国際結婚が破綻(はたん)した夫婦の子どもの帰属をめぐる問題が、日本と米欧の外交問題になっている。事例の多くは、日本人の母親が子どもを一方的に日本に連れ帰ったため、外国人の夫が親権、面会権を求めるケースだ。
米国との間で50件、カナダ36件、フランスと英国が各35件、他の欧州諸国や豪州などを含め200件近いとみられる。
問題の背景にあるのはハーグ条約(国際的な子の奪取の民事面に関する条約)だ。同条約では、離婚した男女双方は共同で子どもの親権(正式には監護権)を保持し、子と同居しない方には面会権があるとする。面会権を確定しないまま子どもを居住国から母国に連れ帰るのは誘拐罪になる。
米欧諸国など約80カ国が加盟しているが、日本は未加盟。米欧各国は日本政府に条約加盟を強く求めている。
私は昨年、この問題をコラムで取り上げたが、最近、米国がハーグ条約に加盟(85年)するまでの家族観の変遷を教えられた。加盟するまで米国は欧州との間で、現在の日本と同様の問題を抱えていたことも知った。
米国は19世紀まで親権は父親が有していたが、20世紀になり母親に親権があるとの考えが強まっていく。一時、父親は男の子の、母親は女の子の親権を持つ時期もあったが、長い間の「母親に親権」思想を経て、70年代に父母双方が子どもに共同親権を持つとの考えに行きつく。
ただ米国の家族法は州法で、片親が自分に有利な州に子どもを奪取して連れて行き、有利な判決をもらう例が多発。一時は年に30万~60万件の奪取事件が起きたという。80年代に連邦法の制定で、片親の了解なしに他方の片親が子どもを連れ去ることは誘拐罪になった。家族法も州間の違いが整理されハーグ条約加盟へ地ならしがされた。
日本の家族法では離婚すると親権は一方にしかなく、「子どもは母親が引き取る」との家族観が根強いが、70年代までの米国もそうだったのだ。
私自身は日本はハーグ条約に加盟すべきだと思う。子どもを連れ帰る母親がクローズアップされるが、外国人の夫が「日本に子どもを行かせたら戻ってこない」と母子の面会を拒否する例も逆にある。ハーグ条約加盟で恩恵を受ける人もいる。
もう一つは家族観の変化だ。若い世代は家事・育児分担が当たり前で、共同親権という考え方にも違和感は少ないのではないか。もちろんハーグ条約加盟には国内法改正が必要だが、「母親が子を引き取るのは日本固有の家族観」でないのは確かだ。(専門編集委員)
毎日新聞 2009年10月24日 東京朝刊