渋く、野性味があってカッコいい。円熟した男性ならではの色香も漂わす。しかし、本人に自覚はない。「カッコいいなんて勝手な幻想。僕自身にはあまり関係ない」と煙草(たばこ)をくゆらせ、さらりと言う。
映画「しあわせのかおり」では中国出身の料理人を演じるため、4カ月半かけてプロから手ほどきを受けた。仕事に入ると発奮忘食、時間をかけて徹底的にのめりこむ。しかしオフになれば過去は忘却のかなた、「ただの呑(の)み助オヤジです」と語る藤竜也さん。その素顔に迫った。
(取材・文/井上理江 写真/小山昭人)
最初は中華鍋が重くてね、力ずくで何とかしようとするから腕がパンパンになるしさ。中華包丁も、よく切れる包丁なのに力が入りすぎてうまく切れなくて。
そう、昼間はキッチンスタジオで教えてもらって練習したのですが、それだけでは全然足りなかったから。もう、必死。ネギを何本刻んだことか。家内なんて4カ月半毎晩中華でした。冗談じゃなくね。でも、そこは役者の妻、一言も文句を言わず、「おいしいですねえ。あなた、役者でなくても料理人でやっていけますねえ」と調子のいいことを言ってくれるので助かりました(笑い)。
台本を読んだ瞬間、オーナーシェフとしてしっかり厨房(ちゅうぼう)に立てるかどうかが勝負だと思ったから。ふつう料理人が厨房に入ったら、からだが厨房の一部になって、うまくおさまっていると思うんです。王(わん)さんが動くと一緒に厨房の空気もグッと動くぐらいのたたずまい、風情が出せるようにしたかった。そのためにもちゃんと本格中華が料理できるようにしたかった。
王さんは基本的に異邦人。35年も異国に住むってどういう感覚なのか、異邦人の空気感をどう出すかは考えました。あとは言葉ですね。王さんは日本語を調理場で、耳で覚えたんだろうから、流暢(りゅうちょう)すぎてもよくない。かといって、観(み)てくれる人が華僑なまりに気を取られても困る。そのさじ加減が難しかった。それと王さんの故郷は紹興という町だったので、北京語だけでなく紹興語も先生をつけてもらって勉強しました。
なんか落っこちていやしないかと思って、僕はどの作品でもたいてい早めに現地入りします。今回は、舞台となった金沢市大野町の長老と出会ったので、通っていた小学校を教えてもらって訪ねてみたり、なじみの床屋を教えてもらい、勝手に王さんをこの床屋の常連に設定したりしました。実際、あの髪形を保つため、撮影中に4回行きました。床屋のオヤジといろいろ世間話をするうちに、同じ痛風持ちなんだと知ったりね(笑い)。そういうのがおもしろい。
考えたらぜいたくなことです。でも、僕はそんなふうにいろんな準備を進めながら、徐々にその人物の内側を手繰り寄せていく作業がとても好きなんです。王さんという人物が本当にこの町に住んでいるように過ごすことで、文字では表せない、嗅覚(きゅうかく)で感じ取ったものを積み上げていくことができる。役者によって役へのアプローチのしかたは違うと思うけれど、僕はこのやり方。
以前「ミッドナイトイーグル」という映画で総理大臣を演じたのですが、あの人の背景を自分でつくりあげていくのが本当におもしろくてね。いろいろ探っていくうちに、どうしても関西出身にしたくなって、勝手に出身大学や、新聞社あがりで赴任先はここで、という経歴まで想定して。そんなふうにしていくと、自然にその気になってくる。まあ、とにかく楽しい作業です。
それもありますが、何といってもうれしいのは、やはり観た人が喜んでくれることですよ。それが役者にとって一番の勲章です。
1941年北京生まれ。大学在学中にスカウトされ、62年日活からデビュー。「野良猫ロック」シリーズなど数多くの映画に出演。70年代からは「時間ですよ」などのテレビドラマでも活躍し、人気を博す。主演した大島渚監督作品「愛のコリーダ」(76年)、「愛の亡霊」(78年)は国際的にも大きな話題となる。近年は「アカルイミライ」(2003年)、「海猿」(04年)など若手監督の作品にも意欲的に参加。三原光尋監督作品「村の写真集」(03年)では、05年上海国際映画祭最優秀主演男優賞を受賞。最近作としては「ミッドナイトイーグル」(07年)、「窯焚 KAMATAKI」「THEショートフィルムズ」(08年)など。今後は、「しあわせのかおり」(08年10月)、「感染列島」(09年1月)などの公開を控えている。
映画「しあわせのかおり(幸福的馨香)」2008年10月11日(土)よりロードショー
古都・金沢の港町にある「小上海飯店」。店主、王さん(藤竜也さん)が心をこめて作る料理は「しあわせをもたらす」おいしさで、地元のお客さんから大評判。ある日突然、病に倒れた王さんに協力を申し出たのは、デパートへの出店要請のため、足繁(あししげ)く通っていた貴子(中谷美紀さん)。最初はぎこちない名人と弟子の関係だったが、やがて確かなきずなへと変わっていく……。「しあわせのかおり」は、心がほっとする、温かい映画。藤竜也さんが実直で不器用だけれど大きな心を持った料理人・王さんを静かに、そして力強く演じています。
「登場する中華料理は50種類以上。観(み)た後、絶対に食べたくなるので、映画館へ入る前に、見終わったらどこの中華料理屋へ行くか、目星をつけておくことをオススメします」(藤竜也さん)。
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