妻評には、こうした声が続く。自ら壁を築く長妻氏を厚労省幹部は「少しでも官僚に妥協するとオレは終わりだと、針のよろいを着ている」と言う。省内に「長妻派」と呼べる職員はいない。「一匹オオカミ」の長妻氏には、党内にも足場はない。当初は頻繁に開かれていた、副厚労相、政務官との政務三役会もめっきり減っている。
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佐藤丈一、塙和也が担当しました。
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■最近の長妻氏の主な言動
10月26日 中央社会保険医療協議会の委員から日本医師会の代表3人を全員外すとしたうえで「病院に手厚い配分が必要」と表明。
11月 1日 厚労省が増税を求めるたばこ税について「健康の問題もあり、欧州並みの金額にする必要がある」と強調。
3日 診療報酬についてテレビ番組などで「来年度をメドに引き上げを実施する」と全体での引き上げを明言。
4日 自治体への権限移譲で、認可保育所の面積基準を待機児童の多い都市部に限って待機が解消時まで緩和する方針を発表。
9日 「雇用開発協会」の全国14カ所の「高齢期雇用就業支援コーナー」を今年度末までに全廃する方針を表明。
10日 「雇用・能力開発機構」の職業体験施設「私のしごと館」(京都府)の廃止時期を5カ月早め、来年3月末と公表。
13日 記者会見で、10年度の診療報酬改定に関し、「できる限り総額での上昇幅は抑える」と発言。
毎日新聞 2009年11月22日 東京朝刊