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Research Database No.f0862

「一般家庭に忍び寄る謎の火災原因を調査せよ!」
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2003/12/21 報告  報告者:柏木康一郎、大澤 亮、吉田 真弓、林 健太郎


1992年1月10日、兵庫県のある集合住宅。ここに住むある女性が、朝風呂に入り、自宅を訪ねてくる友人のための準備をしていた。

そして、一息ついた午後1時20分。隣人の叫び声に、ベランダに駆け寄ったその女性は、驚くべき光景を目撃した。なんと、ベランダに置いてあった洗濯機から炎が上がっていたのだ。すぐさま風呂の水を燃えさかる洗濯機にかけ、被害はなんとか洗濯機だけですんだ。だが、ベランダには、そもそも火の気などなかった。一体なぜ突然、洗濯機が燃えてしまったのか?

通報を受けた地元消防署によって、ただちに現場検証が始まった。ところが、検証が進むうちに、この火災にはいくつもの不可思議な点があることが判明したのである。

消防が調べたところ、ベランダで燃えた形跡があるのは、洗濯機のみ。そこで、最初に疑われた出火原因は、洗濯機内部の配線のショートによる出火。しかし、洗濯機の配線には、どこにもショートした形跡は見当たらなかったのだ。さらに、コンセント部分で起こるトラッキング現象や、放火による出火も疑われたが、調査の結果、いずれもその可能性は、否定されたのだった。つまり、通常であれば洗濯機は、燃えるはずがなかったのである。

消防は、原因を解明するため、再度、家をくまなく調査した。火災が発生した問題のベランダは、キッチンと風呂場に面しており、出火した洗濯機の横には、風呂釜が設置してあった。さらに当時の状況を詳しく聞いてみると、火災発生時、来客のために、風呂を沸かしていたというのだ。ということは、ガス漏れなど、風呂釜の故障が、出火の原因の可能性も考えられる。ところが、風呂釜には、こげ跡一つ付いておらず、異常を示すようなところは、外側からは全く見受けられなかった。

しかし、排気口の内側に「スス」がべったりと付着していたのだ。風呂釜内部に「スス」が付着していたということは、不完全燃焼が起きたことを意味している。早速、風呂釜が分解され、調査が行われた。すると、内部は、外から想像もつかないほど黒く焼け焦げていたのである。

さらに、風呂釜内部から、不可思議なものが発見された。風呂釜のガスバーナは、バーナ管にガスの噴出口が差し込まれた形になっている。この部分を分解したところ、7本あるバーナ管のうちの一本に約2センチの黒く焦げた平べったい塊が詰まっていたのである。

バーナ管に外から異物が入るとすれば、空気取り入れ口と、バーナ先端の火口部分からしか入らないのだが、空気取り入れ口の大きさは、約10ミリ、火口部の穴は0.5ミリと、とても直径2センチもの物体がバーナ管に入ることなど不可能なのだ。
だが、風呂釜から発見されたこの平べったい塊は、黒く焦げてはいたが、しっかりと その形状を保っていたのである。確かに、バーナ管の中にこのような異物が詰まっていれば、不完全燃焼を起こし、火災につながる原因になる。しかし、この異物は、一体どこから、どのようにバーナ管に侵入したのだろうか?

風呂釜から見つかった正体不明の謎の塊。我々は、消防署の記録に残っていた特徴を基に謎の塊の正体を探った。

塊の特徴は以下の通りである。
 ◇平べったい丸型  ◇直径約2センチ ◇中心部は白く焼け残っていた
 ◇白い部分は繊維状 ◇バーナ管にへばりついていた

すると、国立科学博物館・動物研究部の小野展嗣博士が、丸く平べったい白い物体を見せてくれた。確かに形状は似ており、白い部分の特徴であった繊維状の組織も見て取れた。小野博士によれば、この白い物体は徘徊性のクモの巣だというのだ。

現在日本には、1300種のクモがいるといわれているが、クモは大きく分けて、 2種類に分類することができる。

@糸で網の目状の巣を作り、そこに、引っかかった獲物を捕獲する「造網性のクモ」
A網を張らず、糸で袋状の巣を作り、そこを拠点にして出かけて行き、獲物に直接飛びついて捕獲する「徘徊性のクモ」

小野博士によると、今回、風呂釜から見つかった平べったい塊は、この徘徊性のクモの巣ではないかという。この徘徊性のクモのうち、メキリグモや、フクログモ、ハエトリグモの仲間なら、体長が7〜8ミリなので、空気取り入れ口の隙間からバーナ管に侵入することが可能。発見された異物くらいの大きさの巣を作るというのである。

しかし、ここで一つの疑問が残る。火災発生の数時間前にも風呂を沸かしていたが、その時風呂釜には、全く異常がなかったという。ということは、風呂から上がってからのわずか数時間のうちに徘徊性のクモが、風呂釜内に侵入し、バーナ管を詰まらせるほどの頑丈な巣を作ったということになる。しかし小野博士によれば、クモは、比較的素早く巣を作ることがあり、朝は何ともなかったバーナ管に、午後にはクモの巣が張るということは充分に考えられるというのだ。

だが、通常、バーナ管内は、噴出するガスの流れによってゴミやホコリは吹き飛ばされ、 燃え尽きてしまうため、管内に物などが詰まることは、まずない。なぜ今回、クモの巣はガスの圧力に吹き飛ばされることなく、バーナ管に残っていたのだろうか?

そこで、以下のようなクモの巣の強度実験を行った。
●徘徊性のハエトリグモに、バーナ管と同じ太さのパイプの中で巣を作らせる
●透明なガスの代わりに、色の付いた空気を風呂釜内に流れるガスと同じ速度で 噴射する

するとクモの巣は、圧力に吹き飛ばされるどころか、その気密性により空気を遮断してしまった。そのため、パイプ内で行き場を失った空気が逆流し、パイプ後部より、噴出する結果となったのである。この現象が、ガスバーナで起これば、ガス漏れが起こり、火災につながるはずである。

クモの巣の構造に詳しい奈良県立医科大学・大崎茂芳教授によると、クモが巣を張る場合に、接着剤として粘着状の物質を出すのだが、その接着力は、強い風が吹いても壊れないくらい強力だという。また、クモの糸は人間の髪の毛の10分の1程度と極めて細いのだが、
●繊維の中でも強度の高いナイロンに匹敵する強さ
●直接炎に触れても、燃えにくく、約300度〜400度の熱にも溶けない という驚くべき特性があるというのだ。

これらのことから、この火災事故は、徘徊性のクモが作った巣が原因である可能性が高まったのである。

そこで我々は、風呂釜からガスバーナを取り出し、どのように火災に至ったのか検証実験を試みた。実験では、バーナ管の一本にクモの巣を作り点火。炎に、どのような変化が起こるのかを見た。その結果…

数本あるバーナ管のうち、クモの巣が詰まった一本だけ、炎が赤く、通常よりも大きく伸び、不完全燃焼が起きたことを示した。そしてバーナ後部に検知器を近づけると、確かなガス漏れ反応が出たのだ。これは、クモの巣に遮断された一部のガスが逆流し、バーナ管からあふれ出したことによるものである。そして、ついにその逆流したガスが引火!バーナ後部の空気取り入れ口付近から出火したのである。後の消防の調査によると、火災現場では、この空気取り入れ口付近に、洗濯機のホースが接していたことが判明。

以上のことから、今回の、ベランダで起きた謎の火災事故は、
@徘徊性のクモが風呂釜のバーナ管に侵入
Aバーナ管に巣を作った
Bガスが逆流を起こす
C空気取り入れ口付近より出火
D出火した炎が洗濯機のホースに引火
E洗濯機本体が燃え上がった
と考えられるのである。

まれにではあるが、クモの巣が、思わぬ火災を引き起こすこともあるのだ。実は、家庭の台所でも料理中にクモの巣が原因で火災に至った事件が発生していたのだ!

1995年12月3日、東京都内のマンションで火災が起きた。出火元は、1年前に購入したばかりのガスレンジ。この家に住む女性が、左側のバーナで炒め物をし、右側でお湯を沸かしていると、使用していなかった真ん中のグリルから突然、出火したのである。消火後、調べたところ、グリルの中は、真っ黒に焼けていたという。出火原因は、やはりクモの巣によってバーナ管が詰まり、行き場を失ったガスがグリルの方へ漏れ出し、引火したためであった。

だが通常、クモは、エサの多い草や木などの近くに巣を作ることが多い。しかし、寒い時期になると、クモは越冬のため、暖かい場所を求めるようになる。そのため、風呂釜などに巣を張る可能性があるという。秋、冬の寒い時期には風呂釜の異常に気を付けなければいけないというのだ。

こうした事例を受けて現在、ガス機器メーカーでは、様々な防止策がとられている。さらに、1995年7月のPL法の施行に伴い、更なる安全対策がとられるようになった。そのため、近年市販されている風呂釜、ガス機器では、クモの巣によって火災にまで至ることはまずないという。だが、現在も1995年より前に設置された風呂釜が使用されている家庭があるのも事実。また、風呂釜以外のガス器具でも、
●金属部分の老朽化 ●油やホコリによる目詰まり などによって、事故が起こる可能性があり、それを完全に防ぐことは難しいという。

そこで、次のような危険信号を察知したら、すぐにガス機器メーカーに、 点検・修理を依頼してほしい。

点検目安・・・
@炎が通常の青白い炎ではなく、赤く、大きな炎になっている。または、青白い炎が通常より小さい。
A異常なガス臭さを感じる。


また、普段から注意するポイントとして、
@風呂釜、燃焼機器の周囲には充分なスペースをあけ、可燃物を置かないようにする。
Aガス器具は、常に清潔にし、不完全燃焼の原因となりかねない、汚れやホコリを取り除くことが大事なのである。


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