基準と意味のスリカエ - 事業仕分けは官僚の無駄の根絶とは違う
事業仕分けの政治劇において見落としてはならないのは、事業仕分けの判断基準や事業見直しの理由づけがスリカエられている点である。「無駄な事業」の意味が巧妙に変質させられている。当初の新政権の説明では、官僚の無駄を摘出して削減するのが事業仕分けであった。ところが、現在市ヶ谷の国立印刷局（財務省）体育館で行われている事業仕分けでは、仕分けの対象にされている理由は、(1)赤字で採算性が悪い、(2)費用対効果が十分でない、(3)民間に任せられる、等々である。厚労省の「若者自立塾」や文科省の「子ども読書推進活動」の事業は、この基準と論理が適用されて廃止が宣告され、毛利衛の「科学未来館」や田中耕一の「先端計測分析技術・機器開発」の事業も予算の削減が判決された。テレビで何度も映像紹介された毛利衛の反論は、この事業仕分けにおける「無駄」の基準の欺瞞の本質を見事に暴露している。要するに、財務省と仕分け人が喧しく言っているのは、国の事業というのは儲からなくてはならず、黒字を出して利益を上げろという主張に他ならない。逆ではないか。採算に合う事業ではないから国がやっているのである。今回の事業仕分けを支配しているクライテリアは、受益者に負担させ、国の持ち出しを減らし、社会保障や文教予算を縮減して身軽になろうとする「小さな政府」の論理と志向である。官僚の無駄を削るはずの仕分けが、国民の生活や国家の未来を削る仕分けに転化している。
マスコミが報道する事業仕分け礼賛の祭り囃子に踊らされてはいけない。これは小泉政権のときのマスコミの「改革」礼賛合唱と同じだ。注意して見なくてはいけない。総選挙のとき、鳩山由紀夫は何と言っていたか。冷静に思い出せば、民主党の「予算の無駄の削減」論は次のような主張だった。一般会計と特別会計を合計した２０７兆円のうち、随意契約や官製談合を排し、天下り法人に流れている補助金（一般会計で年間１２兆円）を削れば、１割の２０兆円を捻出することは十分可能で、その新規財源で民主党の「国民の生活が第一」の諸政策を実行する。そこで指弾され告発されていたのは官僚の予算の無駄遣いであり、暫定税率で揉めた昨年の国会で話題になった国交省地方整備局の「道路ミュージカル」等に象徴される一連の「ムダ」問題だった。そのとき鳩山由紀夫は、財源捻出の方法として「事業仕分け」という言葉も出しはしたが、それが具体的にどのようなものかは詳しく説明はしなかった。まして、採算性や費用効率の尺度で国の予算と事業を仕分けするなどという政策説明は、財源捻出の具体論においては一切なかった。だから、選挙の時点に立ち戻って考えたとき、民主党新政権の手で削減される国の事業の中に、「若者自立塾」や「子どもの読書推進活動」や「科学未来館」や「スパコン開発」が入るのは、どう考えても納得できず、それらを削減の対象にするのは、小泉改革時代における「聖域なき構造改革」の論理と発想なのである。
鳩山由紀夫の言う「官僚の予算の無駄遣い」とは、具体的には次のような表象となる。省庁から定年前に公益法人に天下った官僚が、虎ノ門のビルのフロアの個室で朝から新聞を読み、鼻くそを穿りながらネットサーフィンで暇を潰し、秘書にお茶を入れさせ、夕方５時になったら業界の友だちを電話で連れ誘って銀座に繰り出し、東大卒の自慢話をタラタラやりながら高級クラブのホステスの尻を触りまくって豪遊し、年に３回は調査視察と称して贅沢三昧な海外旅行に出かけ、レポート用紙１枚の報告書を本省に提出して終わりという、そういう天下り官僚の酒池肉林の姿。そして、毎年、この時期になったら本省へ伺って昔の部下に来年度予算を頼み込み、次はお前が理事だからと含め、余った予算で地方にハコモノを建て、代理店に「新規事業」のアイディアはないか持って来させ、ハコモノの謝礼に業者と自治体から接待を受けて豪遊を重ねるという、そうした天下り官僚の享楽の日常である。それこそが「予算の無駄遣い」で、そうした浪費と放蕩の構造が日本の予算の中で常態化し肥大化ていて、そこを手術すれば２０兆円ほどは簡単に出てくるだろうというのが、選挙までのわれわれの予想であり、民主党の政権交代への期待だった。最近見たＮＨＫの世論調査でも、鳩山政権に求める政策内容で、「予算の無駄遣いの削減」の要求は「セーフティネットの充実」を上回っていて、国民の中で天下り官僚に対する怨嗟と憎悪がどれだけ強いかを物語っている。
ところが、蓋を開けて加藤秀樹チームの事業仕分けが始まってみると、被告人席に座らされたのは天下り官僚の公益法人の予算ではなく、国民生活の社会保障事業や科学技術立国のための教育開発予算であり、「無駄」と判定された理由は、採算性や効率性が悪いとか、民業圧迫だとか、コスト回収に時間がかかるとか、短期的な成果が見えにくいという、まさに小泉時代の構造改革の論理そのものだった。巧妙にスリカエが行われている。実際には、官僚の天下りは許容されてしまい、天下り禁止を唱えた民主党の公約は廃棄されてしまった。スリカエが行われているのに、その詐術と欺瞞に国民は気づかない。それは、マスコミの周到な洗脳工作による。マスコミが事業仕分けを宣伝し、史上初の試みだとか、公開は画期的だとかをコメンテーターに言わせ、支持する「街の声」の映像を流しまくるため、この政治が美化され、凶暴で有毒な新自由主義の政策的本性が隠される。仕分け人に選定された民間有識者の一覧を検証し、国民に注意を促す報道機関は一つもない。唯一、亀井静香だけが異議申し立ての発言をした。今、目の前で行われている事業仕分けは、官僚の無駄遣いを摘出する目的のものではない。「小さな政府」を実現するものだ。だから、蓮舫の言う「横串」は、官僚の浪費と放蕩を刺し貫くのではなく、採算性や効率性や民業圧迫の排除の論理が国の事業の全体に貫かれるのである。省庁の予算案の中で、採算や回収の不安があるものは財務省に蹴られるのであり、自粛措置が自己強制されるのだ。黒字になる事業しか概算要求できない。
「聖域なき見直し」という言葉は、１１月になってから新聞やテレビで頻繁に見聞きするようになった政府の政策表現である。選挙の前は、そのような表現で民主党が「予算の無駄の削減」を言うことはなかった。そのとき専ら標的になっていたのは、官僚の天下りであり、官僚による無駄遣いであったはずだ。「聖域なき見直し」という言葉が前面に押し出され、それに応じて削減される予算事業対象が拡大し、毛利衞や田中耕一のような科学者までが「無駄」のレッテルを貼り付けられて、それに抗弁するために法廷に出向く羽目になった。まさに文化大革命の人民裁判。そこに引き立てられた良心的知識人。そしてそれを薄っぺらな毛沢東語録で断罪する江青。私は、10/7の『加藤秀樹とは何者なのか』の記事の中で次のように書いている。「映像を見ながら、何やら、文化大革命の糾弾集会とか人民裁判を想起させられた。たった２０分の説明と１０分の質疑で、その予算や事業の利害関係者（住民や事業者）の事情や要求も聞かずに、そして地域とは全く無関係な事務局が仕切る会議で、自治体の事業の当否が簡単に判定されていいのだろうか。ほとんど先に結論ありきの形式審議と素人裁定の茶番劇だ」。これは報道ステーションで紹介されていた小田原市の事業仕分けの様子を見た率直な感想だったが、事業仕分けに対して同じ感想を持つ者が少なくないようで、最近、文化大革命の比喩で事業仕分けを批判し、蓮舫を江青に擬えて風刺する議論がマスコミでも頻繁に目に止まるようになった。
それに対して敢えて受けて立つように、仙谷由人は11/12の講演で、「予算編成プロセスのかなりの部分が見えることで、政治の文化大革命が始まった」と開き直りを言い放っている。11/17の朝日新聞の社会面にも、実際に仕分け作業を見た市民の感想が載っていたが、要するに最初から有罪判決が決まっている裁判で、しかも検察官と裁判官が一体で分かれてない。素人の検察官が被告人を短時間で尋問し、自ら即決で判決を下す。さらに、この裁判には弁護人がいない。弁護人が被告人を弁護する機会が与えられていない。仕分けの結論は決まっていて、しかも採算性やコスト回収の論理で責め立てられ、反論すると容赦なく遮られて発言を封じられる。政治ショーと言うしかなく、あまりに公平性が担保されてない。被告人の権利が無視されている。本当なら、仕分けされる事業について、その事業の受益者が会議に参加し、弁護人として発言する機会が与えられるべきだろう。「若者自立塾」ならその塾生と保護者、「子どもの読書促進活動」なら利用者の小学生と保護者、「科学未来館」なら訪館して見学した子どもたち。彼らの声も聞いて判断の材料にするべきだ。それを聞かずに仕分けの結論を正当化するのは、あまりに一方的で、マスコミの宣伝と翼賛は欺瞞的すぎる。政治ショーなら政治ショーで形式を整えて公開することが重要であろう。公平性を担保する形式的妥当性があまりに弱く、滅茶苦茶で、私はこの政治ショーに説得力を感じない。この政治ショーに喝采するのは、文化大革命の「人民」と同じだ。
本来、民主党がマニフェストで公約した「税金のムダづかいの根絶」の実現とは、今やっている事業仕分けの姿ではないのである。違う。われわれがイメージし期待した公約の実現形態とは、事業ではなく公益法人の経営を一つ一つ丸裸にして、そこの役員構成と役員報酬、経費実態と取引実態を明らかにすることであり、公益法人（独立行政法人）を廃止、整理統合することである。確かに省庁が予算を立てている事業の中にも無駄なものはあり、不要なのに存続させているものもある。だが、一般会計で予算化されている事業の廃止は、このような法的根拠のない民間人の無責任な議論を浴びせる政治ショーに任せるのではなく、国会の予算委員会か、特別委員会を設置して、与党と野党を含めた論議で決定するべきだろう。その場に被告人たる官僚を呼び、弁護人の立場の受益者の国民や事業者も入れ、検事役を担当する民間人も入れ、国会議員が独立の判事になる審理形式で、議論を尽くして事業の仕分けを行えばよい。国会で決めて始めた事業なのだから、廃止するときも国会で決めるべきだ。財務省とマスコミと新自由主義者が国会の外で勝手に扱う問題ではない。公益法人（独立行政法人）の調査と処分に際しても、最終的な判断は国会に委ねるべきで、仕分け作業部会は経営実態の解明と追究に止め、廃止を結論するべきではない。情報が公開されれば、その時点で国民の判断は決まる。問題はあくまで官僚の無駄遣いと天下りであり、省庁の事業そのものではない。その点がいつの間にか混同され、スリカエが行われ、知らず知らずの間に、民主党が公約した「無駄の根絶」の意味が事業仕分けとイコールにされている。事業仕分けの政治宣伝を媒介項にして、鳩山政権の「官僚の無駄の根絶」が、小泉政権の「聖域なき構造改革」とイコールになっている。社会保障や文教予算にメスが入っている。どれほど事業を仕分けても、官僚の天下りが禁止されなければ、仕分けられなかった事業で官僚が天下り法人を作って無駄遣いを始めるだけだ。民主党は、政権を取ったら天下り禁止法案を出すと言っていたが、逆に、斡旋のない天下りは天下りではないと定義を緩め、官僚の天下りを事実上全面解禁してしまった。小泉政権と全く同じパターン。
