現在位置:
  1. asahi.com
  2. 天声人語

天声人語

アサヒ・コム プレミアムなら過去の朝日新聞天声人語が最大3か月分ご覧になれます。(詳しくはこちら)

2009年11月19日(木)付

印刷

 居酒屋で「めったに入荷しないんです」と勧められると、つい「それでは」となる。遠からず幻の味になるかもと聞けば、では今のうちにと腰が浮く。希少価値とは、箸(はし)をつける前から旨(うま)さにゲタを履かせるものらしい▼大西洋クロマグロの来年の漁獲枠が、今年から4割ほど削られた。対象海域のクロマグロは多くが日本へ輸出され、国内消費の半分を賄う。回転ずしの大トロなどでおなじみだ。在庫が十分なので急騰はないようだが、心のほっぺたがまた落ちた▼大西洋クロマグロは4メートルにもなる最大種。世界のクロマグロの8割弱を胃袋に入れる日本向けに、地中海諸国は幼魚から育てる蓄養を競う。これが乱獲の元凶だと、輸出入の全面禁止を求める動きもある▼江戸期までマグロは下魚で、とれたら肥料にしたという。サツマイモやカボチャと並べ、「ちゃんとした町人は食すのを恥じる」と書かれたこともある。それがすしの主役となり、最たる下手物だった脂身が珍重されるのだから、味覚や食文化は意外に浮気者だ▼ゆえに「クロ偏重」も永遠とは限らない。マグロにはトロで見劣りしないミナミ(インド)をはじめ、メバチ、キハダ、ビンナガとある。末席のビンナガあたりは、「缶詰には缶詰の旨さがある」と言いたいところだろう▼栄養源としての食べ物に上下はない。あれは高級、これは低級と区別し、お金になる魚ばかりを引き抜けば、その資源はいずれ底をつく。広く薄く、おいしくいただくのが、海への礼儀であり、料理の腕の見せどころではないか。

PR情報