声明 女性と天皇制研究会は「昭和の日」に反対する

 昭和天皇の誕生日である4月29日を、現在の「みどりの日」から「昭和の日」に変えるための祝日法改「正」案が国会に上程されている。私たち女性と天皇制研究会は、天皇制が女性に強要してきた法制度を始めとする幾多の差別的制度と、その元凶である天皇制家父長制度に反対する立場から、この改「正」案に強く抗議し、廃案を要求する。

 近代国家成立以降、天皇制家父長制の下で女の性は、家に囲い込まれた「母」になるためだけの性と、男たちの快楽のために「解放」された性という二つの規範を押しつけられた。家制度が法的になくなる敗戦を迎えるまで、女たちはこの二重規範のいずれかに縛られ、そして植民地主義の下、アジアの女性たちは日本の男のための性として位置づけられた。その最たるものが戦時下における日本軍性奴隷制度である。

 この法案の意義に「激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす」とあるが、この「激動の日々」に、天皇裕仁の名の下でどれだけ多くのアジアの女たちが性を蹂躙され、殺され、取り返しのつかない傷を心身ともに負わされたことか。彼女たちの苦しみはまだ続いている。それらを一切反省しない天皇制が続くかぎり、女も、男も、犠牲となったアジアの人々に向き合うどころか、自らが被害者であると同時に加害者であり、被差別者であると同時 に差別者であることから、目をそらされ続ける。

 しかし私たちはもうごまかされない。

 性奴隷制度については2000年12月に開催された女性国際戦犯法廷において厳しく断罪され、昭和天皇裕仁は最高責任者として有罪判決が言い渡されている。しかし、日本政府はいまだに被害女性たちへの謝罪と補償を放棄したままだ。それどころか、法案の意義で「復興」の日々と謳われた敗戦後においても、日本人男性によるアジア女性の蹂躙は「キーセン観光」という形で継続されていたし、現在にいたっても国際問題となって出てくる状況にある。

 侵略戦争への道をひた走り、戦争体制を支えるために天皇制家父長制が恐ろしく徹底されていった時代こそが「昭和」である。敗戦後、その戦争責任をとらずに達成した経済成長と「キーセン観光」で汚名をあげたのが「昭和」である。前天皇裕仁が在位していた、いわば裕仁の世紀ために命名された時代が「昭和」である。そして何よりも、蹂躙されてきたアジアのそして日本の女性の歴史を知る私たちにとって、「昭和」という名称は血塗られ、女性差別にまみれた、汚辱の歴史の別名でしかない。昭和天皇の歴史を平和のイメージ「みどりの日」でごまかし続けることは許し難い。だが、裕仁誕生日を「昭和の日」として祝うなどという、これ以上の屈辱は絶対に受け入れられない。

 「昭和の日」に反対する理由は数限りなくある。だが、戦時下の性暴力を正当化し続け、現在に至ってもその責任を曖昧にし続ける日本政府が国内において許され続けているのは、無責任の象徴である天皇制と天皇制家父長制の内面化されていることにこそある。この一点においても、「昭和の日」などという祝日は許されようもない。何という破廉恥な法案であることか。日本政府は恥を知り、直ちに廃案にするべきである。

                 2004年4月29日 女性と天皇制研究会

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