高野孟:戦争が米国を狂わせていく ── 陸軍基地銃乱射事件の衝撃
2009年11月17日16時36分 / 提供:THE JOURNAL
米テキサス州のフォートフッド陸軍基地で5日に起きた銃乱射事件は、01年以来8年間に及ぶアフガニスタンとイラクでの戦争によって"世界最強"であるはずの米軍がもはや精神的に崩壊寸前となっている現状を浮き彫りにした。同基地は、誇り高き米陸軍第1師団はじめ複数の戦闘部隊が駐留する最大級の基地で、アフガンやイラクで戦う部隊はここから出撃してここに帰ってくるのだが、犯人のニダル・マリキ・ハサン軍医少佐は出撃前と帰国後の兵士たちの精神的健康診断、とりわけPTSD(post-traumatic stressdisorder=心的外傷後ストレス障害)の予防と治療を担当していた。その精神科医が自ら病んで13人を無差別に殺戮する挙に出たところに、米軍が置かれている状況の深刻さが象徴されている。
●戦争そのものが間違い
アフガニスタンに部隊を増派するかどうか、増派するとすれば1万か2万か4万か8万か、苦渋の決断をしなければならないまさにそのタイミングで起きたこの事件に、オバマ大統領は衝撃を受け、日本訪問の予定を1日遅らせて、10日同基地で行われた犠牲者の追悼式に出席した。演説に立ったオバマはこれを「理解しがたい悲劇」と表現し、「この残忍で臆病な行為を正当化する信仰はない」と言ったが、「理解しがたい」ことは何もない。アフガンとイラクの不正義の戦争が軍隊ばかりでなく米国社会を腐らせているのである。
「信仰」について触れたのは、一面正しく一面正しくない。米メディアは、このヨルダン系米国人医師が毎日モスクに通う熱心なイスラム教徒であることを捉えて、「アル・カイーダと接触があったか?」などと憶測を流して、イスラム=テロリストという偏見を掻き立てている。それに対して「信仰の問題ではない」と大統領が言ったのは正しいが、そうでなければ何なのかを言わずして「理解しがたい」と言ってしまったのでは、問題の本質に届かない。自分がブッシュから引き継いだ2つの戦争そのものが間違っていることを認めなければ、このような悲劇が繰り返されることを避けられない。
かつては両戦争に派遣される部隊は、1年間現地に駐留し、再度派遣される場合も最低2年間の休養期間を置くことになっていたが、兵士不足のため最近は1年3カ月間駐留、1年休養で3度も4度も派遣される者もいる。そのことが事態を一層深刻にしている。
●帰還兵の30%以上が疾患
エリコ・ロウ『本当は恐ろしいアメリカの真実』(講談社)によると、18歳以上の米国人の4分の1以上が精神疾患にあるが、2つの戦争に従事した帰還兵の間ではその比率はもっと高く、約3分の1に達する。ランド研究所の最新の調査レポートによると、01年以来両戦争に従事した兵士は164万人に上るが、そのうちPTSDもしくは鬱病に罹った者は11.2%、TBI(traumatic brain injury=外傷性脳損傷)に罹った者は12.2%、その両方を併発した者は7.3%で、つまり、約30万人が今なおPTSDもしくは深刻な鬱病に苦しみ、また約32万人が従軍中にTBIを経験しているという。
ところがPTSD、鬱病患者のうち最低限の治療を受けた者は53%しかなく、高度の専門的治療を受けた者は遙かに少ない。TBI患者の場合はもっと酷く、43%しか専門医に掛かっていない。これらの疾患は放置すれば深刻化し、過度の喫煙、過食、暴力、危険な性行為などに陥っていくことが少なくない。治療が行き届かない原因は、一方では、そのような医療施設が決定的に不足していることに加えて、本人が疾患を周りに知られたくないとか、精神治療への理解不足や偏見などの理由で医師を訪れることをためらう傾向があることである。
このギャップを埋める努力を開始することは急務で、それは結局のところ、国防総省や復員軍人局の職分を超えて、米国の医療制度そのもの、そして社会のあり方に関わっていると同研究所は指摘している。しかし、問題の根本は、繰り返すが、不正義の戦争は軍隊を腐らせるということであり、戦争を止める以外に本当の解決はないのだが、その選択肢はオバマの視野に入っていない。▲
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「信仰」について触れたのは、一面正しく一面正しくない。米メディアは、このヨルダン系米国人医師が毎日モスクに通う熱心なイスラム教徒であることを捉えて、「アル・カイーダと接触があったか?」などと憶測を流して、イスラム=テロリストという偏見を掻き立てている。それに対して「信仰の問題ではない」と大統領が言ったのは正しいが、そうでなければ何なのかを言わずして「理解しがたい」と言ってしまったのでは、問題の本質に届かない。自分がブッシュから引き継いだ2つの戦争そのものが間違っていることを認めなければ、このような悲劇が繰り返されることを避けられない。
かつては両戦争に派遣される部隊は、1年間現地に駐留し、再度派遣される場合も最低2年間の休養期間を置くことになっていたが、兵士不足のため最近は1年3カ月間駐留、1年休養で3度も4度も派遣される者もいる。そのことが事態を一層深刻にしている。
●帰還兵の30%以上が疾患
エリコ・ロウ『本当は恐ろしいアメリカの真実』(講談社)によると、18歳以上の米国人の4分の1以上が精神疾患にあるが、2つの戦争に従事した帰還兵の間ではその比率はもっと高く、約3分の1に達する。ランド研究所の最新の調査レポートによると、01年以来両戦争に従事した兵士は164万人に上るが、そのうちPTSDもしくは鬱病に罹った者は11.2%、TBI(traumatic brain injury=外傷性脳損傷)に罹った者は12.2%、その両方を併発した者は7.3%で、つまり、約30万人が今なおPTSDもしくは深刻な鬱病に苦しみ、また約32万人が従軍中にTBIを経験しているという。
ところがPTSD、鬱病患者のうち最低限の治療を受けた者は53%しかなく、高度の専門的治療を受けた者は遙かに少ない。TBI患者の場合はもっと酷く、43%しか専門医に掛かっていない。これらの疾患は放置すれば深刻化し、過度の喫煙、過食、暴力、危険な性行為などに陥っていくことが少なくない。治療が行き届かない原因は、一方では、そのような医療施設が決定的に不足していることに加えて、本人が疾患を周りに知られたくないとか、精神治療への理解不足や偏見などの理由で医師を訪れることをためらう傾向があることである。
このギャップを埋める努力を開始することは急務で、それは結局のところ、国防総省や復員軍人局の職分を超えて、米国の医療制度そのもの、そして社会のあり方に関わっていると同研究所は指摘している。しかし、問題の根本は、繰り返すが、不正義の戦争は軍隊を腐らせるということであり、戦争を止める以外に本当の解決はないのだが、その選択肢はオバマの視野に入っていない。▲
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