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提言・要請

産経新聞大阪本社 編集室 御 中

1998年(平成10年)11月18日

大阪弁護士会 会長 久保井 一匡
和歌山弁護士会 会長 田中 昭彦

申入書

貴社大阪本社10月30日朝刊のコラム「産経抄」は、和歌山のヒ素保険金事件で逮捕された夫婦の弁護人の活動についてコメントしておられますが、被疑者・被告人に保障された弁護人活動のあり方について正しく理解されているとは思われませんので、以下のとおり申し入れをいたします。

憲法98条1項は「何人も、自己に不利益な供述を強要されない」と規定し、黙秘権を基本的人権として保障しています。また、憲法94条は「何人も、理由を直ちに告げられ、且つ、直ちに弁護人に依頼する権利を与へられなければ、抑留又は拘禁されない」と規定し、弁護人の援助を受ける権利を基本的人権として保障しています。

黙秘することは、被疑事実にちての供述をしないことであります。クロをシロと供述することとは異なります。被疑者・被告人が黙秘権を行使した場合、それに沿った弁護活動を行うことは、弁護人の義務であり、被疑者・被告人に憲法上認められている権利であります。

「産経抄」に「弁護士は被疑者の私的利益の代弁者ではないはずだ。社会正義を実現させ、真実の究明のために弁護人も協力しなければならない。それが弁護人の使命や職務であり、そこにこそ職業倫理も存在している。だがこの弁護団はそういう社会的要請にこたえているように見えない」と記載されています。同記載によれば、あたかも弁護人の役割として、捜査機関とともに被疑者に対して自白を迫ることが期待されているかのように見受けられますが、これは憲法の定める弁護人の使命についての誤った理解に基づくものといわざるを得ません。憲法の定める弁護人の使命は、被疑者・被告人に保障されている権利(基本的人権)を擁護し、もって違法・不当な捜査が行われないようにチェックすることにあり、これらの義務を負いつつ、具体的な弁護活動に努めているものであります。

また、「こうした捜査や取り調べが難航する大きな背景には、今の刑事訴訟法の手続がある。それは基本的人権を尊重するという点ではプラスだった。しかし実態を見ると次第に加害者の人権ばかりが尊重され、被害者側の人権や感情はないがしろにされるようになってきた」と記載されていますが、これも刑事手続の実態を正確に理解されているものとは思われません。今でも現実の刑事手続では、逮捕・勾留・捜索等の令状の発布についての司法審査は必ずしも厳格に行われているとはいえず、また違法捜査の存在が公になることが少なからずあるように、被疑者・被告人の人権が尊重されているとはいえない状況であります。もとより被害者側の人権も尊重されなければなりませんが、かかる実態を直視すれば「加害者の人権ばかりが尊重されている」というようなことは到底言えないものであります。

さらに、「罪を犯しても自白さえしなければ有罪を逃れることが多い。そこで弁護活動も否認や黙秘をするような入れ知恵をしてポイントを上げることを身上とするようになった」との記載がありますが、現実の弁護人活動は決してこのようなものではありません。

以上、述べたとおり貴社の当該記載の内容は、被疑者・被告人に憲法上保障されている刑事人権規定の趣旨及び現実の刑事手続並びに弁護人活動の実態についての誤った認識に基づくものであり、このような記事によって世論をミスリードする結果となることは容認できません。つきましては、今後このような記事を掲載されることのなきよう留意されたく、あわせて弁護人活動の実態についてご理解いただきますよう本書をもって、申し入れいたします。

以 上