余録

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余録:ミイラの動脈硬化

 「死者は生涯、一度もわれらを悪く扱ったことはなかった。われらは毎日、酔うまで飲んだ。心の望みのままにガチョウや魚を食べた……よく飲み、よく眠り、人間にふさわしい食物を自由にでき、こうして地上で老いた」▲古代エジプトのパピルスに書かれた葬祭文だが、こう語っているのは誰あろう死者の内臓に宿っていた精霊たちだという。生前に受けた厚遇を証言しているわけだが、つまりは亡くなった人がよく飲み、よく食べたということだ(M・モンタナーリ他編「食の歴史1」藤原書店)▲健康のために菜食を勧めた書もなくはないが、一般にはよく食べ、よく飲む大食漢すなわち健康な人というのが古代エジプトの常識だったという。だが、そうならば臓器の中には過飲過食や偏食に感謝でなくて抗議したい精霊もいたはずだ▲何千年もの時をはさんで死者の動脈に宿る精霊の嘆きを聞けたのは現代のコンピューター断層撮影装置(CT)のおかげだ。古代エジプトのミイラ22体にCTスキャンをかけたところ、うち9体に動脈硬化の症状が見られたというのである▲22体はほとんどが王朝の高官や高僧のもので、うち心臓や動脈を確認できたのは16体、その過半数に動脈硬化の症状である動脈の石灰化が見られた。「ミイラと現代の患者の症状がよく似ているのにびっくりした」というのは、調査を行った米国の研究チームの医師の言葉である▲これにより「ファストフードや運動不足など今日の動脈硬化の要因とは異なる生活習慣が分かるかもしれない」ともいう。話が古代から現代に転じ、にわかに頭に浮かんだのはわが内臓に宿る精霊たちのしかめ顔である。

毎日新聞 2009年11月20日 0時01分

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