<リプレイ>
●冷め行く炎の鎮魂曲 熱を帯びていく想いとは裏腹に、戦場はひどく冷えていた。 乾いた風が吹き荒ぶ、廃墟と呼ぶには形を残し、住処と呼ぶには荒れ果てた妖狐の里。雑草が生茂る畑の片隅で遊んでいた小動物たちも、触れれば崩れてしまいそうな藁に止まっていた虫たちも、異質な空気を感じ取ったのか紅葉に色づく山へと逃げていく。代わりに零れ落ちた紅が、無言のまま対峙する両者の周囲を飛び交った。 同じ無言でも、意味合いは随分異なる。 梅娘(メイニャン)のそれは、ニヤニヤ笑いによりもたらされるものなのだから。 能力者たちのそれは、彼女に対する敵意からもたらされたものなのだから。 地に倒れていた稲が突風に吹き飛ばされた時、リビングデッドと二匹の狼妖獣が駆け出した。稲が壁にぶつかる時、梅娘と地縛霊が歩きだし、能力者たちは散開を開始する。 「……」 ただ一人、出雲・団十郎(勇気共鳴ブレイブビート・b51798)だけが足を止めた。 「武曲クン……その心、敬服に値する。……この身と刃、きっとキミの助けとなろう」 誓いを聞き、鳳・武曲(中学生妖狐・bn0283)も歩みを止めたが、団十郎はすでに行動を再開して自らの位置へと向かっている。故に武曲は開きかけた口を閉ざし、リビングデッドたちを素早く射程に収める事で言葉に応えた。 散開が完了し、各々自らの、あるいは大切な存在の力を高め終えている。 梅娘も立ち止まり、前髪の隙間から能力者たちを伺っている様子。地縛霊も彼女の前方で足を止め、リビングデッドたちは駆け続けた。 (「……そう簡単に受けてくれるはずも無い、ですか……」) 厳しく瞳を細めたトラウィス・カルパンテクトリ(明の明星・b64120)が、周囲の大気を引き込みだす。水の粒子は細かな氷に、集いて雪へと成り上がり、渦巻く風と共に戦場中に広がった。梅娘以外の敵が吹雪を浴び、偽りの炎を減じていく中、東・吉乃(伊達眼鏡の魔弾術士・b53063)の雷がリビングデッドを焼いていく。怯んだ体を武曲が狐尻尾が突っついた。フランケンシュタインB、ラディに待機を命じながら、如月・愁(煌きオータムハート・b51692)は新たな装甲を追加する。集中力を高めるリゼット・メルリン(幽玄実行・b64756)は、静かに機会を伺った。 妖獣たちは若干速度を減じたリビングデッドを引き連れて、霜桐・海(鏡眼のミラージェイド・b65258)の生み出した霧を潜り抜ける。 「皆、行くっ!? しま……」 残る前衛陣が団十郎の掛け声と共に前進を再開しようとした矢先、二匹の狼妖獣が跳ぶ。ヒュー・メイスフィールド(百万回生きたくも・b36152)が、紅蓮に染まる銀の赤手で右側の個体を叩き落したけれど、もう片方はディアナ・レオンハート(見た目に騙されるな・b69566)の肩に勢い良く噛み付いた。追い縋って来たリビングデッドもライターの小さな火で巫女服の袖を焼き、その後方から飛来した火弾も彼女を撃つ。 「ふふふ……そんなに広がってたら、一人を狙ってくれって言っているようなものじゃないか……?」 「……ヤレヤレだな。海に礼を言うべきか……まあ、助けは不要だ」 仲間を手で制し、ディアナは各々が狙うべき敵を狙えと指し示す。 よく見れば、火弾を浴びた袴の裾が焦げ落ちて全身が炎に包まれているものの、肩は布地が破けている様子も無く、袖も焦げてはいるものの崩れる様子などは微塵も無い。 「……さっきの霧、か。忌々しいねぇ……」 「な、何か来るよ!?」 何とかリビングデッドに紅蓮の一撃を叩き込んだリリム・ネリンセイム(迷い子・b59976)が、錆びた大剣に振り回されながらも守りの構えを取っていく。その真横、リビングデッドへと攻撃を加えた古池・くろ子(スク水剣士・b55477)、団十郎らを中心に、おぼろげな炎が浮かび上がった。 幻の炎は熱量を持たず、リリムだけを呪縛する。 団十郎が庇い出て、くろ子はリビングデッドの背後に回りこみ影を纏いし日本刀で斬り付けた。横合いからリゼットの放った衝撃波が、ラディの電撃が、狼妖獣もろ共リビングデッドを打ち据えていく。 氷が溶け、炎が勢いを減ずると共に、リビングデッドも崩れ落ちた。先ほどヒューに叩き落された狼妖獣も、ディアナが描く輪舞の中に消滅する。 動けぬながらも、リリムがいち早く梅娘へと意識を向けた。 「それじゃ、次は梅娘さんへ……」 「ふふふ……なるほど、なるほど。ここは下がるべき、だね……」 「逃がすと思ってるんですか?」 「ディメンション・アラート!」 少しだけの前進を終えていた吉乃が瞬く間に雷の弾を解き放つ。同様に前に出てきていた海が不可視の迷宮を作り出した。 狼妖獣が足を止める。地縛霊も足踏みした。 梅娘は踵を返す。 「……ふふふ……この痺れるような痛み、忘れないよ……?」 「っ……武曲さん!」 風に逆らい、梅娘は逃げていく。 風に逆らい、武曲は吉乃の要請に応える形で、海と共に声を張り上げた。 「梅娘! 里が壊滅した要因はなんだ!?」 「この里の崩壊は、お前たち大陸妖狐の仕業なのか!?」 風に乗り、梅娘は立ち止まる。 振り返り、言葉を風に乗せていく。 「ふふふ……その通りだよ。私がこの場所を壊滅させたんだよ……武曲、全て、キミのせいだよ。キミが、裏切ったりなんてしなければ……ふふふ……」 不気味な微笑みを残し、今度こそ戦場から離脱した。 残された彼らは、先を見つめ――。 「皆、意識を切り替えよう。……さて、終幕の時間だ」 ――ディアナの言葉に引き戻され、向き直る。 程なくしてゴーストの殲滅は完了した。彼らは意識を切り替えて、里の探索を開始する。
●見つけるための迷走歌 落ち着いて調べてみれば、戦闘の跡がそこかしこに見受けられた。 窪んでいる壁に、焼け焦げたような跡。扉に刻まれた裂傷に、一部が崩れた井戸の囲い……。幸いなのは、大陸妖狐のものと思しき死体が一つも見つかっていない点。積極的な破壊活動が行なわれた痕跡は無いと思える点だろうか。 (「破壊の跡は裏に隙間がありそうな壁や鍵のかかる扉に幾つか、といったところだね。隠れ潜んでいる者がいないか探したのだろう」) 主を失った民家の中で、ヒューは白手袋越しに壁に触れて、表面を注意深くなぞっていく。付着した埃を振り払い、掌を翻して二度ほど叩いた後、若干肩を落とした様子で視線を逸らした。 同じ民家をリゼットとリリム、武曲が探索しているが、会話は無い。床が軋む音と、手製のテーブルや椅子などを動かす音、パラパラと発見した書物をめくる音などだけが、虚しく部屋に響いている。 「……ん?」 書物をめくっていたリゼットが首を捻り、顔を上げた。彼女が皆を呼ぶ前に、何か見つかったのか? と武曲が素早く横に着く。 「どうした?」 「これなんですけど……」 瞳を細めたヒューが、そしてリリムも、彼女の肩越しに示されたページを覗き込んだ。 開いたページに記されていたのは記号。あるいは、落書き。 意味があるようでいて、意味がない。あるいはその逆。いずれにしても気になる絵図。 「他のページはいかがですかな?」 「普通ですね。多分、日記なんだと思います」 「ふむ……」 「武曲さんは、これに見覚えなんかありませんか?」 顎に手を当てて思索を始めたヒューから視線を外し、リゼットは武曲に水を向けた。武曲もしばし思案した後、分からない、と首を振る。 そうですか……と、リゼットは書物を元の場所へ戻していく。肩を落とした彼女たちが再び動き始めた時、ヒューが皆を引き止めた。 「丁度いいタイミングだ。まだ仮設の段階だが、可能性の高い物の整理をしておこう」 注目を集めたヒューは、人差し指を立てていく。 「まず、戦闘の痕跡がある上に、壁を壊す勢いで探索が行なわれたと思われるのに、遺体も、おびただしい量の血が流れた痕跡も見当たらない。この点から、死者は出ていないと考えられる」 続いてヒューは中指を立て、計らずともブイサインを形作った。 「続いて、田畑や溜まった埃などから考察するに、一年も経っているはずはない。かといって、一月やそこらとも考えがたい。今の段階では仮説にしか過ぎないが……幸か不幸か、襲撃から少なくとも数ヶ月は経っていると考えられる」 どういうことだ? と武曲が首を傾げている。ヒューに視線を送られたリゼットが、力強く頷いた。 「梅娘が、時期に関しては嘘をついている可能性が高いってことです」 慰めになるかも分からない、未だ確定しない過去の話。 けれども何処と無く、武曲が肩の力を抜いてくれたような気がした。
――すまない。そういう場所があるような記憶はあるが、案内できるほど確かなものではない。 ――引退した妖狐は別の村に引っ越すので、それは無い。 外から襲われた時に避難したりするような場所に心当たりは無いか? そうトラウィスが尋ねた際に、また、狂気に囚われた日本妖狐が里を崩壊に導く可能性は無いか? そう、海が尋ねた際に武曲が話してくれた返答が、僅かばかりの希望となっていた。 すでにかなりの時が経ち、探索を終えた面積も半分を超えている。未だ具体的な証拠が見つからず焦らないでも無いけれど……と、トラウィスは簡素な棚から茶碗風の土器を拾い上げた。 幼い子供が使うような、片手にすっぽりと収まってしまう小さな土器。外にあった釜戸で焼いたのだろうと、トラウィスは窓に視線を移す。釜戸の姿は見えないけれど、青い空が、太陽を薄く隠す白い雲が、山々に広がる紅葉が、酷使していた瞳を優しく癒してくれた。 (「……さて、それじゃ……」) 視線を外し、棚の土器を床に置いていく。空になった棚を持ち上げて、下に何も無い事を確認し、肩を落として元の状態に戻した。 踵を返し入り口へ向かえば、切り裂かれた扉が視界に映る。 (「……しっかし、わっかんねぇ女だな。予定狂ったんなら建てなおしゃいいだろうに……」) 頭をかきながら脱出し、次の民家へ足を向けた。 道中、くろ子、団十郎、愁の三人と遭遇する。 「おう、どうした?」 「ん? ……ああ、トラウィスか」 「偶然探索を終えるタイミングが同じでね、休憩ついでに情報を交換してたんだ」 「トラウィスクンは何か見つけた?」 いいや、とトラウィスは諸手を挙げる。お前達は? と問い返された愁も、芳しい成果は無いと瞳を逸らした。袋を片手に持つくろ子も、静かに首を振っている。 「その袋は?」 「一応、書類や書物の類を入れてきた。何か分かるかもしれないと思ってな」 言葉とは裏腹にさして期待していない風なのは、具体的な情報が含まれていないからだろう。皆と共に溜息を吐いたトラウィスは、視線を今ヒューたちが探索しているであろう方へと向けていく。 リリムが緑髪をなびかせながら、彼らの元に駆けて来た。 「どうした?」 「えっと、半分ほど終わったから、一回集まって休憩しながら情報を交換しないかって、吉乃さんとヒューさんが……どうかな?」 どうやら、仲間と遭遇した際に考える事は一緒らしい。 気力はあるが精神的に疲労している可能性を考えて、四人とも提案を受け入れた。
●集めるための追走曲 集った場所は、里に中心に位置する小さな広場。藁が散らばっていたり、板が突き刺さっていたりと見る影も無いけれど、雪の日などには子供たちがはしゃぎまわる遊び場だったのだと武曲は語った。 彼らは各々のスタイルで休息を取りながら、集めた情報を交換した。死者はいないだろう事、時期は数ヶ月前であろう事など明るい仮説はあるものの、未だ肝心要の日本妖狐の具体的な行き先に関する情報は発見されていない。 会話は弾まず、空気は重い。気休めにしかならない事が分かりきっていたから、落ち着かない様子で未調査の家を眺める武曲にかける言葉も見つからない。 風だけが、意味ある音として響いていた。運ばれていく紅葉だけが、意味ある色として駆け抜けた。 「……すみません、少し宜しいでしょうか?」 「私からも、少々話したい事がある」 髪の先端を左手でいじくりながらくろ子の集めた書物を眺めていた吉乃が顔を上げ、ほぼ同時に発言したヒューに視線を向けていく。ヒューは考える素振りを見せた後、促すようにお辞儀した。 「レディーファーストと行きましょう。それに、恐らく……」 「結論は一緒、ですね。分かりました、ありがとうございます」 吉乃も軽く頭を下げた後、静かに語り始めていく。 「これは、探索を進めていく内に思ったことなのですが……もし、具体的な情報が残されていたとしたら、大陸妖狐が入手してしまっているのでは無いでしょうか?」 風が止まる。紅葉が地に落ちた音が響くほどの沈黙の中、吉乃は更なる言葉を続けていく。 「しかし、もし大陸妖狐が入手していないのなら、二つの可能性が浮上します」 「そんなものは存在しないか」 「あるいは隠された形で残されているか、か」 溜息を吐くようなくろ子と海の呟きに、吉乃もヒューも頷いた。愁はみるみる瞳を輝かせ、考え込んでいる武曲に笑顔を贈る。 「武曲さん、良かったねっ」 「……すまない、話が」 「色々持ち帰って、パズルみたいに組み合わせれば、分かる可能性が高いってことだよ!」 「っ! ……それじゃ……っ!」 今まで、他愛の無い落書きと見逃してきた物質が輝き出す、希望の言葉。 金色の瞳が見開かれ、ぼんやり揺らぎだす。端に溜まった水滴が輝いた時、彼女は席を外すと呟き踵を返した。 「待って下さい!」 駆け出そうとした彼女の体を、リゼットが優しく強く抱き締める。 「いいんですよ、泣いても。辛い時、悲しい時、嬉しい時……泣いてしまうのは、ちっともおかしいことじゃありませんから」 「……そうだな。探索の他に今はこのくらいの協力しかできないが……仲間の涙を受け止めるくらいの事は、してやりたい」 微笑むくろ子が見守る中、武曲は肩を震わせ立ち止まった。振り向くことは無かったけれど、ありがとうの言葉と共に空を仰いだ瞳からは、小さな煌きが零れ落ちて――。
武曲が落ち着いたのを見計らって、ディアナが再開を促した。 トラウィスが、くろ子が探索した場所以外はもう一回行かなきゃならないなと冗談交じりに肩を落とした折には、全員でやれば早いと団十郎が武曲の肩を叩いて行く。彼女が力強く頷いた折には、重い物はラディに任せてと、愁が改めてアピールした。 明るく、軽快に探索は進んだけれど、予想通り具体的な情報は見つからない。 だけど希望の欠片は、過剰なほど袋に収めてある。 そろそろ陽も陰り、暗くなっていく時分。早々に下山しようと、ディアナが音頭を取って歩きだす。 向かう先は銀誓館。 一抹の不安押しのけて、希望だけを胸に抱き妖狐の里を後にした。 山間から注ぎ込む優しい陽射しを浴びながら。 明るい未来へと導かれていくかのように。
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参加者:10人
作成日:2009/11/20
得票数:知 的4
せつない5
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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