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2001年12月2日(日) 石原暴言と雅子女児出産騒動
この2つは一見遠いようで、密接に関係していますね。雅子氏に子供が生まれてわっしょいわっしょい、めでたいめでたいの大騒ぎ。また一人、人権を保障されない人間が生まれたというのに。
他方で、子供を生めない女性が生きつづけるのは無駄だという石原の超暴言(この暴言がもともとは東大の教授が言ったことだというのも驚かされる。こんな教授はクビにするべきだろう)、どちらも、この世で女性が何によって価値づけられているかを示しています。ただし、これは反動右派、ないし古典的家父長制主義の価値づけです。現代の洗練された性差別主義者は、性的な魅力でもって女性の価値づけを行ないます。
セクシュアリティには、「生殖としてのセクシュアリティ」と「性的なものとしてのセクシュアリティ」の両面がありますが、保守反動は、表向きは前者を女性の基準にし、裏では、後者を基準にしています。ここから、性の二重規範(正妻と娼婦)が生じます。性的リベラリストは、表も裏も後者を女性の基準とし、前者はむしろ後者にとっての制約条件とみなします。性的リベラリストが、中絶と避妊と売買春に賛成なのは、女性の権利(自己決定権であれ何であれ)という観点からではなく(表向きはそう言いますが)、本当は男性にとっての性的利用しやすさという観点からなのです。妊娠ないし子どもという責任から解放されたセックスを獲得するために、彼らは中絶と避妊と売買春に賛成します。
いずれにせよ、 石原退陣の声を断固としてあげるべきでしょう。本来は、大阪府知事の横山ノックが辞任したように、そこまで追いつめるべきですが、石原は何があっても辞任しないでしょうけどね。(M.S)