人体カット

 語りかける本物の標本150点 20日から「人体の不思議展」

全身標本 手術器具を着けた全身標本を観察する来場者。会場には独特の雰囲気が広がる(写真はいずれも神戸市中央区の神戸サンボーホール)
全身標本 手術器具を着けた全身標本を観察する来場者。会場には独特の雰囲気が広がる(写真はいずれも神戸市中央区の神戸サンボーホール)
 本物の人体標本を通じて現代医学への関心を高め、生命の神秘、尊さについて考える「人体の不思議展―からだ=未知なる小宇宙…」が、20日から高知市高須の県立美術館で開かれる。高知新聞社、RKC高知放送、日本アナトミー研究所(東京)の主催。平成14年以降、全国で400万人以上の入場者を記録するなど反響を呼ぶ展覧会の内容と、積極的に運営にかかわる日本理学療法士協会の中屋久長会長の話を紹介する。

 標本は本人の生前の意思により医学の発展のため献体された人体を、「プラストミック」という半永久的に保存可能な最新技術で加工したもの。中国政府などが出資した南京市の研究機関で作られ、日本アナトミー研究所が借り受けている。

 高知会場は2部屋に分かれ、一歩踏み入れば自分の体内を旅するようなイメージで配置される。展示される約150点の一つ一つが、何を学んでもらうか明確な意図を持って、語りかける構成にする。

 筋骨格系、神経系、消化器系、呼吸器系、泌尿器・生殖器系、循環器系に大別し、部位によっては気管支や血管に色分けした樹脂を流し込み、観察を容易にする加工が施されている。

 全身標本は16体。筋系標本は皮膚や皮下脂肪、神経、血管を取り除き、筋を露出させる。何層にも重なっているから、左右で解剖の深さを変えたりもする。

頭部血管 頭部、顔面の血管鋳型標本からは、口や鼻の周りで左右の顔面動脈が密に連絡しているのが分かる
頭部血管 頭部、顔面の血管鋳型標本からは、口や鼻の周りで左右の顔面動脈が密に連絡しているのが分かる

 神経標本は細心の注意を払って神経のみを残す大変な作業。また水平断面、前頭断面など人体をいろいろな方向に切った、いわゆるスライス標本は、CTスキャン、MRIを理解するための標本ともいえる。

 実際に標本に触れることができるのは全身標本の一体と脳。脳年齢、骨密度の測定コーナー(有料)もある。

    ◇  ◇

 高知開催に先がけ、14日まで神戸市で開かれている会場を訪ねた。目立ったのは若い女性の多さ。看護師など医療、福祉関係を志す人にとっても、本物の人体に触れることはまたとない機会だ。

 「たばこ吸うたら、あんなに真っ黒になるんで」。健康な肺、喫煙者の肺を並べたケースの前では、子どもに諭す母親がいた。こわごわ全身標本に触れる女性。脳を手に取って重さを体験するコーナーには、長い列が絶えない。

 弓を射るポーズの筋・骨格系の全身標本が目を引いた。

脳の重さ 長い行列ができた脳の重さ体験コーナー
脳の重さ 長い行列ができた脳の重さ体験コーナー

 「献体者に対して失礼ではないかという入場者の声もあります。でも人体の構造をどのように分かりやすく見せるのかは、解剖学に携わる学者が古くから苦心を重ねてきた歴史があります。興味本位でないことも理解していただきたい」と主催者。

 標本を前に解説員として大忙しの大学教授は「自分の隣人がその身体のすべてをさらし、外から見えない部分を見せ、私たちを啓蒙(けいもう)し、教育してくださっているという事実を決して忘れず、真摯(しんし)な態度で観察してほしい」と話した。

水平断面 体を水平にスライスした標本では、臓器の位置関係を立体的に理解できる
水平断面 体を水平にスライスした標本では、臓器の位置関係を立体的に理解できる
黒い肺 健康な肺と喫煙している人の肺を比較できるコーナーも
黒い肺 健康な肺と喫煙している人の肺を比較できるコーナーも
 

日本理学療法士協会 中屋久長会長に聞く

「生命の神秘について総合的に学ぶいい機会」と話す日本理学療法士協会の中屋会長(土佐市高岡町乙、高知リハビリテーション学院)

 ―平成14年の開催以来、全国で400万人以上の入場者を記録している話題の企画展です。

 「自分の体の中が見えない、分からない、だから知りたい。生きていることの不思議さを知り、『生と死』という逃れることのできない現実を直視することは意義あること。自殺、殺人、幼児や高齢者への虐待など目にあまる社会現象がちまたで話題になる中、『人間とは』『生命とは』『人の尊厳』を考えてもらう機会になってくれればと思います」

 ―インフォームドコンセント(十分な説明と同意)の考え方が浸透する中、自分自身を知ることの大切さを訴えるのも開催の大きな趣旨です。

 「専門家任せではなく、自分の体の機能を知ることで予防的な活動に積極的になる意識を持つきっかけになると期待しています。医療、福祉、介護、保健はもちろん、保育、体育、美容など多様な生活の視点から標本を見ていくことが非常に大事。例えば健康食品や化粧品などさまざまな分野でアンチエイジング(抗加齢)という言葉がはやっていますが、加齢に伴う機能障害を防ぐ観点から、人体のいろんな機能を知ろうというテーマで講演会も企画しています」

 ―その講演会の企画など、高知での開催にあたっては積極的に協力されていますね。

 「私は現在、高知リハビリテーション学院長として理学療法士、作業療法士、言語療法士、言語聴覚士の育成に携わっており、そうした学生たちにとっても格好の機会になると思うからです。これら医療職を目指す学生の授業には、解剖学を中心とした基礎医学科目が多く組み込まれています。しかし解剖実習は法的な規制もあってできません。医師以外の医療従事者をコメディカルと言いますが、この学生らは医学部や歯学部の学生に行われる解剖実習を見学する程度にとどまっているのです」

 ―その意味で本物の人体の標本から学ぶことは多いと。

 「あくまで見学だけだったのが、本物の標本を前により具体的に学べるわけですから。コメディカルの学生の多くは卒業後、解剖学教室の研究生などとして実習し、必要な知識を得ている場合が多いのが実情。日本解剖学会では1992年からコメディカル教育委員会を組織し、解剖学教育のレベルアップに取り組んでいます」

 ―一般向けにも、週に2日程度は解説員を配置するそうですね。

 「2会場に分かれていますから各会場の1コーナーに一人、時間帯を区切って日常生活に関連した分かりやすいテーマで解説しようと。子どもの視点に立って謎かけのようなものも考えています。例えば脳の標本の前では言語療法士の方に、『動物と人間の脳はどこが違うの』『優秀な人の脳は重いの』といった話をしてもらうとか。県理学療法士会など後援の県内の各医療団体はそれぞれミニセミナーなどを企画されているようですし、生命、健康について総合的に学べるまたとない機会だと思います」

 【写真説明】「生命の神秘について総合的に学ぶいい機会」と話す日本理学療法士協会の中屋会長(土佐市高岡町乙、高知リハビリテーション学院)

 3月11日まで 会期中無休

 【会場】県立美術館

 【会期】1月20日―3月11日(午前9時―午後5時、最終入館は午後4時半まで。会期中無休)

 【入場料】一般1400円(前売り1200円)、中学、高校生700円(同600円)、小学生400円(同300円)

 【前売り券発売所】高新プレイガイド、県立美術館ミュージアムショップ、高知大丸プレイガイド、TSUTAYA、高知新聞販売所ほか

 【主催】高知新聞社、RKC高知放送、日本アナトミー研究所

 【後援】日本医師会、日本歯科医学会、日本歯科医師会、日本理学療法士協会、高知県、高知市、高知県教育委員会、高知市教育委員会、高知県医師会、高知市医師会、高知県歯科医師会、高知市歯科医師会、高知県看護協会、高知県薬剤師会、高知県臨床検査技師会、高知県放射線技師会、高知県歯科衛生士会、高知県理学療法士会、高知県作業療法士会、高知県言語聴覚士会、高知県鍼灸師会、高知県柔道整復師会、高知県栄養士会、高知県市町村教育委員会連合会、高知県社会福祉協議会、高知市社会福祉協議会、高知県老人クラブ連合会、高知県小中学校PTA連合会、高知県小中学校長会、高知県保育所経営管理協議会、高知県国公立幼稚園会、エフエム高知、NHK高知放送局、連合高知、高知県連合婦人会、高新会、高知リハビリテーション学院

 【問い合わせ】高知新聞企業事業企画部(088・825・4328)

2007年1月14日付・朝刊

 

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