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特集:第78回日本音楽コンクール 輝く次世代の才能

 第78回日本音楽コンクール(毎日新聞社、NHK共催、特別協賛・三井物産)が8月23日から10月25日まで2カ月にわたって行われ、若い才能が真摯(しんし)な競演を聴かせた。作曲、クラリネット、トランペット、声楽(オペラアリア)、ピアノ、バイオリンの6部門の審査員の講評と、本選の採点表を公表する。採点は全部門とも最高点ひとつと最低点ひとつをカット、作曲と声楽を除く部門は本選の点数と最終予選の60%の合計で行われた。(敬称略)

 ◆作曲

 ◇より豊かな音楽に期待

 総じて、スタイルや思想の違いを問わず、彼らの音楽に未来の明るさが感じられなかった。作曲をすることがなかなか難しい時代ではあるかもしれない。しかし若い作曲家には、より「豊かな」音楽を期待したい。

 理論から迫ろうとする作曲家もいた。しかし理論を納得させるだけの響きの新鮮さはない。反対に響きそのものを良く追おうとしている作曲家もいた。しかしその響きは自然に発展せず、全体として見ると変化に乏しいか、一貫性に欠ける結果に終わっている。楽器の「新しい」奏法からのアプローチも、それを使う作曲家にとってもはや新鮮味は失われているようだ。

 彼らの作品は「うまくまとまって」充足し、不条理なところがない。これが逆に時代を突き抜ける音楽を生み出し得ない一つの原因だろうか。いま彼らが所用している音楽を豊かにさらけ出してほしい。それなしに人に共感を与えることは難しいだろうし、音楽創造の未来は暗いだろう。(野平一郎)

 ◆声楽

 ◇実力者ぞろいの競演

 例年のことではあるが、本選に勝ち上がって来る人たちは、さすがに実力者ばかり。当然のことながら、ハイレベルの競演の場となった。

 最近は女性が本選に残る比率が高く男性は1人か2人であるが、今年は男性3人女性4人の決戦となった。また今年は第2予選にテノールが6人残っていたが、本選には1人も残らない珍しい結果になった。

 1位になった佐藤康子は、74回の3位入賞で海外コンクール1位の経験もある実力者。2位の首藤玲奈も将来を期待出来る美声の持ち主。3位のバスの斉木健詞はステージ経験豊かなベテラン。

 そのほかバリトンが2人、桝貴志、岡昭宏ともに美声であり発声も良く、磨けば磨くほど良くなりそうな逸材。谷原めぐみはすでにステージ経験あるソプラノ。特筆すべきは北海道教育大学4年という若いソプラノ、中江早希。素晴らしいマテリアルを持つだけに、これから勉強して大きく成長するであろうと期待している。(平野忠彦)

 ◆バイオリン

 ◇例年にまして高レベル

 今回のバイオリン部門は、例年にもまして参加者のレベルが高い年になった。

 それを象徴するように、1位入賞者が2人となった。

 まず青木尚佳は、難曲であるパガニーニの協奏曲を、表情豊かに、かつ、素晴らしい音色で完璧(かんぺき)に演奏していた。バルトークの協奏曲を選んだ尾池亜美は、ダイナミックでスケールの大きい演奏が魅力的で、併せて聴衆賞も受賞した。

 2位の成田達輝は、予選の段階から素晴らしい技術を示し高い評価を得ていたが、本選のパガニーニでオーケストラ伴奏になると、やや線の細さが気になった。

 結果的に本選出場者は4人だったが、本選に残れなかった人の中にも、豊かな才能を感じさせる人が何人も見受けられた。しかしながら、第2予選のバッハの無伴奏ソナタにおいて、ほとんどの人がバッハの音楽を表現し切れていなかったのは残念であった。最後に一言、この点には触れておきたいと思う。(徳永二男)

 ◆ピアノ

 ◇伊藤の音、柔らかな美しさ

 石井園子は予選すべて上質な演奏。本選のモーツァルトはていねいに楽句を収めるあまりテンポが少しずつゆるくなり、生命感が希薄になった。

 梅村知世のベートーベン「皇帝」。積極果敢に表現したが問題は第2楽章。オーケストラの美しく内省的な前奏とかけはなれた外向きの音楽になった。

 チャイコフスキー第1番を弾いた中桐望はスケールの大きい安定した技術で、随所にハードルがある第1楽章を余裕を持って弾き切った。カデンツも立派。欲を言えば第2楽章はもう少し幻想的に、フィナーレはもっと温度を上げた表現を。

 ラヴェルを弾いた伊藤伸は、音が独特の柔らかな美しさを持ち、会場の隅々まで伝わる。それだけで人を惹(ひ)きつけるが、楽曲内容の把握に説得力がある。今後に注目したい。安部まりあは、ラフマニノフの変幻自在な変奏を表現するにはパレットの色が少なすぎた。オーケストラの音色感に耳を傾け各変奏に性格を与えればさらに良くなるだろう。(野島稔)

 ◆トランペット

 ◇技術力が向上、国際水準に

 今回、応募者189人の中から第1予選で20人、第2予選で5人が選ばれ、本選が行われた。

 見事1位に輝いた稲垣路子は本コンクール史上、初めての女性奏者である。

 トランペットは1958年(第27回)、金管楽器の部として本コンクールに加わり、以来51年になる。

 その間、楽器の改良もなされてきたが、応募者の演奏技術の向上は、計り知れないものがある。課題曲の難易度の高さも考え合わせると、トランペット部門も、いまや他の国際コンクールと同じ水準になったと言っていいだろう。

 しかし今後のますますの向上を願うとき、課題がないわけではない。

 それは技術面の向上にとどまることなく、共演者と共に、いかに音楽を追求し、芸術のレベルにまで築き上げていくか、ということである。

 その点において、このコンクールが、実力を遺憾なく発揮し、競い合う場となることを強く願う。(北村源三)

 ◆クラリネット

 ◇自己主張より作品理解を

 ウィーンのある音楽家が「コンクールは奏者がイメージする音楽にどれだけ技術が伴っているか審査するもので、音楽の個人的嗜好(しこう)に立ち入るべきではない」と語った。正論だが、西洋音楽の発祥の地だからこそ成り立つ話で、無知ゆえの野放図な演奏が許されることではないだろう。演奏家の使命は、作品に共感し、自分の感性と知性に基づいて作曲家の意図を再現し聴衆に伝えることだ。それゆえ技術の習得だけでなく、作品への深い理解が必要となる。

 本選では5人の奏者が見事な演奏を披露した。競いの場では、個性を発揮し長所を武器にするのは当然だが、自己主張に終始し作品への誠実さが感じられない演奏には「品格」に欠けているという感想を禁じえなかった。

 課題曲は難曲で応募者の減少が危惧(きぐ)されたが、杞憂(きゆう)に終わった。日本のクラリネット界のレベル向上を喜ばしく思うと同時に、優秀な若手が作品をどうよみがえらせるか、その質を問うコンクールとなる日が近いことを期待したい。(横川晴児)

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 ◇各賞の受賞者

【増沢賞】佐藤康子(声楽)

【野村賞、井口賞、河合賞、三宅賞】伊藤伸(ピアノ)

【レウカディア賞、鷲見賞、黒柳賞】青木尚佳(バイオリン)、尾池亜美(同)

【明治安田賞】中辻小百合(作曲)

【E・ナカミチ賞】稲垣路子(トランペット)、成田達輝(バイオリン)

【岩谷賞(聴衆賞)】中辻小百合、川上一道(クラリネット)、稲垣路子、佐藤康子、伊藤伸、尾池亜美

毎日新聞 2009年11月19日 東京朝刊

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