2009年11月15日

(by paco)行政刷新会議、事業仕分けのメディアと実際の違い

Global Eyes

(by paco)先週「仕分け人をやるかも」とお知らせしたのですが、無事に仕分け人となり、初日水曜日、3日目金曜日に出席してきました。

僕が参加している第三ワーキンググループは、なぜかけっこう注目されていて、初日も「私の話も聞いてください」の女性教育会館事業の理事長さんや、スーパーコンピューター開発、毛利館長の日本科学未来館などを仕分けしました。

ちなみに、3日目の仕分けないようについてのasahi.comの記事外貨のような感じですが、現場で仕分けしていた人間として、記事と実際の違いなどを書いてみます。

▼asahi.comより
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事業仕分け 科学予算バッサリ、毛利館長も防戦2009年11月13日23時33分

政府の行政刷新会議は13日の「事業仕分け」で、学校での理科教育の充実から、次世代スーパーコンピューターまで、科学技術関連事業の大幅な削減を求めた。前政権までは「技術立国」を掲げて巨額の国費を投入してきたが、仕分けでは「聖域」なくムダ削減に取り組む姿勢を示した。


3日目の作業で「廃止」としたのは、小学校の理科の授業に支援員を派遣している文部科学省の事業など9事業で総額305億円。予算の大幅縮減も26事業に上った。

先端技術関連では、独立行政法人・理化学研究所が開発を進める次世代スパコン(概算要求額約270億円)について「来年度の計上見送り」を含む予算の削減を求めた。今年度分を含め計545億円の国費を投入してきたが、蓮舫民主党参院議員らが「財政難のなかで大金をかけて世界一の性能にこだわる必要性があるのか」などと指摘した。

世界最先端の大型放射光施設「スプリング8」の運転経費の補助(同約86億円)や、深海研究「深海地球ドリリング計画」に対する補助(同約108億円)なども投資効果を再検討する必要があるなどとして「予算削減」とした。

慢性的な赤字運営の「日本科学未来館」(東京)も取り上げられた。宇宙飛行士の毛利衛館長が「経営努力で入場者数は増えている」などと訴え、23億円の概算要求に理解を求めたが、仕分け人はコスト削減の余地があるとして予算縮減と財団法人の運営の見直しを求める結論を出した。

財源の少ない自治体に国税の一部を「地方の財源」として配分する地方交付税については、「制度の抜本的見直し」を求めるにとどめた。

ただ、総務省の政策評価、行政評価・監視は「今まで以上に力を発揮してもらう」として、事業仕分け3日目になって初めて「前向き」の判断が示された。(松田京平)
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■まず先に確認しておく必要があるのは、仕分けという作業の位置づけです。

行政の意思決定に市民が参画する主要な機会に、審議会があります。いわゆる専門家が集まって議論し、政策立案に意見を述べます。この日の仕分け対象の事業もほとんどが審議会での議論を経て起案されていて、その意味では、その分野の専門家の相違によって、提案されているものであり、手続き的に問題はありません。

一方仕分け人が、その分野の専門家とは限らず、専門知識がある委員も入っているものの、それ以外のバックボーンの人が多い。では、なぜそういう人が仕分けを行うのかというと、専門家は自分の専門分野の価値を重く見すぎる傾向があり、一般市民の感覚で見たときに、「専門家でないから判断できない」という感覚とのギャップがあるために、専門家集団の審議会に任せておくと、「お手盛り」の判断になりやすいという傾向があるわけです。

これまでの自民党政権では、長年この方法がとられてきたために、審議委員も固定化してしまい、専門家の弟子が次の専門家になる、というように自己撞着が起きて、事故防衛的な意思決定がされるようになってきた、という弊害があります。今回仕分けの対象になったスパコンや実験設備「スプリング8」、海外研究者の招致などはそういったタイプの事業の典型です。

このような方法で意思決定されてきた政策が、本当に「市民目線で」見たときに納得でき、他のことに優先して多額の税金を投入する意味があるのかを確認しようというのが、仕分けの意味合いです。だからこそ、むしろその道の専門家でないほうがよく、一般市民の目線でありながら、専門家が語る「すごい価値があるのだ!」というメッセージに負けないような人が仕分け人に選ばれている、というように考えてもらうとよいと思います。

■次に、仕分けの判断の基本は「仕分け人を納得させる責任は官僚側にある」という点です。

これは民主党が明確に打ち出している姿勢ですが、これまでの自民党政権では、官僚が持ってくる起案を否定する場合に、「それはムダだ」ということをの立証責任は、政治家の側にありました。官僚が持ってくるプランは審議会を経て大臣まで承認したものなので、その正当性を議員が否定するためには、審議会と大臣(大臣も国会議員ですが)承認をひっくり返せるぐらいの証拠が必要だったわけです。タテマエとしては、国会議員である大臣が十分吟味し、官僚の勝手やお手盛りを防ぐはずですが、大臣はその事業分野の専門家ではないことも多いし、何しろたった1人で膨大な自分の省庁ないの起案を吟味することは実質的に不可能。結局大臣のチェックはほとんど意味を持たなかったのです。立証責任が政治家の側にあったので、起案を止めることはハードルが非常に高かったわけです。

今回の事業仕分けは、必要性の立証責任を官僚にあると位置づけた。ここが重要な点です。

ということは、仕分け人は、官僚の説明に自分の市民感覚から考えて、納得できなければ、「予算を付けない」と判断しなければならないことになります。納得できていないのに、「官僚がいうんだからいいのだろう」と要求予算の満額を認めることは、仕分け人として怠慢になります。

では官僚は十分な説明がきるのか? できなければ、事業そのものの必要性があっても、事業廃止や減額になる可能性が高い。これが、仕分けのしくみです。

■「スーパーコンピュータ開発」は何のために?が、明確に示されない

説明責任を果たしたかどうかが明確に示されたのが、スーパーコンピュータ開発事業と、毛利館長の日本科学未来館の仕分けでした。

スパコンで示された事業の目的は「世界トップのコンピュータをつくる」「これによって日本の技術は世界の頂点に立てる」「米国に抜かれ、中国もすぐ後ろに来ている、危機である」「スパコンがあれば、ナノテクや製薬、環境などの分野で世界トップの研究ができる」というものでした。

あなたは、この説明でスパコンの開発に、合計1000億円(おそらく、将来合わせて1500億円を超える)国税を投入することを認められるでしょうか。半端なく巨額であり、特に今回は本格開発に入るかどうかのタイミングなので、今年認めてしまえば、来年度止めるのは困難になります。

実際に事業を取り巻く状況を見ると、これまではNEC、日立、富士通の三者が参画して、国と共同開発していたのに、NECと日立が開発から離脱し、富士通だけになった。その結果、スパコンの技術も「ベクトル型」と「スカラ型」というに方式併存という計画が、「スカラ型」だけになった。

主要なプレイヤが抜けた上に、技術も大きく変わっている。計画自体の立て直しが必要なタイミングのはずなのに、「審議会では省変更で同じ結果が得られると承認された」という理由で、増額した予算を要求しています。

まず、審議会と文科省のこの決定そのものがちょっとおかしいと思いませんか? そんな簡単なことでいいの?と思うのに、「十分審議した、大丈夫です」というだけです。だとしたら、そもそも最初に「ベクトル型スカラ型併存」の開発というやり方そのものがおかしなものだった可能性もある。これまで3社相乗りでやってきたので、今回は富士通だけでもできたのに、NECも日立も入ってください、といっていた可能性を疑えませんか? 疑いがあるのに、この点についてクリアな説明がなければ、「説明責任を果たしていない」と判断できます。

次に、そもそもスパコンは、今の時代に「技術の頂点」と言えるのか。確かに、地球気候も出るなど、一部のシミュレーションにはスパコンの性能は欠かせません。しかしそういったニーズのマーケットは、世界でも1000億から2000億円といわれていて、マーケットが小さいがゆえに、採算性がないと判断したNECと日立が撤退したのです。これまでは莫大な開発コストがかかっても(国と共同開発しても、NECや日立、富士通の開発費負担は莫大)、マーケットもあったから、これまではやってきた。すでにマーケットが限定的なのです。スパコン以外のコンピューティングの性能が上がったため、かつてはスパコンでやっていた計算もワークステーションや分散コンピューティングでできるようになった。高性能スパコンでないとだめな分野はどんどん小さくなっている。もちろん、その分野で頂点の研究をするためには、世界トップのスパコンが必要です。でも、その領域は、決して大きくはない。そういう事情について、僕や一部の仕分け人はだいたいわかっていました。わかっていない人もいたけれど。僕は知っていたので、あえて質問はしていません。官僚の説明はのらりくらりなので、「おっしゃるような傾向はありますが、世界トップの性能が重要な分野はまだまだたくさんある」と答えるのがわかっているからです。

僕はスパコン開発は、そろそろ現代の「巨艦巨砲主義」になっていると思っているのですが、これを否定する説明は得られなかった。なので、僕の仕分けは「事業は全面見直し」です。巨艦巨砲主義とは、日本海軍が巨大な砲を持った戦艦大和を開発したとき、世界の海軍の主力は航空機になっていて、空母こそが海軍の能力を決める時代になっていた、という歴史です。グーグルは何千台もの低性能のPCを並べて、超高速の処理を可能にしていますが、たとえばこういう方法がこれからのトレンドだろうと思うわけです。スパコンが切りひらく地平はまだ十分あるものの、その領域はどんどん狭くなる。それより、もっと将来につながる分野に投資した方がいいのではないか。これがスパコン開発中止の判断の背景にあり、これを覆す説明は聞けなかったというのが実態です。

■毛利館長は仕分け人を圧倒

新聞記事には「毛利館長も防戦一方」というように書かれていますが、まったくの間違いです。

毛利館長は開口一番、大きな声で財務省の指摘を圧倒し、あっという間に議論を自分のものにし、そのまま何も失わないばかりか、大きな果実まで持って帰りました。完勝です。

最初の論点は、財務省がしてきた「日本科学未来館は、大幅赤字」という指摘です。「国の事業に対して、赤字という概念を持ち込むこと自体が間違っている。国が小学校の経営に税金を投入することを赤字というわけがない!」と一刀両断です。実に気持ちがいい。返す刀で、「これは日本国の未来のためにやっている事業で、科学によって日本が未来を切りひらくことを示し、実現するための事業であって、未来への投資としてこれほど重要なものはない」と主張し、全員をそれだけで納得させました。

最新科学を投入した10億円規模の投資についても、「これをつくったおかげで世界中のVIPが来て、各国に報道された。パブリシティ効果だけで軽く改修している」と主張。さらに、入場者数の伸びのグラフを示して、「この不景気に、これだけの入場者数増と収入増をもたらしたのだから、実績は十分」と努力の大きさをアピール。仕分け人は刃が立たない圧倒的な論理展開でした。

ではなぜ、減額になったのか。実は実質的に減額にはなっていないのです。未来館の運営には、もうひとつ別の法人が下請けに入っているのですが、これがコスト増になっている上に、下請け法人の人事権が毛利館長にはなく、最適配置ができない。別法人があれば、その法人の役員報酬や管理コストが発生して、二重コストに成り、これがムダの温床になる。そこで、この二重構造を廃止、官庁直下に一括すれば、コストは削減でき、毛利館長はコントロール権を手に入れることができる。

実は、この二重構造の問題は3年前から毛利館長が文科省に訴えていたのに、変更できなかったのです。もともとは自民党政権が「民間に仕事を任せる」という方針をだし、その一環でまる投げされていた管理運営でした。結局、これがムダの温床になっていたことが明らかになり、今回、ここの是正を指摘して、減額、というのが仕分けの結論です。

仕分け人からは、「毛利館長にもっとたくさんの予算を預け、どんどん仕事をしてもらうべきだ」という意見も出るほどで、新聞報道とはだいぶニュアンスが違うのです。

実際、毛利館長の説明に対して、蓮舫議員からは「今回の仕分け作業ではじめて、本来聞きたい説明が聞けた」と絶賛していました。仕分け人は、その分野については必ずしも専門ではないので、きちんとした論理展開で説明されれば、突っ込みにくいのです。

■小学校への理科補助指導員派遣事業は、スジが悪すぎ

小学校への理科補助指導員派遣事業というのも、ばっさり予算が切られてしまったのですが、この背景も次の通りです。

子供たちの理科離れを危惧して、調査したところ、小学校教員は理科指導に苦手意識を持っていることが判明。科学技術振興の担当部局が、小学校に補助員を送る事業を始めて、好評だったので、続けたいというものです。

しかし、考えてみてください。もし教員が理科指導が苦手なら、文科省の小学校教育の担当部局が、小学校の教員に理科指導法の研修するのが本筋です。それが無理なら、理科の「専任教員」(音楽や図工のように)を配置するべきでしょう。それなのに、小学校の担当部局ではなく、科学振興の部局が外から補助員(大学院生など)を連れてきて送り込む事業をやる、というのは、本末転倒。そんなねじ曲がったことをやっていないで、本筋でやるように考え直せ、という議論だったのです。

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という感じで、報道されていることと、実際の議論は、けっこうずれています。仕分け人の議論がいつも適切というわけではありませんが、予算削減や廃止という結論になっているものにはそれなりの理由があり、方向は大きくは間違っていないという印象です。

重要なことは、予算廃止が必ずしも目的の否定と言うことではないということです。目的を達成するのにそれが一番効率的とはいえない、ほかの方法を考えよと言う意味での結論が多い。

ひとつだけ、よくないなあっと思っているのは、海底ドリリング事業です。紀伊半島沖のプレートが交わる地点を7000メートルまで掘り、地震のメカニズムや地球の成り立ち、生物状況の研究を行うというもので、これは是非やるべきだった。事業運営にムダはありそうなので、2割程度の縮減という仕分けを僕は出したのですが、全体の結論は大幅縮減(実質中止?)でした。

しかし、こういう例は比較的少なく、判断はそれなりの正統性があるのではないかと考えています。

投稿者 paco 01:18 | コメント (0) | トラックバック (0)

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