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25%削減はビジネスチャンス(1)/福山哲郎(外務副大臣)

Voice11月16日(月) 12時36分配信 / 国内 - 政治

◇欧米各国は積極的に仕掛けている◇

 9月にアメリカで開催された国連気候変動サミットで、鳩山首相は日本の温室効果ガスの削減量について、「2020年までに1990年比で25%」という目標を発表した。

 この数字について、「あまりに無謀だ」「これでは日本の産業界はダメになる」と批判する声も少なくない。だが、地球温暖化の問題については、いま国際的に大きな変化の波が押し寄せていることを忘れてはならない。

 その点で、これまでの自民党政権の環境政策は、国民に対するメッセージが2つの点で決定的に欠けていた。

 1つは、温暖化の進行による異常気象や農作物の被害、感染症の恐れなど、生活全般にわたって深刻なリスクをもたらしかねない、ということである。このようなリスクを最小限に食い止めるために温暖化対策が不可欠だということは、もはや国際社会の共通認識になっている。

 もう1つは、温暖化対策は経済にマイナスの影響を与えるだけではない、ということである。まったく新しいライフスタイルや技術が必要とされるのだから、当然そこには新たな経済成長の可能性が生まれるのである。

 これらのメッセージが不十分だった結果、国民の負担ばかりが過度に強調され、大きな誤解を与えることになってしまったのだ。

 民主党が掲げる25%削減という数字に対し、自民党政権下でつくられた「地球温暖化問題に関する懇談会 中期目標検討委員会」が「実行するには一世帯当たり年間36万円の負担が必要」という試算を発表したのも、そうした姿勢の延長線上にある。

 じつはこの数字は、「新たな温暖化対策をしなければ10年間、1.3%経済成長を続ける」というモデルを前提にしていた。つまり、10年間1.3%成長が続けば、日本経済のGDPは654兆円にまで増加するが、そのレベルに比べ、「温暖化対策をすればこれだけ成長率も落ち、雇用も悪化し、負担も増えます」ということを述べた数字なのである。

 ところが、負担の金額ばかりが独り歩きをし、現状から比べて、それだけの負担が発生するかのように報じられてしまった。

 だがそもそも、これだけ温暖化対策やエネルギー効率を高めるための技術革新が世界的に進められ、先端商品開発のグローバル競争が行なわれているなかで、日本だけ何もせず現状維持のままで1.3%成長を続けられるはずがあろうか。むしろ、日本で温暖化対策に多額の投資がなされれば、それだけ技術革新につながり、新たな商品が生まれ、マーケットも広がり、世界にもさらに積極的に打って出られるようになるだろう。そして一方で、企業や社会のエネルギーコストも落ちてくるはずだ。

 国民の誤解を解くためにも、現在こうした点を加味した新たな試算づくりを早急に行なっている。前回の試算は「温暖化対策をさせない」ための試算であったが、今回はよりバランスのとれた試算がなされるはずである。

 忘れてはいけないのは、現在の化石燃料に依存した社会や経済のシステムは早晩、大きな変化に見舞われるということである。7月に開催されたG8サミットでも、2050年までに世界全体のCO2排出量を1990年比で概ね50%削減することが合意されている。

 これまで、温暖化対策にとりわけ積極的だったのがイギリスとドイツであった。

 イギリスは2005年のグレンイーグルス・サミットで異常気象を初めてサミットの議題にし、翌年には異常気象により予想される被害や、それを防ぐために必要な対策費用などを計算した「スターン報告」をまとめた。

 ドイツでは再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度を導入し、太陽光発電や風力発電などで生じた電力を通常料金の3倍程度の固定価格で20年にわたって電力会社に買い取らせる仕組みをつくった。断熱材を使った住宅リフォームや、ハイブリッドカーや電気自動車など環境に配慮した自動車への開発援助も大いに行なっている。

 昨年のリーマン・ショック以降は、「温暖化対策を将来の経済成長の核に据える」ことをめざした競争も始まっている。アメリカのオバマ大統領が十年間で1500億ドルの投資を行なうというグリーン・ニューディール構想を発表したのも、こうした動きに乗り遅れないためである。

 簡単にいえば世界は、2050年に向けた新しいライフスタイルのモデルづくりや、グローバルルールづくりの主導権を争う時代に入ったのだ。そうしたなか、省エネ技術やエコカーなどで国際的評価の高い日本がどのような態度を示すかが、きわめて重要なのである。

 その意味で、麻生前首相が6月に掲げた「2020年までに2005年比で15%削減」という目標は、あまりに中途半端であった。

 たとえば、オバマ大統領の「10年間で1500億ドルの投資を行なう」という政策は、「政府は10年間確実に環境技術に投資するから、これに合わせて企業も投資戦略を考え、技術革新を行ない、さらには雇用を創出するビジョンを描け」というメッセージにほかならない。

 一方、麻生前首相の目標設定では、企業としても「政府の環境に対する規制が変わるのかどうか」「環境技術への投資がはたして回収できるかどうか」について自信をもって見通すことができなかった。これでは日本は、今後の技術革新や雇用創出のチャンスを失ってしまう。

 また、今年12月に開かれるCOP(気候変動枠組条約締約国会議)15では、ポスト京都議定書づくりが議題となる。これはCO2削減について国ごとに目標値を定めた京都議定書が2012年に期限切れすることを受けたものだが、ここでの最重要課題は、京都議定書を批准しなかったアメリカや削減義務のなかった中国、インドはもちろん、途上国を含めたすべての主要排出国が参加する枠組みをいかにつくりあげるか、ということにほかならない。

 このとき日本が掲げる目標が中途半端なものでは説得力がない。中国やインドなどに、新しい枠組みに参加しない理由を与えているも同じである。

 たとえば、麻生政権が中期目標を発表した直後、中国の温暖化交渉の責任者である国家発展委員会の解振華副主任と、当時日本の環境大臣であった斉藤鉄夫氏との会談があったが、そのときにさっそく中国側から「日本の目標は小さすぎる」という牽制が投げ掛けられたのだった。

 このことに象徴されるように、全員参加の枠組みが不可欠な状況のなかで、日本の中期目標が中途半端なものでは、各国が参加することを確保できないのだ。まさに、日本の外交上のリーダーシップを、決定的に失うことにもなりかねないのである。

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  • 最終更新:11月16日(月) 12時36分
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