この人物のオモテとウラ　あがた森魚

●還暦フォークのパワーの秘密

　この人の名前を聞いて、日刊ゲンダイ本紙読者が真っ先に思い浮かべるのは「赤色エレジー」の哀切なメロディーだろう。

　物悲しいバイオリンの音と、おえつのような歌声が強烈な印象を残し、フォーク全盛時代に一世を風靡（ふうび）した。

　そんなあがたも還暦を迎え、再びブレーク中だ。昨年から全国ツアーを敢行していて、先月１０日から公開されているドキュメンタリー映画「あがた森魚　ややデラックス」（シアターＮ渋谷）もファンの人気を博している。

　吉田拓郎ら同年代のフォーク歌手が次々と衰えを見せる中、この人のパワーの秘密は何なのか。

　あがたといえば、「漫画ガロ」を思い出す人も多いだろう。林静一が７０年から７１年にかけて連載した同じタイトルの作品が、あがたの曲になった。だが同曲はビッグチャンスをもたらすと同時に、本人には重荷だったらしい。「いつまでも『赤色エレジーのあがた』と言われるのはふがいない」と意欲的に映画監督も目指すようになる。

　７４年に「赤色エレジー」を基にした映画「僕は天使ぢゃないよ」を完成させた。しかし、商業ベースに乗らず、一般公開まで１７年かかった。さらに、その間も音楽活動のかたわら、企画書やシナリオを書いてきた。もっとも、これまたなかなか日の目を見ず、悲願の２作目「オートバイ少女」を撮ったのは９４年のことだった。

●「赤色エレジー」だけじゃない！！

　あがたに２作目の道を提供したのも「漫画ガロ」。映画製作に進出した社長から「監督をやりませんか」とオファーを受ける。快諾したあがたがロケ地に選んだのが、中学、高校時代を過ごした函館だった。１６ミリフィルムとビデオを併用した撮影のほか、夜のシーンではわざと光量不足のザラついた映像を残して空気の質感を出すことに成功。２作目とは思えないほどの技巧を発揮した。９９年には同じく函館を舞台にした３人の男女の短い夏を描いた「港のロキシー」が、「函館港イルミナシオン映画祭」で上映。

　最近はデジタルビデオで仕事と日常のすべてを記録して、月ごとに約１時間に編集した「月刊映画」の製作・上映を続けている。

　パワーの秘密は映画だけにとどまらない。８１年には俳優としてＮＨＫドラマ「夢千代日記」に出演。また映画「失楽園」や「人のセックスを笑うな」などで、個性的な役を演じている。さらに青森市内のライブハウスで、舞踏家と共演したり、自分探しをする人たちを集めたテレビ番組では、音楽を通じて生き方の指針を示した。

　変わったところではアニメ「うる星やつら」のエンディング曲「星空サイクリング」を「ヴァージンＶＳ（ビズ）」のボーカル・Ａ児として歌ったり、ＣＤ付き絵本「よだかの星」では、朗読と「よだかの王冠（かんむり）」という主題歌を作って参加。フォーク以外の音楽ジャンルにも、常に新たな可能性を求め続けてきた。

　８月の日刊ゲンダイ本紙インタビューで、「今回のツアー先では行く先々で、うまい酒をずいぶん飲ませてもらった」と語っていた。還暦過ぎてもなお元気の秘訣は、「一心不乱に飲んできた好きな酒も、年相応に飲めるようになった」からということか。

（日刊ゲンダイ2009年11月11日掲載）